第二十四話 ポワン・サンク
安心しな、すぐに楽にしてやるよ。
九十九の用意したサプライズのお陰で、普段以上に見学した人々の記憶に残った海軍祭から一週間後。
王都リパの中心部、絢爛豪華な王城よりほど近くに設けられた国防省。その建物内にある自身の執務室にて、タイユー将軍は頭を抱えていた。
「くそ、くそっ!! 奴らのお陰で、私の計画が台無しだ!!」
海軍祭から一週間。
事態は、当初タイユー将軍が目論んでいた、王国海軍の精強さを見せつけ大和皇国側に対して心理的圧力を加える。という方向に進むどころか。
逆に、大和皇国側の圧倒的なまでの力を見せつけられ、大和皇国側との国交締結を推進するアポロ王子達の勢いを増させたばかりか。
王国軍内部でも、当日大和皇国の実力を目にした海軍軍人を中心に、大和皇国の頼もしさや、大和皇国側が打診した旧式兵器供与の情報から、旧式とはいえ他の列強も所有していないであろう、常識破りの兵器の数々を手に入れられるかも知れないとの期待から、大和皇国側との国交締結を歓迎する機運が高まっていた。
その為、反対の立場を表明しているタイユー将軍は、軍内部でも針のむしろになりつつあった。
「くそ! それもこれも、あの小僧のせいだ! あの小僧さえいなければ!!」
海軍祭当日の、九十九のあのすました顔を思い出し、憤慨するタイユー将軍。
程なく、地団駄を踏み終え、少しは怒りが収まったタイユー将軍は、少々疲れた体を休めるべく愛用の椅子に腰を下ろす。
「くそ、忌々しい! ……公爵はこういう時こそ落ち着いて行動しろというが、こんな怒りを抱えたまま落ち着いて行動などできるか!」
そして、吐き捨てるように独り言ちると、タイユー将軍は執務机の上に置いていた、持ち手に丁寧な装飾の施された呼び鈴を不意に鳴らした。
すると程なく、将軍の執務室に痩せ型の男性が一人、入室する。格好からして、王国軍の軍人ではないようだ。
「おい! 今すぐ動員できるだけの人員と、アーパシュ、それに大砲などの兵器を用意しろ!」
「し、しかし将軍。急にそう仰られましても……、準備にはそれなりの時間が」
「なら可能な限り急いで準備しろ!!」
「は、はは! ……して、用意した軍勢はどの様に?」
「そうだな。……! おぉ、そうだ! 確か"ノルカーン"は今もなお無人地帯だったな。丁度いい、用意した軍勢はノルカーンに集結させよ。そこで、偽の依頼でおびき寄せた"ブルドッグ"の連中を葬り去るのだ!」
どうやらタイユー将軍が呼び出した男性は、タイユー将軍が公に出来ない私兵の管理等を担っている人物の様だ。
そして、そんな人物を呼び出した理由は、私兵を使い、九十九達ブルドッグに対して、海軍祭にて顔に泥を塗ってくれた仕返しを行う為であった。
「では、準備が整い次第、ご報告に参ります」
「うむ、急げよ」
一礼して退室した男性を見送ると、タイユー将軍は部屋の窓から、一雨降らせそうな灰色の雲を眺めながら、不敵に笑い始めた。
「くくく、小僧め、今に見ていろ。貴様のそのすました顔、仲間の骸を前にして絶望に歪ませてやるわ、ははは!!」
タイユー将軍の脳裏には、既に、惨めな敗北を経て顔を歪ませる九十九の姿が、鮮明に思い浮かんでいるのであった。
それから更に数日後、ロマンサ統合基地の執務室にて書類仕事をこなしていた九十九のもとに、とある人物が依頼書の写しを手に現れていた。
「指名の依頼?」
「えぇ、そうなんだけど……」
その人物とは、誰であろうヒルデであった。
ヒルデは、先ほどギルドにて、プリシラからブルドッグに対して指名の依頼がやって来ていた事を聞き、その報告に九十九の執務室を訪れていた。
最近では、海軍祭での効果もあってもか、ブルドッグを指名しての依頼が増えてきており、指名が入る事事態は、何ら不思議な事ではないのだが。
「何か気になる事でも?」
「えぇ。依頼の内容自体は、現地の調査依頼で、内容としてはごくありふれたものだけど。気になるのが、その場所なの」
「その場所って?」
「場所はここ、この基地から東北に一三〇キロメートル程の場所にある、"ノルカーン"と呼ばれる場所よ」
ヒルデは執務机の上にアリガ王国の地図を広げると、今回の指名の依頼の現場を指で指し示す。
「ここには元々、この地方でも有数の街が存在していたんだけれど、今から一年ほど前に、突然ドラゴンに襲われたの」
「え!?」
「多くの犠牲を出しながらも、何とか襲ってきたドラゴンを討伐する事には成功したけれど。討伐の際の戦闘で、多くの建物や、街を守っていた城壁の一部が崩壊してしまい。結果、生き残った多くの街民が住み慣れたノルカーンの街を捨て、今では無人の廃墟の街となっているわ」
ヒルデの説明を聞き、ノルカーンがどの様な場所かを理解した九十九だったが、この段階では、ヒルデの言う違和感とやらを感じてはいなかった。
「でも、特に引っ掛かる様なないと思うんだけど。ドラゴンに襲われて廃墟となった街の調査という事は、その地方を治める領主や王国政府が復興の為に動き出したって事じゃ?」
「最初は私もそう思ったけど、でも、依頼主の名前を見てそれは違うんじゃないかって感じたの」
執務机の上に置かれた依頼書の写し、その依頼主の欄に書かれていたのは、アリガ王国国防省、の名前であった。
「国防省?」
「そう。一見すると王国政府が復興に動き出したように思えるけど、こうした復興事業を所管しているのは内務省よ。もし本当に復興に向けて動き出しているのなら、内務省からこの手の依頼が来るのなら自然よ。だけど、畑違いの国防省からくるなんて、絶対おかしいわ」
「確かに……」
ヒルデの説明を聞き、漸く彼女の言う違和感に気付いた九十九は、暫し考えた後、再び口を開く。
「ヒルデ、受領の手続きはまだ保留にできるか?」
「えぇ、少しぐらいなら」
「なら、直ぐにこの件はこっちで調べてみる」
そして、九十九は執務机の上に置かれた黒電話を使い、何処かに連絡を入れ始める。
暫くすると、入室を求める声が扉の向こうから聞こえてくる。
「失礼いたします。本日はどの様なご用件でしょうか?」
「実は、早急にこの依頼について調べてほしいんですが……」
許可を得て入室したのは、王国内に何処にでもいそうな旅人の格好をした男性。
男性は、九十九から今回の指名の依頼に関する調査の件を伝えられると、一礼し、足早に執務室を後にする。
一連の様子を見ていたヒルデは、彼が退室した後、彼が何者であるかを九十九に訪ねた。
「ねぇツクモ、今の人って一体?」
「今のは忍だよ」
「シノビ?」
「所謂間者さ。王国内には、既に彼の様な忍が至る所で活動しているんだ」
さらりと告げられた衝撃的な事実に、ヒルデは、改めて大和皇国という国家の底知れぬ力のその片鱗を垣間見て、背筋に冷たいものが流れるのであった。
翌日。
早速調査の報告が上がってきたとの事で、情報を共有すべく呼び出されたヒルデは、九十九の執務室を訪れた。
「それで、どうだったの?」
「うん。ヒルデの読み通り、この依頼は王国政府とは全く関係のないものだった」
調査した結果によると、依頼主はアリガ王国国防省とは書かれているものの、実際には国防省から今回の依頼をギルド側に出した形跡はなく。
また、ノルカーンの復興計画などに関しても、今の所王国政府内にその様な計画は持ち上がっていないとの事。
「それじゃ、誰かが国防省の名を借りて偽の依頼を出したって事? でも、ギルド側だって、犯罪等に利用されないように、事前に依頼者の身元確認は行っているし。何より、行政機関を偽って依頼を出すなんて……」
「確かに、何処の誰とも分からない人物を偽るよりも、遥かに難しい。けど、もし内部の人間が協力、或いは組織を通さずに勝手に出したとしたら」
「でも、勝手にって……、ギルド側から確認の連絡をされたらアウトじゃない?」
「それをも内々で処理できるほどの、地位や権力のある者なら、どうかな」
「ねぇツクモ、その口ぶり。もしかして、この指名の依頼を出した真の依頼者の見当、もうついてるの?」
「まぁ、ね」
そして九十九は、一拍置くと再び口を開き始める。
「それで、この偽の依頼についてなんだけど」
「当然、却下でしょ?」
「いや、あえて受けようと思う」
「……、ちょ、ちょっと待ってよ!? 何らかの意図があって国防省の名を騙って出された依頼なのよ! わざわざ相手が罠を仕掛けてるかもしれない所に飛び込むって事!?」
まさかの言葉に、ヒルデは思い止まる様に説得しようと試みるも、九十九はそんなヒルデの説得を制すると、更に言葉を続けた。
「確かに危険ではあるけど、逆にチャンスでもあるんだ。相手はまだ、こちらが今回の依頼の依頼者が偽物と看破したとは気づいていない。だからその油断を突いて、罠に引っ掛かったふりをして、逆に罠を張っている連中を捕まえるんだ」
「でも、それって口では簡単に言えるけど……」
「確かに、実際には相応の被害も覚悟しないといけない。でも、海兵隊は危険な一番槍を務める部隊。あえて危険の中に飛び込み、その突破力をもって、勝利への突破口を作るのが任務だから」
九十九の言葉を聞き、ヒルデはもう説得は無駄であると悟ると、九十九の考えに賛同の意を示すのであった。
「でも、ツクモの事だから、闇雲に飛び込む気なんてないんでしょ?」
「うん、勿論」
そう言うと、九十九は執務机の上に置かれていた、とあるモノクロ写真をヒルデに手渡した。
その上空から撮影したと思しきモノクロ写真には、眼下に広がる草原の中に、ぽつんと姿を現した、とある廃墟が写り込んでいた。
そして、ヒルデはその廃墟に、見覚えがあった。
「これって、ひょっとしてノルカーンの!?」
「そう、実は昨日、あの後に現地の情報収集の為に航空偵察を行ってもらって。それは、その時に撮った航空写真の一枚」
「こ、こんな事まで出来たのね……、知らなかったわ」
「それで、航空偵察の結果、色々と面白いことも判明してね」
そう言うと、九十九は新たにもう一枚のモノクロ写真をヒルデに手渡す。
新たに受け取ったモノクロ写真を目にしたヒルデは、驚きの声をあげた。
「な!? これって!」
「そう。どうやら今回、自分達を罠に陥れようとしている連中は、以前、俺達を襲ってきた謎のAGの操縦者たちと同じ可能性が高い」
廃墟の一角、以前は広場だったであろう場所を写したと思しきモノクロ写真には、ポルトト隊護衛の際に襲ってきた、謎のAGと同型のAGが複数、並べられている様子が写っていた。
「だから尚更、捕まえて色々と聞き出さないとね」
「でも、これを見る限り、前回襲って来た時よりも更に数を増やして待ち構えていそうよ」
「大丈夫。今回は、前回と違って事前に状況を把握できているから。前回には投入できなかった戦力をもって、事に当たるよ」
「ツクモがそう言うなら、私は、ただ信じて付いて行くわ」
こうして、待ち構えている謎のAGことアーパシュ有する軍勢を逆に仕留めるべく、九十九達は、その為の準備を着々と整えるのであった。
そして、作戦決行の当日。
ノルカーンの廃墟より、森を隔てて南西に数キロメートルの地点に本陣を構えたブルドッグ。
多数の車輛が停車している中、九十九は、三式半装軌装甲兵車の派生型の一種である、三式半装軌装甲兵車八型。
移動司令部として複数のアンテナを備えている他、剥き出しだった兵員室上部も装甲板で囲い、車内に無線機等の機材を備えて司令部機能を有した同車に座乗し、腕時計で時刻を確認していた。
やがて、長針が十二時を指し示した、刹那。
九十九は手にした無線機のマイクに向かって、作戦開始を告げる号令を発した。
刹那、ノルカーンの廃墟周辺に展開していた部隊が、号令と共にノルカーンの廃墟に向けて前進を開始した。
部隊の最前列を務めるのは、鋼鉄の鎧を全身に纏った戦車という名の凶獣達。その後ろから、車輛に搭乗した海兵達が続く。
程なく、部隊は草原とノルカーンの廃墟を隔てる境界線、城壁の崩壊部などから廃墟内へと侵入を開始していく。
そして、海兵隊が警戒の為に周囲に気を配りながら、ゆっくりと中心部へと向けて前進を続けていた、その時。
突如、前方の崩れた建物の影から、左右に滑車の付いた筒状の物体と共に、数人の人影が姿を現す。
次の瞬間、筒状の物体、もとい半カノン砲の砲口から閃光が発せられ、先頭を進んでいた五式重戦車を砲弾が襲う。
が、球形の砲弾は五式重戦車の車体前面にある傾斜装甲に突き刺さる事無く見事に弾かれ。
お返しとばかりに、主砲の脇に備えられた同軸機銃が火を噴くと、再装填を行う間もなく、砲手たちは7.7mm弾の餌食となって地面に横たわる。
これで一安心、と思ったのも束の間。
まるで半カノン砲の発砲が開戦を告げる狼煙の如く、廃墟となった物陰から、次々と粗悪な装備で身を包み、その手に剣やクロスボウを手にした者達や。更には、凶暴な見た目のAGことアーパシュも姿を現し、部隊に剥き出しの敵意を向けて襲い掛かる。
それに反応するように、車両搭載機関銃や海兵達の持つ銃器が射撃音を奏で始めた。
「くそ! 次から次へと出てくるぞ!」
同じような光景は、一か所のみならず、部隊が侵入した複数個所で発生していた。
特に、三春中尉が指揮する戦車小隊が先頭を務めた方面では、謎の軍勢からの熾烈な攻撃にさらされていた。
「ちっ! 三号車! さっきから耳障りな頭上の弓兵共をさっさと片付けろ!」
「こちら三号車! 今やってますよ!」
三春中尉の乗る一号車目掛け、大通りの両端に連なる建物の窓から、次々とクロスボウの矢が飛来し、装甲を叩く。
クロスボウの矢程度で、堅牢な五式重戦車の装甲を貫く事は出来ないと分っていても、矢が当たった際に車内に響く甲高い金属音は、あまり聞いていて心地の良い音ではない。
とはいえ、戦車が頭上に位置する敵に攻撃するには、距離を取るか、もしくは指令塔に備えている機関銃を使用するかの何れかだ。
だが生憎と、後ろは詰まっているし、一号車には今や雨の如くクロスボウの矢が飛来している為、ハッチを開いて機関銃を使用することは難しい。
そこで、一号車の後方の三号車が対処する事となった。
先ずは左側の建物に88mm砲弾を撃ち込み無力化すると、続けて反対の右側の建物にも88mm砲弾を撃ち込み、建物を敵弓兵達の巨大な墓標へと変貌させる。
「よくやった、三号車!」
「っ! 車長! 前方距離二百! 影から大砲持ちのAG!」
「なに!?」
これで居心地の悪い音を聞かずに済む、と三春中尉が安心したのも束の間。
今度は前方に、両手で半カノン砲を持ったアーパシュが姿を現し、間髪入れずに一号車に向けて半カノン砲を発砲する。
だが、アーパシュでは発射の際の反動を制御し切れなかったのか、放たれた砲弾は一号車の装甲を捉える事無く、一号車の横にある建物に弾着した。
「撃て!」
再び攻撃する間を与える事無く、一号車は三春中尉の号令と共に反撃の88mm砲弾を撃ち込む。
やはり半カノン砲の重量もあってか、大幅に機動力を落としたアーパシュは満足に回避行動をとる事もなく、撃ち込まれた88mm砲弾の餌食となって爆散した。
「目標撃破!」
「よし」
半カノン砲を持ったアーパシュを撃破し、ほっと一息ついたのも束の間、三春中尉は覗き込んだ潜望鏡の映し出した光景を目にして、表情を引き締め直す。
「……くそ、事前の予想より数が多いな。幾ら敵の目を引き付けておけと言われても、こう多いとな」
独り言ちた三春中尉は、事前に知らされていた自分達の役割。
第一〇一武装偵察部隊が敵側指揮官を捕獲するまでの間、敵の注意を引き付ける。という役割を全うするために、敵の矢面に立ち続けなければならない。
この役割を全うする間に、どれ程の精神力が削られる事になるのか、想像しただけでも、陰鬱な気分になる。
「くそ、さっさとしてよね……」
そして、三春中尉は早く待ちわびた一報が早く来ることを願いつつも、もう暫くの我慢を続けるのであった。
一方その頃、ノルカーンの廃墟中央からやや北部側にある無人と化した教会。
そこに本陣を置いた、謎の軍勢ことタイユー将軍の私兵側の現場指揮官の男性は、部下から現在の戦況を聞いていた。
「それで、戦況はどうなってる?」
「は! 現在各所にて奇襲を敢行! 廃墟内では相互に援護もできず、各所でブルドッグ側の足止めに成功しております!」
「そうか。で、連中に手痛いダメージは与えているんだろうな?」
「そ、それにつきましては……。例のセンシャと呼ばれる乗り物、まるで動く要塞の如く堅牢で、至近距離から大砲を撃ち込んでも平然としており」
「何だと!?」
急に歯切れの悪くなった部下からの報告を聞き、現場指揮官の男性は目の前の机を叩いた。
「ならば、もっと火力を集中させろ! 予備の大砲も出せ! 一台でも早くセンシャを撃破して、連中の戦意を早く削ぐんだ!」
「り、了解!」
指揮官の命令を聞き、部下は慌てて命令を伝えるべく教会を後にする。
だが、何故かすぐさま、彼は何かに怯えたように、後ずさりしながら教会内に戻ってきた。
何事かと、現場指揮官の男性は目を凝らすと、後ずさりする部下に続いて、新たな人影が姿を現す。
それは、別の部下等ではなく、見慣れない冑にオリーブドラブ色の衣服、そしてその手に見慣れないマスケット銃のようなものを手にした者達。
そんな恰好をした者達の正体に、現場指揮官の男性は心当たりがあった。否、それどころか、それは今まさに、自身が指揮する部隊が戦闘を仕掛けている最中にある。
「き、貴様ら!? ぶる──」
その名を口にしようとした刹那、突如教会の窓を突き破り、同様の格好をした者達が、教会内になだれ込んでくる。
そして、護衛として教会内にいた部下達に向けて手にした銃器を突き付けると共に、彼らは現場指揮官の男性にも幾つもの銃口を突き付ける。
「い、一体いつの間に!? 外にいた護衛の連中は!?」
「安心しろ、少し眠ってもらっているだけだ、"まだ"命までは取っていない」
「く……」
「さて、貴官が指揮官か?」
「だったらなんだ」
「我々と一緒にご同行願おう。貴官には、色々と聞きたい事があるのでね」
現場指揮官の男性の前に現れた、指揮官と思しき女性こと真鍋大尉は、大人しく指示に従う様に呼びかける。
「もし、断ったら……」
「その時は……。軍曹!」
刹那、石坂軍曹は先ほど戦況報告を行っていた部下に対して、その恵まれた体格を生かして、自身の頭上よりも軽々と持ち上げる。所謂高い高いを行う。
だが、聞こえてきたのは部下のはしゃいだ声ではなく、痛みと死の恐怖からくる叫び声。
何故なら、部下は自らの頭部を鷲掴みにされ、高い高いとされていたのだから。
「わ、分かった! 大人しく従うから、もう止めてくれ!」
「よし。軍曹、もういい。総員、速やかに撤収を開始するぞ!」
部下共々手錠をかけられ、第三中隊の隊員達の指示に従い、本陣の異変に気付かれる前に教会を後にする道中。
現場指揮官の男性は小さく、悪魔め、と思いのたけを呟くのであった。
それから数分後。
ブルドッグの本陣、三式半装軌装甲兵車八型の車内に、指揮官捕獲の一報が舞い込む。
「よし、ではこれより、残敵の掃討に移行する。砲兵隊は砲撃用意を」
そして、一報を聞き、九十九から新たなる命令が告げられると、本陣のほど近くにある砲兵陣地に動きが生じ始める。
陸軍と異なり、大和皇国海兵隊は機動力維持の為、砲兵も高い自走砲化率を誇っている。
その主力となっている自走砲が、車体に105mm榴弾砲を備えた、三式半装軌装甲兵車の派生型の一種、三式半装軌装甲兵車一九型。
そして、もう一種。
五式中戦車をベースに大日本帝国陸軍が計画し、未完成のまま世に出る事のなかった幻の砲戦車、試製新砲戦車(甲)ホリIをモデルベースに。
本来は密閉式の戦闘室を解放式に改め、更に主砲も戦車砲ではなく155mm加農砲とした、五式155mm自走加農砲と呼ばれる自走砲であった。
そんな二種類の自走砲が停車している砲兵陣地では、前線から無線を通じて伝えられた砲撃地点への砲撃に向けて、射撃指揮所が弾き出した諸元算定をもとに、105mm榴弾砲や155mm加農砲の砲身が天高く向けられ調整が行われていく。
やがて、全ての砲の調整が完了すると、いよいよ砲撃が開始される。
号令と共に砲兵陣地に響き渡る轟音の数々。
程なく、ノルカーンの廃墟に幾つもの爆発が生じ、周囲にあるものをその威力をもって吹き飛ばしていく。
姿の見えない相手からの、突然の謎の攻撃に浮足立つタイユー将軍の私兵達。指示を仰ごうとするも、いつの間にか指揮官が姿を消していた事も相まって、指揮系統の混乱と共に私兵側の対応は更に遅れ。
その隙に、我慢を続けていたブルドッグ側の部隊が、溜め続けていた力を一気に解放し、私兵側を一気に飲み込んでいく。
それから暫くした後、ノルカーンの廃墟に再び静寂が訪れる。
と同時に、廃墟からは幾つもの黒煙と共に、血と硝煙の臭いが風に運ばれ周囲に漂うのであった。
冗談じゃ……。
という訳で、この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。
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