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第二十六話 動き出す闇

ブックマーク、及び評価、本当にありがとうございます!

 失脚したタイユー将軍の逮捕後、彼に対する裁判は速やかに行われた。

 結果は、数々の言い逃れできない証拠の存在もあり、当然ながら極刑が言い渡された。

 その他にも、関係者への裁判や押収したアーパシュ等の取り扱い等々、数日にわたり、その後も王国政府並びに九十九は、この一件の後始末に追われた。


 なお、ギヨームに関しては交換条件の通り、恩赦により極刑は免れ。懲役千年という、人間である彼にとっては事実上の終身刑が言い渡された。

 それでも、極刑を言い渡されるよりはよかったのか、判決が言い渡された際、彼は薄っすらと安どの表情を浮かべたという。



 こうして、タイユー将軍の後始末に追われていた九十九だが、彼には、この一件の後始末が進む中で、ある可能性に期待を寄せていた。

 それは、タイユー将軍の後援者であるアーレサンド公爵が将軍の不正行為に関与し、芋づる式に公爵の失脚も狙えないか、と言うものであった。


 しかし数日後、その期待は外れてしまう事になる。


「駄目だ。全くもって、公爵が将軍の不正行為に関与した証拠らしい書類も証言も出なかったそうだ」

「そうですか……」


 シャーロン伯爵の館の応接室にて、すっかり王国政府と九十九との情報伝達のパイプ役となったシャーロン伯爵の口から、その情報は告げられた。


「一応、事情聴取として公爵本人からも話を聞いたそうなんだが。野郎、実は将軍を支援していたのは将軍に密かに脅されていたとか言って、むしろ自分も被害者だとぬかしやがったらしい」


 徐々に熱を帯びるシャーロン伯爵に対し、九十九は冷静に状況の把握に努めていた。


「だが、関与した証拠がない以上、さらに追及する事はできねぇ。だから腹立たしいが、今回の一件で公爵の失脚を狙うのはもう無理だな」

「仕方ありませんね。……ですが、今回の一件で、反対派は推薦していた旗振り役を失いましたし、何れにせよ、アーレサンド公爵にとっては痛い損失になった筈です」

「お、おう、そうだな! よし、だったらこの調子で、公爵の脛の傷も暴いてやろうぜ!」

「あはは……。でも、仮に清廉潔白なら、それはそれでまた厄介な事になりますけどね」

「いや、絶対傷はある! それも脛が擦り切れる位ある筈だ!!」

「あの、その絶対の自信って……」

「勿論! 俺の勘だ!!」


 自身の勘に絶対的な自信を持つシャーロン伯爵に、九十九は苦笑いを浮かべるのであった。





 ここで少し、時間軸をタイユー将軍の逮捕翌日に巻き戻す。

 タイユー将軍の逮捕の一報を耳にしたアーレサンド公爵は、館にある自身の私室にて感情を露わにしていた。


「あの馬鹿者が! 焦って事を行えば失敗すると言い聞かせていたものを!!」


 怒りの感情を露わにしたアーレサンド公爵は、その矛先を手にしていた高級ティーカップに向けると、程なく、室内に陶器の割れる音が響き渡った。


「……く、馬鹿者が」


 程なく、音を聞きつけてやってきた使用人に、手が滑って高級ティーカップが割れてしまった旨を伝えると、使用人が割れた高級ティーカップの残骸を片付け退室したのを見届けると、アーレサンド公爵は小さくため息を吐きながら椅子に腰を下ろした。


「しかし、困ったことになった。このままでは他の者達が態度を変えるやも知れん……」


 アーレサンド公爵の懸念の通り、タイユー将軍の逮捕以降、自分達も将軍と同じような末路を辿るのではと、反対派の面々が自らの保身の為に立場を改め始めるのであった。


「むぅ、とはいえ。やはり正面からぶつかるのは分が悪い……」


 そして、どうにかしてこの流れを阻止すべく、よい方法はないかと、アーレサンド公爵は間者からの報告書を今一度見直し始める。


「ん? この(むすめ)……」


 その中で、アーレサンド公爵はとある人物の名前を見つける。

 刹那、頭の中で何やら妙案を思いついたのか、公爵の口角が吊り上がる。


「これは、使えるかもしれんな」


 そして、アーレサンド公爵は使用人を呼ぶと、とある人物に連絡を取る様に指示を出すのであった。





 そして再び、時間軸は九十九がシャーロン伯爵との会談を終えた頃に戻る。

 シャーロン伯爵の館からロマンサ統合基地の執務室へと戻った九十九は、ふぅと緊張をほぐした所で、机の上に置かれていた書類を片付けるべく、それらに手を伸ばそうとした。


 と、その時、不意にヒルデが入室を求めたので、許可を出すと、意識を書類から入室してきたヒルデに移す。


「どうした、ヒルデ?」

「ツクモ、その。話があるの」

「? あぁ、分かった」


 何だか、いつもと雰囲気が異なるヒルデの様子を気にかけつつも、九十九はヒルデの話に耳を傾ける。


「突然こんな事を言うのは迷惑だとは分かっているけど、その、暫く、休ませて欲しいの」

「え……?」


 ヒルデの言葉に、九十九は最近の記憶を振り返り始める。

 確かに最近はタイユー将軍の一件の準備と後始末などで忙しく、負担軽減の為にブルドッグの活動に関してはサブリーダーであるヒルデに任せていた。

 と言っても、部隊の指揮等は補佐もつけていたし、活動頻度に関しても、適度に休みを取るようには言っていた。


 だが、やはり元々一介の冒険者でしかなかったヒルデに、ブルドッグの活動を任せるのは荷が重かったか。と、九十九が自身の任命責任を感じていると。

 それを感じ取ってか、ヒルデは更に言葉を続ける。


「違うの! 別にブルドッグの事が重荷になった訳じゃなくて、その、実家に戻る為に、休みが欲しくて」

「あ、あぁ、成程!」


 ヒルデの口から飛び出した実家という単語に、九十九は、自身の任命責任が原因でないと分かり、ほっと胸をなでおろす。


「分かった。それじゃ、実家に戻って、ご両親と久々に家族水入らずの時間を楽しんでおいで」

「……ありがとう」


 家族、という単語を耳にした瞬間、ヒルデの顔に暗い影がさしたのだが。九十九は、ヒルデに休んでも心配ないと安心させるのに必死で、気付いてはいなかった。


「それじゃ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


 こうして、ヒルデに暫く休暇の許可を出すと、退室する彼女を見送った九十九は、執務机の上の書類を片付け始めるのであった。



 それから一週間後。

 九十九は、大和皇国海兵隊総司令官とブルドッグのリーダーとしての仕事のみならず。

 タイユー将軍の逮捕後、残りの反対派の面々が立場を改め始めた事により、本格的に国交の締結に向けて準備が進み始めた事も相まって、会談等に同席する等、更に忙しい日々を過ごしていた。


「ふぅ……、疲れた」

「お疲れ様です、錦辺総司令」


 そしてこの日も、書類の片づけに一区切りがつき、天笠少将が用意した紅茶とお菓子に手をつけながら、疲れた体と心を癒すべく、ほっと一息、小休止をとっていた。

 すると、不意に何者かが扉をノックする。

 刹那、入室を許可して姿を現したのは、旅人の様な格好をした一人の男性。だが、九十九と天笠少将は、それがただの旅人でない事は一目瞭然であった。


「忍の方ですね」

「は! 本日は、アーレサンド公爵の身辺調査に関するご報告に参りました」


 忍の言葉に、九十九と天笠少将の表情に緊張が走る。

 以前、調査を依頼して以来、長らく進捗等の報告がなく、調査は難航していると容易に想像できていたが。漸く、待ちに待った報告がもたらされた。


「こちらが、調査結果をまとめた報告書になります」

「ありがとう」


 忍の手から受け取った報告書に、早速目を通していく九十九。

 するとそこには、以前シャーロン伯爵の口から漏れた事のあった、アーレサンド公爵の経営する孤児院の情報が記載されていた。


「そういえば、シャーロン伯爵が公爵は孤児院を経営してると言っていたな」

「はい。アーレサンド公爵は、領内で魔物や賊などにより家族等の保護者を殺され天涯孤独の身となった子供達を、自らが経営するド・ルボー郊外の孤児院で引き取り、育て、里親委託なども行っているとの事です」

「ほぉ、それはまた。まさに領主の鏡のような素晴らしい行為ですな」


 天笠少将の零した感想を他所に、九十九は更に報告書に目を通す。

 すると、その孤児院に関して、気になる噂が流れているとの文書を目にする。


「ん、この孤児院に関する気になる噂とは?」

「は! 実はその孤児院に関してなのですが。里親のもとへと送り出された子供たちが、実際には里親のもとへ送り出されていないのではとの噂がありまして」

「ん? それでは、里親のもとに送り出された子供たちは、一体何処に送り出されたと言うのだ?」

「それが、全くもって不明でして。孤児院では、既に何百、何千という子供を里親委託した実績があるそうなのですが。調査の結果、それらの子供たちのその後の所在などについては、関係者以外知られていないようで」

「馬鹿な、数人ならまだしも、何千人と送り出しているのならば、その後の所在などを知っている者が知っている者がいても不思議ではないだろう!?」

「それが、不思議な事に、ド・ルボーの街民達はもとより、近隣の集落、更には王都でも、送り出された子供たちのその後の所在を知る者は見つかりませんでした」

「それは……、妙だな」


 忍からの説明を聞いた九十九は、この孤児院に、言葉で言い表せない、薄気味悪さを感じた。


「分かった。では、この孤児院の事も含め、引き続き、アーレサンド公爵の身辺調査をよろしくお願いします」

「は!」


 そして、忍が退室すると、九十九改めて報告書に目を通し。


「これは本当に、シャーロン伯爵の勘が当たったかも知れないな……」


 と、独り言ちるのであった。





 その日の夜、場所はド・ルボーにあるアーレサンド家の館。

 館の外見と大きさ同様、絢爛豪華な内装を誇り、広々とした空間を有する館の大食堂。

 そこに設けられた、シミひとつない真っ白なクロスがかけられ、幾つもの蝋燭台と花瓶に飾られた綺麗な花が並んだ豪華な長テーブルで、使用人達に見守られながら、二人の人物が夕食を取っていた。


 一人は、館の主であるアーレサンド公爵。そしてもう一人は、公爵の一人息子であるレオン・アーレサンド侯爵であった。

 出産の際に妻を亡くし、公爵にとっては愛する妻の忘れ形見にして唯一の家族であるレオン侯爵との食事は、公爵にとっては数少ない安らぎの時間であった。


「レオン、どうだ? 経営の方は順調にいっているかね?」

「はい、父上。今年もよいワインができましたので、例年通りの出荷量を見込んでいます」

「そうか、それはよかった……」


 今年で齢二十三になるレオン侯爵は、父親であるアーレサンド公爵から、ワイン事業の一部を任されていた。

 それは何れ、息子が自らの地位などを引き継いだ際、後継者として領民や王国からの信認を損なわないようにする為の、アーレサンド公爵の配慮故であった。


 そして、レオン侯爵も、そんな父親の期待に応えるべく、一生懸命に励んでいた。


「所で、レオン」

「何でしょうか? 父上?」

「──という名を覚えているか?」


 こうして親子の会話を楽しんでいる最中、ふと、アーレサンド公爵の口からとある女性の名前が飛び出す。

 その名を聞いたレオン侯爵は、暫し手を止めると自らの記憶を辿り。やがて、レオン侯爵は思い出したように再び口を開いた。


「思い出しました。確か、"モーリュソン"の前領主の娘さんで、現領主である伯爵の姪に当たる方、ですよね」

「そうだ」


 因みにモーリュソンとは、アーレサンド家が治める領地に隣接するアリガ王国中部に位置する地域で、同地域にある魔石鉱山は、王国内でも良質な魔石を採掘できる事で知られている。


「確か……、前領主がお亡くなりになられて程なくに近衛騎士団を辞められ、今は、冒険者の一人として活動していると聞いた事が。ですが父上、その方が、どうかしたのですか?」

「レオン、お前は彼女の事をどう思う?」

「父上、そんな突然どうと言われましても。彼女とは、前領主の葬儀の際に顔を会わせて以来会った事がありません。ですから、お答えに困ります」

「そうか、では、質問を変えよう。レオン、お前から見て彼女はどの様な女性だ?」

「そう、ですね。僕から見ると、彼女は凛々しくて、女性ながらも芯の強い立派な女性と思います」

「ほぉ、そうか」


 レオン侯爵の返事を聞き、アーレサンド公爵は地産のワインを一口飲んで間を置くと、喉を潤した所で再び口を開いた。


「ではレオン、そんな彼女と"結婚"できるとしたら、どう思う?」

「え? 結婚?」


 刹那、アーレサンド公爵の口から飛び出した結婚という単語に、レオン侯爵は戸惑いの表情を浮かべる。


「何だ? 嬉しくはないのか?」

「あ、いえ……。確かに、僕は少々軟弱な部分があるので、結婚するなら彼女の様なしっかりとした女性と、とは──」

「ではそう言う事だ。レオン、お前と彼女の婚約が正式に決まった。お前も、もう結婚していてもおかしくない歳だ、この辺りで所帯を持つのも悪くはないだろう」

「え、えぇ!?」


 そして、突然の婚約の決定という事実に、寝耳に水なレオン侯爵は更に驚きの声を上げる。


「式の日取りなどは先方と調整中だ、決まり次第、追って伝える。それまでにお前は、夫としての、一家の大黒柱としての心構えをつけておくことだな」

「そ、そんな突然! 待ってください父上!」

「話は以上だ」

「父上! 待ってください父上!! 僕の話を──」


 息子に婚約決定を告げると、アーレサンド公爵は食事を終えて立ち上がり、異を唱えようとするレオン侯爵に耳を貸す事なく、そのまま大食堂を後にする。

 一方、残されたレオン侯爵は、事前の相談も何もない、父親から告げられた一方的な自身の婚約の決定に、深いため息を吐くのであった。



 それから数十分後。

 アーレサンド公爵は、闇に溶けるかのような黒いフード付きのローブを身に纏い、用意させておいた馬車に乗り込むと、館を後にする。

 まるで人目を避ける様に館を後にしたアーレサンド公爵。

 だが、実はそんな公爵の後を、一人の使用人が尾行している事に、公爵本人は気づいてはいなかった。


 アーレサンド公爵を乗せた馬車は、生活の灯りが灯るド・ルボーを抜けて城壁の外へと出ると、月明りとランタンの灯りを頼りに、夜の街道を進む。

 やがて、街道を外れ不気味な夜の森を奥へと進んでいくと、程なく、馬車はその歩みを止めた。

 そこは、森の中にぽつんと佇む、一軒の小屋の前であった。


「用が済むまで待っておれ」

「へい」


 馬車から降りたアーレサンド公爵は、御者の男性のそう告げると、用心深く周囲を見渡した後、謎の小屋に足を踏み入れる。

 だが、既にこの時、公爵の死角である小屋の出入り口の反対側に設けられた窓の傍に、公爵を尾行していた使用人が、中の様子を窺うべく聞き耳を立てていたのだ。

 そんな事とは露知らず、小屋の中に足を踏み入れた公爵は、そこで出迎えた怪しげな雰囲気を醸し出す男性と会話を始めた。


「今回の出荷の状況は?」

「上々でございます。特に、アリタイ帝国に出荷した商品は予想以上の値で売れました」

「ほぉ、それは結構な事だ」

「先方の方々からも、今後ともより良い商品の入荷を心待ちにしているとも仰られております」

「うむ」


 何やら事業の話をしているようだが、雰囲気からして、真っ当な事業であるとは考えづらい。


「それで、その新しい商品の入荷状況の方はどうなっている?」

「はい、丁度良い"農村"を見つけました。十二歳までの人間や獣人の子供が約四十人ほどおります」

「ふふふ、それはそれは、久々の"大量入荷"ではないか」

「はい、仰る通り」

「よろしい。では準備が整い次第、いつもの手筈通り、事を行う様に」

「かしこまりました。……商品以外の者は性別問わず皆殺し、その後回収部隊に商品を回収させ、孤児院へ。ですね」

「そうだ。だがよいか、決して商品に傷をつけてはならんぞ! 傷物とあっては折角の"奴隷"としての商品価値が下がってしまう」


 と、アーレサンド公爵の口から衝撃的な単語が飛び出し、聞き耳を立てていた使用人は静かに驚く。


「それと、最近偽装工作が雑になりつつあるのではとの声が、吾輩の耳に届いておるのだが」

「っ! も、申し訳ございません!」

「確か前回、回収部隊が現場に到着した際に、商品以外に虫の息ながら生き残っていた者が二名もいて、回収部隊が始末し事なきを得た。との報告が上がって来ていたと記憶しているが」

「こ、今回からは、気を引き締め、商品以外の生き残りを出さぬ様に、賊に襲われたとの偽装工作は完璧に仕上げます!」

「よろしい。では、よい入荷の報告を期待しているよ」

「勿論です! 吉報をお待ちください!」


 こうして謎の男性との会話を終えたアーレサンド公爵は、小屋を後にして馬車に乗り込むと、館へと戻っていくのであった。

 一方、一連の会話を盗み聞きしていた使用人は、急いで館へと戻ると、自室にて革のアタッシュケース内に収めていた通信機らしき機械を操作し、何処かに連絡を取るのであった。





 二日後。

 執務室にて仕事を行っていた九十九のもとに、一人の忍が慌てた様子で姿を現した。


「突然失礼いたします!」

「何か?」

「は! 実は早急に目を通していただきたいご報告がございまして!」

「分かった」


 何やら只ならぬ気配を感じ取った九十九は、忍が手にしていた報告書を受け取ると、早速目を通していく。


「っ!? これは、本当か!?」

「はい、間違いありません!」

「まさか……」


 そこに書かれていたのは、以前感じた言葉で言い表せない薄気味悪さ、その正体であった。即ち、アーレサンド公爵が運営している孤児院の実態。


 表向きには、領地で天涯孤独となった子供達を引き取っているように思われているが、その実態は、引き取った子供達は所謂商品として。

 それも、奴隷という名の商品を出荷まで管理する、一種の飼育小屋として運営されていたのだ。


 忍が調査したものによれば、その仕組みは以下の通りとなる。

 先ず、調査班と呼ばれる人々が、公爵領内の地方に存在する農村等の比較的人口が少ない集落を調査し、その村の詳細な人口情報を収集。その中で特に重要なのが、十二歳までの子供の人口。

 そして、情報を収集し終えると、次いで襲撃部隊と呼ばれる部隊が、賊などを装い集落を襲撃。その際、商品候補となる十二歳までの子供を除き、集落の生存者を出さぬよう、老若男女問わず皆殺しにすることが徹底されているという。

 こうして、襲撃を終えると、次は回収部隊と呼ばれる部隊が、襲撃の一報を聞き付けたというていを装い襲撃部隊と入れ違う形で現場に到着。そして、生き残らされたとは露程も思わぬ子供達を回収し、その足で孤児院へと移送。

 その後、孤児院にて顧客のご要望に沿えるまでに子供達を成長させた後、里親のもとに送り出すと称し、実際には奴隷として、各顧客、主に国外のもとへと出荷される。


 この様に、アーレサンド公爵の私兵達による自作自演によって、顧客の需要を満たすべく供給体制が整った奴隷事業は、既に何年にも渡って行われ。

 当然ながら、奴隷事業を違法を定めているアリガ王国においては違法行為であるが。犯行を自らの領地内に限定し、更には徹底的な情報統制を行う事により、この事実は明るみになる事はなく。


 その結果、表向きには、領内の天涯孤独の子供達に救いの手を差し伸べる素晴らしき公爵、という偶像が広がり。

 領民達からの公爵への求心力を高めるだけでなく、公爵の懐も温まるという、まさに公爵にとって非情に都合の良い流れが出来上がっていた。


「……なんて酷い」


 報告書を読み終えた九十九は、領民から愛されているアーレサンド公爵の本来の顔を目にし、静かに、しかし怒りに身を震わせた。


「でも、よく調べてくれた、ありがとう」

「いえ。所で、我々の調べによりますと、近々新たな襲撃計画が実行されるとの事ですが、いかがいたしますか?」

「っ! それは本当か!?」

「はい。間違いありません」


 忍の報告を聞き、九十九は暫し考えた後に、自らの決断を告げた。


「勿論、新たな犠牲者が出る事は絶対に阻止する! その襲撃予定の場所と日時は、既に判明しているのか?」

「はい」

「なら、襲撃部隊が襲撃する前に、何とかこちらの部隊を先行させないと」


 すると九十九は、早速執務机に置かれた黒電話を使って誰かと連絡を取り始める。

 数分後、執務室に一人の人物が姿を現した。


「お呼びでしょうか、錦辺総司令!」


 姿を現したのは、真鍋大尉であった。


「急に呼び出してすいません。けど、事は急を要するんです」


 九十九は早速、アーレサンド公爵の奴隷事業の事。そして、その事業の新たなる犠牲者が生まれかねない状況が差し迫っている事を真鍋大尉に伝える。


「何て非道な! 本来守るべき領民を自らの私腹を肥やす為の道具にするなど! 許せん!」

「大尉、その気持ちはよく分かるけど、今は、新しい犠牲者を生み出さない事に尽力してほしい」

「は! 了解いたしました!」


 九十九の言葉に感情を律した真鍋大尉は、更に九十九の言葉に耳を傾ける。


「今回、真鍋大尉の第三中隊には、襲撃予定の村を防衛すると共に、襲撃部隊の人間を確保してもらいたい」

「公爵の奴隷事業を暴く為の証人ですね」

「そうだ。勿論、それだけではなく、忍には奴隷事業の書類等の入手を頼みたい」

「了解しました」

「真鍋大尉、具体的な作戦計画等は大尉に一任する。頼んだよ」

「は! 了解いたしました!」

「時間との勝負になる、各々、よろしく頼む!」

「「了解!」」


 共に敬礼し退室する真鍋大尉と忍を見送った九十九は、椅子に座り直すと、今度の襲撃を阻止できるように祈るのであった。



 それから数時間後。

 すっかり夜も更け、公爵の奴隷事業の一報を聞いて乱れた心を落ち着かせるべく、仕事に没頭していた九十九は、ふと壁にかけてある時計を目にし、仕事の手を止めた。


「もうこんな時間だったのか……」


 体感以上に進んでいた時間の流れに驚きつつも、凝り固まった体をほぐすと、私室に戻るべく、準備を始める。

 すると不意に、誰かが扉を叩いた。


「はい、誰ですか?」

「私、ヒルデ」

「え? ヒルデ!?」


 扉の向こうから返ってきた返事の主に、九十九は慌てて扉に駆け寄ると、ゆっくりと扉を開ける。

 すると、扉の向こう側にいたのは、紛れもなくヒルデであった。


「戻って来てたんだ。あ、でもわざわざこんな遅い時間に戻ってきた報告をしに来なくても、明日でも──」

「今、話したい事があるの。その、出来れば二人っきりで」

「え、あ、うん」


 何だかいつもとは様子の違うヒルデを気にかけつつも、九十九は彼女の言葉を尊重し、室内に招き入れると、応接用の椅子に案内し、自身も対面の椅子に腰を下ろす。


「それで、話って?」

「ごめんなさい」

「え?」

「本当はもっと、ツクモと一緒にいたかったけど。駄目になっちゃった……」

「それって、どういう──」


 すると、ヒルデは黙って腰につけていた軍刀と、携帯していた11.4mm短機関銃 M1を九十九に手渡す。

 更には、自身の首にぶら下げていた白銀製の冒険者認識票も、外した後に九十九に手渡す。


「ヒルデ、あの、これは?」

「ごめんなさい、ツクモ。突然の事だけど、私、冒険者を辞める事にしたの。だから、もうブルドッグのサブリーダーはできない」

「え!?」

「短い間だったけど、楽しかった。ツクモに会えて、本当に、よかった……」


 ヒルデの徐々にか細くなる声、それに伴い、彼女の目には涙が滲み始める。


「そして、最後にこうして、話せてよかった……」

「あ、え?」

「それじゃ、さようなら。ツクモ」

「あ……」


 突然の事に理解が追い付かない九十九を他所に、ヒルデは立ち上がると、そのまま執務室を後にする。

 一方九十九は、ヒルデに声をかけたかったものの、頭が混乱して上手く言葉が出てこず。結果、部屋を出ていく彼女の後姿を黙って見送る形となった。


 ヒルデの出ていった扉を、暫し呆然と眺めた九十九は、やがて、ヒルデが手渡した彼女の冒険者認識票に視線を落とし。

 暫し、蛍光灯の光に反射して輝くそれを呆然と眺めるのであった。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


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