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第三十三話 星に願いを

 その日の夕方。

 ダミアン大佐の言っていた通り、収容人数を考慮し、基地内の格納庫内に設けられた特別会場にて、明日行われる軍事演習の成功を祈って、決起集会が開催された。

 会場に設けられたステージ上で、ダミアン大佐を始めとした士官たちの挨拶等が行われ、参加者たちが明日の軍事演習の成功に向けて士気を高め、成功に向けて気持ちを一つにし終えた所で。

 その後は、会場の長テーブル等に用意された地元食材を使った郷土料理や、ワインやジュース等を交わして、参加者たちの親交を深める為の時間が始まる。


 そんな中、晴翔曹長は、ブドウのジュースが入ったグラスを片手に、同じく明日の軍事演習に参加するべくヨ―リン空軍基地へとやって来ていた大和皇国空軍の戦闘機搭乗員達と会話に興じていた。


「ははは、って事は、飛燕と燕戦で兄弟対決って事になるな」

「あぁ、だな」

「とはいえ、今回は一型だから性能差は殆どないが。もし二型なら、確実に勝利は空軍が貰ったようなものだな」

「お、言ってくれるじゃねぇか。それじゃ、今度演習をするときは、そっちは飛燕二型、こっちは最新の烈風で参加させてもらうぜ」

「おいおい、そりゃナシだろ。あんな"直線番長"、俺達の可愛い燕ちゃんの脇を通っただけで、風圧で吹き飛ばされちまうよ、勘弁してくれ」


 同僚である第二二三戦闘飛行隊の隊員と、空軍戦闘機搭乗員との話に耳を傾けながら、晴翔曹長は時折周囲の面々と共に笑みをこぼす。


 今回の軍事演習では、第二二三戦闘飛行隊とアリガ王国空軍の飛行隊との紅白戦の他に、皇国空軍の飛行隊と第二二三戦闘飛行隊との紅白戦も予定に組み込まれていた。

 その際、皇国空軍の使用する機種は、三式艦上戦闘機の兄弟と言うべき三式戦闘機であった。


 三式戦闘機、飛燕は、大日本帝国陸軍が開発・運用した同名の戦闘機をモデルとしながらも。

 大和皇国が開発したロールス・ロイス マーリンと言うべき"アツタ"と呼ばれる液冷エンジンを搭載した他、オリジナルよりも曲線的なラジエーター・ダクト、その形状はP-51 マスタングと呼ばれる戦闘機に酷似したものになる等。

 大和皇国独自の設計変更が行われ、オリジナルよりも更に洗練された外見を有する機体となっている。


 マーリン45に相当する、一四七〇馬力を誇るアツタ四五型を搭載し、最高速度は三式艦上戦闘機よりも一〇キロメートル毎時早い、六一〇キロメートル毎時を誇る。

 武装は20mm機関砲を機首に二門、翼内に左右ぞれぞれ一門ずつ12.7mm機関砲を装備し、翼下に二五〇キロ爆弾を搭載する事もできる。


 因みに、空軍の戦闘機搭乗員が口にした二型とは。

 上記のアツタ四五型搭載の一型に対し、マリーン66に相当する、一七二〇馬力を誇るアツタ六六型を搭載した派生型の事であり。現在、一型を更新する形で部隊配備が進められている機体である。

 アツタ六六型の性能により、最高速度は一型よりも早い、六六〇キロメートル毎時を誇る他。

 武装は一型と同様ながら、二型はアツタ六六型の搭載に伴う重量バランスの調整の為、機体の全長が二百ミリほど延長されている。


 三式戦闘機一型及び二型共に素晴らしい戦闘機ではあるものの。

 如何せん、三式戦闘機以上の頑丈さと、二千四百馬力の誉二八型が生み出す七二〇キロメートル毎時の最高速度から、大和皇国軍の航空機搭乗員間で"直線番長"との異名をつけられている烈風こと四四式戦闘爆撃機を相手にするには、分が悪かった。


「だけど、噂によると空軍は今、例の極エンジンを搭載したモンスターマシンを開発してるって言うじゃねぇか?」

「あぁ、噂だけどな」

「具体的な性能とかは聞いてないのか?」

「いや、流石にそこまでは……。ただ、噂によると、プロペラの配置は推進式らしい」

「ほぉ……」


 その後、噂話程度に漏れ聞こえている大和皇国空軍が開発中の次世代機の話題などで盛り上がっていると。

 不意に、そんな彼らに声がかけられる。


「何だか盛り上がってるが、参加してもいいかな?」

「お、あんた達、アリガ王国空軍の?」

「明日の軍事演習に参加する、ヨ―リン空軍基地所属のキャラクテェ飛行隊の隊長を務めているムーショット空軍大尉だ。こっちは部下のセリーヌ・クステル軍曹だ。よろしく」

「よろしくお願いいたしますわ」


 声をかけた主は、飛行服に身を包んだ灰褐色の毛並みを持つ狼部族の血を引く男性獣人ともう一名。

 同じく飛行服に身を包んだ、猫部族の血を引いているものの、血が薄いのか、耳と尻尾がある以外は殆ど人間と外見が変わらない、綺麗な青い目をした女性獣人であった。


 キャラクテェ飛行隊の隊長と隊員という素性を明かした二人に、第二二三戦闘飛行隊の隊員や空軍戦闘機搭乗員達は一様に敬礼する。

 そして、答礼で応えた二人を迎え入れると、一行は再び会話を再開した。


「ムーショット大尉。君達は皇国から供与された戦闘機に搭乗以前は、竜騎士としてワイバーンに搭乗していたんだろう?」

「あぁ、そうだ」


 その話題となったのは、他国では今でも第一線の航空戦力として、航空機供与以前にアリガ王国の空を守っていた、ワイバーンに対するものであった。


「ワイバーンというのは、その、どういう生物なんだ? 我々も一様、野生の種と一戦交えた事はあるし、調査報告書を呼んで飛行性能等については把握しているつもりだが。やはり、実際に搭乗して、身近に接していた大尉たちの意見と言うものも聞いてみたい」

「ふむ、そうだな……」


 大和皇国の国民の一員でもある彼らにとっては、初めて目にした時の衝撃たるや凄まじいものであったが。今や、見慣れた飛行性生物の一種と化したワイバーン。

 だが、改めて考えれば。戦闘に役立つであろう生態情報については一様は把握していたものの、相棒として、戦闘以外の生態などについての情報に関しては、あまり知らないでいた。


 必要ない。と切り捨ててしまえばそれまでだが。

 彼らにとっては、ワイバーンとは物語の中にのみ登場していた空想の生物。必要ないと言われても、ついつい知的好奇心が刺激される。

 なので、ほんの三か月前まで、そんなワイバーンと寝食を共にしていた、まさに専門家と言うべきムーショット大尉。そんな彼からワイバーンに関するいろはを学べる良い機会に、彼らは関心の目を向けた。


「野生の種は、気性が荒いものが殆どだが。軍で管理・育成されている種は、大抵、大人しくて従順な子が殆どだ。……まぁ、稀にとんでもないじゃじゃ馬もいるにはいるがな」

「成程」

「それから、軍だけじゃなく、民間でもそうだが。野生と異なり、人の手によって管理・育成されているワイバーンは、竜房と呼ばれる小屋で過ごしているんだが、ずっと小屋の中に閉じ込めてると、我々人類と同様にストレスを感じ蓄積させる。だから、ストレスの解消と運動不足の解消を兼ねて、一日に三十分ぐらいは空の散歩に連れて行ってやる必要があるんだ」

「馬と似ているな」

「そうだな。だが、馬と違って、ワイバーンでの空中散歩は気持ちいいぞ。特に快晴の日は格別だ。君達も、飛行機械で空を飛んでいるのなら、分かるだろ?」

「あぁ、分かるとも。確かに、地平線まで見渡せる、晴れ渡った空を飛ぶのは、言葉では言い表せない程だ」


 空を飛ぶ者同士、快晴の空を飛ぶ素晴らしさを共感した所で、ムーショット大尉は更にワイバーンのいろはを語る。


「後は、ワイバーンは雑食性だから、基本的にはなんでも食べる。野菜や果物、魚の他に、動物や小型モンスターの肉等々、兎に角何でもだ。と言っても、軍や民間で飼われてるワイバーンは、肉・魚・野菜をバランスよく与えている」

「……一つ、いいか? 動物や小型の魔物も食べるという事は、まさか、その」

「あぁ──、野生の種に襲われたという被害は、毎年何件かは聞くな。ただ、軍や民間で飼われているものに関しては、ちゃんと食わないように躾けているから安心してくれ。……まぁ、他国のワイバーンに関しては、分からないが」


 ムーショット大尉の口から漏れた、ワイバーンは人を食べる事もあるという示唆を聞き。

 ムーショット大尉とセリーヌ軍曹を除く面々は、若干凍てつくのであった。


「あ、あの! 質問、よろしいでしょうか!」

「君は?」

「第二二三戦闘飛行隊所属、恵利 晴翔曹長であります!」


 そんな場の空気を変えるべく、晴翔曹長が声をあげた。


「他国のワイバーンという所で、今回の軍事演習敢行の切っ掛けと言うべき、アリガ王国の隣国であるアリタイ帝国では、王国のワイバーンよりも強力なワイバーンを配備していると聞いたのですが? ムーショット大尉は、どの様な性能を有しているのか、ご存知でしょうか?」


 すると、それが功を奏し、場の空気は変化する。


「王国が取集した情報によると、ワイバーン・エリートと呼ばれる品種改良の種は、ワイバーンよりも硬い皮膚を持ち、三〇〇キロメートル毎時という最高速度を誇る等、その性能は従来のワイバーンを凌駕するとか。ただ、一部で噂されていた火炎弾を吐く事は出来ないようなので、攻撃手段としては噛みつきや足の爪を使った引っ掻き。それに、搭乗者の携帯武器や魔法という従来の種と変わらず、攻撃時に狙いを定める為減速するのも同様だという」

「最高速度は三〇〇キロメートル毎時……。となると、二世代どころか三世代も前の戦闘機並。なら、燕戦の敵じゃない」


 ワイバーンが大和皇国の航空機に対して唯一勝っている点、それは離着陸時に必要な助走距離が十数メートルという極めて短い距離と言う事。

 因みに、訓練を積めば助走距離の必要ない、所謂垂直離着陸が可能となり。晴翔曹長達は知らなかったが、以前九十九が搭乗した、王族使用のワイバーン・キャリッジに使用されているワイバーン達は、皆これに該当する個体達であった。


 とはいえ、それ以外の性能に関していえば、最高速度を始め、旋回性能や上昇力。

 更には、マスケット銃やクロスボウ、炎系魔法による攻撃手段に比べ、連射速度や射程等。何れも三式艦上戦闘機はおろか、アリガ王国に供与された旧式機ですらも勝っている他。

 空中で停止飛行を行う事も出来ない。


 その為、晴翔曹長は、自身をもって、品種改良の新種であっても大和皇国の誇る戦闘機群の敵ではないと断言した。

 そして、そんな晴翔曹長の言葉に同意する様に、同僚や空軍戦闘機搭乗員の面々が小さく頷く。


「確かに、ヤマト皇国の飛行機械に比べれば、幾ら品種改良された種とは言え、航空戦力としては劣等でしょう。ですが、そうやって劣等だからと油断していると、痛い目を見ますわよ」

「む、何だと?」


 刹那、そんな晴翔曹長に注意を促すかのように、セリーヌ軍曹が声をあげた。


「若くして功績を上げている、そうやって天狗になっていると、その可愛いお尻を鋭い牙で食い千切られてしまうかもしれませんわよ?」

「おい、何だよその言い方!」

「まぁ、お分かりになりませんの? では、お若い空の戦士さんであるハルト曹長にも分かるように言い直しますわ。ご自身の腕前や飛行機械の事を過信し過ぎると、格下のワイバーンであっても墜とされてしまうかもしれませんわよ」


 セリーヌ軍曹の突っかかる様な物言いに、晴翔曹長の眉間にしわが寄っていく。


「おい! さっきから何だよ、その言い方は!」

「あら? 私は、格下でも油断するべきではないと、注意をしてさしあげたんですのよ?」

「そんな事重々承知してる! 俺が言いたいのはそこじゃねぇ! 俺が言いたいのは、俺の事を年下扱いしてる言い方の方だ!!」

「へ?」


 そして、晴翔曹長の口から飛び出した予想外の指摘に、セリーヌ軍曹は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべる。


「どう見たって同年代位じゃねぇか!」

「同年代って……。貴方、幾つなんですの!?」

「俺はもう立派な二十二歳だ!」

「え、えぇーっ!! ほ、本当に私と同年代、ですの。て、てっきり、十六歳位かと……」


 刹那、驚嘆するセリーヌ軍曹を他所に、晴翔曹長の同僚たちがどっと笑い始めた。


「ははは! 仕方ねぇよ、晴翔。初対面じゃ、誰だって十六・七に見えるって!」

「そうそう、その童顔じゃ、仕方ねぇよ」

「俺だって、好きでこんな童顔になったんじゃねぇっ!」

「まぁ落ち着け、晴翔曹長。確かに、その顔は誤解されやすいかもしれないが、考え方によっては、年を取っても若く見られるという事だ。悪い事ばかりじゃないだろう」

「隊長! 俺にとっては数十年後の利点じゃなくて、今の問題の方が深刻なんです!」

「なら、心を強く持つことだ!」

「たいちょー!」


 セリーヌ軍曹を他所に、盛り上がる第二二三戦闘飛行隊の面々。

 程なく、一端落ち着きを取り戻した所で、ムーショット大尉がセリーヌ軍曹の非礼を本人に代わり謝罪する。


「あぁ、大丈夫。曹長は海兵隊航空団一の童顔と言われて久しいから、本人も口ではああ言ってるが、本心ではもうそこまで気にしてないですよ。な、曹長?」


 そして、隊長からの問いかけに晴翔曹長は黙って頷くと、外の空気を吸ってくると告げ、その場を後にする。





 背後から参加者たちの雑音が聞こえる中、満天の星空を望める格納庫の外へと移動してきた晴翔曹長は、一人、小さくため息を零す。

 そして、心を落ち着かせるかのように、綺麗な夜空を眺めていると、不意に、背後に気配を感じた。


「あぁ、確か、クステル軍曹、だったよな」

「え、えぇ。ごめんなさい、お邪魔、でした?」

「いや、大丈夫だ」


 振り返ると、そこにいたのはセリーヌ軍曹であった。

 セリーヌ軍曹はおずおずと晴翔曹長の横に移動すると、恐る恐る晴翔曹長に声をかけ始める。


「あ、あの、ハルト曹長。先ほどは私、失礼な事を言って、申し訳ありませんでしたわ」

「隊長も言ってただろ、もう慣れてる。だから気にしなくていい」

「そう、ですか、分かりましたわ」


 そして訪れる静寂。

 格納庫内から聞こえる雑音以外、夜で、しかもヨ―リンの街からも離れているという事もあり、聞こえてくるのは時折吹く風の音だけであった。


 すると、そんな静寂に耐えかねたのか、不意に晴翔曹長が話を始めた。


「なぁ、クステル軍曹」

「はい、何でしょうか?」

「どうして、ワイバーン相手でも油断するべきではないって注意した時、少し悔しそうに顔をしかめてたんだ?」

「っ! 気づいて、いましたの!」

「あ、あぁ。相手を観察し、相手の癖や仕草から相手の弱点を見抜き、それをもとに攻撃を仕掛ける。……俺の尊敬する先輩から教わった空戦のモットーだ。だから、地上にいても、ついつい癖で人間観察しちまうんだ」

「そうだったんですのね」


 そして、一拍間を置くと、セリーヌ軍曹は晴翔曹長の質問に答え始める。


「私の実家、ワイバーンの生産牧場をしているんです。ですから私も、物心ついた頃からワイバーンとは触れ合っていたんですの」

「そ、そうだったのか」

「えぇ。ですから、例え他国のワイバーンの事とは言え、ワイバーンを蔑んだ様なハルト曹長の言葉が、少し、許せなかったんです」

「それは、悪かった……。無神経な事を言って、すまん」


 セリーヌ軍曹の言葉を聞き、彼女のワイバーンに対する愛情の深さを知った晴翔曹長は、彼女に向かって頭を下げながら謝罪の言葉を口にする。

 すると、セリーヌ軍曹は不意に笑みをこぼし始める。


「ふふふ」

「な、何だよ?」

「いえ、何だか、ハルト曹長の謝るお姿が、妙に愛らしいと思ってしまいまして」

「な! お、おい!」

「うふふ、ごめんなさい」

「はぁ……、ったく」


 こうして、少しばかり親交を深めた二人は、明日の軍事演習についての話を始め。

 その話の流れから、話題が、アリタイ帝国との戦争の可能性についてに切り替わる。


「できれば、アリタイ帝国との戦争は、起きてほしくありませんわ」

「それは、戦争になったら、帝国のワイバーンと戦う事になるからか?」

「えぇ。……勿論、私だって軍人ですから、戦争になれば戦う覚悟は出来ています。でも、回避できるのなら、回避したい。それが私の本心です」

「そっか……」

「ハルト曹長は、その──」

「俺か? 俺も、出来れば戦争なんてのは御免被りたいかな」

「え?」


 晴翔曹長の言葉を聞き、セリーヌ軍曹は意外そうな顔を見せる。


「おいおい、何だよその顔」

「あ、いえ。てっきり、ハルト曹長は血気盛んなのかと」

「それ絶対、顔で決めつけてるだろ。……まぁいい。兎に角、血を流さずにお互い手を取り合えるのなら、それに越したことはないと俺は思ってる。そういう意味じゃ、明日の軍事演習を見て、帝国が戦争を起こそうなんて考えを改めてくれればいいんだけどな」

「そうですわね」


 そして二人は、そんな願いを夜空に輝く星々に込めるかのように、暫し、満点の星空を見つめるのであった。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。


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