第二話 視察
会議終了後、元プレイヤー達は各々所管する国内の状況の把握に動き始めた。
その一人である九十九も、執務室へと戻ると、大和皇国海兵隊の状況について把握を始めた。
そして判明したのは、野口装技研長官が言っていた通り、ゲームの最新データと比べると、装備などが第二次世界大戦以前のものになっている等。
初期状態ではなかったものの、これまで苦労して育ててきた努力の結晶は、無残にも消えていた事実であった。
だが、また育てていけばよいと、気持ちを切り替えると、周辺状況の把握に備えての準備を進めつつ、強化の為、装技研へと連絡を入れるのであった。
こうして、各々が国内状況の把握に動き、二日後には殆どの状況の把握を終えた所で次のステップ、周辺状況の把握に移行し始めた。
湾に面した大和皇国の首都にして、現在唯一の領土でもある"帝都"の周辺に各軍の部隊を派遣し、地図の作成に着手し始める。
帝都の周辺は広大な平野が広がっており、湾も二つの半島に挟まれる形で形成されており、まさに立地としては、プレイヤー達の故郷である日本の関東地方を彷彿とさせた。
だが、地形が似ていても、その生態系に関しては、やはり地球とは決定的に異なっていた。
地球と同じ動植物が確認された他にも、まさに異世界と言わんばかりの、ゴブリンやオーク等の、モンスターと呼ばれるこの世界独自の生物の存在もまた確認することが出来た。
この調査報告を受けて、大和皇国の重鎮たちはこの新たな生物に対する対策会議を開き。
その中で、可能性は低いながら接触を図り共存が可能ならば共存の道を探る、という流れになり。
早速接触を図ったが、その結果は予想された通り、返ってきたのは友好の握手を求める手ではなく、敵意を宿した剣先であった。
こうしてモンスター達との敵対関係が決定的となった大和皇国は、帝都の安全確保の為に帝都周辺に防衛設備を整備していくと共に、今後の国内開発を見据えて資源等を確保するべく、領土の拡大に向けて準備を進め始めた。
そして、その尖兵となる大和皇国軍の強化が進められ。
約三か月の準備の後、大和皇国軍は領土の拡大に向けて進軍を開始した。
その結果は、文明の利器である各種兵器を有する大和皇国軍側の連勝であった。
大和皇国軍側の有する兵器に対して有効な反撃手段を持たないモンスター達は駆逐され、大和皇国は制圧地域を広げていくと、領土を拡大。
新たに獲得した領土の調査を進めると共に、更なる領土獲得に向けて、調査範囲の拡大と進軍の準備を進めるのであった。
こうして、気づけば大和皇国がこの異世界で新たな歴史を歩み始めてから、約二年もの月日が経過していた。
この約二年間もの年月の間に、大和皇国はその姿を大きく変えていた。
最初は帝都しかなかった領土も、今では、調査の結果全体像が判明した、地球の日本列島に酷似した地形を有する列島。
ただし、地球のものと比べるとその面積は幾分小さい、"大和列島"と名付けた列島全体を国土とするまでに拡大し。
また、大和列島は日本列島よりも多くの天然資源にも恵まれており、その恩恵を受けて国内の開発も進み。
列島の各地に帝都以外の都市圏が誕生する等、現在でも開発の勢いは衰えるところを知らない。
そして当然、国内の開発が進むにつれ、それを守るべき軍も、その規模を拡大させていた。
その為最初に使用していた帝都の郊外に設けていた四軍の基地も、規模の拡大と共に手狭となり、現在では大和列島の各所に新たな基地や関連施設等を設け、それらに各々の部隊を駐屯させていた。
帝都からほど近く、今や大和皇国でも有数の港湾都市を擁する横須賀県。
海軍の基地や工廠等、立地がら県内に数多くの海軍関連施設を有する横須賀県だが、そんな県内に、海兵隊の基地が設けられていた。
"武山海兵隊基地"、ここには大和皇国海兵隊の第一海兵師団の司令部が置かれ、同師団が駐屯している。
その武山海兵隊基地に、この日、九十九は息抜きを兼ねた視察の為に赴いていた。
広大な武山海兵隊基地の敷地内の一角、射撃訓練場に九十九の姿があった。
案内役を務める、恰幅の良い第一海兵師団の師団長である天笠 太郎少将他、同行する師団の幕僚達と共に、第一海兵師団の海兵達の射撃訓練の様子を眺めていた。
「いかがですかな、錦辺総司令?」
「うん、動きもよく、士気も高く、素晴らしいよ」
「お褒めに預かり光栄です! 我が第一海兵師団一同、"より善き友、強き心"の標語を胸に、日々鍛錬を欠かさぬ所存です」
お褒めの言葉を賜り、喜びもひとしおと言わんばかりの笑顔を見せる天笠少将。
そんな天笠少将を他所に、九十九は今一度、視線を射撃訓練中の海兵達に向けた。
射撃訓練場に響き渡る、断続的な発砲音。
その音の正体は、射撃訓練中の海兵達が構えた"九九式短小銃改"という名の、大和皇国四軍において採用し使用されている主力ボルトアクション式小銃だ。
この小銃のモデルとなったのは、大日本帝国陸軍が使用していた九九式短小銃だが、大和皇国においては改と付いている通り改良が施されており。
主な改良点は、着脱式マガジンを採用している事で、これによりオリジナルでは五発だった装弾数が倍の十発となっている。
「では次に参りましょうか」
と、天笠少将に促され、九十九は次の場所へと移動を開始した。
そして次にやって来たのは、グラウンドの様な場所であった。
そこでは、ハイポートと呼ばれる、小銃を胸の前に構えた状態で駆け足をする訓練が行われていた。
しかも、ハイポートの中でも最も過酷なフル装備。
文字通り九九式短小銃改のみならず、大和皇国海兵隊で支給されている標準的な被服装備一式。
薄い緑がかったオリーブドラブ色のM1941HBT作業服をモデルにした、野戦服としても使用される、"一式作業服"。
アンクルブーツにレギンス型の脚絆。
M1ヘルメットをモデルにした"一式鉄帽"。
更につりバンドや、マガジンポーチやファーストエイドポーチ、その他水筒や銃剣等を取り付けた弾帯や、背嚢に雑嚢等。
これら標準的な被服装備一式、合計で数十キロにもなるそれらを身に着けて、尚且つ四キロもの九九式短小銃改を構えての駆け足。
当然ながら、日頃から訓練に励んでいる屈強な海兵達であっても、流石にその顔には苦痛の色が滲み出ている。
「お前ら! 総司令がお見えになってるんだぞ! もっと腹から声出せーっ!! イチ、イチ、イチニーッ!」
「「そーれっ!!」」
だが、そんな中でも隊長の掛け声に合わせ、海兵達は絞り出すように声を張り上げる。
まさに地獄のような訓練だが、この様に過酷な訓練を繰り返し経て、屈強な海兵へと育っていくのだ。
こうしてハイポート訓練の様子を一通り視察し終えると、九十九は天笠少将に促され次の視察場所へと移動を開始する。
足を運んだのは、体育館の様な広い施設の中。
そこでは、気迫溢れる海兵達の声と共に、鈍い物音が響き渡っていた。
「格闘訓練、ですね」
「はい、そうです」
施設の中では一式作業服、或いは上半身タンクトップ姿といういで立ちの海兵達が、格闘訓練に精を出していた。
「……所で、一部に随分と練度の高い海兵達がいるようですけど?」
そんな格闘訓練の様子を見ていた九十九は、ふと気づいた違和感を天笠少将にぶつける。
「ははは! 流石は錦辺総司令!」
すると、天笠少将はあっぱれと言わんばかりに笑みを見せると、違和感の正体について種明かしを始める。
「その通り。彼らはただの海兵ではありません。彼は海兵の中でも選りすぐりの精鋭達、"第一〇一武装偵察部隊"の第三中隊の面々です。今回錦辺総司令が視察に来られるという事で、サプライズにと思い来ていただきました」
「成程、通りで動きのキレが違う訳だ」
天笠少将の口から告げられた種明かしを聞き、九十九は納得したような表情を見せる。
第一〇一武装偵察部隊とは、大和皇国海兵隊所属の特殊部隊である。
主な任務はその名の通り威力偵察ではあるが、実際にはそれのみならず破壊工作や人質救出等、幅広い任務に対応可能とされている。
当然、幅広い任務に対応するために隊員の選抜は過酷で、数段階に分かれての訓練課程では死者も出る程。
ただし、その様な過酷な選抜訓練を合格した隊員達で構成されている故に、その実力は大和皇国の有する特殊部隊の中でも随一と噂されている。
「彼らと話をしてみたんだが、いいかな?」
「分かりました。……真鍋大尉! 部下と共に来てくれ、錦辺総司令が話がしたいと仰っている!」
天笠少将の呼びかけに、一人の女性海兵が反応を示すと、次いで数人の男女が先ほどの女性海兵の後に続いて九十九の方へと足を運ぶ。
海兵隊のみならず大和皇国軍全体で言える事だが、大和皇国軍は地球とは異なり女性軍人が数多く所属している。
当然、特別扱いなどはなく、女性であっても平等に扱っている為、大きな諍いはないものの。
そこは男と女、小さないざこざは存在していた。
「こちらが、第一〇一武装偵察部隊第三中隊中隊長の真鍋 楓大尉です」
「真鍋 楓大尉であります!」
「よろしく、真鍋大尉」
屈強な海兵の中でも更に屈強な海兵達を率いる真鍋大尉は、すらりとした体型に整った顔つきという、とても海兵とは思えぬ容姿の持ち主で。
直立不動で敬礼するその様も、まるで雑誌の表紙を飾るかの如く、何処か絵になるものであった。
「錦辺総司令、私達とお話がしたいとの申し出、光栄であります!」
「あ、真鍋大尉、そんなに緊張しなくても大丈夫ですから」
「ははは! 錦辺総司令、総司令本人を前にして、緊張しない海兵などいませんよ」
しかし、当人にとっては雲の上の存在である九十九を目の前にして、緊張が滲み出る真鍋大尉。
そんな真鍋大尉の様子を目にして、少しでも緊張を和らげようとする九十九だったが、それでは逆効果だと、天笠少将に相槌を打たれるのであった。
それから、部隊の士気や職場の環境等、九十九は真鍋大尉と言葉を交わす。
だがその間も、真鍋大尉からは緊張が滲み出続けるのであった。
「いや~、かの中隊長殿でも、緊張する人がいたんですね~。いいもん見れました」
「ん?」
すると、そんな様子を見ていた第三中隊の隊員の一人が、不意に声を漏らす。
声の方に視線を向けると、日焼けした肌に他の隊員達よりもずば抜けた、二メートル程はあるのではと思う程高身長を誇り、しかも鍛え上げられた筋骨隆々の、文字通り恵まれた体格をした一人の男性の姿があった。
「君は?」
「は! 俺……、じゃなかった。自分は、第一〇一武装偵察部隊第三中隊所属の石坂 有剛軍曹であります!」
その体格に似つかわしい豪快な敬礼に答礼を返した九十九は、勝手な真似をするなと言わんとする真鍋大尉を制止すると、石坂軍曹と話を続けるのであった。
「丁度隊員の方々とも話をしたいと思ってたんです」
「はは! そいつは光栄、であります!」
「所で一つ聞きたいんだけど、部下の君から見て、中隊長である真鍋大尉はどんな印象を持ってる?」
「中隊長殿ですか? そうですねぇ……、厳しくもありますが面倒見がよくて部下想いの、いい中隊長殿と思います」
石坂軍曹の回答に、黙って聞いていた真鍋大尉の口元が不意に緩む。
「しかも、鋼の二の腕に、鋼の腹筋! まさに海兵最強女子、漢女の中の漢女ですよ!」
が、続いて石坂軍曹の口から漏れた言葉に、瞬時に口元の緩みは締まり、額に幾つもの青筋を浮かべ始める。
そして、ふつふつと湧き出す怒りの感情が気と共に周囲に放出されると、そこで石坂軍曹も漸く調子に乗って余計な事を口走ったと気がつくも、時すでに遅しであった。
「石坂軍曹!!」
「っ!?」
刹那、その気迫のこもった真鍋大尉の声に、石坂軍曹は瞬時に直立不動となる。
そして、周囲の隊員達が巻き添えを食らわないようにとばかりに道を作り出す。
「幾ら錦辺総司令の質問に答えると言っても、程度というものがあるのを分からないのか?」
「いえ、その……」
「大体貴様は、日頃から余計な一言が多すぎるぞ!」
まるで蛇に睨まれた蛙の如く、その巨体を震わせながら顔を青ざめさせる石坂軍曹。
「石坂軍曹! 今すぐ"ブ式7.7mm重機関銃 M1919"を"二挺"担いで、完全装備で基地外周を二周してこい!!」
「げぇっー!? M1919を二挺もですかぁ!?」
「体力馬鹿の貴様には二挺位が丁度いいんだ! つべこべ言わずにさっさといけ!」
「は、はいぃ!」
そして、真鍋大尉のドスの効いた声に今にも目に涙を浮かべそうになりながらも。
石坂軍曹は真鍋大尉の命令を実行するべく、駆け足で施設を後にするのであった。
因みに、ブ式7.7mm重機関銃 M1919とは、大和皇国四軍において採用され使用している機関銃である。
その名の通りモデルとなったのは、地球において傑作機関銃と呼ばれている、ブローニングM1919機関銃。
しかしオリジナルと異なり、その名の通り使用弾薬を7.7mm弾とするなど、採用されるにあたり改良が施されている。
そんなブ式7.7mm重機関銃 M1919だが、重と名が付く通り、その重量は一四キロ近くを誇る。
その為、運用する際は複数人や車輛等に搭載して使用するのが一般的だが、どうやら石坂軍曹は、その恵まれた体格からそんなブ式7.7mm重機関銃 M1919を一人で扱えるようだ。
「錦辺総司令! 部下が大変ご迷惑をおかけしました!」
「いや、迷惑だなんてそんな、迂闊に質問した俺の方も悪かったし、もう顔を上げて」
「っ! しかし……」
こうして石坂軍曹の失礼に対して真鍋大尉が九十九に謝っていると、不意に別の隊員からの声が飛んでくる。
「総司令がもういいって言ってるんだし、もういいんじゃない、中隊長?」
「ふぁ~、そうですよー、もういいじゃないですか。……というか、僕としては早く帰って寝たいんで、素早く決着がつくなら何でもいいですけど」
声を出したのは、隊員の中でも比較的小柄な体格をした気だるそうな女性隊員と、眠そうな顔をした男性隊員の二人。
「君達は?」
「あたしは第三中隊所属の藤沢 小桃伍長です」
「僕は、同じく第三中隊所属の平山 眠月伍長です、ふぁぁ……」
「そうか。所で二人は、中隊に所属して長いのかな?」
「えぇ、それなりに」
「ですね」
「なら、石坂軍曹って、いつもさっきみたいな感じなのかな?」
「うん。いっつもあんな感じで余計な事言って中隊長に怒られてるって感じ」
「ですね~。でも、何だかんだと言って、中隊長も石坂軍曹が終わるのを待ってたりするんで。中隊長って良い人ですよ」
藤沢伍長と平山伍長の話を聞き、改めて真鍋大尉は良き中隊長であると感じた九十九。
一方、恥ずかしさと嬉しさと、二つの感情が織り交ざった真鍋大尉は、どう反応していいか分らず、顔を真っ赤にして俯いてしまうのであった。
その後、名誉挽回とばかりに張り切り、訓練相手の海兵達の死屍累々を作り出した真鍋大尉の腕前を拝見したりと。
有意義な視察を終えた九十九は、武山海兵隊基地を後にして、執務室のある国防省へと戻るのであった。
因みに、武山海兵隊基地を去り際、命令通りの装備で、滝のような汗をかきながら基地外周を走る石坂軍曹の姿を目にしたのはここだけの話。