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第三十二話 南東の空軍基地

 カステル・サント・アンジェロ城内での会議から数日後。

 安全保障条約の締結に伴い整備された大和皇国とアリガ王国とのホットラインを使い、急遽、アリガ王国側からの申し出で会議の場が設けられ。

 九十九は、大和皇国からの参加者の一人として、同会議に参加していた。


「アズマソウリ、急な申し出に応じていただき、先ずは感謝を」

「いえいえ。それよりも、急を要する事態が起こったとお聞きしましたが?」


 会議の開催場所は大和皇国の首都、帝都の総理大臣官邸の会議室。

 会議の開始直後、アリガ王国側の参加者の一人であるアポロ国王は、大和皇国側の参加者の一人である東間総理に対し、立ち上がって深々と頭を下げようとしたが、東間総理に制され、再び着席するのであった。


「はい、そうなのです。……所でアズマソウリ、ソウリは、アリタイ帝国という国をご存知ですか?」

「えぇ、存じております。アリガ王国の南東に位置する隣国の一つですね。実は我が国は、三か月ほど前に同国と接触を図ったのですが、体よく追い返されてしまいましてね」

「そうだったのですか」

「それで、そのアリタイ帝国が、どうしたのですか?」


 対面に座る東間総理を見据えながら、緊張した面持ちをしたアポロ国王は、一度深呼吸を挟むと、ゆっくりと、今回の会議を開いたその理由を語り始める。


「実は、さる筋から入手した情報によって、アリタイ帝国が、我がアリガ王国の南東部に対する侵攻作戦を実施する事が分かったのです」

「な! 何ですって!? それは、本当なのですか!?」

「はい。その情報以外にも、間者からの報告により、帝国軍の大部隊が我が国との国境付近への大規模移動を開始している事も確認されています。おそらく、侵攻は、まず間違いないかと」


 アポロ国王の口から語られた事実を聞き、大和皇国側の参加者たちは皆一様に驚きの色を隠せないでいた。


「所でアポロ国王陛下、何故、アリタイ帝国はアリガ王国に侵攻を?」

「実は……」


 東間総理の疑問に対して、アポロ国王はアリガ王国南東部が、元々アリタイ帝国の前身の一つであったニャーデルサ王国の領土であった事や。

 その国王を務めていた人物が、現在アリタイ帝国の長であるムリーニ大元帥である事など、背景を説明する。


「成程。両国には、そのような歴史的背景があったのですね」

「近年、国境の緊張状態が高まるなど、懸念してはいたのですが……。まさか、本当に侵攻を行うとは」

「心中お察しします。……所で、もう一つ、質問してもよろしいですかな?」

「何でしょうか、アズマソウリ?」

「さる筋からの情報とは、一体どの様な? 話から察するに、随分と精度の高い情報源とお見受けしたのですが」


 東間総理の質問にアポロ国王は言葉を詰まらせる。

 すると、そんなアポロ国王の様子を察し、同席していたフレグル外務大臣が話をしようとした刹那。

 ふと、アポロ国王はフレグル外務大臣の行動を制すると、東間総理の質問に答え始める。


「この情報は、ムリーニ大元帥の娘である、ルクレツィア・ムリーニ氏からもたらされたものです」

「ほぉ、成程……。確かに、国家元首の娘となれば、国家の最重要機密である侵攻作戦の情報を入手する事は容易ですな」

「はい、ですから──」

「しかし、アポロ国王陛下。その人物、信頼してよいのですかな? 仮にも仮想敵国の国家元首の娘。幾ら国家元首の娘と言っても、この様な情報を仮想敵国に流した事が露見すれば、極刑は免れません。もしかすると、欺瞞工作の一種であり、偽情報である可能性も──」

「彼女は、そんな人ではありません!!」


 刹那、東間総理の言葉に、アポロ国王は珍しく語気を荒らげ机を叩いた。

 その様子に、東間総理も九十九も、思わず目を見張った。


「彼女は、両国が血を流さずに手と手を取り合える事を心から望んでいる人です。そんな事を考える人では断じてありません」


 そして、多少声を落とし、続けて言葉を述べるアポロ国王。

 声量こそ低くなったものの、その声には、ルクレツィアを信じるアポロ国王の信念が滲み出ていた。


「いや、失礼いたしました、アポロ国王陛下。陛下がそこまで仰るのならば、欺瞞工作である可能性は低いでしょう」

「……信じていただき、ありがとうございます」


 そんなアポロ国王の信念を、そして、アポロ国王がルクレツィアに対して抱いている別の感情を察した東間総理は、ルクレツィアの今回の行動に悪意はないと結論付けるのであった。



 こうして、今回のアリタイ帝国の侵攻作戦に関する情報源も判明した所で、今回の会議の本題でもある、この侵攻作戦に対する対応の議論が始まる。


「アポロ国王陛下、陛下は、今回の侵攻作戦に対し、どの様な対応をお望みですか?」

「私としては、出来れば、戦争は避けたい。それが、彼女の行動に応えた事になるから……」

「ふむ、成程。確かに、それが一番理想的ではありますが……」


 渋い顔を見せる両者からも分かる通り、明確な侵攻の意志を持っているアリタイ帝国にその意志を捨てさせる事は簡単な事ではない。


「あの、いいでしょうか?」

「ん? 何か妙案でもあるのかね、錦辺君?」


 参加者たちが頭を悩ませていると、不意に、九十九が手を上げ発言を求めた。

 そして、発言の許可を得ると、九十九は自身の考えた案を述べ始める。


「ルクレツィア・ムリーニ氏からもたらされた情報では、まだ侵攻の開始までに十日ほどの猶予はあります。そこで、提案なんですが……」


 そこで九十九は一拍間を置くと、再び案を述べ始める。


「アリガ王国とアリタイ帝国との国境付近において、我が大和皇国軍とアリガ王国軍による軍事演習を敢行し、両軍の実力を示す事によって、アリタイ帝国の侵攻の意志を挫く。というものなんですが、いかがでしょうか?」


 九十九の考えた案を聞き終えた参加者たちは、一様に九十九の案を肯定的に受け止めていた。


「それは良い案です、ニシキベ殿!」

「ふむ、逆に、帝国の感情を逆撫でしないとも限らないが……。確かに、外交ルートによる解決が難しい現状では、帝国の意志を挫くには、最も効果的でしょうな」


 危険な賭けである事も事実ではあるが、話し合いによる解決の糸口が見つからない現状においては、双方が血を流さずに戦争回避を目指すには、九十九の案は最も成功の可能性が高いものであった。

 こうして、満場一致で九十九の案が採用され、その後の話し合いは、主に軍事演習の場所や規模、更に日時などを決める為のものとなった。


 やがて、話し合いの結果、大和皇国軍とアリガ王国軍による軍事演習が、四日後に敢行する事が決定されたのであった。






 上空に広がる快晴の青空、そして、眼下に広がるのは、アリガ王国の大地が育み育てている、地平線までの一面に広がる穀倉地帯。

 青々と芽吹いた小麦が出穂し、やがて訪れる収穫期に向けて、これから穂が開花し黄金色に色づき登熟していく事だろう。


 そんな大事な時期を迎えた穀倉地帯の上空を、独特の駆動音を奏でながら、幾つもの影が編隊を組んで飛行していた。

 駆動音に気がつき、道行く人々や作業途中の人々が、足や手を止めて駆動音の発生源に目を向けるべく見上げる。

 人々が見上げた先には、快晴の青空を悠々と飛行する、三式艦上戦闘機の一個飛行隊の姿があった。


「アオイ九番からアオイ一番。見てくださいよ隊長、青々とした見事な小麦畑ですよ」

「おぉ、確かに見事なもんだ。これは豊作だな」

「この風景、故郷の田園風景を思い出すなぁ……」

「何だ、曹長。ホームシックか?」

「ち、違いますよ! ただ、暫く実家に帰ってないなぁって思っただけです!」

「それを世間じゃホームシックって言うんだよ」


 刹那、隊長機の他、他のアオイ各機からも無線機を通じて笑い声が聞こえてくる。

 一方、アオイ九番こと恵利 晴翔(えり はると)曹長は、飛行帽とゴーグル、それに酸素マスクで隠れた顔を少々赤く染めるのであった。


「アオイ一番からアオイ九番。ま、気持ちは分からなくもないぞ。だが、今はその気持ちを隅へ置いて、目の前の軍事演習に集中しろ、いいな」

「アオイ九番、了解」

「アオイ一番から残りのアオイ全機へ、お前達も分かったな?」


 刹那、無線機から残りの搭乗員達の力強い返事が返ってくる。

 そう、今回晴翔軍曹を含めた一個飛行隊は、アリガ王国南東部、アリタイ帝国との国境付近で行われる軍事演習に、大和皇国海兵隊航空団から参加する事になっていた。


 その後、幾つかの村や町、そして農村地帯の上空を通過した一行は、やがて眼下に、目的地となる基地を捉えた。


「よーし、見えたぞ。あれがヨ―リン空軍基地だ」


 二つの川に跨って広がる、堅牢な城壁に守られた、赤レンガ屋根が美しいヨ―リンの街。

 そのヨ―リンの街から北北西に数キロの位置、自然豊かななだらかな山地の一角に、突如として人工的な構造物群。

 巨大な滑走路を二本有する他、駐機場や格納庫群、更には管制塔等々。空軍基地として必要な建造物が多数見られる。


 ヨ―リン空軍基地。

 この基地は元々同地に存在していた、ヨ―リンの街に司令部を持つ、アリガ王国陸軍の南東陸軍管区所属の竜騎士隊用の飛行場であった。

 それを、大和皇国から供与された兵器により、新たにアリガ王国空軍が創設されたのを機に、その飛行場を空軍の基地として改修する事が決定し。

 大和皇国本土より派遣された工兵達が月月火水木金金で取り組み、そして完成したのが、このヨ―リン空軍基地であった。


「所で隊長、ここって、アリガ王国空軍の基地ですよね。着陸の管制とかって、大丈夫なんですか?」

「心配するな、曹長。ちゃんと皇国空軍や海兵隊航空団から人員が派遣されてるから、着陸の指示は彼らが出してくれる」


 アリガ王国空軍の基地として運用している為、普段の航空管制は当然ながらアリガ王国空軍の航空管制官が行っているのだが。

 大和皇国空軍の教官たちによる訓練指導が行われているとはいえ、まだ創設して間もない為、晴翔曹長は王国空軍の航空管制官の練度に不安を覚えるのは、当然の事であった。

 だが、隊長の言葉を聞き、晴翔曹長は安堵の表情を浮かべるのであった。



 程なく、皇国空軍から派遣されたベテラン航空管制官からの指示に従い、十八機の三式艦上戦闘機が次々とヨ―リン空軍基地の滑走路へと着陸していく。

 そして、遂に晴翔曹長の操る九番機が着陸態勢に移行する。

 高度を下げると共に、視界一面に迫るヨ―リン空軍基地の滑走路。やがて、一定の高度になったのを確認すると、主翼に引き込んでいた降着装置(ランディングギア)を展開し、更に着陸寸前に、主翼のフラップを展開させ、着陸姿勢を取る。


 次の瞬間、降着装置(ランディングギア)のタイヤが滑走路を擦る音と共に、機体に衝撃が走る。

 だが、機体はバウンシングと呼ばれる、接地後の跳ね上がりを起こす事もなく、見事に着陸すると、地上誘導員の誘導に従い、駐機場へと移動させる。


 因みに、バウンシングは自機と滑走路との距離感がつかめずに、着陸直前に行う機体操作、通称フレアのタイミングが遅すぎる或いは早すぎる等で起こり易く。

 その為、まだ操縦に慣れていない新米搭乗員がよく起こしたりするが、晴翔曹長の機を含めた十八機の三式艦上戦闘機は、バウンシングを起こす事なく、見事な着陸で無事全機、ヨ―リン空軍基地への着陸を果たすのであった。


「よーし、それでは、先ずは基地司令に挨拶に行くぞ」


 駐機場に乗機を駐機し終えた搭乗員達は、一足先にやって来ていた整備隊に挨拶を交わして機体を任せると、隊長の後に続きヨ―リン空軍基地の司令官への挨拶に向かった。

 真新しい鉄筋コンクリート製の三階建ての基地司令部へと足を踏み入れた一行は、案内役の王国空軍の女性兵士に案内され、基地司令官の執務室を目指す。

 因みにその際、案内役の女性兵士が猫部族の血を引く獣人だった為、必然的に後ろを歩く一行は、彼女の揺れる尻尾が目に付く事となり。それを晴翔曹長が食い入るように見つめていた為、視線に気付いた隊長から静かに拳骨を食らったのはここだけのお話。


 そんな場面も挟みつつ、やがて一行は、基地司令官の執務室の前に到着する。


 そして、ノックの後入室の許可が出ると、扉を開け、隊長を先頭に次々と室内へと足を踏み入れる。

 執務室の内装は、まだ完成して日が経っていないからか、最低限度の家具が並べられたこざっぱりとした状態であった。

 そんな執務室の主であるヨ―リン空軍基地の司令官は、仕事の手を止めると、徐に立ち上がり、彼らのもとへと歩み寄る。


「ヤマト皇国海兵隊航空団の第二二三戦闘飛行隊の皆さん、ようこそ、ヨ―リン空軍基地へ。私が、基地司令のダミアンです」


 一行を出迎えたダミアンと名乗った基地司令は、ズボンに尻尾を通す為の穴を設けた士官用の九八式軍衣に身を包み、肩に大佐を示す肩章を着用した犬部族の血を引く獣人であった。

 ただ、頭頂部に生えた一対の立派な耳、その片方は無残に切り取られていた。


「あぁ、お見苦しいものを見せてしまい申し訳ない。この耳は、昔にちょっとした事故で失ったものです」

「心中、お察しします」

「あぁ、折角海兵隊航空団きってのエース部隊の方々が挨拶に来てくださったのに、暗い気持ちにして申し訳ない! さぁ、どうぞソファにかけて、機嫌直しに少し話をさせてください」


 第二二三戦闘飛行隊の面々の表情から彼らの気持ちを察したダミアン大佐は、執務室に設けたソファに着席を促す。

 それに応じて、代表で隊長がソファに腰を下ろすと、それを見て、ダミアン大佐も対面のソファに腰を下ろした。


「皆さんの事は、指導を務めてくださった皇国空軍の方々から聞いておりました。皇国軍でも一二を争う航空部隊。そんな方々が、今回の軍事演習では、我が基地所属の飛行隊のお相手をしてくださると知って、基地司令として、大変光栄に思います」

「こちらこそ。アリガ王国空軍の方々と実際に翼を並べられて、光栄です」

「おぉ、そう言っていただけると、何と有難い」


 するとダミアン大佐は暫し間を置くと、再び話を再開する。

 だがその声は、先ほどとは異なり、真剣な物言いであった。


「私は、空軍大佐、等という肩書を有してはいるが、飛行機械の造詣に関しては、皆さんよりも若輩者です。正直申しますと、ヤマト皇国から供与していただいた飛行機械を初めて見た時、内心では、この奇妙な乗り物がワイバーンよりも本当に優れているのか、と疑念を抱いていました」

「……」

「ですが、この三か月で、その疑念は完全に払拭されました。最高速度・上昇力・火力、更には航続距離。何れもワイバーンより優れ。何よりも、機械ゆえに個体差が圧倒的に少なく、戦力の回復も容易と。本当に素晴らしいこと尽くめです」

「……」

「まぁ、元竜騎士であった私としては、寝食を共にし、王国の空を守ったあの子たちの後継が、物言わぬ機械と言うのも、少々寂しい気持ちではありますが──」

「いえ、それは、少し違うと思います」

「君は?」

「は! 第二二三戦闘飛行隊所属、恵利 晴翔曹長であります!」


 刹那、不意に晴翔曹長が声を上げた。


「おい、曹長!」

「構いませんよ、ハルト曹長、どうぞ、お話を続けてください」


 晴翔曹長のその行動に、隊長が慌てて制そうとするも、ダミアン大佐からの許しが出たので、それは叶わなかった。


「確かに、三式艦上戦闘機を始めとする戦闘機群は、ワイバーンのように喜怒哀楽は表現できません。ですが、実は機械たちも、その日のコンディション等を教えてくれるんです」

「それは一体、どの様に?」

「エンジンの音です。エンジン音を聞けば、調子がいいか悪いかが分かるんです」

「ほぉ、成程……」

「それに──」

「ん、んんっ!! 曹長、もうその辺りでいいだろう?」

「この様に、機械であっても限定的な意思疎通は可能であると、自分は考えております! 以上です!」


 隊長の咳払いに、制限時間が過ぎたと察知した晴翔曹長は、急いで話を締めくくる。

 一方、晴翔曹長の話を聞き終えたダミアン大佐は、感心した様に数度首を揺らすのであった。


「成程。いやはや、流石はエース部隊の方だ。私も、基地司令という役職に就いている以上は、ハルト曹長程の造詣を深めなければなりませんね」

「ダミアン大佐、部下が勝手な真似をして申し訳ありません!」

「いえいえ、彼の話は大変為になる物でした。本当に、皆さんと話が出来てよかった」


 そして、徐に立ち上がったダミアン大佐に反応するように、隊長も立ち上がると、両者は固い握手を交わした。


「そうだ。今晩、明日の軍事演習の成功を祈って決起集会を開催するので、是非とも、ご参加してください」

「はい、必ず!」

「では、明日の軍事演習本番では、よろしくお願いいたしますね」

「は!!」


 最後に、互いに敬礼して締め括ると、挨拶を終えた第二二三戦闘飛行隊の一行は、短い間世話になる官舎へと移動を開始する。

 その際、執務室での身勝手な行動に対して、晴翔曹長が隊長から灸をすえられたのはここだけのお話。


この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


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