表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/64

第二十二話 動き出す影

 美味しい鳥料理の飲食店で昼食を終えた九十九とヒルデの二人は、その後観光を再開し、序にウィンドウショッピングを楽しむなどした他。

 他の面々も、二十四時間の休暇を思い思いに過ごして満喫し。


 そして二十四時間後の翌日。

 要請していた補充の人員や車輛、それに物資を手に入れ、部隊の再編制を終えたブルドッグは、九十九の話していた通り、暫くエチワポの街に滞在し、同街のギルドで新しい依頼をこなし始める。

 とは言え、ヒルデの言っていた通り、受領可能な依頼はランク相応の簡単なものが多かったが、ブルドッグはコツコツと丁寧にこなしていく。


 こうして、地道に依頼をこなし続ける事、二週間。

 エチワポの街のギルドの職員ともすっかり顔馴染みになり、街の人々との距離も少しばかり縮まった頃。

 ブルドッグは、エチワポの街からロマンサの街へと戻る小規模な商隊の護衛の依頼をこなしつつ、一路ロマンサの街へと戻るのであった。


 商隊の荷馬車の速度に合わせ、再び一週間をかけて、道中モンスターの襲撃を撃退しつつ。

 一週間後の昼間、ブルドッグは一か月ぶりとなるロマンサの街へと帰還を果たすのであった。


「あら~、お帰りなさい! 随分と遅かったのね」

「少し向こうに滞在して、別の依頼をこなしていたので」

「そうだったのね」


 先ずは護衛の依頼の完了手続きを行う為、ギルドに足を運んだ九十九とヒルデ。

 迎えてくれたプリシラと少しばかり雑談を交わした後、手続きを終えて報酬金を受け取ると、プリシラともう少し話がしたいというヒルデを残し、九十九はギルドを後にすると、その足で海岸の野営陣地へと向かった。


 そして、徐々に海岸に近づくにつれて、九十九は海岸一帯に見慣れない建造物が出来ている事に気がつく。


「おぉ……」


 程なく、海岸に到着した九十九が目にしたいのは、出発前と同じ場所とは思えぬ程の変貌を遂げた光景であった。

 敷地を囲う様に設けられた二重のフェンス、更には不審者等の侵入を警戒する為の監視塔に、特に目を引く、鉄筋コンクリート製の巨大な円筒形の塔。

 塔の上部には、二式八糎高射砲の砲身の他、ボ式四十粍高射機関砲の砲身らしきものも確認できる。そう、これは所謂高射砲塔と呼ばれる、第二次世界大戦時にドイツ空軍が都市防空用に建築した施設に酷似していた。

 おそらく、飛竜やドラゴン等の飛行性モンスター対策も考慮して建築されたのであろう。


 そんな防衛設備に守られた敷地内には、係留施設や保管施設等が設けられた、立派な軍港が建設されている他。三千メートルもの巨大な滑走路の他、複数の滑走路を有し、巨大な格納庫や燃料施設等を擁する軍用飛行場も併設され。

 更には、多数の車輛を駐車する事の出来るスペースの他、武器や弾薬等の物資の保管庫に、司令部施設等々。

 その全体像は、まさに圧巻という他はなかった。


「ご苦労様です!」


 そんな巨大施設の正面ゲートに到着した九十九は、忠実に職務を遂行している海兵に許可を得ると、敬礼で見送られながら、敷地内へと足を踏み入れる。

 暫く歩いた後、入り口に"ロマンサ統合基地司令部"と書かれた看板を掲げた、鉄筋コンクリート製の司令部施設へと到着すると、施設内に足を踏み入れる。


 そして、入り口付近の受付で、指示に従い暫し待っていると、奥から小走りで近づいてくる人物の姿を捉える。


「はぁ、はぁ。そ、総司令、ご連絡いただければ、直ぐに迎えをよこしましたのに」


 その人物とは、天笠少将であった。

 暫くして、乱れた息を整えた天笠少将は、司令部施設内を案内しつつ、無事に完成したロマンサ統合基地の説明を行う。


「如何ですかな、ロマンサ統合基地の全容は」

「まさに圧巻という言葉以外見つかりません」

「ははは、そうでしょう。建設に携わった工兵や隊員達が、月月火水木金金と休む間も惜しんで建設しましたからな。まさに彼らの努力の結晶です」


 心の中で、ロマンサ統合基地の建設に携わった工兵や隊員達に感謝の念を示すと、九十九は再び天笠少将の話に耳を傾ける。


「そして、二階のこちらのお部屋が、錦辺総司令の執務室となります」


 案内された部屋に足を踏み入れると、机や椅子、更には応接用の家具等々、最低限度の落ち着いた調度品で飾られた執務室が広がっていた。


「如何でしょうか? もし追加の家具等ございましたら、用意できるものならばすぐにでもご用意させますが?」

「いえ、これで構いません」


 九十九は、これからお世話になるであろう、執務机の椅子に腰を下ろし座り心地を確かめると、満足した様子で深く座り、室内を見渡し始める。

 そして、一通りロマンサ統合基地の執務室の様子を堪能し終えると、気持ちを切り替え、一か月ぶりとなる大和皇国海兵隊総司令官としての仕事を再開させるのであった。


「では、早速ですが。三週間ほど前に、錦辺総司令が遭遇し回収した、謎のAGについてのご報告から」


 曰く、到着後、シャーロン伯爵及び伯爵の顔馴染みというAG技師立ち合いのもと行われた調査において、以下の事が判明した。

 謎のAGはアリガ王国を始め、AGを採用している各国の既存の機種ではなく、既存の機種をベースとして新たに開発した独自のものと思われる。

 ただし、この謎のAGが何処の誰が製造したかについては現時点では不明、というのも、機体を隈なく調査したものの、一般的に存在している筈の製造番号等が一切存在していなかったからだ。恐らく、ベースとなった機種のものも含めて、製造の過程で出所の判明するものは全て削り落とすなどしているからと推測される。


「成程。……思っていたよりも、用意周到な相手の様だ。機体については分かった、それで、操縦者については?」

「そちらも、身元が判明するものは何も見つからず。ただ、シャーロン伯爵曰く、王国軍の軍人や冒険者ではないとのヴァルミオン殿の見立てに間違いはないと」


 調査の報告を聞き、結局肝心な部分は謎のままである事に、歯痒さを感じる九十九。

 しかし、気持ちを切り替えると、この件については今後も継続して調査する様に指示を出す。


「あぁ、そういえば。今回の件は、シャーロン伯爵の方でも調査を行うとの事です。何せ、アリガ王国にとっても見過ごせない一件ですから」

「分かった。では、伯爵との情報の共有もよろしく頼む」


 こうして謎のAGに関する報告に区切りがつくと、その後も幾つかの報告を聞いた後、九十九は新しい執務机でペンを片手に、書類の束との戦闘を開始するのであった。





 一方その頃、アリガ王国南西部。

 王国南西部に存在する雄大な山々が連綿と続くネレピ山脈、同山脈を水源とし、そこからヌーテキア盆地を貫流し、王国西部に広がる雄大な大海へとつながる巨川、"ドンロジ川"。

 そんなドンロジ川の河口近く、湾曲部に沿う形で発達してきた事から、別名"月の港"とも呼ばれているのが、港湾都市ド・ルボーである。


 南西部一の港湾都市と言われるだけあり、港には多数の帆船が停泊し、またワインの生産地でもある為、積み荷の木箱や樽には香り豊かなワインが入っていた。

 そんな交易とワイン産業によって活気に溢れているド・ルボーを一望できる、小高い丘の上に建てられた絢爛豪華な一軒の館。

 まさに主の権威を体現したかの如くその館こそ、ド・ルボーを含むアリガ王国南西部を治め、王国内でも有数の財を成す名家、アーレサンド家の館。


 そして、その館の中に設けられた、著名な絵画や貴重な調度品などが飾られた、館の外見同様に絢爛豪華な私室。

 その私室の主にして、齢五十近くになるアーレサンド家現当主のジョン・アーレサンド公爵は、仕立ての良い高級な衣服で身を包み、片眼鏡を光らせながら、整えた口髭を濡らさぬよう、高級ティーカップに淹れた紅茶に口をつけていた。


「それで、将軍? 貴殿は一月ほど以前に、此度の件は滞りなく片が付く、そう口にしていたと、吾輩は記憶しているが?」

「そそ、それにつきましては、その、あの……」


 丁寧に張られた革が見事な光沢を出し、背もたれから足先に至るまで、手の込んだ装飾がほどこされた高級感漂う椅子に優雅に腰を下ろしたアーレサンド公爵。

 一方、そんなアーレサンド公爵の対面には、もう一人、おどおどした様子の初老の男性が、立ったまま頭を下げていた。


「はぁ……、もうよい。いつまでも貴殿のそんな姿を見ていては、折角の茶も不味くなる。頭を上げて、座りたまえ」

「は、はは!!」


 アーレサンド公爵の許しを得て、男性は頭を上げると、ほっとした様子を見せながら椅子に座る。

 男性は、燕尾服型のジャケットに白のキュロットという服装を着用していたが、それらは、張り出た彼の腹部が証明しているように今にも破裂しそうな程であった。

 更には首回りにはみ出した贅肉も、彼が如何に日頃から贅を尽くした生活を送っている事を物語っていた。


 このアーレサンド公爵の顔色をうかがっている男性こそ、影でアーレサンド公爵の腰巾着と揶揄されている、アリガ王国の国防副大臣、タイユー将軍その人である。

 普段は、王都リパにある国防省の自身の執務室で政務に励んでいるタイユー将軍だが。今日は、アーレサンド公爵からの呼び出しを受け、竜便を使用し王都リパから大至急、この館に参った次第であった。


「さて、今一度聞くが? 貴殿は一体、この一月ほど、何をしていたと言うのだね?」

「っ! そ、それにつきましては、事態をこちらの有利とするべく、工作のほどを……」

「の割には、事態は我々にとって有利になる所か、悪くなるばかりであると、吾輩の目には見受けられるが?」


 紅茶を飲み終え、高級ティーカップをテーブルに置いたアーレサンド公爵は、その視線を鋭くし、タイユー将軍を見つめる。

 すると、その見た目通りに大量の汗が、という訳ではなく。アーレサンド公爵の視線を受け、その恐ろしさから大量の冷や汗を出し始める。


「我が領地の領民たちの間にも、彼の国の噂が広まり、歓迎し受け入れようとする雰囲気が漂い始めている。しかも、その発端となっているのが、彼の国の者達で構成される冒険者クランときた。……一体どうなっているのだね、将軍?」


 平静を装ってはいるものの、その語気に含まれるアーレサンド公爵の怒りを敏感に感じ取ったタイユー将軍は、顔を青ざめながらも、何とかこの怒りを鎮めようと言葉を紡ぐ。


「し、しかしながら、まさか冒険者として登録する等とは、露程も思わず。手続きは正規の手順に従っている為、取り消しも出来ませんし。ですので、選りすぐりの操縦者による"アーパシュ"三機を差し向け、活動中に賊に襲われた体を装うとしたのですが、それも、その……」


 どうやらポルトト隊護衛の最中に襲ってきた謎のAGは、アーパシュと呼ばれる機種で、タイユー将軍が自身の地位を利用して、秘密裏に製造し用立てていたAGの様だ。


「で、ですが! 今度は倍以上の数を用意し、尚且つ連中がモンスターの大群と戦闘中に背後から強襲を仕掛け……」

「将軍」

「っ!」


 抑揚のない声ながら、タイユー将軍はアーレサンド公爵のその声を聞くや、途端に口を慎んだ。


「将軍、もしも、再び先ほどの話の続きをしようと思っているのならば、その前に貴殿に忠告しておこう。これ以上吾輩の怒りを買いたくなければ、下手な弁明ははせぬ事だ。よいかな?」

「は、はい! 申し訳ありませんでした!!」


 こうしてタイユー将軍が先程のアーレサンド公爵の言葉を肝に銘じ終えた所で、アーレサンド公爵は再び口を開く。


「将軍、貴殿とて分かっておろう。このまま彼の国の勝手を許せば、王国軍の沽券に関わる。そしてそれは、しいては貴殿自身の進退についても影響を及ぼす事を」

「は、はい、それは勿論。ですから……」

「将軍、こんな言葉を知っているかね? 急いては事を仕損じる。焦りから物事を急ぐと、かえって失敗し易い、故に、そういう時こそ落ち着いて物事に取り組むべきとの戒めの言葉だ」

「は、はぁ……」

「よいかね、将軍。裏から手を出すばかりが、駆け引きではないであろう」

「と、仰いますと?」

「裏から手を回さずとも、正面から堂々と、王国軍の持つその威容を誇示し、心理的圧力を加えればよいのだ」


 アーレサンド公爵の言葉に、タイユー将軍は感嘆の声を漏らす。


「ですが、連中はAGは所有しておりませんが、馬もないのに走り回る不思議な乗り物や、鋼鉄で覆われ大砲も備えた、……確かセンシャとかいう奇怪な乗り物の数々を代わりに所有しており、果たして、我が陸軍の威容を誇示して心理的圧力を受けるかどうか……」

「将軍。確かに陸軍は軍隊の根幹ではあるが、今や、軍隊は陸軍"だけ"で構成されている訳ではなかろう。それに丁度、今年は開催年であるし」


 刹那、タイユー将軍はアーレサンド公爵の言わんとするところを察すると、声をあげた。


「おぉ、成程! 分かりました、直ちに準備に取り掛かります!」

「ふふふ、では、よろしく頼むよ、タイユー将軍」

「は!!」


 立ち上がり、最後は軍人らしく敬礼して退室したタイユー将軍を見送ると、アーレサンド公爵は不敵な笑みを浮かべると、空になった高級ティーカップに、再び紅茶を淹れるのであった。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


感想やレビュー、評価にブックマーク等、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ