第二十三話 海軍祭
今回は少々文字数が多めとなっております。
そして、皆様大好き戦艦が登場です。
九十九達ブルドッグが、新たな活動拠点として整備されたロマンサ統合基地へと戻って来てから一週間が経過した。
その間にも、九十九は大和皇国海兵隊総司令官としての仕事と、ブルドッグのリーダーとしての仕事に追われ多忙な日々を過ごしていた。
そしてこの日も、海兵隊の業務報告書と、ブルドッグの業務報告書の二種類の書類の束と格闘し、昼食を挟んで漸く一区切りつき。ほっと一息ついた、矢先の事。
「錦辺総司令。先ほど、シャーロン伯爵から連絡があり、直ぐに館の方に来て欲しいとの事です」
「え? 何だろう?」
天笠少将の口から零れた突然の報告に、九十九は一息つこうと用意した紅茶とお菓子に手を付ける間もなく、慌てて支度を整えると。用意したニ式1/4tトラックに乗り込み、一路ロマンサの街を目指す。
程なく、シャーロン伯爵の館に到着した九十九は、使用人に案内され、伯爵の待つ応接室に足を踏み入れる。
「おぉ、悪いな、急に呼び出して」
「いえ、これ位」
「まぁ、先ずはかけてくれ。そうだ、迷惑料と言っちゃ何だが、美味い茶を用意したから飲んでくれ」
「ありがとうございます。いただきます」
促されるままに椅子に腰かけた九十九は、用意されたティーカップに淹れられた紅茶をいただく。
明るい真紅色をし、口の中に広がる特有の香気とコク。それは、地球において世界三大銘茶の一つとして数えられる、ウバにとてもよく似ていた。
「とても美味しいお茶ですね」
「おぉ、気に入ってくれたか! そいつはよかった」
こうして用意された紅茶を堪能し終えると、九十九は早速、本題を切り出す。
「それで、本日はどの様な用件で急な呼び出しを?」
「あぁ、それについてなんだがな。実は今日の早朝、王都から竜便で連絡があってな」
「王都から……。という事は、もしかして国交締結の件について進展が?」
「まぁ、進展と言えば進展だな。……反対派の連中が、いよいよ表立って仕掛けてきやがった」
曰く、アリガ王国では三年に一度、"海軍祭"なる海軍の記念行事が行われており、その目的は、国内外に王国海軍の威容を誇示する為に行われるとのこと。
そして、今年がその海軍祭の開催年であり、開催は五日後。開催地はロマンサの街の西、アリガ王国の北西部に突き出た半島、"ニュータブル半島"の西端に位置する王国海軍の軍港にして、アリガ王国内で最大の規模を誇る、その名をトスレブ。
通例では、開催はもう暫く後の筈だったのだが、今回は何故かこの時期に開催される運びとなった。
「おそらく、国防副大臣のタイユー将軍が手を回して、開催時期を早めたんだろう」
「それで、その海軍祭と自分達と、どの様な関係が?」
「海軍祭では、通例として他国の海軍艦艇も招くんだが、今回は急遽開催時期を早めた為にそれは叶わなかった。が、代わりに、ヤマト皇国の参加、具体的には海軍艦艇の参加を打診してきやがった」
「我々の参加、ですか……」
「海軍祭には観閲官として王族も参加する。恐らく、反対派の連中としちゃ、王国海軍とヤマト皇国海軍の威容を見比べさせ、ヤマト皇国の力を借りずとも、自分達の方が如何に立派で頼もしいかを王子達に見せつける腹積もりなんだろう」
シャーロン伯爵の話を聞き、九十九は暫く思考を巡らせた後、口元に小さな笑みを浮かべた。
「それで、どうするんだ?」
「勿論、参加させていただきます。王族の方々も参加されるのですから、無下に断れません」
「だが、それじゃ反対派の連中の思うつぼじゃねぇか?」
「いえ、逆です」
「逆?」
「はい、折角向こうが舞台を用意して下さったのですから、それを逆に利用させてもらうんです。……所で伯爵、参加に際して、参加艦艇の指定等はありませんでしたか?」
「いや、連絡の手紙には、単に海軍艦艇の参加、としか書かれていない」
すると、九十九は再び小さな笑みを浮かべると、言葉を続けた。
「それでは、参加する旨を必ずお伝え下さい。それと、サプライズを用意しておきますので、当日を楽しみにしておいて欲しいとも」
九十九の言葉を聞き、シャーロン伯爵は九十九の言うサプライズの中身までは分からなかったものの、九十九の意図を汲み取ると、力強く了解したと返事を返すのであった。
その後、シャーロン伯爵の館を後に、再びロマンサ統合基地へと戻った九十九は、その足でとある人物のもとを訪れた。
「突然すいません、高橋提督」
「錦辺総司令、本日はどの様なご用件で?」
「はい、実は……」
その人物とは、派遣第一陣において海軍戦力の司令官として任命されるにあたり、中将に昇進していた高橋中将その人であった。
高橋中将の執務室に訪れた九十九は、挨拶もそこそこに、今回尋ねた用件を高橋中将に話していく。
「成程、海軍祭に参加ですか。それは了解しましたが、参加させる艦艇の選定はこちらで行っても?」
「それについて、ご提案が……」
海軍祭の一件を話し終えた九十九は、参加させる艦艇について、自身の提案を話し始めた。
開催が五日後という事で、一応、無理をさせれば大和皇国本国から艦艇を呼び寄せる事も可能ではあるが、九十九としては第一陣として派遣された艦艇の中から選ぶつもりでいた。
「"葛城"を参加させて欲しいんです」
「葛城、ですか? 戦艦の参加に関しては異論はありませんが、戦艦なら比叡という選択もありますが?」
因みに、今回の第一陣には、戦艦比叡も一員として派遣されていた。
「それに、一応あれでも、葛城は最新鋭の部類に入りますし……」
「確かに、最初は比叡も考えましたが、今回の海軍祭を利用し成功させる為には、やはり葛城級のインパクトはあった方がいいと思いまして。それに、防諜的な観点からも、葛城ならば、兵器開発の欺瞞効果も見込めるかも、と思ったので」
「成程。確かに、葛城の艦影は、インパクト絶大ですからな」
九十九の説明を聞き、納得した様子で頷くと、高橋中将は九十九の提案通り、葛城と呼ばれる戦艦を参加艦艇の一隻に決定する。
「その他の艦艇につきましては、他にも指名等は?」
「いえ、他の艦艇については、高橋提督の方で決めてもらって構いません」
「分かりました」
こうして九十九達は、五日後の海軍祭に向けて、着々と準備を始めるのであった。
そして、五日後の海軍祭当日。
開催するには絶好の、見事な快晴となった空の下、トスレブの軍港は、海軍祭を見学しようと王国内から集まった多くの国民で溢れていた。
王国海軍の水兵達が、軍港に入場しようとする多くの王国国民達の入場整理の対応に追われるのを他所に、九十九と護衛の海兵数人を乗せた三式半装軌装甲兵車一型は、軍港敷地内へと進入すると、指定された場所に停車する。
そこから、案内役の水兵に案内され足を運んだのは、軍港内の岸壁の一角。
そしてそこで、九十九はとある人物の歓迎を受ける事となる。
「ようこそ! ヤマト皇国の方々。この度は、我がアリガ王国海軍の海軍祭に快く参加していただき、大変感謝申し上げる!」
真ん丸と突き出した腹部が、燕尾服型のジャケットの上からでもはっきりと判別できる、そんな自堕落な体型をした人物は、誰であろうタイユー将軍その人であった。
タイユー将軍は歓迎の雰囲気を醸し出しながら九十九の到着を歓迎すると、歓迎の印に、笑顔を浮かべながら九十九と握手を交わす。
「私は、今回の海軍祭の執行役を務める、アリガ王国国防副大臣のタイユー将軍だ」
「初めまして、タイユー将軍閣下。自分は、大和皇国海兵隊の総司令官を務めています、錦辺 九十九と申す者です」
「おぉ、そうか! 君が、あの噂のヤマト皇国のニシキベ将軍か、そうかそうか。本日は、よろしく頼むよ!」
お互いに自己紹介を終えると、二人は今一度握手を交わす。
お互いに笑顔を浮かべてはいたものの、タイユー将軍の瞳の奥には、九十九を蔑視するかのような感情が渦巻いていた。
「所でニシキベ将軍、貴官は随分とお若いな。これは本当に、噂の通り、ヤマト皇国は人材不足が深刻なのですかな? いやはや、気に障ったのなら失礼。……ただ、私としては、貴国の素晴らしき技術文明は、長らく霧により外界との接触を絶たれていた貴国の人材の層の薄さの裏返しではないかと、憂慮しておるのだ」
と、早速、タイユー将軍が軽いジャブをくり出してくる。
どうやらタイユー将軍は、大和皇国が長らく謎の霧の影響で外界との接触を絶たれていたが故に、国内の人口が少なく、それを補う為に技術を磨き、常識破りの兵器等を作り出した。と、勘違いしているようだ。
実際にはそんなことはないのだが、九十九は間違いを指摘する事もなく、タイユー将軍に感謝の言葉を述べた。
「他国の事ながら、タイユー将軍閣下にそこまでご心配していただけるとは、感謝の念に堪えません。タイユー将軍閣下は本当に慈愛に満ちた素晴らしいお方ですね」
「ははは、人材不足はいつの世も付いて回る頭の痛い問題の一つだからな、今後手を取り合う仲になるやも知れん貴国がその問題に直面しているなら、心配するのは当然の事。(ち! 嫌味ったらしい小僧が! 減らず口を叩きおって!! ……だがまぁ、まともな反論もできん所を見ると、ヤマト皇国軍の人材不足は相当深刻なようだな。ま、こんな小僧が私と同じ将軍の地位についている位だ、その数は我が王国軍の半分にも満たんのだろう。所詮、ハリボテ軍隊の将軍よ)
笑顔の裏に、蔑視する言葉の数々を心の中で吐き捨てるタイユー将軍。
そんなタイユー将軍に先導され一行は岸壁を移動すると、程なく足を止める。するとそこには、岸壁に停泊している一隻の巨大な木造船の姿があった。
「こちらが、本日の海軍祭のメインイベントである展示訓練に際して、ニシキベ将軍達ヤマト皇国の方々にご乗艦していただく観閲艦。我がアリガ王国海軍自慢の百門戦列艦、"べルーク級戦列艦"の三番艦、"バール・ジャン"だ!」
全長七十メートル程の木造の巨大な船体、三層にもなる砲列甲板を有し、そこに搭載されている半カノン砲が舷側からは無数に姿を見せおり。更に甲板上には、ワイバーン等の飛行生物に対応するためのバリスタも見られる。
そして、そんな巨大な船体を動かす為の原動力を生み出す三本の巨大なマスト。現在は停泊の為帆がたたまれてはいるが、帆を張り白波を立てて航行するその姿は、まさに強者の貫禄であろう。
海戦の主役にして、その中でも一部の国家のみが手に入れる事の出来る百門搭載の戦列艦。
その威容を見せつけながら、タイユー将軍はことさら自慢げに言葉を続けた。
「勿論、此度の展示訓練に際しては、この他にも七四門を備える"ソルマー級戦列艦"や、五十門を備える"ルーヤバ級戦列艦"。その他、海軍自慢のフリゲートやガリオット等も多数参加する事になっています」
そして、一旦説明を終えると、タイユー将軍はちらりと九十九の表情を窺う。
すると、そんなタイユー将軍の視線に気がついてか、九十九が言葉を漏らす。
「立派な戦列艦ですね。これ程の巨艦を建造するのは、さぞ大変だったでしょう……」
「いやはや、王国国民の為を思えばこの程度の苦労……」
と、表立ってはそう口にしていたタイユー将軍であったが。
(くくくっ! 我が王国海軍が誇るべルーク級の威容を前に、最早圧倒されたか。そうだろうな、所詮貴様の国なんぞ、長らく霧に閉ざされ外洋に出る事すら叶わなかったのだ。それが逆に外界からの脅威から守られる事にはなったが、お陰で、外洋作戦能力の整備すら怠り、べルーク級は勿論、ルーヤバ級程度の軍艦すらも満足に整備できずにいたのだろう)
心の内では、どうやら大和皇国は大型船を満足に保有しておらず、海軍についてもそれは同様であり、実体はみすぼらしいものであり。
(確か、ヤマト皇国が初めて王国に、ロマンサの港に入港した際に使用していたのは、我が王国海軍のガレオン船だったというではないか。ふん、話に聞いた鋼鉄の船とやらを有しているのならば、それを使って堂々と入港してみせればよいものを。それをしなかったという事は、やはり自慢できるほどの軍艦すら持たぬか。……大方、実際に乗艦してみせたというペルル王女は、連中が仕立てたハリボテを見せられ、加えてこの小僧の甘言に見事に誑かされたのであろう。だが、生憎だったな。小娘は騙せても、この私の目は誤魔化されんぞ、このペテン師どもめ!)
更には、大国である自国と対等の国であると装う為に虚栄を張っているのだろうと、誤った思い込みをしていた。
(だが、そんな貴様らのペテンも今日までよ。この海軍祭で、王族や多くの王国民達の面前で、貴様らの無様な実体を晒してやるわ! くくく、その時、小僧、貴様のそのすました顔が無様に変化する様を見られる事を、今から楽しみにしてやるわ!)
そんな、本番開始が待ちきれないタイユー将軍のもとに、一人の王国海軍士官が駆け寄って何かを伝える。
「おぉ! 王族の方々が到着されたか!」
それは、観閲官として参加する王族到着の知らせであった。
刹那、岸壁の一角に煌びやかな装飾の施された鎧を身に纏った騎士の一団、アリガ王国の国王及び王族の身辺警護等を担う騎士達で構成された、アリガ王国近衛騎士団が騎士の並木道を作ると。
そんな騎士の並木道を通り、煌びやかな衣服を身に纏った二つの人影が姿を現す。
「ようこそおいで下さいました! アポロ王子、ペルル王女! この度は、海軍祭への参加にあたり、王都から遥々このトスレブへとご足労頂き……」
「世辞はよい、将軍」
それは誰であろう、アポロ王子とペルル王女の二人であった。
二人が姿を見せるや否や、小走りで駆け寄ったタイユー将軍が出迎えの言葉をかけるも、それはアポロ王子の手と言葉で遮られてしまう。
「ん? おぉ、ニシキベ殿!」
そして、二人は九十九の姿を見つけるや、足早に彼のもとに駆け寄っていった。
「お久しぶりです、アポロ王子殿下」
「この度は、急な事にも関わらず、快く海軍祭への参加を承諾していただき、感謝申し上げる!」
「いえ、アリガ王国の国民の方々にも大和皇国の実態の一端を知ってもらうよい機会ですので、当然の事です」
「そう言ってもらえるとは、有難い。……そうだ、久しぶりにニシキベ殿に会えると知って、ペルルも張り切っていたよ。見てくれ、バッチリ決めてきた妹の姿を」
「もぉ! アポロお兄様! 余計な事を言わないでください! ……あ、あの、お久しぶりですわニシキベ様。ご機嫌は如何です?」
アポロ王子の言う通り、ペルル王女は以前とは異なり、白を基調としたドレスに身を包んでいた。
「はい、ヒルデ共々、元気にやっております。ペルル王女殿下も、お変わりなく、お元気そうで何より」
「うふふ、それはよかった。……と、所で、ニシキベ様。わたくしの今日の格好は、どう思います?」
「白のドレス姿、とてもお似合いだと思います、ペルル王女殿下」
「っ! 本当です!? う、嬉しいですわ!」
「ははは、頑張った甲斐があったなペルル!」
和気あいあいと会話を弾ませる三人。そんな様子を目にしたタイユー将軍は、静かに見守りながらも、内心では苦々しい表情を浮かべながら毒づいていた。
(ふん、口八丁で上手く王族どもに取り入りおって。……だが、そうやって調子付いてられるのもここまでだ)
そして、タイユー将軍はわざとらしく咳払いをすると、進行の台詞を発し始める。
「それでは、王族の方々もご到着いただいた所で、間もなく海軍祭を開催したいと思いますので、王族及びヤマト皇国の方々は観閲艦にご乗艦の方をよろしくお願いします」
「よし、では行くとするか」
「はい。……あ、あの、ニシキベ様。もしよろしければ」
「どうぞ、ペルル王女殿下」
「ありがとうございます!」
ペルル王女に自身の腕を差し出し、彼女の歩調に合わせながらエスコートしていく九十九。
そんな九十九の行動に、タイユー将軍は内心幾つもの青筋を浮かべていたが、表面的には冷静を装っていた。
「あー、所で、ニシキベ将軍」
「はい、何でしょうか?」
「間もなく海軍祭が開催されるが、貴国の参加艦艇は、一体いつご到着するのかね?」
しかし、我慢しきれなかったのか、チクリと口をつき始める。
「間もなく到着する予定なのですが……」
「困りますねぇ。幾ら招待されたとはいえ、時間は守ってもらわなければ(くくく、何だどうした? まさか詮索されるのを避けるために参加を表明したが、あまりに急でハリボテの準備が間に合わなかったか? ははは! これは傑作だ!)」
そして、九十九の様子から勘違いを続けていたタイユー将軍だったが、そんな彼のもとに、慌てた様子の王国海軍士官が駆け寄る。
「ん? 何だどうした?」
「は! 警戒任務中の第二五竜騎士隊から緊急連絡! 沖合にて、本湾に向け接近中の所属不明の艦隊を発見との事です!」
「な、何だと!?」
「艦隊先頭には超大型艦の存在も確認されております。しかし、奇妙な事に、それらの艦は何れも黒煙を上げているとの事」
「はぁ、何だそれは!? 船火事が発生しているというのか?」
王国海軍士官からの報告を聞き、そのあまりに奇怪な内容に、タイユー将軍は素っ頓狂な声をあげた。
刹那、九十九が声をあげた。
「それは船火事ではありません。その所属不明の艦隊とは、おそらく大和皇国海軍の参加艦艇だと思われます。ですからご安心を」
「お、おぉ。そうでしたか、それならば。おい! 直ちに各部隊に連絡! 所属不明の艦隊は、海軍祭に参加するヤマト皇国海軍の艦隊だ!」
「は!」
報告が杞憂に終わり安心したのも束の間、タイユー将軍は再び心の中で毒を吐き始める。
(くそ! 全く驚かせおって! ……だが、くくく、黒煙とな。航行中にハリボテの仕上げでもしていて失敗したか、これはどんな愉快な艦が現れるか楽しみで仕方がないな、ははは!)
こうして心の中でタイユー将軍が高笑いをあげてから暫くの後、水平線上に艦影確認との一報がもたらされる。
「おい、望遠鏡だ! 早くしろ!」
「は!」
急いで王国海軍士官に望遠鏡を用意させると、タイユー将軍は艦影の詳細を確かめるべく、構えた望遠鏡を覗き込む。
(な! 何だ……。あの艦は)
そしてタイユー将軍は、艦影を目にし、内心驚愕する。
鈍色に輝く船体は、明らかに木造の物とは異なり、そんな船体の前方部分には、タイユー将軍も見た事のない三連装式の砲塔が三つ、並べて配置されている。しかも一番最後の砲塔に至っては、砲身がその奥にある、まるで城の様な巨大な艦上構造物に向けられていた。
そして、そんな艦上構造物の左右を囲う様に、船舷には多数の大砲とバリスタ、実際には高角砲や機銃などの対空兵装群が配置されていた。
だが、タイユー将軍を最も驚かせたのは、その艦影には何処にも、帆を張る為のマストが確認できないという事であった。
(先頭の艦だけではない!? 後続の艦の皆、マストや帆が見当たらん!? 一体、あの艦はどうやって動いているのだ!?)
更に、そんな先頭艦に続いて姿を見せた後続艦も、何れも、マストも、張り出した帆も確認はできなかった。
こうしてタイユー将軍が驚いている間にも、大和皇国海軍の艦艇は更に軍港へと近づき。
やがて、肉眼でもその鮮明な艦影を捉えられる距離にまで近づき、見た事もないその巨艦に、軍港内にいた王国海軍の軍人のみならず、海軍祭の見学にやって来た王国国民達の間でざわめきが沸き起こる。
「まぁ、以前拝見させていただいたヒエイよりも更に大きな船ですわ!」
「に、ニシキベ殿、あ、あれは!?」
「はい。あちらが、今回海軍祭に参加させていただきます、大和皇国海軍の参加艦艇。そして、先頭を航行しておりましたあの艦が、大和皇国海軍が誇る、戦艦"葛城"でございます」
「センカン、カツラギ……」
九十九の説明を受け、アポロ王子は自身も今まで見た事もない、圧倒的な巨艦の名前を呟く。
戦艦葛城は、地球においてもっとも有名な戦艦である大和型戦艦、その設計案であるA-140のA案やB案を参考にして建造された、大和皇国海軍の戦艦の一隻である。
因みに、戦艦大和はその後のF5案が採用されたものである。閑話休題。
その特徴は何と言っても、主砲である45口径46cm三連装砲三基を、艦の前方に集中して配置している事である。
モデルが大和型戦艦の設計案である為、船体は大和型戦艦に類似しているものの、外洋での凌波性能や艦内容量拡大の為に、船体中央部に船央楼と呼ばれる構造物を設けた、船央楼型を採用している。
その他、大和型戦艦に類似した天守閣を彷彿とさせる艦橋や煙突、更には船弦に所狭しと並べられた対空兵装の数々等。そして、船体後方に集中して設けられた三基の副砲である60口径15.5cm三連装砲。艦尾に二基設けた、六機搭載している搭載機用カタパルト等を有し。
基準排水量六万トン、全長二七六メートルの巨艦を、搭載した十八万馬力の機関出力を誇る主機が、最大速力三十ノットで航行させる。
ただし、主要な装甲については、大和型戦艦よりも薄い数値となっている。
そんな、大和型戦艦にも匹敵するような諸元を有する戦艦葛城ではあるが。大和型と異なり、同型艦は建造される事なく、本艦一隻のみが就役していた。
これは本艦が、一種の実験艦として建造されたからである。
本艦は建造計画案時点では、旧式化した戦艦の更新用として、前後に主砲を配置した艦影を有する、大和型戦艦のような戦艦を、同型艦を含め四隻を建造する方向で進められていた。
所が、戦艦好きである青山海軍大将が、前方集中配置の戦艦建造案を提唱。当初、他の海軍幹部はこの案を引き下げてもらおうと考えていたのだが、何故かそこに杉田陸軍大将が参戦し。『陸軍としては、青山総長の浪漫溢れる提案に賛成である!』と、青山海軍大将の案に賛成の意を示し。更に、野口装技研長官も後押しする事となり。
その後、話し合いの末、次期主力戦艦への実験艦及び通商破壊艦として、葛城一隻が建造されるに至ったのであった。
その様な背景を持つ戦艦葛城だが、そのような背景など知る由もないアポロ王子達は、今まで見た事もない圧倒的な巨艦に暫し圧倒されるのであった。
「っ! に、ニシキベ将軍! あ、あの艦は、本当に貴国が作り上げた艦なのか!?」
「はい、勿論です。大和皇国本土の造船所にて、職人たちが作り上げた最高の艦になります」
「あ、あの船体は、どう見ても木製には見えないが……」
「船内に一部木材を使用している個所も御座いますが、基本的には鉄でできています。故に、基準排水量は六万トンをになります」
「ろ、ろく!!?」
九十九の口から飛び出した数値を聞き、タイユー将軍は目が点になった。
観閲艦として自慢げに披露していたバール・ジャンでも、排水量はたったの三千五百トン。無論これでも、戦列艦のみならず帆船としてはかなりの大型艦なのだが。
今回現れた艦は、そんなバール・ジャンの約十七倍もの排水量を誇り、何より、後から一部追加したのではなく、製造の過程からほぼ鉄で作られているという、もはや常識破りの巨艦であった。
「勿論、戦艦葛城のみならず、今回参加する他の艦艇も全て、基本的には鉄で作られています」
「そ、そんな……、馬鹿な。……で、では一体、そんな鉄の塊をどうやって動かしていると!?」
「それは、タービン、の、お陰ですわよね」
「たーびん? それが鉄の塊を動かす魔石機関の名前で?」
「将軍、貴方お忘れになられましたの? ヤマト皇国は魔法や魔石に頼る事のない国ですのよ、当然、魔石機関等ではなく。げ、げ……」
「原動機という装置の一種が動力源になっています」
「そう、それですわ!」
途中から、戦艦比叡の見学で得た知識を基に説明を行うペルル王女であったが、最後は九十九の助け舟に助けられるのであった。
一方、タイユー将軍はと言えば。魔法や魔石に頼る事無く、どう見てもハリボテ等ではない常識破りの巨艦を始め、鋼鉄製の艦艇を揃えている大和皇国の実力をまざまざと見せつけられ、最早意気消沈であった。
(……、いや! まだだ! まだ勝敗が決した訳ではない!! あの大砲がただのハリボテの可能性とて、まだ考えられる!)
しかし、なんとか気持ちを奮い立たせると、タイユー将軍はある提案を九十九に持ち掛けた。
「そうだ、ニシキベ将軍。本来ならば、ヤマト皇国の艦艇に関しては祝賀航行のみ行ってもらう事になっていましたが。如何でしょう、展示訓練にご参加してはくれませんでしょうか? 私どもとしては、あの雄姿をただ眺めるだけと言うのはあまりにも惜しい。故に、少しばかり、その実力のほどを見せてはくれませんでしょうか?」
九十九は、ちらりとアポロ王子の顔色を窺う。
すると、アポロ王子も、自分も是非見てみたい。と言いたげな表情を浮かべていた。
「分かりました、では、少しばかり、ご覧いただきたいと思います」
刹那、九十九の返事を聞き、アポロ王子の瞳が更に輝きを増すのであった。
「ですが、安全面を考慮して、ご観覧はこの岸壁からでもよろしいでしょうか?」
「えぇ、それは勿論」
「それから、標的となるものを、出来れば廃船等をご用意していただきたいのですが」
「でしたら、今回の展示訓練で使用する予定の廃艦を半数、直ぐに用意させます」
「分かりました。では、直ちに連絡し、準備にかからせます。……ペルル王女殿下、少し失礼を。無線手!」
ペルル王女のエスコートを解いた九十九は、護衛として同行していた海兵の内、無線機を背負った海兵を呼ぶと、その無線機を使って戦艦葛城と連絡を取り始める。
急遽、展示訓練に参加する事が決定し、標的として廃艦を使用する事などを伝え終えると、最後に手にしていた無線機の受話器をもとの位置に戻し、再び口を開く。
「では、これより準備を行いますので、暫くお待ちください。それと、軍港内にいる、見学に来た王国国民の方々にもアナウンスをお願いします」
こうして、大和皇国海軍の参加艦艇による展示訓練の準備が、急遽開始された。
最初期に建造され、今となっては耐用年数を過ぎた為に廃艦となったルーヤバ級戦列艦の五隻が、途中王国海軍から、参加艦艇である吹雪型駆逐艦の白雪や初雪に曳航され、所定の位置へと移動される。
と同時に、軍港内では、大和皇国海軍の艦艇による展示訓練の開催を告げるアナウンスが流れ始める。すると、王国国民達の間で再びざわめきが沸き起こった。
やがて、準備が整った旨が無線機を通じて伝えられると、いよいよ、待ちに待った瞬間が始まる。
「では、これより大和皇国海軍による展示訓練をご覧いただきたいと思います」
刹那、所定の位置へと移動した戦艦葛城、その主砲が、重厚な音を立てて動き始める。
その光景に、軍民問わず歓声が上がった。
「(ふん、多少旋回しただけだ、まだこの程度では驚かんぞ……)ん? に、ニシキベ将軍。所で、標的である廃艦が見えないのだが、何処に?」
「標的となる廃艦は、あちらの水平線上に」
「んな!?」
九十九の指さした方向、遥か沖合の水平線上に浮かぶ小さな黒点。手にした望遠鏡を慌てて構えて覗いてみると、確かに、沖合の水平線上に、先ほど白雪や初雪に曳航されていた五隻の廃艦が浮かんでいた。
「ちょ、ちょっと待て! 一体、何キロメートル離れていると言うのだ!?」
「情報では、約五キロメートルと聞いています」
「ご、ごき!!?」
さらりと九十九の口から告げられたその距離を聞き、タイユー将軍は驚きのあまり自身の舌を噛んでしまう。
何故ならば、この異世界において一般的な艦砲である半カノン砲の有効射程は役四九〇メートル程。勿論、魔法等で更に射程を伸ばす事は可能だが、それでも五キロメートルも先の標的を狙えるほどの射程は実現できない。
所が、戦艦葛城はそんな距離でも標的となる廃艦を狙ってみせるという。タイユー将軍の感覚からすれば、あり得ない事であった。
刹那、戦艦葛城の三基ある主砲の内、一番と四番、それに九番の砲身が、標的となる五隻の廃艦に向き終わると。
次の瞬間。
まるで火山が噴火したかの如く、巨大な炎が砲門から噴き出すと、六万トンもの巨艦が小刻みに震えると共に、全ての雑音を吹き飛ばすかの如く轟音が、軍港内に響き渡る。
程なく、標的となった廃艦五隻の周囲に、艦のマストを優に超す程の巨大な水柱が三つ現れる。
やがて、そんな水柱が消えると、五隻浮かんでいた筈の廃艦は、二隻にまで、その数を減らしていた。
「ば、馬鹿な!!? あの距離を、しかも三隻を同時に!!」
あまりの光景に、堪らずタイユー将軍は驚きの声を漏らす。
その他、アポロ王子ら他の観覧者達は、あまりの光景に唖然とした様子であった。
無理もない、彼らの常識の範囲外にある距離の標的に命中させたのだから。
因みに、戦艦葛城の主砲である45口径46cm三連装砲は、最大射程約四二キロメートルを誇り、普段の訓練等で想定されている砲撃距離でも三十キロメートルとなっている為。
今回の砲撃距離は、それよりも遥かに近い距離であったのだが、アリガ王国の者達は知る由もなかった。
そして、残った二隻の廃艦も、今度は主役交代とばかりに、白雪や初雪の駆逐艦コンビの砲撃によって、程なく海の藻屑と化した。
一連の光景を観覧し終えたアリガ王国の者達は、一様に開いた口が塞がらず、言葉も出ない様子であった。
特に、タイユー将軍は、折角奮い立たせた気持ちが再び沈み、数十分前まで満ち溢れていた自信は、すっかりなくなってしまっていた。
その後、予定通り王国海軍による展示訓練が行われたが、大和皇国海軍のインパクトもあり、普段ならば大いに盛り上がる筈が、盛り上がりに欠けてしまうものとなった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。
感想やレビュー、評価にブックマーク等、もしよろしければお気軽によろしくお願いいたします。




