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第三十話 New vision

今回でアリガ王国編は最終回となります。

 モーリュソンの主要都市であるベディクトの街。

 美しいその街並みを一望する事の出来る、小高い丘の上に建てられた白い教会。

 その白い教会こそ、レオン侯爵とヒルデの結婚式が行われる会場であった。


 式を挙げるには絶好の空模様の下、招待客たちが続々と到着し、式が開始されるのを今か今かと楽しみに待つ。


 その一方で、控え室で準備を整え出番を待っていたヒルデは、浮かない表情で化粧台の椅子に腰を下ろしていた。


「酷い顔よ、ヒルデ・ヴァルミオン……」


 ふと、化粧台の鏡に映った自身の顔を目にしたヒルデは、自分自身に語りかける様に独り言ちる。

 純白のウェディングドレスに身を包み、女の子ならば誰しもが一度は憧れるであろう姿のヒルデ。だがその顔は、これから結婚式を迎えるとはとても思えない程、沈んだものであった。


「ふふ、不思議なものよね。結婚式って、昔はもっと、煌びやかで、皆笑顔で、素晴らしいものだとばかり、思っていたのに……」


 子供の頃、目にした事のある結婚式の情景。招待客も、新郎新婦の家族たちも、そして新郎新婦本人も、皆笑顔で、新郎新婦の新しい門出を祝福していた。

 そして、月日が経ち。その舞台に自分自身が新婦として参加してみれば、感じているのは嬉しさではなく寂寥感。


「ツクモ……」


 刹那、ヒルデはこの場にいる筈のない人物の名をぽつりと零す。

 すると、不意に控え室の扉が開かれた。

 その音に反応して、扉の方を振り返ったヒルデの目に飛び込んできたのは、一人の男性の姿であった。


「おぉ、ヒルデ、愛しの姪よ!」


 それは誰であろう、自身の叔父にあたる、現ヴァルミオン伯爵であった。


「叔父様……」

「ん? どうした。何だか浮かない顔をしているが? 何だ何だ、今日はお前の折角の晴れ舞台なのだぞ! もっと笑顔を見せなさい!」


 ヒルデは現ヴァルミオン伯爵の言葉に、何とか笑顔を浮かべる。

 だが、無理やり作った笑顔は、とてもぎこちないものであった。


「何だその笑顔は!? それでは新郎であるレオン侯爵に失礼であろう!! もっと自然な笑みを作らんか!」


 刹那、現ヴァルミオン伯爵は叱責を始めると、程なく、言いたい事を言い終えた現ヴァルミオン伯爵は、締めの言葉を言い放つ。


「よいか! 式の最中は笑みを絶やすな! 分かったな。……それから、夜はその母親譲りの身体で、レオン侯爵を満足させるのだぞ! よいな!」

「……はい」


 いつものヒルデならば、毅然とした態度で言い返すところだが。今のヒルデは、力なく返事を返すので精一杯であった。


「ふん。所詮、貴様は剣の腕と身体の良さしか取り柄のないのだから、せいぜいそれを最大限に生かせよ」


 そして、吐き捨てるように言い終えると、現ヴァルミオン伯爵は踵を返し、控え室を後にする。

 こうしてまた、控え室に一人ぼっちとなったヒルデは、暫くした後、その目に大粒の涙を浮かべ始める。


「っ、……っ! ……っ!!」


 込み上げてきた感情を抑え込めず、今にも泣き出すかと思われた、その時。

 不意に、控え室の扉を何者かがノックし、ヒルデは込み上げてきた感情と涙を抑え込むと、入室を促す。



 次の瞬間、扉を開けて入ってきたのは、ヒルデの予想とは異なる人物。

 てっきり現ヴァルミオン伯爵が戻って来たのかと思っていたが、実際に現れたのは、白いタキシードを身にまとったレオン侯爵であった。


「れ、レオン侯爵様!」

「あ、そのままで結構ですよ。折角のドレスが乱れてしまいます」


 慌てて立ち上がろうとしたヒルデだったが、レオン侯爵に制止され、僅かに浮かせた腰を再び椅子に降ろす。


「あ、あの、レオン侯爵様。何か御用でしょうか?」

「えっと、その。父上が、新婦が一人で心細いだろうから様子を見に行って来い、と言われて……」

「ふふふ、そうですか。お気遣い、ありがとうございます」


 と、レオン侯爵が訪ねてきた理由が分かった所で、再びレオン侯爵が話を始める。


「ヒルデさん」

「何でしょうか、レオン侯爵様?」

「ヒルデさんはもしかして、僕との結婚は嫌ですか?」

「っ!」


 不意にレオン侯爵の口から零れた核心を突く言葉に、ヒルデは目を見開く。


「いえ、その……」

「無理に取り繕う事はありません。やっぱり、僕みたいな軟弱者は不釣り合い、ですよね」

「っ! ち、違います! レオン侯爵様はとても思いやりのあるお優しい方で! 寧ろ、私の方がレオン侯爵様とは不釣り合いというか……」

「え? そうなんですか。 あはは、何だ、僕の勘違いでしたか」

「そうですよ、レオン侯爵様なら、もっとお似合いの方が……」


 とその時、苦笑いを浮かべていたレオン侯爵の表情が真剣なものへと変わる。


「ヒルデさん、本当のことを言えば、やはり貴女は僕との結婚に乗り気ではないんですよね」

「え、あ……」

「言った筈です、無理する事はないと。これでも、事業の関係で鍛えられてきたので、人を見る目には自信があるんです。ヒルデさん、貴女の目は、とても悲しい目をしています」


 刹那、ヒルデは抑えていた感情を抑えきれなくなり、レオン侯爵の前だというのに、大粒の涙を流し始める。

 暫し、レオン侯爵に見守られながら涙を流したヒルデは、程なくして落ち着きを取り戻し、残っていた涙を拭う。


「少しはスッキリしましたか?」

「ありがとうございます。レオン侯爵様」

「もし、お話してくれるのであれば、立ち入った事をお聞きしてもよろしいですか?」

「はい」


 そしてヒルデは、レオン侯爵に九十九の存在を打ち明ける。


「ツクモ ニシキベ……、聞いた事があります! 確か、ヤマト皇国と呼ばれる国家の将軍でありながら、ブルドッグと呼ばれる冒険者クランのリーダーを務めている方ですよね!」

「よく、ご存知ですね」

「えぇ、僕は直接会った事はないんですが、実は、僕の知り合いの行商人が、そのブルドッグのお世話になった事がありまして。その方から、色々とその時のお話を聞いた事があるんです」

「え? あの、その行商人と言うのは?」

「ポルトト隊と呼ばれる商隊を率いている、ブロー・ポネという行商人です」


 刹那、ヒルデはポルトト隊やブローの名が飛び出し、驚きの声を上げた。


「ヒルデさん、もしかしてブローさんをご存知なのですか?」


 そしてヒルデは、ポルトト隊の護衛の事や、自身がブルドッグのサブリーダーを務めていた事などをレオン侯爵に話した。


「女性のサブリーダーがいたとは聞いていましたが、まさかそれがヒルデさんの事だったとは」


 こうして、九十九の事やブルドッグの事などを聞いたレオン侯爵は、暫し考えに耽ると、程なく再び口を開き始めた。


「ヒルデさんは、ニシキベさんの事が好きなんですよね」

「は、はい……」

「なら、こんな所にいてはいけない! 直ぐに彼のもとに行ってあげてください!」

「え!? でも」

「元々、今回の結婚は父上や、ヒルデさんの叔父であるヴァルミオン伯爵が勝手に進めた事。やっぱり、結婚は本人が心から望む人と挙げるのが一番です。……ですから、会場を抜け出して、彼のもとに行ってあげてください。僕の事心配しないで構いませんから」

「レオン侯爵様……」


 レオン侯爵の優しさに再び涙が浮かびそうになるものの、寸での所で留めると。ヒルデは、意を決した様に、レオン侯爵に向かって力強く頷いた。


「では、他の者に気付かれない内に……」


 と、その時。

 不意に控え室の扉が開き、複数の人影が室内に姿を現す。


「レオン、随分新婦と話が弾んでおった様だな」

「ち、父上!?」


 姿を現したのはアーレサンド公爵の他、現ヴァルミオン伯爵、それに公爵の私兵達であった。


「ははは、なかなかやるではないか、レオン。新婦の緊張を解きほぐしたのだな」

「父上、あの、お話が!」

「話なら式を終えてから幾らでも聞いてやる。それより、間もなく開催の時刻だ。新郎が先に入場して新婦をエスコートするという大事な見せ場があるのだ、遅れては事だ、さ、ゆくぞ」

「いえ、今、話を……」


 レオン侯爵が粘ろうとした刹那、不意に、ヒルデが声をあげた。


「レオン侯爵様、行ってください」

「え? ヒルデさん!?」


 慌てて振り返ったレオン侯爵が目にしたのは、優しく微笑むヒルデの姿であった。

 だが、レオン侯爵には、それが物悲しく感じるのであった。


「何をしている、ゆくぞレオン!」

「……はい、父上」


 そして、ヒルデの気持ちを汲み取ったレオン侯爵は、アーレサンド公爵達に続いて控え室を後にする。

 最後に、やれば出来るではないかと言わんばかりの現ヴァルミオン伯爵が退室し、再び一人ぼっちになったヒルデ。


 するとヒルデは、体を震わせながら俯くと、小さく『ごめんなさい……』と呟くのであった。





 教会の敷地内に設けられた挙式用の特設会場、青空の下で行われる挙式を見届けるべく、そこに並べられた座席を、次々と招待客達が埋めていく。

 その一角に、招待客の一人であるブローと、定位置であるブローの肩に乗ったアミンの姿があった。


「かぁ~、流石はレオン侯爵様の結婚式だ。見ろよ、政財界のお歴々だぞ」


 招待客の顔ぶれを目にして、その豪華な顔ぶれに半ば呆れ模様のブロー。

 一方、アミンはどことなく浮かない顔をしていた。


「ねぇねぇ、たいちょー」

「ん? どうした?」

「ヒルデ、本当にレオンこうしゃくさまと結婚しちゃうの? ヒルデ、本当はにしきべの事が好きな筈なのに……」

「そう言われてもな……。貴族ってのは、俺達平民と違って、色々と複雑な事情ってものがあるんだよ。だから結婚するにも、本人の意志だけを尊重する事は難しいんじゃねぇか?」

「でもでも、そんなのヒルデが可哀そうだよ。ねー、たいちょー、何とかしてあげようよ!」

「んな事言われてもな……」

「たいちょーはたいちょーでしょ、何とかしてー!」

「いでででで! 髭引っ張るなって! 幾ら俺でも今回ばかりはどうする事もできねぇって!」


 ヒルデの気持ちを知っているアミンはブローに何とかしてほしいと懇願するものの、流石のブローも、今回の結婚に異を唱える事は出来なかった。

 二人がそんなやり取りを行っている内に、遂に牧師が挙式の開始を宣言する。


「お! 始まったぞ、ほらアミン、大人しくしてろ!」

「むー!」


 小さな頬をむっと膨らませた不機嫌なアミンを他所に、ブローは周囲の招待客同様に、祭壇へと向かうレオン侯爵の姿に視線を向ける。

 そして、新郎の入場が終わって程なく、次はいよいよ新婦入場の番となる。


 音楽隊による演奏が流れる中、招待客達の前に、現ヴァルミオン伯爵にエスコートされながら、赤いカーペットを用いて作られたバージンロードを歩くヒルデが姿を現す。

 純白のウェディングドレスに身を包んだヒルデの姿を目にした、主に男性招待客から、歓声の声が漏れる。


 程なく、現ヴァルミオン伯爵からエスコートを引き継いだレオン侯爵は、ヒルデと共に祭壇の前へと並ぶ。

 刹那、牧師が愛の教えを朗読し始める。


 そして、いよいよ誓約の場面となる。


「レオン・アーレサンド、汝はヒルデ・ヴァルミオンと結婚し、彼女を妻とします。あなたは、妻となる彼女を愛し、敬い、慰め、助け。健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、死が二人を分かつときまで、その命の灯の続く限り、彼女に対して、堅く節操を守ることを誓いますか?」

「はい、誓います」

「では、ヒルデ・ヴァルミオン。汝も、誓いますか?」


 新郎であるレオン侯爵の誓いの言葉を聞いた牧師は、次いで新婦であるヒルデに問いかける。

 すると、返ってきたのは暫しの間であった。


「ヒルデ・ヴァルミオン? 如何なされた?」

「ヒルデさん……」


 直ぐに返答を返さないヒルデの様子に、怪訝な表情を浮かべる牧師。

 一方、レオン侯爵は、この沈黙が、ヒルデの最後の抵抗であると察していた。この誓いを立てれば、もう後には戻れない。


 だが、同時にそれが無駄な抵抗であるとも、理解していた。


「すいません、緊張で、上手く言葉が、出ませんでした。もう、大丈夫です」

「おぉ、そうですか。では、改めて」


 そして、意を決したのか、ヒルデが適当な嘘で誤魔化すと、再び誓約の問いかけが再開される。

 その時、ベールの奥、ヒルデの頬を一粒の涙が伝った事に、気付く者はいなかった。


「ヒルデ・ヴァルミオン、汝も、レオン・アーレサンドと結婚し、彼を夫とする事。死が二人を分かつときまで、その命の灯の続く限り、彼に対して、堅く節操を守ることを誓いますか?」

「……、は──」


 誓いの言葉を口にしようとした、その時であった。

 風に乗り、奇妙な音が聞こえてくる。


「お、おい、ありゃなんだ!?」

「ワイバーンか!?」

「いや、違うぞ!」


 同じように音を聞きつけた招待客が、やがて音の発生源を見つけたのか、北北西の空を指さして叫び始めた。

 どよめきが沸き起こる中、音の発生源である濃緑色に彩られたその鋼鉄の怪鳥十二機は、教会上空を見事な編隊飛行と共に低高度で通過、所謂フライパスを決める。


 招待客の殆どが初めて目にする鋼鉄の怪鳥、三式艦上戦闘機十八機は、そこから一気に急上昇を行うと、編隊飛行を維持しながら、一糸乱れぬ動きでループやロール機動を行う。

 更に、一機の三式艦上戦闘機が編隊から飛び出し更に垂直上昇を行っていく、と思いきや、突如空中にピタリと静止すると、次の瞬間。その姿勢のまま機尾から落下すると、その軌道で見事なU字を大空に描く、所謂テールスライドを行った。


「アオイ一番からアオイ九番! こらぁっ!! 曹長! 貴様また勝手に!」

「アオイ九番から一番へ、いいじゃないですか隊長、俺達は地上の目を引き付けるのも役割でしょ。だったら、ご覧の通り皆釘付けですよ」

「だからと言って勝手に行動していい訳ないだろうが! 大体、お前はいつもそうだ、勝手に無茶な機動ばかりするお陰で、毎回整備の連中から苦情を受ける俺の身も少しは──」

「あー、すいません。無線の状態が悪いようで、故障かな?」

「俺の小言が始まって都合よく壊れる無線機があってたまるかぁ!」


 まさか、上空を飛行する彼らの間でその様な会話が行われているとは露程も思っていない地上の面々は、上空を飛行する三式艦上戦闘機の編隊に見惚れていた。

 だが、そんな地上の面々の背後の空から、新たな機影が音を立てて近づきつつあった。


「目標地点確認。ツボミ一番からツボミ全機へ、進路及び高度を維持」


 大空を悠然と飛行する二式飛行艇六四型の七機は、先頭を飛行する先導機からの指示に従い、編隊を維持しつつ教会上空の空域へと接近していた。


「目標上空の視界は良好、絶好の綿帽子日和だ。……ツボミ一番からツボミ全機へ、最終チェック」


 刹那、無線機から次々と問題なしとの返答が返ってくる。


「降下実施空域接近、カウント開始。……全機、カーゴオープン!」


 指示が伝わると同時に、二式飛行艇六四型の機体後部に設けられた大型昇降式扉(カーゴドア)が空中で開かれる。

 と、貨物室内にいた海兵達が、続々と列をなして大空へとつながった大型昇降式扉(カーゴドア)の前に移動する。


「全機オールグリーン。カウント、五、四、三、二、一……降下!!」


 刹那、貨物室内のランプが緑に点灯するや、先頭の海兵が、躊躇なく大空へとその身を投げ出した。

 それに続くように、後ろに並んでいた海兵達も後に続く。


 七機の二式飛行艇六四型から大空へと身を投げた海兵達は、程なく、次々と大空に落下傘と言う名の花を咲かせる。

 その光景はまさに、風に吹かれて舞い飛んだタンポポの綿帽子が、地面に降り注いでいるかのようであった。


 三式艦上戦闘機に見惚れ、七機の二式飛行艇六四型から落下傘降下する海兵達に気付くのが遅れた地上の面々は、ある種神秘的とも思えるその光景に、再び見惚れるのであった。



 そんな地上の面々を他所に、無事に地上へと降り立った海兵達は、素早く落下傘降下用の装備を切り離すと、教会へと向かって駆け出し始める。


「動かないで! 皆さんそのまま!」

「動くと撃っちゃうよー」

「怪我したくなきゃ、大人しく言うこと聞いておいて方がいいぜ」


 そして、彼らは手にした二式騎銃 M2の銃口を向けながら、招待客や警備を務めていた公爵の私兵達に制止を促す。

 そう、海兵達の正体は、第一〇一武装偵察部隊の第三中隊の面々であった。

 なお、今回の落下傘降下に際して、いつもの一式作業服ではなく、淡い茶色のM1942降下兵用戦闘服をモデルにした、"二式空挺戦闘服"に身を包んでいた。


 そんな彼らの声に、漸く謎の集団の正体を悟ったアーレサンド公爵は、私兵に排除を命令しようとしたものの。

 その時、公爵は更に上空に姿を現したワイバーン・キャリッジの存在に気がつき、命令を喉の奥へと引き込めた。





 第三中隊が招待客や私兵達の動きを制止し、安全を確保した所へ、悠々とワイバーン・キャリッジが着陸を果たす。

 そして、ゴンドラの扉が開かれ、中から人影が姿を現す。


「皆様、遅れてしまって申し訳ありませんですわ」


 姿を現したペルル王女は、開口一番に遅れて到着した事を詫びる。

 すると、ペルル王女の姿を目にした招待客達は、皆一様に目を見張る。


 そんな中、アーレサンド公爵は平静を装いながら、足早にペルル王女のもとへと駆け寄る。


「これはこれは、ペルル王女」

「あら、アーレサンド公爵、ごきげんよう。遅れて申し訳ありません。少し、寄り道していたもので」

「寄り道?」

「えぇ、今回、わたくし達の警護を依頼したブルドッグの方々と合流する為に、少し寄り道しましたの」

「っ! 彼らが、警護ですと!?」


 ペルル王女の口から飛び出した言葉に、アーレサンド公爵は少々眉を顰める。

 てっきり、ペルル王女の警護は近衛騎士団が担当するものとばかり思っていたが、ペルル王女の言う事が本当ならば、公爵は私兵に命じて第三中隊の面々を迂闊に排除する事が出来なくなった事を意味する。


「そうですわよね、ニシキベ様?」

「はい、その通りです」


 そして、ゴンドラから九十九が姿を現した、刹那。

 彼の姿を確認したヒルデは、顔をほころばせる。


「初めまして、ジョン・アーレサンド公爵。今回、ペルル王女殿下の警護を務めさせていただきます、クラン・ブルドッグ、そのリーダーを務めさせていただきます、錦辺 九十九です」

「ほぉ、貴殿が、あの噂のニシキベ将軍ですか、成程。お会いできて光栄だ」

「こちらこそ、公爵様」


 本心ではお互い腹を探り合うかのように、握手を交わす二人の目には、鋭い視線が垣間見えていた。


「にしきべーっ!!」

「ん?」

「にしきべキターッ!」

「よぉ、ニシキベさん! 久しぶりだな!」

「え!? ブローさん、それにアミンさんも!?」


 握手を終えて本題を切り出そうとしたその矢先、不意に聞き覚えのある声が聞こえ、声の方へと視線を向けると、そこには手を振るブローとアミンの姿があった。


「ど、どうしてお二人がここに!?」

「俺達、レオン侯爵様の知り合いでな、招待客として参加してるんだよ」

「あぁ、成程」

「にしきべー! よく来た! ヒルデの事頼むぞー!」

「おぉ、そうだった! 何だかよく分からんが、兎に角タイミングとしてはナイスタイミングだ! まだ誓いの言葉は言ってねぇからな!」


 ブローとアミンがこの場に居合わせた理由が判明した所で、九十九は、ふと祭壇の前に立つヒルデの方へと視線を向ける。

 ベールで素顔を拝むことはできなかったが、九十九には、その奥に安堵の表情がある事を確認するのであった。


 そして、九十九は再び、本題を切り出すべく、アーレサンド公爵と会話を始める。


「では、改めて。……アーレサンド公爵様、今回、自分達がこの場にやって来たのは、ペルル王女殿下の警護の他に、もう一つ、公爵様にお会いしたくやって来たのです」

「ほぉ、吾輩に。それは一体、どの様な理由でかな?」

「アーレサンド公爵様、貴方が、そちらにおられるヴァルミオン伯爵と共謀し、伯爵の兄であった前伯爵に、本来は伯爵が行っていた税金横領の罪をなすりつけ死に追いやった件に関して真意をお伺いしたいからです!」

「き、貴殿、一体何を……」

「まさかお忘れですか? 何なら、その一件に関し証拠となる書類も、こちらにございますが」


 刹那、招待客の間からどよめきが沸き起こる。

 そして、招待客からの視線に耐えかねてか、現ヴァルミオン伯爵は立ち上がると弁明を始めた。


「ち、違う!! わ、私は、私は兄をあそこまで追い込むつもりはなかったんだ!! 最初は、責任を取って辞職させた後、適当な所へ隠居してもらう筈だった! それをあそこまで追い込ませるようにしたのは公爵の指示だ!」

「ヴァルミオン伯爵! 貴様!!」

「こ、この結婚だって! 公爵から連絡が来て、ヒルデがヤマト皇国と深く関わっているから、それを利用して人質として利用し連中に圧力をかけようって発案したのは公爵の方だ! わ、私はただそれに従ったまでで……」


 と、狼狽えながら弁明を一端終えた現ヴァルミオン伯爵は、まるで許しを請う様にヒルデに近づく。


「おぉ、ひ、ひるでぇ! ゆ、許しておくれ! 私は、私は……」


 刹那、現ヴァルミオン伯爵の頬を、ヒルデの強烈なビンタが炸裂する。


「叔父様! 貴方は最低の人間です! 貴方はヴァルミオン家の恥さらしです!! 貴方に、ヴァルミオンの名を名乗る資格はない!!」

「う、うぅ……」


 そして、泣き崩れる現ヴァルミオン伯爵。

 一方、そんな様子を他所に、九十九は再びアーレサンド公爵に向かって言葉を投げかける。


「これでもまだ、白を切るおつもりですか?」

「世迷言だ! これはヴァルミオン伯爵の世迷言に過ぎん!!」

「それでは、今度は別の、公爵自身が関わっている別の件についてお尋ねします。公に出来ぬ違法な奴隷事業に関して、その真意をお伺いしたい!」

「な、何を! ニシキベ将軍、貴殿は突然何を言い出すのだ!!」

「聞こえませんでしたか? ジョン・アーレサンド公爵! 貴方が、自らの領民を私兵を使い、賊に襲われ天涯孤独に仕立て上げた子供達を孤児院で保護し里親のもとへ送り出すと偽り、実際は国外に奴隷として売りさばいている事業の事です!!」

「き、貴殿は!! い、言いがかりだ!!」

「証拠となる書類も、実際に、公爵の指示でこれまでに幾多もの無垢な領民の命を殺めてきた共犯者の証言も、もう出ているんです!」

「共犯者……、まさか、襲撃部隊を! く! 貴様……」


 と、その時、不意に真鍋大尉が九十九のもとへと近づき、報告を行う。


「孤児院の制圧に向かった第一中隊より連絡。孤児院の制圧に成功し、院内にいた子供達も全員無事に保護したとの事です! また、孤児院の院長を務める男性も確保し、男性から公爵の奴隷事業に関する新たな証言も得たとの事です」

「と、言う事ですが。どうですか、公爵様、これでも、まだ自身は無関係であると言い張りますか!?」

「き、貴様らぁ……」


 怒りで体を震わせていると、往生際の悪いアーレサンド公爵を見兼ねたかのように、声が飛んだ。


「公爵! いい加減にしたまえ!」

「っ! こ、この声は……」


 刹那、ゴンドラより、ルイス国王が姿を現す。

 すると、まさかのルイス国王の登場に、招待客や公爵の私兵は騒然となり、皆一様に慌てて頭を下げるのであった。


「る、ルイス国王陛下!」


 当然、アーレサンド公爵も想定していなかったルイス国王の登場に、ハトが豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる。


「な、何故こちらに! お、お体の方は……」

「ふん。公爵、貴殿の不法行為を知っては、おちおちベッドの上で寝てもいられなくなったわ! 守るべき領民を誑かし、剰え、罪なき子供達を利用し私腹を肥やしていたなど言語道断! この痴れ者が! 恥を知れ!!」

「へ、陛下……、わ、吾輩は……」

「公爵! 貴殿はまだ言い訳するというのか! 貴殿も、公爵の爵位を賜った身ならば、潔く自らの過ちを認めよ!」


 体が病で蝕まれているとは思えぬ、毅然としたルイス国王を前に、アーレサンド公爵は顔を青ざめさせ、及び腰となる。

 刹那、アーレサンド公爵の視線が、ふと九十九を捉える。

 その瞬間、公爵の目の奥に、ドス黒い炎が勢いよく燃え盛った。


「も、申し訳ありません、陛下!! い、何れ真実が明るみにされる事は必定と、そうは思いつつも。途中で留める事もせず、わ、吾輩は、目先の金を欲しさに、幾人もの子供達を……」

「それは、自らの過ちを認めるという事だな?」

「い、如何なる処罰も甘んじて受け入れます! ですが、どうか、どうか息子、レオンだけはお許しを!! レオンは、吾輩の奴隷事業に何ら関与しておりません!」

「分かっておる。その事は既にニシキベ将軍からも聞いておるから、安心せい」

「あ、ありがとうございます」


 自らの過ちを認めたアーレサンド公爵は、目に涙を浮かべ、ルイス国王に対して深々と頭を下げる。

 そして、それを終えると、次はふらふらと、九十九の方へと歩み寄り始めた。


「ニシキベ将軍、貴殿にも感謝を。心の弱い吾輩の暴挙を、貴殿は止めさせる切っ掛けを作ってくれた。本当に、ありがとう……」


 感謝の言葉を述べながら、アーレサンド公爵はその証として自らの右手を差し出し、九十九に握手を求める。

 九十九も、それに応じて自らの左手を差し出す。


 と、そんな二人の様子を眺めていた真鍋大尉は、ふと、公爵の左腕が、九十九の死角で何やら不穏な動きを見せている事に気がつく。


「錦辺総司令!!」


 刹那、真鍋大尉の声と共に、九十九の差し出した左手を自らの右手で掴んだ公爵は、一気に九十九の体を自らに引き寄せる。

 次の瞬間、九十九は、自らの胸部に衝撃を感じた。

 そして、先ほどまでの弱弱しい表情が一変、公爵の醜悪な表情が九十九の視界一面に広がる。


「さぁ、吾輩からのとっておきの感謝の礼だ!! たっぷりと味わえ!!」

「っ!!」

「錦辺総司令!!」

「ニシキベ様!?」


 漸く、周囲の者達も二人の様子から違和感に気付いたようで、慌てて二人のもとへと駆け寄り二人を引き離す。

 すると、九十九の胸元には突き刺さった短剣のグリップの姿が。


「い、嫌ーーーーっ!!!!」


 それを見た瞬間、ヒルデは割れんばかりの悲鳴を上げた。


「ははははっ!!! 小僧、貴様も道連れだ!! はははは──」


 そして、道連れとして九十九の命を奪ったものと、公爵が高笑いを浮かべた、次の瞬間。

 九十九は、まるで何事もなかったかのように、自らの胸部に突き刺さった短剣を引き抜き、地面に捨てた。


「な、馬鹿な!!?」


 確かに九十九の軍服には、短剣を突き刺してできた傷が確認できる。

 だが九十九は、重傷を負った様子もなく平然とした様子で、腰に取り付けた鞘から軍刀を抜く。


「ひ!」

「……」

「ま、待ってくれ!! 頼む!! た、たすけてぇぇぇ!!」


 太陽に照らされ光を放つ刀身、それを手にしながら、無言で公爵のもとへと歩み寄る九十九。

 その姿に、公爵は得体のしれない恐怖を感じ、堪らず腰を抜かすと、命乞いを始めた。


「頼む、まて、待ってくれ!! し、死にたくない!!」

「貴方はそうやって、一体今まで何人、自らの私腹を肥やす為に無垢な人々を殺す様に命令したんですか?」

「わ、吾輩は、わ、わ……」

「さようなら、ジョン・アーレサンド公爵」


 天高く振り上げられた軍刀の刀身が、公爵に向かって勢いよく振り下ろされ。

 次の瞬間、その鋭利な刀身は、公爵の首筋の数センチ手前で動きを止めた。


「わぁぁぁぁ──、ぁ……」


 刹那、公爵は感情ストレスが限界を超え、失神してしまう。

 力なく倒れ込んだ公爵を見下ろしながら、九十九は手にした軍刀を鞘へと収めた。


「お騒がせして申し訳ありませんでした、ルイス国王陛下」

「う、うむ。しかし、よかった、ニシキベ将軍が冷静なお方で。激情にかられ公爵を切り捨てるかとヒヤヒヤしましたぞ」


 幾ら罪人とはいえ、この場で九十九が公爵を切り殺していれば、それこそアリガ王国と大和皇国の国際問題にまで発展しかねなかっただろう。

 九十九の冷静な判断に、ルイス国王は胸をなでおろすのであった。


「真鍋大尉、公爵の身柄の確保。それから、警備を担当している公爵の私兵の武装解除を頼む」

「は! 了解しました!」


 九十九は真鍋大尉に後処理を指示すると、祭壇の方へと足を運ぶ。

 その途中、ふとブローとアミンの方に目をやると、二人は九十九に向かってサムズアップを行っていた。


 そんな二人を横目にしつつ、祭壇の前に並ぶレオン侯爵とヒルデの前に足を運んだ九十九は、先ずレオン侯爵に一礼する。


「初めまして、レオン・アーレサンド侯爵様。自分は、大和皇国海兵隊の総司令官兼ブルドッグのリーダーを務めています、錦辺 九十九と申します」

「ニシキベさん、貴方の事は、ブローさんから聞いていました。でも、こうして実際に会ってみると、想像していた以上に、貴方は素晴らしい方だ」

「そんな、自分なんて……」

「父上の事、本当にありがとうございます」


 そして、レオン侯爵は九十九に頭を下げると、にこやかな笑みを顔に浮かべた。


「では、僕はご破算になった結婚式の後始末と、父上の事について国王陛下との相談に参りますので、失礼します」

「レオン侯爵様」

「ヒルデさん、どうかお幸せに。それでは!」


 気を利かせて、その場を後にするレオン侯爵。

 その去り際、レオン侯爵はヒルデに小声で言葉をかけるのであった。



 こうして、祭壇の前に二人きりになった九十九とヒルデ。

 先に言葉をかけたのは、九十九の方であった。


「ヒルデ、遅れてごめん」

「うん」

「あの夜は、その、言葉に出来なかったけど。今なら、自身をもって言える。俺には、ヒルデ、君が必要だ! 俺だけじゃない、ブルドッグにも、君の存在は欠かせないんだ」

「でも、私はもう……」

「それなら大丈夫。プリシラさんに聞いたら、離職手続き、まだ行ってないそうなんだ」

「え?」

「手続きに必要な、この冒険者認識票がなかったからだって」


 そう言うと、九十九は胸ポケットから白銀に輝く、ヒルデの冒険者認識票を取り出す。

 よく見ると、その冒険者認識票には、鋭利な刃物で突き刺された様な真新しい傷がついていた。


「あ……」

「ヒルデ。君のお陰で、俺は救われた」

「……うん」

「だからヒルデ! これからも、俺が困った時は支えてほしい! そして、これからも、俺の隣に一緒にいて欲しい!」

「はい!」


 刹那、九十九はヒルデのベールを上げる。

 すると、ヒルデの顔は、折角の化粧が涙で崩れていたものの。九十九は、そんな顔すら愛おしいと感じていた。


「もう一度言う、ヒルデ、好きだ」

「私も、ツクモの事、大好き! ……ありがとう、私の白馬の王子様」


 見つめ合った九十九とヒルデは、お互いに瞳を閉じると、静かに、お互いの唇を重ね合わせた。


 刹那、何処からともなく二人を祝福するかのように拍手や口笛が響き渡り。

 そして、二人の新たな門出を祝うかのように、ひとすじの風が吹くのであった。





 その後、アーレサンド公爵の奴隷事業に関与していた関係者の拘束、及び裁判が速やかに行われる事となった。

 主犯であるアーレサンド公爵は極刑が言い渡された他、ヒルデの叔父であるヴァルミオン伯爵も、爵位をはく奪され、極刑に処された。


 なお、レオン侯爵はルイス国王への直訴によって、父親から公爵の爵位や事業を引き継ぎ、領地の管理も引き継いだ他。

 爵位継承の男児がいないヴァルミオン家の領地も、ヒルデとの相談により、公爵となったレオン公爵が管理していく事となった。

 また、奴隷事業の隠れ蓑であった孤児院についても、新たな職員を雇い、真っ当な孤児院として運営を再開させた他。保護されていた子供たちも、引き続き養育していく事になった。


 これについてレオン公爵は、父親の犯した罪に対する自分自身の贖罪、と語っている。



 そして、事前の宣言通り、ルイス国王は自らの病を世間に公表し、それを理由に退位を発表。同時に、後継者であるアポロ王子の国王就任の証、戴冠式の執行日程も発表された。

 この発表の後、戴冠式の執行当日に間に合わせる様に、大和皇国とアリガ王国との間で国交締結に向けての詰めの協議が行われ。


 大和皇国からは、アリガ王国内の資源開発の援助、及び港湾施設や鉄道、更には道路整備や上下水道に送電網等々の所謂社会インフラの整備。

 同時に、それらを運用していく上で必要となる知識等を得るべく、教育システムの輸出や。王国内では希少な、或いは存在しない調味料や食料、更には嗜好品の輸出が決定された。

 一方アリガ王国側は、大和皇国側に資源開発で採掘される資源の輸出を行う他。大和皇国に食料や嗜好品の輸出を行う事が決定され。

 輸出取引に関して必要となる為替相場の早急な整備も決定された。


 また、大和皇国とアリガ王国の同盟関係締結に向けた話し合いの継続も決定された。



 こうして迎えた戴冠式当日。

 無事に式を終え、新たなるアリガ王国の国王となったアポロ国王は、その場で、大和皇国との国交締結を正式に宣言するのであった。


 素晴らしき隣人、とアポロ国王に称された大和皇国は、こうしてアリガ王国と共に新たなビジョンを共に描き始める。

 果たして、その先にどの様な未来像が描かれるのか、それは、神のみぞ知る。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヒルデとの恋愛要素に蛇足感がある。 すれ違い方も無理矢理だし解決方法もごり押しで茶番臭さが悪目立ちしてて勿体ない。 せっかくのミリタリ物なのに異物混入の所為で良さが損なわれてる。
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