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第三十一話 戦乱の足音

あけましておめでとうございます。今年も、よろしくお願いいたします。

そして、新章の始まりです。

 アリガ王国が大和皇国との正式な国交を結んでから、四か月という月日が経過していた。

 その間に、アリガ王国と大和皇国は安全保障に関する条約の締結、即ち軍事同盟締結に関する話し合いが続けられ。

 三か月前、遂に二国間の安全保障に関する条約が締結され、両国の関係は一層深く、まさに運命共同体の如く強固なものに発展を遂げていた。


 と同時に、この四か月という月日の中で、アリガ王国の生活様式も、かなりの変化を遂げていた。

 まだ王国内の隅々にまで遍く浸透した訳ではないものの、王都リパは著しい都市風景の変容を遂げていた。


 かつて石畳で舗装されていた道路は、全てアスファルトによって舗装され、その道路を、大和皇国よりもたらされた新型の荷車を引いた馬車、或いは自転車と呼ばれる新たな乗り物が行き交っている。

 生憎と、自動車はまだ走ってはいないが、自動車の運転に必要な知識と技能を取得する為の準備は進められている為、大和皇国より輸入した自動車が王都リパの道路を走る日も、そう遠い事ではないだろう。


 その他、郊外にはそれまでの石造りやレンガ造りでは作れなかった、背の高い鉄筋コンクリート製の建造物が建ち並び。

 さらに、社会インフラの整備のお陰で、光量のムラや安定化と引き換えに魔石故の価格の問題が付きまとっていた以前に比べ。電気という技術を用いた電球は、ムラなく均一に、そして安価に夜の闇を照らし、夜の王都内に活気をもたらした。

 また、常に火を焚いていなければならない、或いは火を起こす為だけに魔石を使ったり、魔術師を呼ぶなど、財布に優しくなかった以前に比べ。ガス管の整備のお陰で、つまみを捻るだけで、必要な時に直ぐに火を起こす事が可能となり、利便性が格段に向上した。


 更には、井戸や川に毎日必要な量を確保しに汲みに行かなければならず、にも関わらずそれらは、ひと手間加えなければ使用できない等。生きていく上で欠かせない筈が、問題をはらんでいた水に関する事情も。

 現在では、整備された水道のお陰で、わざわざ汲みに行く必要もなくなり、蛇口をひねるだけで清潔な水を簡単に利用できるようになり。

 加えて、川の水質も、以前より徐々に改善される等の効果ももたらしていた。


 その他にも、生活様式の変化は多岐に渡り行われていたが、ここでは割愛させていただく。



 兎に角、この四か月の間に激変した王都リパの様子を参考に。

 更に、これが今後王国内の隅々にまで遍く浸透していった場合の、経済省が算出した予測モデル、それを興奮冷めやらぬ様子で提出してきた担当者の様子を、アポロ国王は鮮明に記憶されていた。

 『これは建国以来の大飛躍を遂げます!』、そんな担当者の言葉と共に。


「まさか、俺の代で王国がここまでの飛躍を遂げる事になるなんて、夢にも思わなかった」

「それは私奴(わたくしめ)も同じです」

「ニシキベ殿達と出会って良かった……」


 絢爛豪華な王城内に設けられた国王の執務室にて、アポロ国王はこの四か月の間の激変ぶりを思い返しながら、しみじみと呟く。

 そんなアポロ国王に相槌を打つのは、引き続き外務大臣を務めているフレグル外務大臣であった。


 二人は暫し、今後のアリガ王国の将来を語ると、期待に胸をふくらませる。


「これで、アリタイ帝国に関する懸念が無ければ、大いに喜ばしいんだがな」

「ヤマト皇国から供与していただいた兵器、それに派遣された教官方により王国軍の強化も着々と進んでおり。万が一の事が起こったとしても、万全の体制は整いつつある。と、エクレール将軍は仰っておりましたが」

「万全か。……戦わずに済むのなら、それに越したことはないんだが」


 ふと、アポロ国王は椅子から立ち上がると、窓の傍に歩み寄り、そこから見える景色、の更に向こう側。アリガ王国の南東に位置する隣国、アリタイ帝国に思いを馳せる。


 アリタイ帝国とは、南エウローパに位置する、長靴を彷彿とさせる形状をしたアリタイ半島を領土に持つ大国の一つである。

 同国は、かつてアリタイ半島を中心にエウローパの大部分を領土とした超大国、ロマーン帝国を起源とする国家で、同国の正統な後継者を自負している。

 ただし、アリタイ帝国が建国されたのは、ロマーン帝国が崩壊し、幾年もの月日が流れた後。約百年ほど前と、比較的最近となっている。


 これは、ロマーン帝国の中心地故の崩壊の混乱の影響が大きかった事や、その混乱の隙を突き、エウローパ各地で新たな国家が次々と誕生、そして瞬く間にその影響力を増大させ。

 その影響のお陰で、アリタイ半島にはそれら新たな国家の影響を受けた小国が割拠する事となり、長らく統一した国家になる事は叶わなかった。

 しかし、約百五十年ほど前、アリタイ統一運動と呼ばれるアリタイ半島統一の運動が勃興し。

 それから五十年にも及ぶ運動の結果、遂に百年ほど前、アリタイ半島は悲願の統一を果たし、その象徴であるアリタイ帝国を建国するに至ったのであった。


 この様な経緯から誕生したアリタイ帝国は"遅れた大国"として、他の大国に追いつけ追い越せとばかりに拡大政策に邁進し、大国としては末席に控えるまでに成長した。


 と、ここまでならばアリガ王国に対して何ら影響がないように思えるが。

 実は、アリタイ帝国ではロマーン帝国の正統な後継者を自負しているが故に、かつてロマーン帝国の領土であった地域、所謂"未回収のアリタイ"と呼ばれる地域を取り戻す事が叫ばれており。



 また、現在のアリガ王国南東部には、アリタイ統一運動以前に同地域からアリタイ半島にまたがる領土を有した、"ニャーデルサ王国"と呼ばれる国家が存在していたのだが。

 同王国はアリタイ統一運動の中心的役割を担い、またかつての王族は、その功績から、現在のアリタイ帝国の中核をも担っている。

 こうしてアリタイ帝国の成立と共に消滅したニャーデルサ王国だが。実は、同国の領土であったアリガ王国南東部の諸地域は、アリタイ帝国の成立を認めるのと引き換えに、アリガ王国に割譲したのであった。

 その為、現在のアリタイ帝国の中核にとっては、アリガ王国南東部の諸地域は未回収のアリタイであると同時に、統一の為に止む無く手放した土地、という認識となっていた。

 

 この様な背景から、先ずは足がかりとして、アリガ王国南東部の諸地域を取り戻すべしとの意見が盛んに叫ばれており。

 この為、近年アリガ王国とアリタイ帝国との国境は、緊張状態が続いていた。

 そしてそれが、アポロ国王の口にした懸念の正体であった。


「爺、問題解決に向けてのアリタイ帝国との会談はどうなってる?」

「それが……。会談の開催を呼び掛けてはいるのですが、アリタイ帝国から会談に応じるとの返答は未だに……」

「そうか」


 フレグル外務大臣から、話し合いによる問題の解決が難航している旨を告げられ、アポロ国王は短いため息を吐く。

 そして、再び椅子に腰を下ろすと、深刻な表情を浮かべながら、ままならないものだな、と小さく呟くのであった。





 それから数時間後、場所はアリタイ半島の中部、アリタイ帝国の首都、ロマーン。

 かつて同都市を首都としていたロマーン帝国時代の建造物、円形闘技場や教会等の遺跡が各所に残っている他。

 アビリトの泉と呼ばれる、宮殿をモチーフとした背景に美しき女神の彫像が佇む、人工の泉が広場に設けられている等。美しい街並みが広がるロマーン。


 暁色に染まった空の下で、ロマーンの住民達がやがて訪れる夜に備えて家路を急ぎ、或いは急ぎ市場などに買い物に出かける等、忙しなく動く中。

 美しい白亜の大理石を使用した、天使の彫像が並び佇む橋の先、堅牢な城壁に守られた円形の巨大城塞。

 アリタイ帝国の中枢である、カステル・サント・アンジェロ城。

 その城内の一角に設けられた一室。壁に描かれた美しき絵画が焚かれた松明の灯りによって薄っすらと照らし出されて、それを彩る装飾の数々が時折揺らぐ炎の光を反射させる。

 まさに荘厳と形容するに相応しいその一室では、数人の人影が、中央に設けられた長テーブルを囲んでいた。


「ドゥーチェ、全員、揃いました」

「うむ。では始めよう」


 すると程なく、燕尾服型のジャケットに赤のキュロットという服装を着用した、その服装から軍人と思しき初老の男性からドゥーチェと呼ばれた人物。

 仕立ての良い高級な衣服で身を包み、すらりとした高身長に尖った耳、端正な顔立ちに美しいブラウンの髪。

 一見すると三十代ほどに見えるが、純血ではない、所謂ハーフエルフではあるものの、その実年齢は優に百歳を超えている。


 そして、このハーフエルフの男性こそ、建国以来アリタイ帝国の長として同国を牽引してきた、ドゥーチェこと、トニー・レカミア・アンドーア・ムリーニ大元帥だ。


「だが、その前に。諸君に一言、言葉を述べたい」


 ムリーニ大元帥はそう言いながら椅子から立ち上がると、自らに視線を向ける、長テーブルを囲んだ面々の顔を見渡しながら、ゆっくりと口を開き始めた。


「思い返せば、かつての祖国、ニャーデルサ王国の領土を、このアリタイ帝国の成立と引き換えに泣く泣く手放してから百年! 再び、かの地を我が一族の手に取り戻す。その志に賛同し、その実現の為、この百年、諸君! よくぞ、よくぞ奔走してくれた! この場を借りて、諸君に感謝の言葉を述べたいと思う」


 すると、列席していた者達は、口々に恐縮の言葉を述べる。


「では、諸君。会議を始めるとしよう」


 そして、満足そうな表情を浮かべながらムリーニ大元帥が再び着席したタイミングを見計らい、進行役を務める、先ほどムリーニ大元帥をドゥーチェと呼んだ男性軍人が口火を切る。


「今回の、アリガ王国南東部への侵攻作戦の概略は以下のようになります」


 曰く、先ず、アリタイ帝国が誇る"空軍"の大部隊を用いて、アリガ王国南東部にあるアリガ王国海軍の軍港"ロートゥン"を攻撃。同軍港を根拠地としている、アリガ王国海軍マレ海艦隊の戦闘能力を喪失させる。

 それと並行して、歩兵や騎兵の他、自国製AGを有する陸軍の大軍が、王国側の国境の町である"マントーン"を、橋頭保として攻撃し制圧。

 マレ海におけるアリガ王国海軍の有力な戦力はマレ海艦隊以外にいない為、マレ海へ再び戦力を投入させるには、エウローパ南西に位置するアリベイ半島を迂回する他なく。

 こうしてマレ海の制海権を確保している間に、アリガ王国南部の交易都市である"ユイセルマ"に海軍の無敵艦隊を差し向け、同都市を制圧。

 アリガ王国南部南東部にある主要都市をすれば、後は脅威足り得ない小さな町や村のみで、同地域一帯は制圧したも同然、との事。


「勿論、念には念を入れて、周辺の町や村も制圧は行います」

「あー、質問してもよいかね、ロトエ国防参謀長」


 アリガ王国とアリタイ帝国、そして周辺諸国が描かれた地図を長テーブルに広げ、その上に各々の駒を並べながら概略を説明していた、ロトエ国防参謀長と呼ばれた男性軍人に対し。

 列席していた内の一人が、徐に挙手すると、質問を投げかける。


「何でしょうか? ロジェロ外務大臣?」


 ロジェロ外務大臣と呼ばれた老年男性は、ロトエ国防参謀長から質問の発言許可を得ると、自らが感じた疑問を述べ始める。


「王国南部や南東部の海岸線一帯の制圧計画は理解したが。王国南東部には、"ヨ―リン"という、交易地としても有名な、南東部有数の都市が存在しておるが、そちらの攻略はどうなさるおつもりか? 同都市を制圧できなければ、総数では我が帝国に勝る軍を、王国側は同都市を起点として送り込んでくるでしょう。しかも、同都市は内陸の為、海軍の無敵艦隊は役には立たんが?」


 無敵艦隊が役に立たないとの言い方に、若干気分を害するロトエ国防参謀長ではあったが。

 彼はそれを表情に出す事もなく、平静を装いながら、ロジェロ外務大臣の質問に答え始める。


「その点も、勿論考えております。同都市は王国南東部防衛の要、故に、我が軍も相応の戦力をもって攻撃に臨みます」

「具体的には?」

「制圧したマントーン、ユイセルマより戦力を差し向ける他。"ノリト"からも、戦力を差し向け、三方より攻撃を仕掛けます」

「な! ノリトからも! それはつまり、"アルペース山脈"を越えるという事か!?」


 アルペース山脈、それはアリガ王国を南西端として、アリタイ帝国をはじめ多くの国々にまたがり、エウローパ中央部を東西に横切る山脈の名前である。

 この山脈の存在のお陰で、アリガ王国南東部は天然の要害を得ており。その為、必然的に侵攻の際のルートは限定される事となっていた。


 因みにノリトとは、そんなアルペース山脈をすぐ西に控えているアリタイ帝国西北にある都市の名前である。


「ロトエ国防参謀長、貴方もご存じのはずだが、アルペース山脈を越える為には、山岳地帯に設けられた王国側の拠点を攻略する必要がある。しかも、平地と異なり、山岳地帯では大軍の展開も難しいので、攻略は簡単な事ではない。それでも貴官は、部隊にアルペース山脈を越えさせるというのかね!?」


 すると、ロトエ国防参謀長は一瞬不敵な笑みを浮かべると、再び口を開く。


「ロジェロ外務大臣。少々誤解されているようです」

「誤解?」

「はい。私は、ノリトより戦力を差し向けるとは言いましたが、アルペース山脈を越えるとは、言っておりません」

「だ、だが、ノリトからヨ―リンに向かうには、アルペース山脈を越えるか迂回するかのどちらかしか……」

「あるではありませんか。もう一つ、方法が」

「何?」

「空、ですよ。ドゥーチェが提唱し、我が帝国が数十年もの歳月をかけて創り上げた、空軍が誇る空中艦隊を用いて、ノリトから部隊を空中移動させ、ヨ―リンに攻撃を仕掛けます」

「な、なんと!」


 アリタイ帝国が誇る空軍は、ムリーニ大元帥が建国から間もなくに、それまで陸軍や海軍が運用していた竜騎士隊を、独自に一括運用する第三の軍として創設された。

 当初は、それまで陸軍や海軍で行っていた運用の延長線上でしかなかったが。やがて、悲願達成の為、ムリーニ大元帥は空軍の大幅増強を提唱。

 それが、"空中艦隊構想"と呼ばれる空軍の軍備拡張計画であった。


 具体的には、制空権の確保と操縦者の携帯武器や魔法等を用いた対地支援という従来の運用に用いていたワイバーンを、人工的に品種改良し強化させ。

 従来の運用能力を向上させる他、新たに重量物の輸送を可能とする種を用いて、空中艦隊と称するに相応しい、所謂空中機動作戦の能力を獲得させる。

 そして、それら品種改良型ワイバーンを、合計で千騎揃える。という、壮大な計画であった。


 この計画に従い、アリタイ帝国ではワイバーンの品種改良が進められ。

 その結果、従来のワイバーンの最高時速一八〇キロメートル毎時を凌ぐ、最高時速三〇〇キロメートル毎時を誇る、強化型と言うべき"ワイバーン・エリート"。

 最高時速一五〇キロメートル毎時と、従来のワイバーンよりも速度が低下したものの、従来の種よりも物資運搬能力の向上を果たした"ワイバーン・キャリー"。等の新種の開発に成功し。

 後記のワイバーン・キャリーを用いた、ワイバーン輸送機と言うべきワイバーン・カーゴや。樽に火薬を詰め込んだ、所謂爆弾樽を頭数により搭載量を増減させた各型式を有する、ワイバーン・ボンバー。


 上記の新兵器の実用化にも成功し、一見すると、空中艦隊構想は成功した様に思えるのだが。

 実際には、当初の想定よりも開発費用がかさみ、製造コストも上昇しており。加えて、国内の技術及び生産基盤の水準も、陸軍や海軍の兵器製造と並行して計画通りに進めるにはあまりにも脆弱な為。

 現在までに、千騎という数を調達する事は不可能であると言うのが、実情であった。


 因みに、陸軍と海軍も、軍備拡張計画によって自国製AGの大量配備や戦列艦やその他軍艦の建造が進められてはいたものの。

 結局、国内基盤が計画通りに進められる水準に達していない為。一部では、従来装備ですらも充足率が七割を切っている等、かなり無理をしているのが実情であった。


 しかし、ロトエ国防参謀長は、当初の計画よりも充足率が低くとも、アリガ王国南東部への侵攻作戦に問題はないと考えていた。


「成程。確かにそれならば、山岳地帯の拠点を飛び越えて戦力を送る事ができるな。……だが、ヨ―リンは防衛の要、駐屯する戦力はかなりのものと考えられるが。本当に、制圧できるのですか?」

「確かに、アリガ王国は我が帝国を上回る大国。故に、その兵力は我が帝国軍を上回ります。ですが、王国軍の実態は旧態依然としたもの。我が軍のように空軍を持たず、兵器の更新も殆ど行われていない。兵の士気も、長年の平和によって低下著しい。所詮、数の優位しか、我が帝国に勝るものはありません」


 その根拠となっていたのが、アリガ王国軍の旧態依然とした実態。

 最も、この四か月の間に、王国軍の実態はロトエ国防参謀長の知るものとは異なってきていたのだが。ロトエ国防参謀長はその情報を掴んでいないのか、その変化を知らないようだ。


「しかし……」

「ロジェロ外務大臣。失敗の許されぬ事ゆえ、心配なのは分かりますが、まだ何かあるのですか?」

「ロトエ国防参謀長もご存知とは思うが、此度の作戦、あのヤマト皇国がアリガ王国の為に援軍に駆け付けても、帝国軍は勝てるとお思いか?」

「あぁ、あの霧の海域の霧の向こう側に存在していた、という、あの国の事ですか」


 実は、大和皇国はアリガ王国との国交締結後、王国周辺の国家とも接触を図り、国交樹立に向けて動いていた。

 その中で、アリタイ帝国にも接触を図ったのだが、大和皇国がアリガ王国と国交を締結しているとの情報を得ていた為、体よく追い返していたのだ。


「調べた所。かの国は、長らく外界との接触を断たれ、その上魔法も魔石も使えず、ワイバーンも使徒する事もなく。またAGも、アリガ王国と接触するまで知る由もなかったと言うではありませんか」


 そしてロトエ国防参謀長は一拍置くと、再び自身の見解を述べ始める。


「その様に、軍事的常識をことごとく知らぬ国です。恐らく、アリガ王国と国交を締結できたのも、経験の乏しい若き新国王を言葉巧みに言いくるめたからでしょう。故に、軍ではかの国は脅威足り得ない、と結論付けました。この判断は、既にドゥーチェも同意なさっております」


 確かに、大和皇国の常識は、異世界の常識に当てはめればことごとく非常識に映るであろう。

 だが実際は、ワイバーンやAGを凌駕する兵器の数々を有しているのだが、アリタイ帝国はその真実に辿り着けず、大和皇国を自国より劣る後進国と判断していた。


「以上から。アリガ王国がヤマト皇国に援軍を求めたとしても、さしたる影響はないでしょう」

「……分かりました。では、もう私から質問する事はございません」


 自らの判断に絶対の自信を誇っているような様子のロトエ国防参謀長に対し、ロジェロ外務大臣は、何処か腑に落ちない様子ながらも引き下がるのであった。


「故に、此度の作戦での最大の脅威は、アリガ王国軍の兵力ではありますが。この作戦の為、兵たちは厳しい訓練に耐え、皆士気高揚しております! 王国軍の弱兵共など、精強な我が帝国軍の前に鎧袖一触となりましょう!」


 そう締め括ったロトエ国防参謀長の説明を聞き終え、列席していた者達の他、ムリーニ大元帥も、まるで勝利を確信したかのような表情を見せる。


「ロジェロよ。ヨ―リンを制圧し、アリガ王国南東部の主要都市の制圧を完了し次第……」

「分かっております。外交ルートを通じ、即座に王国政府に休戦協定の為の会談を打診いたします」

「そうだ。ふふふ、まだ国王として就任し半年と経っていないあの若き新国王の事だ、直ぐに応じて、かの地は再び我が一族のもとに戻るであろう!」


 刹那、ムリーニ大元帥は再び立ち上がると、興奮した様子で語り始めた。


「だが、これは始まりだ! かの地を取り戻した後、更なる力を蓄え、残りの未回収のアリタイを取り戻し、ロマーン帝国の再来を……。いや、アリタイ帝国の名を歴史に刻むのだ!!」

「「ドゥーチェ! ドゥーチェ!! ドゥーチェ!!!」」


 そして、室内に力強いドゥーチェコールが響き渡るのであった。





 それから数十分後。

 あの一室での熱気が、静かにカステル・サント・アンジェロ城内へと広がり、城内の誰しもが浮足立っている中。

 会議終了後、城内の一角に設けられた自身の私室に戻ったムリーニ大元帥は、一人、まるであの会議の余韻に浸るかのように、ワイングラスを片手に宴に興じていた。


 すると不意に、誰かが私室の扉をノックする。


「誰だ?」

「私です、お父様」

「おぉ、ルクレツィアか! さぁ、入りなさい!」


 問いかけに答えた者の名前を聞き、ムリーニ大元帥は途端に嬉しそうに、その者を私室に招き入れる。

 扉を開けて姿を現したのは、優美なドレスに身を包んだ、美しいブラウンの長い髪を揺らした、見た目は二十代前半程のハーフエルフの女性であった。


 彼女の名はルクレツィア・ムリーニ。

 そう、彼女はムリーニ大元帥の娘である。


「どうだ、お前も飲むか?」

「いえ、大丈夫です……」


 ルクレツィアに一緒にワインを飲むかと尋ねるも断られたムリーニ大元帥は、ルクレツィアの表情がいつもよりも暗いことに気がつく。


「ん? 何だ、随分と浮かない顔をして?」

「あの、お父様」

「どうした?」

「聞きました。いよいよ、アリガ王国南東部への侵攻作戦を決定したと」

「そうだ! いよいよだ! ははは、お前も嬉しいだろう?」


 すると、ルクレツィアは若干尻込みした後、やがて意を決した様に口を開いた。


「お父様! どうか、どうか今すぐ、侵攻作戦を中止してはいただけませんか!」

「……なにぃ!!」


 刹那、娘の口から飛び出した言葉を聞き、ムリーニ大元帥は手にしていたワイングラスを壊してしまう程の勢いでテーブルに置くと、娘のもとへと駆け寄り、彼女の両肩を掴むとまくし立てる様に言葉を発し始める。


「何を血迷った事を言っているのだルクレツィア! お前だって、分かっているだろう! あの土地が、元々は我が一族が治めていた土地であるという事を! それを、先代のアリガ国王が、卑しくも帝国の成立と交換条件に割譲を迫った事も!!」

「で、でも……」

「あの屈辱的な調印式! 私は、あの日の事を一日たりとも忘れた事はない!! そして、誓ったのだ! 何れ、再びあの土地を我が一族の手に取り戻すと! そして百年、百年もの歳月をかけて漸く、漸くその誓いを果たす為の準備が整ったというのに! それをお前は、中止しろと言うのか!!」

「お、お父様、い、痛い」

「っ! お、おぉ、すまなかった、大丈夫か、ルクレツィア?」

「……はい、大丈夫です」


 本人も気づかぬ内に、興奮のあまり手に力が入り過ぎてしまった様で。

 ルクレツィアの言葉を聞き、慌てて両肩を掴んでいた手を離したムリーニ大元帥は、心配の言葉をかける。そして、彼女の大丈夫の言葉を聞き、安堵のため息を漏らすのであった。


「兎に角だ。ルクレツィア、作戦の中止はせぬぞ」

「でも、お父様。剣を交えずとも、話し合いで解決は出来ないのですか? アポロ国王様なら、きっと……」

「話し合いだと! それで解決するのなら、とうに解決しておる!! よいか、私もかつては、先代のルイス国王に話し合いによる解決を行うべく、秘密裏に会談を設けた。だが、その会談の場で、連中は交換条件として"カシルコ"、"アニデルサ"両島の割譲を提示した! そうだ、連中は、この問題を解決する気などさらさらないのだ! アポロ国王も先代一族の血を引く一人! 奴とて同じだ!! そうに決まっている!!」


 再び語気を荒げるムリーニ大元帥の様子を目にし、ルクレツィアは、最早自身の意見に耳を貸してもらうのは無理だと判断する。

 因みに、カシルコ、アニデルサの両島はアリタイ半島の西方に位置する島で。特にアニデルサ島は、良質なミスリルを採掘できるミスリル鉱山がある事で知られている。


「……分かりました。出過ぎた真似を、申し訳ありません」

「そうか、分かってくれたか。あぁ、そうだ。どうだ? 気分直しに一杯付き合わぬか?」

「いえ、私はこれで、失礼いたします」

「ふむ、そうか」


 新たなワイングラスを片手に飲み直し始めたムリーニ大元帥を他所に、ルクレツィアは父親の私室を後にする。


「……、ごめんなさい、お父様」


 そして、誰もいない廊下の途中で、ふと父親の私室に向かって振り返ると、ルクレツィアは小さな声で独り言ちるのであった。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


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[一言] なんかアリタイ帝国の歴史がどうも引っ掛かってよく見たら「未回収のアリタイ」ってイタリアかい。
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