第二十八話 リアライズ
第一〇一武装偵察部隊第三中隊が襲撃計画を阻止してから数日後。
農村での戦闘の最中に捕らえられた襲撃部隊の隊長格の男性は、ロマンサ統合基地へと移送後、真鍋大尉による熱々おでんのおもてなしという洗礼を受け。
あっさりと、これまで自身が指揮し襲撃してきた村々に関する情報を自白し。更には、アーレサンド公爵が自身の領内で、事前に掴んでいた仕組みを用いて違法な奴隷事業を秘密裏に行っている証言も行うのであった。
一方、忍も、その証言を裏付ける奴隷事業に関する書類の入手に成功する等。
事態は一気に進展し、アーレサンド公爵の悪事を暴く準備は着々と整いつつあった。
だが、本来は喜ばしい筈なのだが、九十九の表情は晴れやかな表情とは言い難かった。
「はぁ……」
その理由は、言わずもがなヒルデの事であった。
ため息をついた九十九は、ふと仕事の手を止めると、胸ポケットに入れていた、あの夜ヒルデから受け取った彼女の冒険者認識票を眺め始める。
「何で、あの時……」
そして、小さく呟いた、次の瞬間。
「失礼します!!」
「っ!?」
突然、ノックもせずに何者かが執務室の扉を勢いよく開けて入室してくる。
それに驚いた九十九は、慌ててヒルデの冒険者認識票を胸ポケットに戻すと、入室してきた者の正体を確かめる。
「真鍋大尉。突然、どうしたんですか?」
それは、誰であろう真鍋大尉であった。
しかし、いつもの彼女とは少々雰囲気が異なっており、何処か、額に青筋を浮かべているかの如く様子であった。
「それはこちらが聞きたいくらいです! 錦辺総司令!!」
「え?」
そして、勢いよく執務机へと近づいた真鍋大尉は、執務机を叩きながら、九十九に激しく詰め寄り始めた。
「何故ヒルデの事、黙っていたんです! 何故彼女が冒険者を辞めた事を私達に相談してくれなかったんですか!」
「っ! た、大尉!? どうして!?」
刹那、真鍋大尉の口から飛び出した言葉に、九十九は動揺を隠せない様子であった。
「ギルド職員のプリシラさんからお聞きしました」
「あ、あぁ……、成程」
情報の出所を聞き、九十九は納得した様子を見せる。
確かに、職員であるプリシラならば、ヒルデが冒険者を辞めるという情報は嫌でも耳にするだろうし。更には、ヒルデがプリシラ本人に離職手続きをしてもらう様に頼んだ可能性すらある。
「どうして黙っていたんです! 錦辺総司令!!」
「それは、……これはヒルデ自身が決めた事だから、自分がどうこう言える立場じゃないし」
「だから、何も言わずに最後に会いに来たヒルデの事を引き留めずに見送ったんですか!」
「っ!? どうして、それを!?」
「プリシラさんから聞きました。数日前の夜、夜も遅くにヒルデがギルドにやって来て、冒険者を辞めたいと告げたんです。その時、ヒルデ、泣いていて。更に、言えなかったって、零したそうです」
そして真鍋大尉は一拍置くと、さらに言葉を続ける。
「その夜、ギルドの前に、会ってたんですよね! 錦辺総司令はヒルデと!?」
「あ、あぁ。会っていたよ……」
「なら何故!? その時ヒルデを、彼女を引き止めなかったんですか!! 私は分かります、ヒルデの気持ち。錦辺総司令に引き止めてほしくて、他の誰でもない錦辺総司令に引き止めてほしくて、最後に錦辺総司令の前に現れたんですよ!」
「でも……、ヒルデの事を思えば」
「ヒルデの事より、錦辺総司令ご自身の気持ちはどうなんですか!? ヒルデの事は、そんな簡単に諦める程度のものだったんですか!?」
「っ! 俺は! ヒルデの事をそんな──」
と、九十九が反論しようとした、その矢先。
不意に、執務机の上に置かれた黒電話が鳴り、九十九は会話を中断すると、黒電話の受話器を取った。
「はい──。え? ぺ、ペルル王女殿下が!?」
それは、基地の正面ゲートの守衛を務める海兵からの連絡であった。
さらに驚くべきことに、その内容と言うのが、何とペルル王女が九十九との面会を求めているというものであった。
九十九は、二つ返事でペルル王女を通して執務室へと案内する様にとの指示を出すと、突然の訪問に一体何の用かと、ペルル王女の到着を暫し待つのであった。
「ありがとうございますわ」
そして程なく、案内されたペルル王女は案内役の海兵にお礼を述べると、執務室内へと足を踏み入れる。
と、先客として真鍋大尉がいる事に気付いたペルル王女は、親密な様子で真鍋大尉と挨拶を交わした。
「お久しぶりですわ、マナベさん」
「お久しぶりです、ペルル王女殿下」
そんな二人の親密そうな雰囲気に、九十九は意外と言わんばかりの声を漏らした。
「ペルル王女殿下。真鍋大尉と随分と親密そうなのですが?」
「はい、わたくしとマナベさんは、マナベさんに特製プリン・ア・ラ・モードを紹介してもらって以来のお友達ですわ。今でも、時折お手紙でのやり取りを行っていますの」
「そ、そうだったんですか」
そして、真鍋大尉との関係を説明し終えた所で、ペルル王女は思い出したように、本題を切り出し始めた。
「っと、それどころではありませんわ!! ニシキベ様! ヒルデの件、どういうことですの!?」
「え、えぇ!? ペルル王女殿下もヒルデの件を!?」
「あら、わたくしも、とは?」
すると、ペルル王女は真鍋大尉から例の夜の一件に関する説明を受ける。
程なく、説明を聞き終えたペルル王女は、珍しく声を荒らげた。
「ニシキベ様!! どうして、どうしてその時にヒルデの事を引き止めなかったんですの!!?」
「っ!」
「わたくし、マナベさんとのお手紙のやり取りで、ニシキベ様とヒルデ、お二人の近況は知り得ていました。ヒルデは、ニシキベ様のお役に立てて、とても嬉しそうだと、お手紙にはそう書いてありましたわ」
「……」
「だから、わたくし、ヒルデの幸せを思って、自ら身を引いたんです! それなのに、それなのにこの仕打ちはあんまりですわ!!」
そして、一旦乱れた呼吸を整えたペルル王女は、今度は落ち着いた様子で話を続けた。
「ニシキベ様。わたくしが今回、ニシキベ様にお会いしたかったのは、ある事をお伝えしたかったからです。……ですが、マナベさんのお話を聞いて、この一件がニシキベ様の意気地のなさが招いた結果であると、よく分かりましたわ」
「え?」
「こちらをご覧ください」
そう言うと、ペルル王女は一枚の招待状らしきものを九十九に手渡す。
受け取ったのは、シンプルながら高級感の漂う結婚式の招待状。そして、その招待状の中身を目にして、九十九は驚きで目を見張った。
「こ、これは……。本当、なんですか、ペルル王女殿下」
「えぇ、間違いありませんわ」
そこに書かれていたのは、新郎レオン・アーレサンド侯爵、新婦ヒルデ・ヴァルミオンの名が記載された、二人の結婚式に関する招待状であった。
「あ、アーレサンドって、まさか」
「そうです、このレオン・アーレサンド侯爵は、ジョン・アーレサンド公爵のご子息ですわ」
「っ!? で、でも! 何故ヒルデがアーレサンド公爵のご子息と!?」
「そういえば、ニシキベ様は冒険者としてのヒルデしかご存知ありませんでしたわね」
そして、ペルル王女は九十九の知らないヒルデの素性について、話し始めた。
ヒルデは、アリガ王国内でも良質な魔石を採掘できる魔石鉱山を有する、王国中部にあるモーリュソンと呼ばれる地域を治めているヴァルミオン家。その前領主の娘として生を受けた。
ヒルデの両親である前領主は、王室とも親交が深く、そのお陰で幼いころからペルル王女とヒルデは面識があったとの事。
「その時、ヒルデが言ったんです。大きくなったら、わたくしを守る騎士になると。そして、指切りをした事を今でも覚えていますわ」
そして、ヒルデが十六歳の頃。子供の頃の約束を果たすべく、ヒルデは近衛騎士団の門を叩いた。
一応、近衛騎士団にも女性はいるが、やはり数が少なく、王国軍同様に、近衛騎士団も圧倒的な男性社会であった。
その中で、ヒルデは女性だからと舐められぬ様、剣の腕や腕っぷしを磨き。ヒルデは、近衛騎士団内でもめきめきと頭角を現し。
気がつけば、近衛騎士団でも一目置かれる近衛騎士となった。
こうして、約束を果たし、順風満帆と思われていた、その矢先。
ヒルデのもとに、衝撃的な一報が舞い込む。
その内容が、ヒルデの父親である前領主が、領民から徴収した税金の一部を不正にかすめ取る。所謂ピンハネを長年にわたって行い私腹を肥やしていた、というものであった。
父親はそんな不正を行う様な人ではないとヒルデは訴えたものの、被害者である領民達の怒りは収まらず、遂に、事態は最悪の結末を迎える事になる。
領民達の怒りを鎮めるべく、自ら責任を重く感じ取ったヒルデの父親は、自宅の自室で自殺。
そして、そんな夫の最後の第一発見者となったヒルデの母親も、あまりのショックに程なく病にかかり、半年後に夫の後を追う様にこの世を去った。
「そして、そんなヒルデのご両親に代わって新たな経営者、領主として就任したのが。ヒルデのお父様の弟で、ヒルデにとっては叔父にあたる、現ヴァルミオン伯爵ですわ」
ヴァルミオン伯爵は就任後、自身の兄の不正行為を謝罪し、長年にわたり兄の不正が行われ実態とは異なっていた領地の財政健全化に着手。
そして、その際の資金調達として、ヴァルミオン伯爵は自らが引き継いだ魔石鉱山の事業をジョン・アーレサンド公爵に事業譲渡し。こうして必要な資金を手に入れ、財政健全化を果たしたという。
一方ヒルデは、父親の不正に異を唱え続けたものの、近衛騎士団に籍を置いたままでは王室に迷惑が掛かると考え、ペルル王女の引き止めを振り切り近衛騎士団を辞職し。
以降二年間、一介の冒険者として活動しつつも、情報屋を使い、父親の身の潔白を証明する為の情報などを収集していたという。
「最も、あまり成果の方は上がらなかったそうですが……」
「そう、だったんですか」
今まで知らなかったヒルデの素性を知り。九十九は、身近にいたにもかかわらず、自身がヒルデの過去について何も知らなかったのだと、痛感するのであった。
「そして、今回の二人のご結婚ですが。恐らく、ヴァルミオン伯爵の考える地域振興の為の一環と思われますわ」
「地域振興?」
「えぇ。モーリュソンは確かに良質な魔石を採掘できる魔石鉱山を有しています。ですが、それもいつまでも続くとは限りません。現に、近年は最盛期と思われる時期と比べ採掘量が減少していた筈ですから、今の内から、新産業・新事業の創出を図るべく、以前も助けていただいたアーレサンド公爵に助力を仰いだのでしょう」
「まさか、その見返りに……」
「お父様の一件があったとはいえ、ヒルデにとっては生まれ育った故郷です。おそらく、自分の身一つで領民の方々の未来を守れるのならば、と」
そして、今回のレオン侯爵との結婚の裏に隠された思惑を聞き、アーレサンド公爵の自身の財力にものを言わせたやり方に、一本取られたと痛感する。
「ですがニシキベ様。ヒルデは、本当は迷っていたんだと思います。そんな彼女の背中を最後に押したのは、ニシキベ様ですわ!」
「っ!」
「あの夜、ニシキベ様がヒルデを引き止めていれば、きっとヒルデは、故郷を裏切る事になっても、ニシキベ様と共に歩む道を選んだはずです!」
「でも、それじゃどの道……」
「ニシキベ様! 女性は、好きな殿方と共に歩めるのならば、例え故郷を、国を、世界を敵に回してもよいと、そんな覚悟を決められるんです! そして、ヒルデはあの夜、確かにその覚悟を持っていましたわ!! それをニシキベ様は、ニシキベ様は!!」
と、感極まって目に大粒の涙を浮かべたペルル王女に、堪らず真鍋大尉がそっと寄り添う。
一方、九十九はペルル王女の聞き、不意に、ヒルデの冒険者認識票を胸ポケットから取り出した。
(そうだったんだ……)
そして、あの夜のヒルデの顔を思い出しながら、九十九は心の中で語り始める。
(君は、もう覚悟を決めていたのに、俺が意気地なしなばっかりに……)
ヒルデと過ごした日々が脳裏を過る、その中にいるヒルデはあの夜の様な物悲しい表情ではなく、いつも自信と笑顔に溢れていた。
(いいのか、このままで?)
刹那、九十九は自身に問いかけ始める。
(このまま、意気地なしのままでいいのか?)
(でも、もう遅いかもしれない)
(そんなの分からないだろ?)
(だけど……)
(なぁ、知ってるか? ブルドッグは、一度食らいついたら離さないんだぜ? お前は、そんなブルドッグを束ねる群れのリーダーなんだろ? だったら、こんな所で簡単に離していいのか?)
手にしたヒルデの冒険者認識票を握り締めた九十九は、暫し目をつぶる。
(……そうだ。もう、迷う事なんてない)
そして、再び開いた九十九の目は、固い決意を宿したものとなっていた。
「二人のお陰で、俺も覚悟を決めた! まだ間に合うのなら、俺はヒルデの覚悟に応えたい!」
刹那、九十九の口から出た言葉を聞き、ペルル王女と真鍋大尉の表情がぱっと明るくなる。
「多分。色々な方に迷惑をかける事になると思う。それでも、俺はヒルデに自分の気持ちを伝えたいと思う!」
「ニシキベ様、その意気ですわ!」
「それでこそ、錦辺総司令です! ……所で、具体的にどのような事をお考えで?」
真鍋大尉の質問に、九十九は先ほど目を通した結婚式の招待状を示しながら答える。
「結婚式は一週間後。当然、式には招待客の他に、新郎の家族であるアーレサンド公爵も参加している。だから、その結婚式の本番に乗り込み、公爵の悪事を招待客の前で暴露する。そうすれば、式どころではなくなるだろう」
「成程。それは流石に公爵もこたえるでしょう」
「アーレサンド公爵の悪事とは、どういうことですの?」
「はい、実は……」
九十九と真鍋大尉のやり取りを聞いていたペルル王女は、浮かべた疑問符を解消するべく九十九に尋ねた。
そして、九十九の口からアーレサンド公爵の裏の顔を説明され、ペルル王女は驚愕する。
「そ、そんな……。まさかアーレサンド公爵が、裏でそんな事を……」
「残念ながら、事実です。こちらで情報や証拠を収集し精査した結果、間違いなく、アーレサンド公爵は守るべき領民を奴隷として国外に売りさばき、私腹を肥やしています」
「っ! という事は、まことしやかに囁かれていた公爵に関する噂というのは……」
「はい、戯言ではなく、れっきとした事実です」
唖然としていたペルル王女だったが、程なく、何かを思い出したかのようにぽつりと呟く。
「という事は、ヒルデの言っていた事も……」
「え?」
「ニシキベ様、実はわたくし、以前ヒルデから気になる事をお聞きしたんです」
ペルル王女が以前にヒルデから聞いたというのは、ヒルデが父親の一件に関する情報を収集している最中に耳にしたとある噂。
その噂と言うのが、現ヴァルミオン伯爵とアーレサンド公爵が裏で繋がっている、というものであった。
「っ! それは本当ですか、ペルル王女!?」
「えぇ。当時は単なる噂に過ぎないと思っていましたが、ニシキベ様のお話を聞いて、単なる噂ではない気がしてきましたわ」
話を聞き、九十九はとある可能性を予感する。
それが、ヒルデの父親の一件を含め、今回の結婚式に関しても、現ヴァルミオン伯爵は被害者ではなく共謀犯なのではないか、というものであった。
刹那、九十九は直ぐに忍を呼び出す。
「お呼びでしょうか?」
「大至急、ヴァルミオン伯爵の身辺調査を。それから、二年前に起こった前ヴァルミオン伯爵の税金横領の事件についても調べてほしい!」
「は! 了解しました!」
こうして指示を出し終えた九十九は、一息つくと、不意にレオン侯爵の人となりについて、ペルル王女に尋ねる。
「そうですわね……。少し軟弱な一面はありますが、領民の方々の生活を第一に考えている、優しいお方ですわ」
「怪しい噂などを聞いた事は?」
「レオン侯爵ですか? ありませんわ。そもそもあの方は裏表のないお方ですから、隠し事などないと思います」
レオン侯爵の人となりを知るペルル王女の話を聞いて、息子のレオン侯爵は、父親である公爵の悪事に関与などしていない可能性が高いと判断する。
とはいえ、一応、忍に身辺調査を行う様に指示を出すのであった。
「よし、後は一週間後の本番までに、必要な準備を進めないとな。……ペルル王女、当日は王族の方々にも色々とご迷惑をおかけするとは思います」
「構いませんわ! それよりも、わたくしもできる限りお手伝いさせていただきますわ!」
「ありがとうございます」
こうして、レオン侯爵とヒルデの結婚式当日に向けて準備が開始される中、九十九は、心細いであろうヒルデに向けて、今しばらく待っててほしいと心の中で呟くのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。
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