断章 新たな日常
大和皇国とアリガ王国との国交締結が正式に宣言されてから、四か月という月日が経過しようとしていた。
ワイン造りに欠かせない、ブドウの新芽が芽吹き始めたのと同じように、アリガ王国内にも、大和皇国との国交開始でもたらされた新たな生活様式が、徐々に芽吹き始めていた。
陸上交通の要所の一つであるエチワポの街。
王都リパやド・ルボー、更にはロマンサの街を結ぶ同街、そこから各地へと向かうべく整備されていた街道は、この四か月の間に、すっかり様変わりしていた。
街道を行き交う人々や馬車など、多くの往来の姿が見られるのは四か月前と同じだが。その表情には、四か月前には見られなかった変化が見られた。
「しっかし、この街道も走り易くなったよなぁ」
「ねーたいちょー、お腹空いたー」
「もう少しでエチワポの街に到着するから、我慢しろ」
「じゃぁさじゃぁさ! 我慢するから、お昼は"卵焼き"食べよう! ね、ね!」
「アミン。お前、一昨日もそれ食ったばっかじゃねぇか……」
「いいの! アタシは卵焼きがたべたいのーっ!」
「だぁーっ! わかった、分かったから髭を引っ張るなーっ!!」
そんな中に、荷馬車を操るブローと、相変わらず卵焼きが大好きな様子のアミン。
更に、ブローの操る荷馬車に続いて列をなす、ポルトト隊の姿があった。
「っ痛てて……、ったく」
アミンの凶暴な引っ張り攻撃から解放されたブローは、傷んだ髭を手でさすりながらため息を吐くと、再び会話を再開する。
「しかし、この街道も大分走り易くなったよな? そう思うだろ、アミン」
「アタシは別に、前と変わらないと思うけど?」
「……、はぁ、質問が悪かったな」
定位置であるブローの肩に乗ったアミンにとっては、以前との違いは殆ど感じられないようだが。ブローにとっては、現在の街道は四か月前とは雲泥の差を感じずにはいられない程様変わりしていた。
四か月前までは、一部が石畳等で舗装されてはいたものの、大部分は舗装されず、晴れの日は土埃が舞い、雨が降った翌日等はぬかるみで泥が跳ねる等々。快適とは程遠いものであった。
所が現在では、大和皇国からもたらされた社会インフラの整備によって、まだ主要な街道のみながら、アスファルトによって見事に舗装され、土埃や泥が跳ねる事などなくなり。
また、以前と異なり路面の凸凹も解消された為に、馬車の揺れも以前ほどではなくなり、まさに快適以外の何物でもなかった。
なお、まだ未舗装の道などであっても、現在のポルトト隊にとっては、以前ほど移動は過酷なものではないだろう。
何故なら、彼らが使用している荷車は、大和皇国が代理店を通じてアリガ王国内で販売を開始した、木造よりも耐久力のある鉄のフレームに、ゴム製のタイヤ、更にはサスペンションやブレーキ等を備えた最新の物となっていたからだ。
この新型荷車は好評を博し、現在では供給が追い付かなくなった為、王国内に生産工場を設ける等、需要に応えるべく急遽増産体制を整える程であった。
「あ、見て見てたいちょー! 工事してるよー!」
「おー」
様々な形で大和皇国との国交開始の恩恵を身に感じるアリガ王国の人々。
そんな彼らが、現在最も関心を抱いているのが、新たなる路線の開業に向けて、現在着々と建設が進められている"鉄道"だ。
現在アリガ王国では、ルヴ―セにて採取された石炭や石油を、鉄道によってド・ルボーまで運搬した後、そこから船を使って大和皇国本土へと輸送していた。
大和皇国では、現在陸上での輸送についてはパイプラインの建設を行っているのだが、如何せんパイプラインの建設には時間がかかる為。パイプラインの完成までは、鉄道による輸送が続く事となっている。
閑話休題。
この様に、アリガ王国内ではすでに鉄道の運用を開始しているものの、それは貨物輸送を目的とした鉄道の為、公共交通機関としての鉄道の開業はまだであった。
そして、そんな貨物鉄道に遅れる事一か月、王国政府の決定により、王都リパとその周辺を結ぶ路線が整備され、アリガ王国初の公共交通機関としての鉄道が正式開業する。
この王都リパと周辺とを結ぶ路線は、短いながらも大変好評を博し。
それから三か月経った現在、アリガ王国は更なる鉄道網の整備に着手しており、その一つとして現在建設が進められているのが、王都リパとエチワポの街とを結ぶ路線であった。
その路線開通に向けて工事を進める、大和皇国からやって来た建設用の重機や作業員の方々を横目に、ポルトト隊はやがてエチワポの街へと足を踏み入れるのであった。
主に郊外ながらも、王都リパのように今や鉄筋コンクリートで作られた建造物が多く目につく、という事のないエチワポの街中。
しかし、よく探してみると、四か月前までは存在していなかった鉄筋コンクリート製の小さな建造物が幾つか存在し、ここにも、大和皇国からもたらされた新たな都市風景の新芽が芽吹き始めている事が分かる。
そんな鉄筋コンクリート製の小さな建造物の内の一つ、"食堂"と書かれたのれんをかけ、店先に狸の置物が置かれた一軒の飲食店。
四か月前にはなかったその店に、ブローとアミンの二人は、迷う事も躊躇う事もなく足を踏み入れた。
「いらっしゃい。あらー、ブローさん、それにアミンちゃんも、また来てくれたの、ありがとねー」
店に入ったブローとアミンの二人を出迎えたのは、ふくよかな体格に割烹着を着込んだ、人間の初老の女性であった。
「おばちゃーん! 卵焼きちょーだい!」
「はいよ。ふふふ、アミンちゃんは本当に卵焼きが大好きだねぇ~」
「うん、アタシ、卵焼き大好きだよ。特に、おばちゃんの作った卵焼きがだーいすきなんだ!」
「おやおや、嬉しいねぇ」
「すいませんね、セツコさん」
「いいのよぉ、あたしの卵焼き、美味しいって喜んで食べてくれるんだからね。それで、ブローさんは、いつものでいいのかい?」
「はい」
「あいよ、なら、ちょっと待ってておくれ、愛情込めて作るからね」
カウンター席に腰を下ろしたブローと、カウンターの上に降り立ち料理を待つアミン。
そんな二人に提供する料理を作り始めたセツコと呼ばれた初老の女性は、名前からも分かる通り、アリガ王国出身の人間ではなく、大和皇国からアリガ王国へとやって来た者の一人であった。
彼女は、このエチワポの街で食堂を経営しており、地元の食材を使用して作られる大和皇国の料理の数々は街の人々にも好評で。
ブローとアミンの二人も、特にアミンは、大好きな卵焼きが食べられる店とあって、エチワポの街に立ち寄った際はブローに何度も催促して足繁く通う程だ。
「はいよ、アミンちゃん。卵焼きだよ。出来立てだから、気をつけて食べるんだよ」
「わーい!!」
程なく、先ずはアミンの目の前に、美味しそうな湯気が立つ、卵焼きの乗せられた食器が置かれ。
同時に、アミン用の特製フォークも用意される。
「イタダキマース!!」
そして、すっかり板についたいただきますの挨拶を終えると、アミンは特製フォークを使って卵焼きを一口分に切り分けると、突き刺したそれを大きく開けた口の中へと運んだ。
「んーっ! おいしーっ! おばちゃん、今日も卵焼き、おいしいよー!」
「ふふふ、ありがとね。おばちゃんも、アミンちゃんが美味しそうに食べてる姿を見てると、元気が湧いてくるよ」
アミンの美味しそうに卵焼きを食べる様子を目にし、嬉しそうに微笑むセツコ。
程なく、そんな彼女の手元から、食欲をそそる新しい匂いが漂ってくる。
「はい、ブローさん。いつも頼んでいる、きつねうどん定食だよ」
「おぉ」
そして、カウンターの上に、どんぶりに盛られた美味しそうなきつねうどん、それにいなり寿司が三つ乗せられた食器が置かれる。
それを目にした刹那、ブローの目の輝きが増す。
「イ、イタダキマス!」
挨拶を終え、手にしたフォークで熱々のきつねうどんを食べ始めるブロー。
「うん、美味い! 流石はセツコさん!」
「そう言ってくれると、作った甲斐があるってもんだよ」
「たいちょー。たいちょーだって、なんだかんだ言ってさ、この前も同じの食べてたよねー」
「っ! い、いいんだよ! セツコさんの作ったこのキツネウドンにイナリスシは、何度食べても飽きないからいいんだよ!」
「ふふふ、嬉しいねぇ……」
自身の作った料理を食べるブローとアミンの様子を見守りながら、セツコは優しく微笑む。
「あ、いらっしゃーい!」
そして、美味しい料理の匂いに誘われ、また新たに来店したお客を出迎えると、そのお客の為に、愛情を込めて料理の数々を作り始める。
こうして今日も、エチワポの街中に新たに出来た食堂は、人々の笑顔が溢れるのであった。
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