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第三話 新たなる船出

 九十九が武山海兵隊基地の視察を行った日から数日後。

 その日、大和皇国の重鎮達の度肝を抜く衝撃的な報告がもたらされた。


 その内容は、周囲を覆っていた謎の霧の一部が晴れた、というものであった。


 何故重鎮達がこの報告で度肝を抜かれたのかと言えば。

 実は、現在領土となっている大和列島の全体像自体は、既に一年以上も前にその調査が終了していた。

 そして、当時の大和皇国は、周辺に広がる大海原へと、その調査の手を広げる事となった。


 大海原を隔て、大陸や更なる島々の発見、ひいてはこの異世界の文明社会との接触等を期待していた当時の大和皇国だったが。

 派遣した調査隊からもたらされたのは、予想外の報告であった。

 それが、約二〇〇海里程離れた海上、大和列島を囲むようにして謎の霧が一面に広がっている、という内容であった。

 しかも霧は海上のみならず、天空や海中にまで見えずとも、まるで一種のバリアのように張り巡らされている様で。

 更に、一部調査隊が意を決して霧の中へと突入を試みた際、不思議な事に霧を抜けたかと思えば、何故か突入した地点に戻っており。


 この事から、この謎の霧を突破する事が不可能であると結論付けた大和皇国は、定期的に監視を行いながら、この謎の霧を突破する為の方法を模索し。

 その方法を見つけた際はその実現に向けて、国内の開発等に注力していた。


 所が今回、そんな大和皇国の努力を嘲笑うかのように、突如として謎の霧の一部が晴れた、という訳である。


「確か、前回の定期監視は二週間前だったか? だがその時の報告書には特段変化なし、と記載されてたと思うが?」

「は、はい。確かに、に、二週間前の定期監視の際には、特に何も変わった所はなかったと、僕もそう、記憶してます」


 そして、この報告を受けて、総理大臣官邸では緊急の対策会議が開かれる事となり。

 大和皇国の重鎮達が一堂に顔を揃えていた。


「それじゃなんで、今日になって突然、霧が晴れたんだ!?」

「ぼ、僕に、聞かれましても……」


 杉田陸軍大将の言葉を前に、今回の報告を行った調査部隊を擁する空軍の天羽空軍大将は、少しばかり及び腰となる。


「杉田君、天羽君に当たった所で、彼も私達と同じで原因については皆目見当がついておらんのだ。そう強く当たらないでくれ」

「ですけど東間さん、この一年程、定期的に監視していたにも関わらず、何ら変化がなかったのに。それが今日になって突然、何の前触れもなく晴れるなんておかし過ぎませんか!?」

「まぁ、杉田君のいう事も確かにそうだな。……野口君、今回の件について、君の見解を聞かせてはくれないか?」


 東間総理から話を振られた野口装技研長官は、そうですねと言葉を零しながら、程なく自身の見解を述べ始める。


「結論から申し上げれば、私も皆目見当がつきません。なにせ、あの霧自体、地球の科学では説明できない現象なので」

「野口君でもとなると、最早今回の霧のメカニズムの解明は諦めるしかなさそうだな」


 こうして、今回の謎の霧のメカニズムの解明に関しては棚上げする、という結論が出された所で。

 不意に、一人の人物が手を上げる。


「何かね? 青山君?」


 手上げたのは、青山海軍大将であった。


「謎の霧のメカニズムがどうであれ、この国の周囲を覆っていた霧の一部が晴れたのは紛れもない事実です。ならば、この機会を逃さず、霧の向こう側への調査を行うべきではないでしょうか?」

「ふむ……」

「あ、あの、ぼ、僕も青山さんの意見に、賛成、です」

「俺も賛成です。陸軍としちゃ水平線の向う側じゃ手伝えることも少ないが、新大陸の発見に備えて準備を整えておきますよ」

「あ、自分も賛成です!」


 青山海軍大将の提案に、他の大将たちも賛同を示し。

 更には国内開発を担当する担当者からの、今後の国内需要予測がいずれ国内資源の産出量を上回るとの試算報告を受けて、東間総理は決断を下した。


「分かりました。では、霧の向こう側に対しての調査隊派遣を行う事にしましょう」


 こうして、大和皇国は未知なる領域に向けて、未調査地域である霧の向こう側へと調査隊を派遣する事となったのであった。





 調査隊派遣の決定の翌日から、派遣される調査隊の準備が始まった。

 派遣されるのは、海軍を中心とした艦隊。

 迅速性を求めるのならば航空機がよいが、如何せん霧の向こう側が航空機の航続距離以上の大海が広がっているとも限らない為、水上艦艇による調査が行われる事となった。


 調査艦隊として選出されたのは、旗艦である金剛型戦艦二番艦にして大改装後の艦影を有する"比叡"の他、長良型軽巡洋艦の三番艦"名取"をはじめ神風型駆逐艦四隻からなるもの。


 そしてこの他に、上陸調査が必要な場合に備え、揚陸艦"あきつ丸"も同行し。

 同艦には、第一海兵師団より抜粋した海兵達が乗艦する事となった。



 それから二日後。

 準備の整った調査艦隊は、埠頭に並ぶ関係者たちの見送りを受けながら、横須賀基地を出港すると、一路霧の晴れた南東方向を目指して、白波を立てながら艦首を進めた。

 そして、数時間後。調査艦隊は本来霧が覆っていた海域を抜けると、未知なる大海原へと進出を果たすのであった。



 横須賀基地を出港してから数日後。

 調査艦隊は針路を南東へと向けながら、順調な航海を続けていた。

 澄み渡る青い空、何処までも続く大海原、そして輝く太陽という美しいコントラスト。


 そんな景色を一望できる、戦艦比叡の天守閣の如く艦橋では。

 戦艦比叡の艦長を務める高木 正雄(たかぎ まさお)大佐が、艦橋の窓の近くに佇みながら、気が休まらない表情を浮かべていた。

 高木大佐がこの様な表情を浮かべているのは、未知なる領域の調査に赴いているから、ではなかった。

 確かにそれも要因の一つではあったが、最大の要因は、今回の調査に同行しているとある人物達の存在に他ならなかった。


「顔色が優れないようだが、大丈夫かね? 高木艦長?」

「あ、これは高橋提督!」


 と、不意に、海軍の軍服を着こなした一人の初老の男性が高木大佐に声をかけた。

 振り返り目にしたその人物の顔を目にして、高木大佐は一瞬目を点にすると、直ぐに表情を引き締め直す。

 その人物とは、今回の調査艦隊の司令官を務める、高橋 源悟(たかはし げんご)少将であった。


「今回の航海は確かに、重大であると共に不安が尽きぬものだ。だが、海軍軍人たるもの、航海の間は不安な様子は見せない事だ。特に、部下の乗組員たちが見ている前ではな」

「は! ご心配、ありがとうございます。……ですが」

「ま、君の言いたい事も分からなくはない。かくいう私も、平然を装ってはいるが、内心では不安で仕方がないのだ」


 高橋少将の漏らした本音に、高木大佐は同じ不安を共有できた安心感から、幾分か顔色をよくするのであった。


「まさか、高橋提督も同じような不安を抱いていらっしゃったとは……」

「ははは! 任務にあのお二人が同行していて、気苦労せん者などおらんよ」

「あはは……」

「しかし、青山総長のみならず、海兵隊の錦辺総司令まで、今回の調査に同行を希望するとは……。はぁ、これでもしお二人の身に何かあったら、私はもう本国の土を踏めんよ」

「お気持ち、お察します」


 二人が不安な気持ちを抱えている最大の要因。

 それが、今回の調査艦隊に海軍と海兵隊のトップ二人が同行している、というものであった。

 一応、万が一に備えて、海軍と海兵隊の特殊部隊から護衛要員も同行させて身辺警護を行ってはいるが。

 それでも、高橋少将と高木大佐の心中に安堵の二文字が訪れる機会は、横須賀基地へと帰港を果たすまでやっては来ないだろう。


「ま、今は、この穏やかな大海原の如く、今回の調査が何事もなく終わるように祈ろうじゃないか」

「は!」

「所で高木艦長、どうかね? 今晩あたり、私の部屋で気付け薬()を一杯?」

「よ、よろしいので!?」

「あぁ、実はね、出港前にいい気付け薬(ウイスキー)を貰ってね。やはり、いいものは誰かと分かち合ってこそ、更によくなると思うのだが、どうかね?」

「は、はい! 是非ともご相伴にあずからせていただきます!」


 こうして共に気苦労を共有する二人が、今夜の酒の席の約束を交わしている頃。

 そんな二人の気苦労の要因となっている二人の軍トップは、何処で何をしていたかと言えば。



 青山海軍大将と九十九の姿は、戦艦比叡の第三砲塔近くの甲板上にいた。


「流石は海兵隊きっての精鋭、強いね」

「ありがとうございます、青山総長」


 そこでは現在、甲板上で戦艦比叡の非番の乗組員達と、九十九の身辺警護として乗艦していた第一〇一武装偵察部隊第三中隊からの選抜二十名の内の一人、石坂軍曹が訓練の一環である相撲を取っていた。

 二人は、それを観戦していたのだ。

 因みにその戦績はと言えば、石坂軍曹の十戦十勝というものであった。


「石坂軍曹、だっけ。流石は第一〇一武装偵察部隊の一員、素晴らしい相撲だったよ」

「お褒め頂き光栄です! 青山総長殿!」

「はぁ……、石坂軍曹の奴、また調子に乗って余計な事を口にしなきゃいいけど」


 素晴らしい活躍を青山海軍大将から褒められ、気分がよくなる石坂軍曹。

 そんな様子を目にしていた、同じく身辺警護として乗艦していた真鍋大尉は、胸騒ぎを零すのであった。


「そうだ、青山総長殿! どうです? 総長殿もご一緒に?」

「あの馬鹿……」


 と、直後、真鍋大尉の胸騒ぎは的中してしまうのであった。


「おい石坂軍曹──」


 そして、上官として部下である石坂軍曹の言動を注意しようとした刹那。

 不意に九十九に制止され、予想外の人物からの制止に真鍋大尉は呆然となる。


「石坂軍曹、流石に青山総長に相撲を取らせるのはご迷惑だよ」


 真鍋大尉を制止し声をあげたのは、誰であろう九十九であった。


「でもそれだと、石坂軍曹の気持ちも収まりが悪いだろうから。だから、代わりに俺が相手になるっていうのはどうかな?」

「な! 錦辺総司令!?」

「へぇー、面白そう」

「ですねぇ」


 九十九の口から飛び出した言葉に、真鍋大尉は更に驚愕の声をあげ、同じく身辺警護の任に当たっていた藤沢伍長と平山伍長の二人は興味深そうな言葉を零す。


「へ? 総司令殿が、でありますか?」

「うん、駄目かな?」

「そりゃ構いませんが……。でも総司令殿、大丈夫なんですか? こう言っちゃなんですが──」

「これでも一応、自分の身は自分で守れるように訓練は積んでるし。それに、杉田参謀総長にも稽古をつけてもらってるしね」

「でぇっ!? 杉田参謀総長って、あの陸軍の杉田参謀総長ですか!? 大和列島制圧戦の折、オーガと一対一での殴り合いに勝って"鬼殺し"の異名が付けられた、あの!?」


 海兵隊総司令官という肩書から、執務室で書類と睨めっこしているだけで、体など殆ど動かしていないと勝手に想像していた石坂軍曹。

 だが、九十九の口から漏れた言葉に、石坂軍曹は驚愕の声をあげた。

 特に、上記のように陸軍のみならず海兵隊にも、その物騒な異名が知られている杉田陸軍大将から直接指導を受けているという事実は特段驚きであったようだ。


 因みに、杉田陸軍大将はゲームのプレイヤー時代は元々警察官だった為、多少はその腕っぷしに自身があり。

 それが大和皇国実体化後は、指揮官先頭とばかりに戦地に赴いては幾度かモンスター達と死闘を繰り広げ、更にその腕っぷしが磨かれ、いつしか鬼殺しという異名まで付けられるようになっていた。

 閑話休題。


「って事は、もしかして総司令も無茶苦茶強かったり?」

「さぁ、それは分かりませんけど。でも、面白そうではありますね」

「まさか錦辺総司令が、あの杉田参謀総長から直接稽古をつけてもらっていたとは……」

「成程ね、それで時々杉田参謀総長と会ってたわけか」


 他の面々もその事実には驚いた様子だったが、青山海軍大将は以前から二人が会っていた事を知っていたのか、納得した様子を浮かべていた。


「それで、石坂軍曹。これでもまだ俺と相撲を取るのは不満かな?」

「い、いえ! そんな事はありませんよ! むしろ、あの杉田参謀総長に稽古をつけてもらってると聞いちゃ、ますます一戦交えたくなったってもんです!」


 白い歯を見せてやる気をみなぎらせる石坂軍曹の様子を目にして、九十九は小さく笑みを浮かべると。

 相撲を取るべく、徐に着ていた軍服の上着を脱ぎ始める。


「真鍋大尉、すみませんけど、少しの間持っていてください」

「は、はい!」


 そして、上半身裸になると、即席土俵へと歩みを進めた。


「言っときますけど、総司令殿だからって手加減はしませんよ」

「それはよかった。俺も、勝つつもりだから、手加減されちゃ嬉しさも半減しちゃう所だったよ」

「その意気、いいですね! それじゃ、本気の相撲、取りましょうや!」

「いくぞ!」


 互いに腰を下ろして向かい合い、準備が整うと。

 刹那、行司役を務める比叡乗組員の取組開始の合図と共に、先に仕掛けたのは石坂軍曹の方であった。


 その巨体をまるでトラックの如き勢いで、九十九目掛けて突撃させる。

 対して九十九は、姿勢を低くしたまま、迫る石坂軍曹の巨体を右脇へと素早い動きで躱す。

 九十九の素早い動きに目標を見失った石坂軍曹は、咄嗟に勢い余って土俵を飛び出さないようにブレーキをかける。

 その際、ブレーキをかけた事により体勢を崩しかける石坂軍曹、その一瞬を、九十九は逃さなかった。


 石坂軍曹の巨体目掛けて思い切り手の平を突き出すと、石坂軍曹は不意の攻撃に対処できず、そのまま土俵外へと出るように倒れ込んでしまう。


 その瞬間、行司役の比叡乗組員が勝負ありと宣言し、九十九と石坂軍曹との取組は、九十九の勝利によって幕を閉じた。




「いやー、参りました!」


 取組後、再び上着に袖を通した九十九に、石坂軍曹は負けたにもかかわらず嬉しそうに声をかけた。


「何だか負けた割には嬉しそうだけど?」

「ははは! なんせ、俺達、いや自分達の上に立つ総司令殿が自分よりも強いって分かったんです! 自分としちゃ、腕っぷしもないのに机に座ってるだけの司令官よりも、よっぽど信頼できるんで、嬉しいってもんですよ!」

「でもそれだけ強いなら、あたし達の警護っていらなくない?」

「ですね。……という事で、寝てきていいですか? ふぁ~」

「はぁ、お前たちは……」


 思い思いの感想を漏らす部下達に、真鍋大尉はため息を漏らす。


「驚いたよ。まさか錦辺総司令があそこまで強いだなんて」

「そんな、偶々ですよ」

「喧騒することはないよ。はは、これは僕も、部下に威厳を見せる為に、少しは鍛えておいた方がいいかな?」

「もしよければ、杉田参謀総長に一緒に稽古、つけてもらいますか?」

「う、うーん……」


 そして、三人の部下に真鍋大尉が雷を落としているのを他所に、青山海軍大将と九十九は、雑談に興じるのであった。

小解説コーナー

戦艦比叡。

日本海軍の戦艦の一隻にして、大和型戦艦のテスト艦として大改装がなされた為、他の姉妹艦とは艦橋構造物の形状が異なる。

実は、それ以前の練習戦艦への改装の時に練習戦艦へと艦種変更したのだが、再度変更するのを忘れて戦争に突入したので、書類上は練習戦艦のまま実戦に赴いたのだ。


長良型軽巡洋艦。

日本海軍の五五〇〇トン型軽巡洋艦の第二段として建造された、同型艦六隻。三本煙突に箱型艦橋構造物。


神風型駆逐艦。

日本海軍の駆逐艦の一種で、同型艦九隻。実は神風型は初代と二代目があり、作中に登場したのは二代目の方。


あきつ丸

地球では日本陸軍が建造した事でも知られる、後の強襲揚陸艦の先駆け的存在。



この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


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