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第三十四話 ウォーゲーム

 翌日。

 本日も晴れ渡った空の下、アリガ王国南東部、王国とアリタイ帝国との国境付近に位置する町、マントーン。

 その町の上空に、複数のレシプロエンジンの駆動音が響き渡っている。


 音の正体は、この地で行われる軍事演習に参加するべくヨ―リン空軍基地より飛来した航空機群である。

 第二二三戦闘飛行隊の三式艦上戦闘機と共に、マントーンの町の上空を飛び回っているのは、アリガ王国空軍機を示すブルーグレー・グリーン・ブラウンの三色迷彩に塗装された、キャラクテェ飛行隊が使用している零式艦上戦闘機三二型であった。


 地球においては、誰しもが一度はその名を聞いた事がある程有名な、大日本帝国海軍が開発・運用した艦上戦闘機。零戦の愛称で知られる零式艦上戦闘機。

 その零戦の実用化後初となる大規模改修が施された性能向上型が、三二型である。初期生産型との外見的な違いは、何と言っても主翼の翼端がカットされている所であろう。

 ただし、性能の向上と引き換えに、換装したエンジンの燃料消費率の向上や重量増加、更には胴体内燃料タンクの容量は初期型と同じという事も相まって、航続距離の低下も招いてしまった。


 そんな零式艦上戦闘機三二型をモデルに、同名の名を有し、かつて大和皇国海軍、及び空軍と海兵隊航空団で運用されていた戦闘機は。今、アリガ王国空軍という新たな相棒を得て、自身の後継となる戦闘機と模擬空中戦に挑んでいた。


「よし、貰った!」


 その内の一機が、今まさに三式艦上戦闘機の背後を取り、照準器のレティクルに、三式艦上戦闘機を収めようとしていた。

 だが、その時。


「キャラクテェ6、後方に新手だ!」

「な!?」


 不意に味方からもたらされた無線に反応し、キャラクテェ6と呼ばれた搭乗員は慌てて自機の後方を振り向く。

 するとそこには、いつの間にか一機の三式艦上戦闘機が自機の背後につけていた。


 刹那、キャラクテェ6が背後を取った三式艦上戦闘機から殺気を感じ取った、次の瞬間。

 三式艦上戦闘機の主翼に装備していた12.7mm機関砲が火を噴いた。

 放たれた12.7mm弾の数々は、見事な弾道を描きながらキャラクテェ6の操る零式艦上戦闘機三二型へと飛来すると、胴体や左の主翼に弾着した瞬間、簡単に砕け散ると、内包していた色鮮やかな塗料をまき散らし、更に色鮮やかに染め上げるのであった。


「キャラクテェ6、撃墜されたぞ。空域を離脱せよ」

「キャラクテェ6、了解……」


 訓練用のペイント弾を食らった直後、無情にも撃墜判定を告げた無線が流れると、キャラクテェ6は肩を落とすと、操縦桿を倒して模擬空中戦の行われている空域から離脱し始める。

 だがその寸前に、キャラクテェ6は自身を撃墜した三式艦上戦闘機の姿を今一度確認すると、その姿を脳裏に焼き付ける。


「青い、チューリップ……」


 そして、自身を撃墜した三式艦上戦闘機の胴体に描かれた、青いチューリップが描かれたエンブレムは、特に印象深く彼の心に刻まれるのであった。


「アオイ七番からアオイ九番、助かった」

「アオイ九番からアオイ七番へ、相手はまだ半人前だと油断していると、今度こそ撃墜判定を貰うぞ。彼らは、空軍の飛行教導隊に指導してもらった連中なのを忘れるな」

「そうだった。連中、加登大佐達から直接指導してもらったんだったな」


 晴翔曹長の忠告を聞き、アオイ七番を名乗った同僚は、気持ちを切り替える。


 因みに、二人の会話に出てきた飛行教導隊と加登大佐であるが。

 飛行教導隊とは、所謂アグレッサー部隊の事で、大和皇国空軍の戦闘機搭乗員の技量向上を目的として創設された部隊である。

 目的が技量の向上である為、当然ながら教官役を務める事になる隊員達は、皆、空軍内でも傑出した技量を有する猛者どもばかりだ。

 そして、そんな隊員達を束ね飛行教導隊を現在率いているのが、司令官を務める加登 建夫(かとう たてお)大佐である。


 なお、加登大佐は現役操縦士時代、"加登戦闘隊"との愛称で知られた飛行隊を率いていた、空軍を代表するエースパイロットとしても有名な人物である。


 キャラクテェ飛行隊は、そんな加登大佐が率いる飛行教導隊に指導を受けた部隊で。

 今はまだ技術・経験共に未熟でも、彼らは何れ、アリガ王国空軍の次代の操縦士たちを育てるという使命を帯びた、言わば未来の教官達となる人材が集められていた。


 そんなキャラクテェ飛行隊と模擬とはいえ空中戦を演じる事になった晴翔曹長は、アオイ七番を僚機に、高度を上げると、他の同僚機と残ったキャラクテェ飛行隊の状況を観察するように飛行を続ける。

 そして、自らの存在に気がついていないキャラクテェ飛行隊の機に攻撃目標を定めると、僚機と共に目標目掛けて機首を降下させる。

 三式戦闘機同様に優れた急降下性能を生かし、あっという間に攻撃目標の零式艦上戦闘機三二型に迫った二機は、二機が上方から迫っている事に気づくのが遅れ、回避行動を取り損ねた零式艦上戦闘機三二型目掛けて、すれ違いざまに一撃を浴びせる。



 あえなく撃墜判定を受けた零式艦上戦闘機三二型が空域を離脱していくのを他所に。

 晴翔曹長の機と僚機は、暫く降下を続けた後、そこからエンジンの唸りを上げさせて再び上昇を開始すると、再度観察を始めるつもりであった。


「っ! ブレイク!」


 だがその途中、晴翔曹長は自機と僚機目掛けて機首を向ける零式艦上戦闘機三二型の姿を捉え、反射的に発した晴翔曹長の声に、二機は回避行動へと移行する。

 刹那、先ほどまで二機が飛行していた空間目掛けて、幾つもの7.7mm口径のペイント弾が飛来する。


 そして、すれ違いざま、自機と僚機に攻撃を仕掛けてきた零式艦上戦闘機三二型の搭乗員の姿を目にした晴翔曹長は、ゴーグルや酸素マスクに素顔が隠れたその搭乗員が、セリーヌ軍曹ではないかと推測する。


「アオイ七番、大丈夫か?」

「あぁ、左翼に一発貰っちまったが、まだ撃墜判定はもらってないから大丈夫だ。……それじゃ、俺達二人から、熱い12.7mmペイント弾のお返しといくか?」

「いや、今回は俺一人でやる。アオイ七番は上空で待機して、万が一の場合は対処してくれ」

「おいおい、珍しいな? ……まぁいい、了解だ」


 両機がエンジン音を響かせて上昇していくのを他所に、晴翔曹長は、すれ違った後にそのまま離脱する事無く旋回し再び挑む姿勢を見せる、先ほどの零式艦上戦闘機三二型の姿を確認する。

 すると、酸素マスクの下の口角を、嬉しそうに吊り上げるのであった。


(お手並み、拝見させてもらうぞ)


 そんな晴翔曹長の気持ちに応える様に、追撃する零式艦上戦闘機三二型。

 振り切ろうと幾つかの機動を試すも、ぴたりと後方につける零式艦上戦闘機三二型。その様子に、晴翔曹長は満足そうな笑みを見せるも、直後、操縦桿を倒すと自機を右横転させる。

 刹那、先ほどまで自機が飛行していた空間を、一筋の火箭が走った。


(いい腕だ。……それじゃ、そろそろ、こっちも仕掛けさせてもらうぞ)


 そして、酸素マスクから供給される酸素を大きく吸い込むと、晴翔曹長はエンジン出力を制御する為のレバー、スロットルレバーを前に倒してエンジンの出力を増大させると、操縦桿を引く。

 すると、エンジンが唸りを上げ、機首が上空を向けると、晴翔曹長の三式艦上戦闘機は急上昇を開始する。

 それに追撃をかけるべく、零式艦上戦闘機三二型も急上昇を開始する。


 だが、零戦の後継として登場した三式艦上戦闘機に競り勝つことは、困難であった。

 やがて競り勝てないと悟った零式艦上戦闘機三二型は、一度体勢を立て直すべく機体を下方へと流し始めたのだが。その動きこそ、晴翔曹長の思惑通りの動きであった。

 既に上昇を止めて旋回を行った晴翔曹長の機は、形勢逆転し、零式艦上戦闘機三二型の後方につける。


 それを察した零式艦上戦闘機三二型は、回避行動に移るも、晴翔曹長は回避行動をとる零式艦上戦闘機三二型の未来位置に狙いを定めると、操縦桿の発射ボタンを押す。

 刹那、三式艦上戦闘機の主翼から閃光が走ると、大空に一筋の火箭が伸び。弾着した12.7mm口径のペイント弾は、零式艦上戦闘機三二型の垂直尾翼周辺を色鮮やかに染め上げた。


「流石、ですわ、ハルト曹長」

「やっぱり、クステル軍曹だったんだな」


 程なく、無線機からセリーヌ軍曹の賞賛の言葉が流れ始める。


「やはり、皇国軍でも一二を争う航空部隊の一員ですわ、完敗です」

「いや、そう言う君も、なかなかいい腕前だった」

「あら、……あ、ありがとうございます」


 互いに機体を水平に戻し、翼を並べて飛ぶ両者。

 すると、そんな様子を上空から一部始終見ていたアオイ七番から横槍が入る。


「おーい、アオイ九番。まだ紅白戦は終わってねぇぞ。女といちゃつくなら、基地に戻ってからにしろ」

「ば! ちが! これは互いの健闘を称え合ってるだけでだな──!!」

「おーおー、ここからだとお前が動揺している様子が、機体と通してよーくわかるぞ」

「あ、あの。では、私はお邪魔にならないように、空域を離脱しますわ」

「あ、あぁ。気をつけてな」

「うふふ、ハルト曹長も、この後も頑張ってくださいね」


 こうして空域を離脱していくセリーヌ軍曹の機を見送った晴翔曹長は、その後、セリーヌ軍曹の応援が効いたのか、大和皇国空軍との模擬空中戦でも活躍を見せるのであった。

 因みにその後、その活躍の際の原動力の秘密をアオイ七番が他の同僚たちに漏らしてしまい、晴翔曹長が顔を真っ赤にしてしまうのだが、それはまた、別のお話。






 上空で繰り広げられた模擬空中戦が一旦終わりを告げると、次に轟音を鳴り響かせ始めたのは、地上からであった。

 山と海に挟まれたマントーンの町は、その地形から大規模な車輛部隊の展開が難しく、軍事演習に参加した車輛は少なかったものの。

 それでも、オリーブグリーンにデザートイエローの、アリガ王国陸軍を示す二色迷彩が施された九七式中戦車数輌が、町の外に設けられた演習会場を、土埃を巻き上げながら縦横無尽に駆け回る。


 そして、停車位置に見事に停車すると、数百メートル離れた的に狙いを定め。次の瞬間、主砲の57mm戦車砲が火を噴く。

 刹那、的は爆発と共に黒煙の中へと消える。

 すると、それを合図にするかのように、九四式六輪自動貨車と呼ばれるトラックが数輌、姿を現す。

 程なく、停車した九四式六輪自動貨車の荷台から、九八式軍衣や九〇式鉄帽等の被服装備を身にまとった、人間や獣人、更にはエルフやドワーフ等が、その手に三八式歩兵銃を抱えて次々と降車する。


 降車した彼らは、所定の位置へと移動すると、隊長らしき人物の号令と共に、手にしていた三八式歩兵銃を構えると、立ち撃ちの姿勢をとる。


「撃てぇ!」


 そして、隊長の号令と共に、一斉に銃声が鳴り響く。

 複数の閃光と共に放たれた6.5mm弾の数々は、百メートル程離れた位置に置かれた、幾つもの円が描かれた紙を張り付けた木の板目掛けて飛来する。

 木の板に真新しい弾痕が次々と生まれると、間髪入れずに、新たな号令と共に放たれた6.5mm弾の数々が、木の板に命中していく。


 こうして三八式歩兵銃の装弾数分、五発分を全員が撃ち終えた所で、選手交代とばかりに、数人の獣人が姿を現す。

 被服装備こそ同様だが、彼らの手にした銃器は、本体上部に着脱式マガジンを備え、木製の銃床にグリップ、更にはキャリングハンドルに二脚を備えた。九六式軽機関銃と呼ばれる、機関銃であった。

 軽と名が付く通り、重機関銃に比べれば一人で持ち歩けるほどに軽量化されている機関銃を指す軽機関銃。そして、その名が付く通り、九六式軽機関銃の重量は約十キロと、ブ式7.7mm重機関銃 M1919と比較すると四キロ程軽量である。

 とはいえ、三八式歩兵銃約二挺半分にもなる重量を誇る同銃を両手で支え続けるのは容易な事ではない。筈であった。


 だがそれは、人間という種においての話。

 今回、九六式軽機関銃を手にした獣人たちは、人間よりも恵まれた体格を有し、九六式軽機関銃をまるで小銃の如く取り回している。

 そんな力自慢の獣人たちは、手にした九六式軽機関銃を構えると、まだ真新しい、先ほどと同様の木の板にその銃口を向けると、号令と共に引き金を引いた。


 刹那、耳をつんざく音と共に九六式軽機関銃の銃口が火を噴くと、直後、木の板が文字通り蜂の巣と化した。


「むぅ。これが現実の光景であるとは、今でも信じられません」

「ははは! 大佐、私も初めて目にした時はそう思ったものだ」


 そんな軍事演習の光景を、マントーンの町の物見塔から、大和皇国製の双眼鏡を使って観覧していた二人の人物。

 一人は、エクレール将軍。そしてもう一人は、マントーンの町に司令部を構える、陸軍のマントーン国境警備隊の隊長を務める初老の男性、フロラン大佐と呼ばれる人物であった。


「情報を聞き理解していたつもりでしたが、実際に動いている姿を見ると、あまりにも想像を絶しています。ヤマト皇国製のマスケット銃……」

「大佐。サンパチ式歩兵銃は、小銃と呼ばれる銃器で、厳密にはマスケット銃ではないぞ」

「そ、そうでした。そのサンパチ式歩兵銃は、まだ連射性能や命中速度等、性能は異なるものの基礎の部分ではマスケット銃の面影が感じられますので、まだマスケット銃の延長線上というのは想像もできます。しかし、あの機関銃と呼ばれる銃器は、自分の知る限り、既存の銃器では説明できない全く新しい発想の銃器です」


 そこで一旦間を置くと、フロラン大佐は再び語り始める。


「他国では、複数の銃身を持つマスケット銃があると聞きますが、あのキュウロク式軽機関銃は銃身が一つながら何百発もの弾丸を撃ち出せる。加えて射程も長く命中精度もよい。まさに、軍人の理想を具現化したかのような素晴らしい銃器です」

「ははは、理想を具現化か。それは言い得て妙だな」

「そして、そんな機関銃を物ともしない装甲を身に纏い、既存の半カノン砲以上の性能を有する大砲を積んだ、戦車。もはやあれ一台で、魔導師数十人、AG数機分の戦闘力を有している、そう言っても過言ではないと思えるほど、あれも素晴らしい兵器です」

「大絶賛だな、大佐」

「あれら兵器が王国軍全部隊に行き渡れば、王国軍はエウローパ……。いえ、エウラシア大陸一といっても過言ではない程の軍事力を手にするでしょう」

「エウラシア大陸一、か。確かに、そうだな」

「もっとも、元AG操縦者である自分としては、カルヴァドがキュウナナ式中戦車に置き換わっていくのは、少々寂しくは思いますが……」

「確かに、キュウナナ式中戦車の突破力はカルヴァド以上だ。だが大佐、全てのカルヴァドがキュウナナ式中戦車に置き換わる訳ではない。山岳地帯や街中など、入り組んだ地形ではまだカルヴァドの方が有利な場合も多い。故に、まだカルヴァドの活躍の場が全て失われた訳ではない」


 そして、エクレール将軍は、これから話す事はまだ他言無用で、と前置きを挟むと、再び口を開き始める。


「実はな、そうした戦車の不得意な戦場での戦いに備えて、ヤマト皇国と共同で、現在カルヴァドの強化用武装を開発中なのだ」

「な! 本当ですか!?」

「具体的には戦車の砲を流用したものになるのだが。やはり、元々戦車用に開発されたものとあって、開発は少々難航している。……だが、これが開発されれば、カルヴァドの価値は従来以上のものとなる筈だ」


 元AG操縦者として、エクレール将軍の言葉を聞いたフロラン大佐は期待に胸を膨らませる。

 そして、アリガ王国軍の更なる飛躍を確信させるのであった。


 だが同時に、その成果が表れるまでには今しばらくの時間を有する事もまた認識しており。

 その時間を稼ぐ意味でも、今回の軍事演習を目にし、アリタイ帝国が開戦を思いとどまってくれればと、そう願うのであった。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。


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