第二十七話 闇に蠢く
ヒルデの衝撃的な告白から二日が経過していた。
あの夜以来、ヒルデは九十九の前に姿を現す事はなく、一方九十九は、あの夜以来、何処か上の空であった。
とはいえ、いつまでもぼんやりとしている暇はなく。少しでも気を紛らわせようと、自身に与えられた仕事を何とかこなす九十九のもとに、襲撃阻止の一件に関して続報がもたらされた。
どうやら、間もなく作戦が開始されるようだ。
九十九は作戦が成功する事を祈りつつ、続報を待つのであった。
日も傾き、大地が暁色に染まる中、アーレサンド家の領地北部、エチワポの街より北部に数十キロメートル。
見渡す限りの自然に囲まれた、静かな時間が流れる農村が存在していた。
夜が迫る中、夕食や仕事の後片付けに追われる村人達の様子を、少し離れた林の中から、息を殺し、望遠鏡を使って窺う集団の姿があった。
「よし、あの農村だな……」
彼らは一様に粗悪な装備で身を包み、その腰には剣や斧などの凶器が姿を見せている。
そう、彼らこそ、子供という名の奴隷を仕入れる際に邪魔な大人達を排除する、襲撃部隊の面々であった。
「隊長」
「ん? 何だ?」
そして、望遠鏡を使って農村の様子を窺っていた隊長格の男性は、不意に部下から声をかけられ、視線をそちらに向ける。
「監視班より気になる報告が」
「何だ、言ってみろ」
「はい、一時間程前に、農村に行商人の一団が入ったとの事です」
「何?」
三十分ほど前にこの場所に到着した襲撃部隊、監視班と呼ばれる者達は、そんな襲撃部隊に先んじて現場入りし、計画の支障となる突発的な事態等が起こっていないかを監視するのが任務であった。
「数は?」
「およそ二十名ほどで、馬車を十台程連れていました」
「護衛は?」
「それが、護衛の冒険者と思しき者の姿は確認できなかったとの事です。どうします? 予定を変更しますか?」
部下からの報告を聞き終えた隊長格の男性は、暫し考えに耽る。
程なく、再び口を開き始めた。
「護衛の冒険者どもがいないなら予定に変更はない。予定通り、日暮れと共に襲撃を行う。いいか、行商人共も含め、商品となる子供以外は全員皆殺しだ、分かったな!」
「「応!!」」
行商人が二十人ほど増えた程度では、襲撃計画の支障にはならないと判断した隊長格の男性。
彼の言葉に部下の面々が声を潜め、しかし力強く応答を返すと、隊長格の男性は満足した様な笑みを見せた。
それから暫くして、地平線の彼方に太陽が姿を消し、暁色の空が徐々に漆黒の闇へと変貌していく、たそがれの一時が訪れる。
「準備はいいか! 行くぞ野郎ども!!」
「「おぉぉっ!!」」
刹那、威勢の良い掛け声とともに、林の中から襲撃部隊の面々が馬に乗り飛び出すと、一目散に農村目掛けて馬を走らせる。
土煙を巻き上げ農村を目指す襲撃部隊。一方、農村の様子はと言えば、丁度夕食時で殆どの村人が住宅内にいる為か、襲撃部隊の接近に気付いた様子はない。
「子供以外は一人も生かすな! 大人は皆殺しだ!!」
「「うぉぉっ!!」」
賊に見せかけるべく、雄叫びをあげながら農村へと近づく襲撃部隊。
やがて、農村を包囲すべく二手に分かれた部隊は、いよいよ農村に対して襲撃を仕掛ける。
そんな中、右手側に分かれた部隊の先頭を務めていた襲撃隊員が、前方に人影を見つける。
「ヒャッハー! 一番槍はいただきだぁーっ!!」
自宅に帰宅途中の村人と思しき人影を見つけ、襲撃隊員は手にした剣ですれ違いざまに、相手の首をはねようと剣を構えた。
そして、人影まで残り数メートルにまで近づいた、刹那。
突如、人影から閃光が発し銃声が聞こえたかと思えば、襲撃隊員の胸元に衝撃が走り。次の瞬間、彼はまるで糸の切れた人形の如く落馬すると、そのまま地面に倒れ込み起き上がる事はなかった。
「何だ!?」
「おい、今のはいった──うっ!」
異変に気付いた残りの襲撃隊員達が、突然の事に馬の歩みを止めて状況を確認しようとした刹那。
突如農村から、今まで見た事もない弾幕が発せられ、彼らに襲い掛かった。
騎乗してたため咄嗟に身を隠す事もできず、次々と謎の銃撃を受けて隊員達が倒れていく。
「何だ!? なんだこれ!!?」
「た、助けて──ぎゃ!!」
「うわぁぁぁ!」
更には、謎の音と共に突如地面が爆発し、それに驚いた馬に振り落とされる隊員や、運悪く直撃を受けて馬共々吹き飛ばされる隊員が現れる等。
まさに右手側は阿鼻叫喚の様相であった。
だが、それはもう一方の左手側も、実は同様であった。
「くそ、一体何がどうなってるんだ!」
左手側の一員としていた隊長格の男性は、倒れた馬の影に身を潜めながら、想定外の状況に陥った現状を嘆く。
だが、そんな彼の嘆きをかき消すかのように、銃声と悲鳴、それも自身の部下達の悲鳴が響き渡る。
「隊長!」
「おぉ、お前か! おい、状況はどうなってる!?」
「そ、それが、この弾幕の発生源は行商人の一団が連れてきた馬車の荷台らしく。荷台に備えられた、見た事もない機械が、信じられない速度で次々と弾を発射していて、迂闊に近づく事が出来ません。それに、いつの間にか妙な格好をした連中も現れて……」
「くそ! 連中、ただの行商人じゃなかったのか!」
数分前の自らの判断の誤りに憤る隊長格の男性だが、時すでに遅し。
襲撃部隊の装備は、子供への誤射等を避け、また大人の殺害の確実性を高める為に全て剣や斧等の近接戦闘用装備となっていた。
その為、遠距離からの攻撃に対しての対抗手段を持っていなかったのである。
「おい、ついてこい」
「た、隊長!? どうするんで?」
「迂回して、その荷台に乗ってる妙な機械を叩きに行く! ついてこい!」
このままでは不味いと、隊長格の男性は自ら状況打開の為に動き出す。
銃声が飛来する中、姿勢を低く腹ばいで、所謂匍匐前進を行いながら迂回する様に農村へと近づいていく。
やがて、何とか弾幕の発生源からは住宅で死角となる場所までやってくると、周囲に気を配りながら、弾幕の発生源へと近づいていく。
そして、住宅の角を曲がればその先が謎の機械を備えた馬車の止まっている距離まで近づき、隊長格の男性は手にした剣を握り直すと、一旦深呼吸する。
こうして、気を引き締め終え突撃しようとした、その直後。
「っ!」
不意に住宅の角から人影が飛び出し、隊長格の男性はその人影目掛けて剣を振るった。
「っ! 子供!?」
だが、薄明りの中、その人影の正体が身長や体格から人間の子供であると判断した隊長格の男性は、慌てて手を止めると、寸での所で剣身が子供に当たるのを阻止した。
自身の咄嗟の状況判断で大事な商品となる子供を傷物にせずに済んだ、と安堵した刹那。
「がは!」
突然腹部に強烈な痛みを覚えた隊長格の男性は、堪らず剣を手放すと、その場にうずくまる。
「た、隊長!? こ、このガ──ぐは!」
しかも、どうやら下手人は先ほど傷物にしないと攻撃の手を止めた子供らしく。
子供は、続けて部下も鮮やかな手際で無力化してしまう。
「こ、このガキ……、な、何て強さだ……」
「あのさ」
「っ!」
まさかの事態に、隊長格の男性は痛みを堪えながら嘆いていると。
不意に、目の前に仁王立ちしたその子供の姿を目にし、彼は目を見開いた。
その子供の身につけていた服装は、どう見ても農村の村人が身に着けているものではなく。大和皇国、それもブルドッグとして活動している者達と同様の服装であった。
「あたし、これでも二十二で、もう立派な大人なんだけど」
「な……。くそ、ドワーフの女、だったのか、どうりでちんちくり──がは!」
「あたしは人間だっての……、って、自分で言ってて悲しいんだけど」
こうして、子供と勘違いした女性の追加の一撃により、隊長格の男性は意識を手放す。
それとほぼ時を同じくして、農村に響き渡っていた銃声が止み、周囲に再び静寂が訪れるのであった。
「藤沢伍長、襲撃部隊の隊長と思しき男を確保したそうだな?」
「は! こちらです」
いつもの海兵隊被服装備ではなく、行商人の様な格好をした真鍋大尉は、部下からの連絡を聞きつけ藤沢伍長のもとへと駆け付けた。
すると、意識を失っている間に縄で縛られた隊長格の男性の姿を目にし、真鍋大尉は満足そうによくやったと声をかけた。
「急げ! 回収部隊とやらが到着するまでに、急いで死体を片付けろ!」
そして、暗闇が深くなる中、先程の戦闘で発生した襲撃部隊の隊員達や馬の骸を、次々と近くの林の中へと運んでいく部下達に、急ぐように発破をかける真鍋大尉。
「中隊長、所でこの男はどうします?」
「そうだな。とりあえず馬車の荷台に運んでおけ」
「りょーかい」
指示を受け、藤沢伍長は軽々と隊長格の男性を担ぐと、襲撃部隊が行商人の一団が連れていたと思っていた馬車の内の一台に運んでいく。
そう、今回襲撃部隊の農村への襲撃を阻止した、真鍋大尉率いる第一〇一武装偵察部隊第三中隊は、忍の協力のもと、行商人の一団に扮して、襲撃部隊が襲撃を仕掛ける前に農村に到着する事に成功していた。
とはいえ、中隊全員が行商人に扮装すると不自然な為、中隊長の真鍋大尉を含め二十名ほどの隊員の他は、馬車の荷台で息を殺して荷物に扮していた。
また、火力の要として、ブ式12.7mm重機関銃 M2やブ式7.7mm重機関銃 M1919も、偽装して馬車の荷台に搭載させていた。
こうして、行商人の一団に扮した第三中隊は、襲撃部隊を待ち構え、見事、襲撃部隊の魔の手から標的となった農村を防衛する事に成功したのであった。
しかし、回収部隊が到着し、自分達が関与した事が露呈すると、アーレサンド公爵が証拠の隠滅を図るために、既に入所している孤児院の子供達に危害が加えられないとも限らない為。
自分達の関与が露呈しないように、こうして急ぎ隠蔽工作を行っているのであった。
「あ、あの……」
「ん?」
そんな隠蔽工作の陣頭指揮を執っていた真鍋大尉のもとに、一人の、犬部族の血を引く老年な獣人男性。村長と思しき人物が近づき、恐る恐る声をかけた。
「もう大丈夫、なのですかな?」
「ご心配をおかけしました。この村を襲おうとした賊どもは無事に撃退いたしました」
「おぉ。ありがとう、この村を守っていただき、本当にありがとう……」
襲撃部隊が襲撃を仕掛けるべく林から出てきたタイミングで、安全の為に農村の村人達には住宅に閉じこもっておくようにとの呼びかけが行われており。
これが功を奏し、村人達に被害はなかった。
「あの、所で、今回村を守ってもらった報酬については、ギルドの方に……」
「いえ、それは結構です。それより、今回の一件は、他言無用でお願いしたいんです」
「え? ですが……」
呼びかけの際、村人たちに信用してもらえるよう、真鍋大尉は自分達の事をブルドッグであるとその正体を明かしていた。
既に、この農村にもブルドッグの活躍等の情報は伝わっており。その為、無事に真鍋大尉の呼びかけに応じてもらったのであった。
そして、冒険者が依頼の受領等以外で、偶発的にモンスターや賊などの襲撃に遭遇し、これを撃退した場合。
大抵は、事後報告でギルドに報告され、相場の数割程度の報酬が支払われる。という流れが慣例になっているのだが。
今回、ブルドッグはその慣例に反し、相場の数割とは言え報酬の受け取りを辞退した。
勿論、報酬が相場の数割である為に、額については不満を漏らす冒険者もいるが。
同時に、ランクのランクアップに必要となるギルド側の貢献度も、しかもこちらは通常の依頼と同等のものが得られる為、どちらかと言えばこちらを重視して報酬を受け取る場合が多い。
にも関わらず、真鍋大尉は首を縦に振らなかった。
それは、自分達が今回の一件に関与した事をアーレサンド公爵に知らせない為の措置であったが。そんな事情を知らぬ村長は、不思議そうな表情で了承するのであった。
「にしても、貴方方は不思議なお方だぁ……。冒険者なのに見返りを求めんとは、まるで神様、いや、女神様じゃ。ありがたやありがたや」
「そんな。困っている方を助けるのは、当然の事ですから」
「おぉ、何と慈悲深い! まさに本物の女神様じゃ、ありがたやありがたや!」
「あ、あの。それよりも……」
「ん、分かっております。他言無用という事は、皆様はこの場にはいなかった。そう言う事でよろしいのですかな?」
「はい、くれぐれもお願いします」
「ほほほ、儂らの女神様のお願いじゃ、任せてくだされ! 村人一同、口を堅くしますじゃ。儂も、今回の事の真実は墓場まで持っていきますぞ! 最も、そんなに長くはかからんでしょうがな」
「そんな事は──」
「ほほほ、冗談じゃよ女神様! ひひ孫の顔を見るまで、くたばるつもりはありませんですじゃ」
「あはは、はは……」
お茶目な村長に苦笑いを浮かべつつ、村長に自分達の関与を秘匿してもらう事を確約してもらうと、真鍋大尉は隠蔽工作の進捗状況を確認しに行くのであった。
それから数十分後。
すっかり夜の闇に覆われ、かがり火によってうっすらと農村の姿が闇の中に浮かび上がる中。
そんな農村目掛けて、幾つものランタンの灯りが馬の足音と共に近づいていく。
その正体は、襲撃部隊が無事に仕事を果たしたとばかりに思い込んで現場にやってきた、回収部隊の面々であった。
「ん? 妙だな……」
救いのヒーローという印象を植え付けるべく、回収部隊は襲撃部隊と異なり、鎧や冑など統一された装備に身を包み、更に盾には堂々とアーレサンド家の家紋が描かれている。
そんな回収部隊の隊長を務める男性は、農村に近づくにつれて、違和感を感じた。
何故なら、いつもならば、両親の死を悲しみ泣き叫ぶ子供の鳴き声等が聞こえてくる筈が、今回はそれが全く聞こえてこず。
逆に、不気味なほどに静かであった。
とはいえ、回収部隊は自らの仕事を全うするべく馬を進ませ、程なく、農村へと到着する。
「おや? これはこれは兵隊様方、こんな夜分にどうかされましたかな?」
「っ!?」
そして、不意に出迎えた村長の姿を目にし、回収部隊の隊長は眉を上げた。
部下の隊員達に関しても、冑で素顔は見えないが、そのバイザーの奥では、隊長同様皆一様に、驚きの表情を浮かべている事だろう。
何故なら、彼らは回収すべき子供以外は、全て襲撃部隊によって皆殺しにされたと思い込んでいたからだ。
「見ての通りここは平和で静かな農村です。そんな場所に、何の御用で?」
「こ、こちらの農村が賊に襲われたとの一報があったので至急参ったのだが……」
「はて? 賊ですとな? ご覧の通り、賊どころかモンスターの襲撃もありはしませんです」
「ば、馬鹿な! あ、いや。……ん? あの馬車は何だ?」
「あれは、行商人さんの馬車です。実は、今度儂の孫が結婚しますでな。それで、その準備に必要なものを届けてもらいました。おぉ、そうじゃ、兵隊様、もしよろしければ兵隊様方も孫の結婚式に参加してはみませんか?」
「いや、結構だ!」
村長の誘いを断った回収部隊の隊長は、農村の様子を観察し始める。
自分達に気付いた他の村人が老若男女問わず物珍しそうに眺めている他、住宅からは笑い声が漏れ聞こえ。とても、襲撃が行われた後とは思えない穏やかな雰囲気が流れていた。
「た、隊長。これは一体……」
「分からん。くそ、襲撃部隊の連中は何をしていた」
一通り観察を終えた所で、副隊長を務める男性が不意に近づき、隊長は彼と声を潜めて話を始める。
「まさか、連中失敗したんでしょうか?」
「いや、これは失敗したというよりも、そもそも襲撃自体を起こしていない、そんな有様だ」
「っ! では、連中は一体何をしていたと?」
「それが分からんから俺も困っているんだ!」
まさか、襲撃計画を察知して待ち構えていた第三中隊にやられたとは想像もできない二人は、想定外の状況に頭を悩ませる。
「もしかして、連中、あの村長の金に目がくらんで我々を裏切ったのでは!?」
「こんな田舎の農村の蓄えなど高が知れる。連中が、そんなはした金で我々を裏切るとは到底思えん」
「で、では、連中は一体何処に消えたのでしょうか? 」
「分からん。こんな農村連中に怖気づいて尻尾を巻いて逃げる連中ではない筈だが……」
「村の中や周囲を捜索しますか?」
「我々は賊の襲撃があった前提でここに来ているのだぞ。なにも起こってないのに、村の中や周囲を捜索すれば、逆にこちらが怪しまれる」
「で、では?」
「ここは一旦戻るぞ。兎に角、この事を早急に公爵様にご報告する」
こうして、副隊長との話を終えた隊長は、咳払いを挟むと、再び村長に向かって話を始めた。
「すまない、どうやら賊に襲われたとの一報は誤報だったようだ」
「ほぉ、そうですか」
「夜分に騒がせてすまなかった、では、失礼する!」
そして、回収部隊は足早に農村を後にしていく。
その様子を、物陰から窺っていた真鍋大尉は、目論見通りに事が運び、口角を吊り上げるのであった。
その後、襲撃計画の阻止成功との一報を受けた九十九は、無事に計画を阻止できたことに安堵し。
一方、夜も更けた頃。
襲撃部隊が謎の失踪を遂げた為に、新たな商品の入荷に失敗したとの報告を受けたアーレサンド公爵は、夜も更けているというのに怒りを露わにするのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。
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