第二十九話 Fly Away……
それから一週間、九十九達は各々準備に追われた。
一週間という短い期間ながらも、忍達の懸命の取り組みのお陰で、必要な情報の収集等に成功。
その結果は、九十九の予感の通り、ヒルデの叔父である現ヴァルミオン伯爵は脛に傷持つ身であった。
ヒルデの父親が税金を横領していた事件に関しても、真犯人は弟である現ヴァルミオン伯爵であり。
その横領の事実をネタにされたのかどうかは定かではないが、アーレサンド公爵と共謀し、横領の罪をヒルデの父親に罪をなすりつけ、真実を闇に葬り去った見返りとして魔石鉱山の事業を公爵に譲渡したのであった。
そして、今回のレオン侯爵とヒルデの結婚に関しても、表向きには新産業・新事業の創出の礎として、互いの領地の交流促進の一環、とされているが。
実際の所は、金遣いの荒い現ヴァルミオン伯爵が、公に出来ない借金をアーレサンド公爵に帳消しにしてもらう見返りに、ヒルデを差し出した、というものであった。
こうして、これらの情報、及びそれらを裏付ける関連書類等を入手した九十九達は。
いよいよ、レオン侯爵とヒルデの結婚式当日を迎えた。
早朝、ロマンサ統合基地の一角にある私室にて目を覚ました九十九は、ベッドから起き上がると、寝間着からグレーの軍服へと慣れた様子で淡々と着替える。
そして、愛用の11.4mm自動拳銃 M1911を収めたホルスターを腰に取り付け、反対側にヒルデの愛用していた軍刀を取りつける。
最後に、帽子掛けにかけていた軍帽をしっかりと被ると、九十九は一旦深呼吸した後、私室を後にする。
その足で九十九はまず食堂に向かい、そこで朝食を食べ終えると、そのまま執務室へと足を運び、これから臨む結婚式に向けて、準備に不備がないかの最終チェックを行う。
そして、最終チェックを終えた刹那、タイミングを見計らったかのように机の上の黒電話が鳴った。
受話器を取り、連絡してきた人物を確かめると、それはロマンサ統合基地の防空を担う、防空司令部の担当士官からであった。
連絡を行った担当士官の話によれば、対空監視を行っている対空電探施設の対空電探が、ロマンサ統合基地に接近中の複数の反応を捉えたという。
高度は二千メートル程を飛行し、八十キロメートル毎時という、九十九達の感覚からすればかなりの鈍足な速度でだ。
一見すると敵性飛行物体の襲来かとも思えるが、実はそうではなかった。
更に担当士官は、飛来した方角や反応の数、更に時刻等々が事前の連絡通りであると告げる。
それを聞いた九十九は、了解した旨を伝えると、丁寧に誘導して差し上げるようにとの言葉を添えて電話を切り、出迎えに向かうべく執務室を後にするのであった。
ロマンサ統合基地の東より飛来した複数の反応の正体。
それは、護衛の竜騎士隊と、一台のワイバーン・キャリッジであった。
護衛の竜騎士隊に護られながら大空を進むワイバーン・キャリッジ、そのゴンドラ内には一組の男女が椅子に腰を下ろしていた。
「もうすぐですわ」
「うむ、そうか……」
女性の方は、誰であろうペルル王女。
一方、もう一人の男性は、煌びやかな装飾が施され、高価な織物や毛皮を贅沢に使った絢爛豪華な衣服に身を包んだ、刻み込まれた年輪からして齢六十程。
文字通り杖者の如く、丁寧な装飾の施された杖を突いた男性であった。
そんな二人が乗り込んだゴンドラ内に、不意に揺れが生じる。
「キャッ! な、何ですの!?」
慌ててペルル王女が御者に何が起こったのかを尋ねると、御者は先ほどの揺れの理由を説明し始めた。
「申し訳ありません王女様。ヤマト皇国側の、誘導役の妙なワイバーンにこの子らが驚いてしまいまして」
「妙なワイバーン?」
「あ、今先頭につくべく横を飛んでます。ご覧になってください」
御者の言葉に、ペルル王女は若干気持ちを高ぶらせながら、ゴンドラの窓から外の様子を見る。
するとそこには、御者の言った通り、翼を羽ばたかせる事もなく、頭部に風車の如くプロペラを回し、二名の竜騎士の周囲はガラスで覆われ、翼や胴体部分に赤い丸が描かれている他は全身真っ白な姿をした。まさに見た事のない妙なワイバーンの姿があった。
とはいえ、ペルル王女はその姿を目にした時、それがワイバーンでない事は瞬時に理解できた。
何故なら、彼女は既に同じ機体ではないものの、プロペラの推力で加速前進する事で翼に対して対気速度を得、それにより空気が翼を上向きに押す力、所謂揚力を得る事で空を飛ぶことが可能になる。という原理で空を飛ぶ事の出来る機械、所謂飛行機を大和皇国滞在中に目にした事がある為。
誘導役の妙なワイバーンも、飛行機の一種である、という結論にペルル王女は直ぐに至ったのであった。
なお、今回誘導役としてペルル王女達の前に姿を現した飛行機の正式名称は、九八式直接協同偵察機と言い。
地球において大日本帝国陸軍が開発・運用した同名の機種をモデルとした近距離偵察機である。
とはいえ、モデル同様に不整地での離着陸や整備性の容易さの他、急降下爆撃等も考慮して設計されている為。採用している大和皇国空軍及び大和皇国海兵隊航空団では、偵察のみならず連絡や対地攻撃等々、万能機として多様な任務に駆り出されており。
今回、海兵隊航空団所属の機が基地滑走路への誘導役として駆り出されたのであった。
閑話休題。
こうして誘導役を務める九八式直接協同偵察機、その後部座席に座った乗員の、割れんばかりの大声による誘導により、ペルル王女達一行は、無事にロマンサ統合基地の滑走路へと着陸を果たす。
そして、着陸を果たしたワイバーン・キャリッジのゴンドラに、一人の人物が近づいていく。
その人物とは、誰であろう九十九であった。
「ようこそ、ロマンサ統合基地へ、ペルル王女殿下。本日は自分の為に、わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
「これ位、お安い御用ですわ、ニシキベ様」
ゴンドラから降り立ち、九十九と挨拶を交わすペルル王女。
実は今回、結婚式の式場へと移動するに際して、九十九はペルル王女の提案で、王女のワイバーン・キャリッジに同席して移動する事となったのだ。
その為、事前に到着予定時刻等の待ち合わせが行われ、先ほどの防空司令部からの連絡は、到着を知らせる為のものであった。
「そうですわ! ニシキベ様、ご紹介したい人がいるんです」
「?」
「お父様!」
「っ!」
ペルル王女の呼び声と共に、杖を突きながらゴンドラより降り立ったその人物を目にし、九十九は直立不動の姿勢を取り。周囲にいた海兵達も、慌てて捧げ銃等を行う。
それもその筈、何故なら、ペルル王女がその男性を父親と呼んだという事は、即ちその男性こそ、現アリガ王国国王を務めるルイス・スチュート国王その人である事を意味するのだから。
「はじめまして! ルイス国王陛下! 自分は、大和皇国海兵隊の総司令官を務めています、錦辺 九十九と申すものです! まさか、国王陛下自ら足をお運びいただくとは存じておらず、何ら歓迎の用意等行えない事、ご了承賜りますよう……」
「構わぬよ、ニシキベ将軍。さぁ、面を上げてくれ」
ルイス国王の言葉を聞き、九十九はおずおずと面を上げる。
「貴殿の事はアポロやペルルから色々と聞いておる。息子や娘の命を幾度も救ってくれた事、感謝の念に堪えん。本当に、ありがとう」
すると、ルイス国王は九十九に向かって深々と頭を下げる。
これには流石の九十九も動揺を隠せなかったが、ルイス国王の気持ちを汲み取り、受け止めるのであった。
「ごほ、ごほ! ……すまぬな、ニシキベ将軍。儂も、こんな状態でなければ、ヤマト皇国との国交締結、もっと事は簡単に進んだ筈なのだがな」
そして、ルイス国王は息を整えると、更に言葉を続けた。
「それから、ペルルから聞いた、アーレサンド公爵の一件だ。彼とは昔、共にアリガ王国のより善き未来を共に語った事もあったが。時の流れがそうさせたのか、それとも、元々その様な本性を隠しておったのか。……何れにせよ、彼の本性を見抜けなかったのも、儂の力不足ゆえよ」
刹那、一拍置いたルイス国王は、三度言葉を続けた。
「だから今回、儂もけじめをつけるべく、こうして同行させてもらう事にした。儂は、今回の一件が終わった後、病気の事を世間に公表し、それを理由に退位するつもりだ」
「っ!」
「新たな国王にはアポロが就くことになろう。……ニシキベ将軍。これからも、アポロやペルル、そしてアリガ王国の事、よろしく頼みます」
「はい!」
差し出されたルイス国王の手をしっかりと握り返しながら、九十九は力強く返事を返すのであった。
「ニシキベ様、ではそろそろ参りましょうか」
「あ、その前に、少しよろしいでしょうか」
そして、出撃。かと思いきや、九十九は振り返り一歩前に出ると、今回、共に式場へと乗り込む者達に対して言葉を述べ始める。
「これより我々は、結婚式が行われる式場へと乗り込む! これは、アーレサンド公爵の悪事を暴くものではあるが、同時に、自分……。いや、俺自身の我儘でもある! そんな俺の我儘についてきてくれて、本当に、諸君には感謝している!!」
刹那、海兵達が言葉を発し始める。
「何言ってるんです錦辺総司令! 我々海兵一同、総司令の為ならば、地獄までご一緒する所存ですよ!」
「そうそう、不誠実なやり方で人の女を横取りする野郎をぶっ飛ばせるなら、何処までもお供しますよ!」
「俺達海兵の力、たっぷり見せつけてやりましょう!」
「おぉーっ!!」
「おーっ!!」
刹那、彼らの士気が最高潮に達したかの如く、基地を包み込むかのような雄叫びが木霊する。
その様子を目にした九十九は、そんな雄叫びにかき消される様に、小さく、彼らに対して感謝の言葉を零すのであった。
「ニシキベ将軍、貴殿はよい部下をお持ちの様だ」
「ありがとうございます」
「それでは、参ろうか」
「はい!」
出撃、その号令が告げられると共に、幾多もの軍靴の音が鳴り響き、駐機場に並んでいた鋼鉄の怪鳥達が唸りを上げ始める。
先ず、九十九達が乗るワイバーン・キャリッジと護衛の竜騎士隊が離陸した後、使用可能になった滑走路に、誘導路を通って次々と鋼鉄の怪鳥達が姿を現す。
濃緑色に彩られたその鋼鉄の怪鳥の名は、"三式艦上戦闘機"、"燕戦"の愛称を持つ、大和皇国海軍及び海兵隊航空団で運用されている、艦上戦闘機である。
地球において大日本帝国陸軍が開発・運用した五式戦闘機をモデルベースに、翼端のカットや着艦用フックの追加等々、大和皇国独自の設計変更を行い完成された機体である。
同機は、モデルとなった機体同様に、空軍で運用されている飛燕の愛称を持つ水冷エンジン搭載戦闘機、三式戦闘機をベースに、エンジンを"金星"と呼ばれる空冷エンジンに載せ替えた機体であり。
三式戦闘機の機体設計の優秀さと千五百馬力を叩きだすエンジンの性能も相まって、最大速度は六〇〇キロメートル毎時を誇る。
また、戦争末期になり水冷エンジンの製造が追いつかず、苦肉の策として生まれたモデルベースの機体と異なり。開発段階から三式戦闘機と共に開発が進められたため、部品の共通化等で製造コストの低下も行われている。
そして武装は、機首に20mm機銃を二門装備し、翼内に左右ぞれぞれ一門ずつ12.7mm機銃を装備。その他、翼下に二五〇キロ爆弾を搭載する事もできる。
他にも、自動消火装置や防弾燃料タンク、防弾版や防弾ガラス等、前身の零式艦上戦闘機よりも充実した防弾装備を備えている。
海兵隊航空団所属の三式艦上戦闘機十八機、一個飛行隊は、護衛の任を全うするべく、管制塔の指示に従い滑走路から飛び立っていく。
そんな三式艦上戦闘機に続いて姿を現したのは、濃緑色に彩られた巨大な鋼鉄の怪鳥であった。
その巨大な胴体の形状は、まさに削り取られたかつおぶしのようで。そんな巨大な胴体を浮かせるべく、機体の上部に設けられた巨大な主翼には、四発のエンジンが姿を見せている。
この奇妙な機影をした大型機の名は、大和皇国空軍及び海兵隊航空団で運用されている"二式飛行艇六四型"。
そう、本機は飛行艇と名が付く通り、水面発着可能な二式飛行艇をベースに陸上輸送機として開発された派生型の一種である。
なお、派生型ではあるものの、地球の二十一世紀等に登場した水上・陸上共に運用可能な水陸両用タイプとは異なり。六四型は水上での運用は不可能となっている。
ベース機となっているのは、大日本帝国海軍が開発・運用した二式飛行艇と同名の名を持つ、大和皇国海軍が運用している飛行艇であり。
同機の派生型という事で、その見た目は底を切り落とし、翼端フロートを廃し、機首下部及び胴体後部二か所に車輪搭載スペースを設けるという、少々洗練さに欠けるものであった。
飛行艇のような水面発着を前提とした機体は、その運用上、着水時にプロペラが水面を叩かないようにする必要がある為、必然的に主翼が機体上部に位置する。ただし陸上で運用する分には意味がなく、逆に、主に整備の面で足場を組んだりエンジン交換の場合は大型クレーンが必要になる等、不便な点となった。
また、胴体下部前面の波消し装置、通称かつおぶしも、当然ながら陸上で運用するには不必要であった。
とはいえ、それらを考慮して再設計を行うと文字通り一からとなり、最早派生型ではなく別途新規開発と何ら変わらない。
それでは、同一機種による運用効率向上、及び製造コストの低下等々を見込めない。そこで、開発を担当した装技研の第二部局と第三部局の合同チームが導き出したのが、最低限度の設計変更で必要とする性能を引き出す、この洗練さに欠ける姿であった。
また陸上型の特徴的な変更点としては、乗り降り等に用いる入り口が浸水対策として機体上部に設けられている為、これを解消するべく、機体後部に油圧式の大型昇降式扉を設けている点である。
六四型の場合、貨物室と直結している為、この大型昇降式扉を使用して人員の乗り降りの他、大型貨物の積み下ろしもスムーズに行える。
更に、同じく派生型の一種で、空軍が運用している陸上大型爆撃機として開発された四ニ型では、この扉を使用して、最大四トンもの爆弾を搭載可能な同機の爆弾倉へと爆弾を搬入している。
諸元は、優秀なベース機同様、最大速度四二〇キロメートル毎時、七千キロメートルもの長大な航続距離。人員最大六四名、完全武装の兵員でも三十名ほどを搭載可能としている。
武装は、六四型なら胴体下部前面と機体上部、更には機体尾部に20mm旋回機銃を装備し。四ニ型では更に四門もの12.7mm機銃を装備している。
まさに、空の戦艦と呼ばれた二式飛行艇の血を引いた機体であった。
海兵隊航空団所属の七機の二式飛行艇六四型は、貨物室内に完全武装した海兵達を乗せ、管制塔の指示に従い、その巨体を次々と大空へと舞い上げる。
そんな離陸していく機体に向け、基地内では手や軍帽等を振り、居残る者達が作戦の成功や無事の帰還を祈りながら見送るのであった。
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