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第二十一話 仕事終わりに

 翌日、前日夕刻の謎のAGとの戦闘で二組に分かれたブルドッグ、その内ポルトト隊の護衛としてエチワポの街を目指していた組は、ブローの言っていた通り、その日の真昼にエチワポの街へと無事に到着した。

 ロマンサの街同様に、巨大で堅牢な城壁に囲まれた城郭都市である同街は、内陸に位置してはいたものの、やはり陸上交通の要所というだけあり、街中は活気に溢れていた。


 街中での不要な混乱を避ける為、車輛を含め本隊を街の外に待機させ、ヒルデと護衛の小人数を引き連れ、九十九はポルトト隊と共に巨大な門を潜ると、街中に足を踏み入れた。


「ここまで安全な移動は本当に久しぶりだった! ここまで安心していられたのも、あんた方ブルドッグのお陰だ。改めて、本当にありがとう!」

「いえ、どういたしまして」

「あんた方に出会えて本当によかった! もしまた護衛を必要とする時は、ブルドッグを指名して依頼を出そうと思うから、その時は、是非受けてくれよ?」

「えぇ、勿論です」

「ははは! そいつはよかった! それじゃ、またな!」

「はい、ブローさん達もお元気で!」


 街の中央付近に設けられた広場、そこで、ブローから今回の護衛の依頼が完了した事の証明である依頼完了証明書等の必要な書類を受け取った九十九は、ブロー達ポルトト隊と別れる事になった。

 別れ際、お互いに笑顔を浮かべながら固い握手を交わす九十九とブロー。短い間ながらも、既にブロー達との間には、当初の思惑通り、信頼関係を構築する事に成功していた。


「ヒルデ―、またねー」

「うぅ、ま、またねぇ~」

「次会ったら、また一杯、お話ししようね」

「うん! 一杯、いーっぱいお話ししよう!」


 一方、小さな手をパタパタと振るうアミンに対し、ヒルデはまるで今生の別れかの如く今にも目から大粒の涙が溢れ出しそうになる等、別れを惜しんでいた。



 こうして、ポルトト隊と別れた九十九達は、先ずは広場の一角にあったエチワポの街のギルドに足を運び、今回の護衛の依頼の完了手続きを済ませる。

 手続きを済ませ報酬金を受け取った九十九達は、今後の予定を相談するべく、一旦、街の外で待機している本体に戻るのであった。


「それで、今後の予定についてだけれども……」


 本隊のもとに戻ると、ブルドッグの主要な幹部の面々を集め会議を開始し、各々から意見を募る。


「ヒルデ。他の冒険者は、こういう場合どういった予定を組んでる事が多い?」

「そうね……。大体は一休みした後、出発した街に戻る序に稼ぐべく、出発した街へ向かう商隊の護衛の依頼を探したり。又は、暫く滞在しつつ、新しい依頼をこなす。と言った予定を組んでる冒険者が多いわ」


 気持ちを切り替え、すっかりいつもの様子に戻ったヒルデから、他の冒険者の傾向等を聞き出す。

 それから他の面々の意見を聞き、九十九は暫し考えた後、今後の予定を語るべく口を開いた。


「これよりブルドッグは、二十四時間の休暇に入る。これまで戦闘で疲労もたまっているだろうし、それに、補充の為に要請した人員や車輛、それに物資が到着するにも、それ位の時間がかかる筈だからね」


 休暇、その単語が漏れた瞬間、その場にいた面々の表情が一段と明るくなる。


「車輛の警備を三交代で行い、休暇中はエチワポの街中のみ自由行動とする。ただし、問題等を起こさず、また巻き込まれないようにする為、原則として二人一組での行動とする」


 そして、車輛の警備を担当するシフトを組み終わると。


「では、休暇を楽しんでくれ。以上、解散」


 九十九の解散の合図と共に、幹部の面々は配下の隊員達に休暇の件を伝えるべく、足早に彼らのもとに向かって行く。

 そんな中、九十九はヒルデに声をかけた。


「ヒルデ」

「何?」

「休暇中は、俺と一緒にいてくれないかな?」


 刹那、ヒルデの頬がほのかに赤くなる。

 そして、ヒルデの頭の中で九十九の言葉が何度も反復されたが。ふと、我に返った彼女は、先程の言葉が特別な感情から出たものではなく、あくまでも休暇中は二人一組での行動が原則。

 その原則を、リーダーである九十九自身が破らず、部下達に模範を示す為に出たものであると理解し、のぼせ上った自身の感情を冷却させていく。


「あ、もし迷惑なら……」

「いや、構わないわ。いいわよ」

「よかった、ありがとう」


 が、九十九が不意に見せた微笑みに、本当は何だかんだ言ってその気があっての事なのではないか。と、ヒルデの脳内で理性と感情が激しい葛藤を繰り広げるのであった。





 こうしてエチワポの街での休暇を開始したブルドッグ。

 休暇中、ヒルデと共に行動する事となった九十九は、ヒルデの案内のもと、先ずはエチワポの街の観光を行っていた。


「エチワポの街は交通の要所だから、東西南北にそれぞれ門があって。その門から中央部分に目掛けて、それぞれ大通りが整備されてるの」


 ヒルデ曰く、あまり訪れた事がないというが、それでも最低限度の観光案内に耳を傾けながら、九十九は街の様子を眺めていく。

 エチワポの街はロマンサの街同様に、九十九の感覚では中世ヨーロッパを連想させる、石造りの道にレンガ造りの屋根などの建物が建ち並ぶ街並みをしていた。

 そんな建物が建ち並ぶ中、街人や旅人、更には同業者である冒険者など、様々な人々が行き交い、世間話や買い物などに興じ、街は活気に満ち溢れている。


「にしても、やっぱり注目の的ね」

「あはは……」


 そんな街中ですれ違う人々の視線を、九十九は一身に浴びていた。

 ロマンサの街と異なり、まだまだ九十九の身に着けている海兵隊のグレーの軍服は珍しく、人々は自身の視界内に九十九の姿を捉えるや、好奇の目を向ける。


 こうして周囲の視線を受けながらも、観光を続けていると、不意に、誰かのお腹の虫が可愛い鳴き声をあげた。

 至近距離、というよりも自身の横を歩く人物から聞こえたその鳴き声に、九十九はちらりとヒルデの方に視線を向けた。

 すると、ヒルデは気恥ずかしそうに頬を赤らめていた。


「そうだ、丁度昼食時だし。ヒルデ、折角だから何処かでお昼、食べようか。丁度報酬金も手に入れた事だし」

「そ、そうね、いいわよ」

「と言っても、この街は初めてだから、何処にどんな店があるのかまだ把握できていないから。ヒルデ、任せてもいいかな?」

「勿論よ。……そうだ! この先に美味しい"プーレロティー"のお店があるから、そこで食べましょう!」


 ヒルデの気持ちを察し、お腹の虫の鳴き声には触れず、九十九は昼食に誘う。

 すると、そんな九十九の優しさを感じつつ、ヒルデは自身の知るお店に九十九を案内するのであった。


 程なくして、二人は大通りの一角にある一軒の飲食店に足を運んだ。

 周囲の建物と異なり、外装にお洒落な装飾を施すと共に、鶏のシルエットを模した看板を掲げた飲食店。

 その店内は、木と石の温もりを感じる落ち着いた雰囲気と、食欲をそそる料理のいい香りに包まれていた。


 そんな店内の、開いているテーブル席に案内された九十九とヒルデの二人は、椅子に腰を下ろすと、早速手渡されたメニュー表に目を通していく。


「そういえば、さっきプーレロティーって言ってたけど。プーレロティーって一体どんな料理なんだ?」

「プーレロティーって言うのは、鶏や、毒抜き処理をしたコカトリスを丸ごと焼いた料理の事よ」


 ヒルデの説明を聞き、プーレロティーが所謂ローストチキンの事を意味するものであると理解する九十九。


「因みに、鶏よりもコカトリスを使ったプーレロティーの方が美味しくてオススメだけど、鶏と違って、色々と手間がかかっているから、その分高いのがね……」


 ヒルデの説明を聞きながら、九十九はメニュー表に記載されていた鶏とコカトリス、それぞれを食材に使ったプーレロティーの値段を見比べる。

 すると確かに、飼育や調達が容易な鶏に比べ、モンスターであり、更に体内に毒を持っている為、可食と不可食の部位の選別や処理等、手間がかかる分が値段にも反映され、一・五倍ほどの差があった。


「成程。……まさにふぐ料理だな」

「フグ?」

「あ、何でもない」


 だがその分、味は美味いという事で、九十九は毒を持つなどの類似点のあるふぐ料理に似ていると、そんな感想を零すのであった。


「でも、ここのお店は鶏のプーレロティーも十分に美味しいわよ」

「成程。それじゃ、ヒルデのオススメしてくれた鶏のプーレロティーと……」


 鶏のプーレロティー、パンにサラダ、それからスープと、注文を決め。ヒルデもメインは鶏肉と野菜のトマト煮とした以外、九十九と同様の組み合わせに決め、店員に注文を伝える。

 こうして後は注文した料理が運ばれてくるのを待つのだが、待つ間、九十九とヒルデの二人は話をして暇をつぶす。


 と言っても、その話題は趣味嗜好等ではなく、今後のブルドッグの活動方針等であった。


「とりあえず、補充を済ませたら、この街のギルドで幾つか依頼を受けてみようと思う」

「それじゃ、暫くこの街に留まって活動するって事?」

「と言っても、そこまで長期に滞在はしないから、二週間程度を目安に、かな」

「でも、ポルトト隊の護衛の時と違って特別待遇は受けられないから、受けられる依頼は制限されてるわね」

「そこは仕方ないさ。最初の内は、コツコツとやっていくよ。でも、ある程度ランクが上がったら、今回の様な商隊の護衛依頼等を積極的に受けていこうと思ってる。そうすれば、王国の役にも立つし、王国の人々にも、大和皇国が如何に信頼できる国か、その宣伝にもなるしね」

「でも、あまりやり過ぎると、他の冒険者達の反感を買うんじゃない?」

「あ、そう言われれば、そうだね。……それじゃ、ほどほどで」


 こうして話を続けていると、店員が注文した料理を二人のいるテーブルへと運んでくる。

 香ばしく食欲をそそる、メインの鶏のプーレロティーを始め、美味しそうな料理の数々が盛られたお皿が、テーブルの上に並ぶ。


 そして、店員がテーブルを離れた所で、二人は話を終えると、待ちに待った昼食にありつく。


「「いただきます」」


 大和皇国滞在ですっかりいただきますの習慣が身に付いたヒルデ、そんな彼女と揃って挨拶を済ませると、九十九は手にしたナイフとフォークを使って鶏のプーレロティーを一口分切り分けると、フォークを使いそれを口の中に運ぶ。

 表面のパリパリとした皮、柔らかな身に、肉汁溢れるジューシーな味わい。

 まさに美味という感想以外思い浮かばない程、その味は絶品であった。


「ヒルデのオススメ、とっても美味しいよ」

「そう、よかった。あ、そうだ、このトマト煮も美味しいのよ」

「そうなの?」

「そ、それで、ね。一口、食べて、みる?」

「え、いいの? それじゃお言葉に甘えて一口だけ」


 刹那、ヒルデは自身のフォークに一口分に切り分けた鶏肉を刺すと、それを九十九の方に差し出し、視線で九十九に口を開けるように訴え始める。


「え……」

「ど、どうした、は、早くしないと冷めるわよ……」

「あ、うん」


 まさかの行動に一瞬面を食らう九十九であったが、口を開けると、ヒルデの差し出した鶏肉を彼女に食べさせてもらう。


「ど、どう、美味しい?」

「うん。トマトのまろやかな酸味と鶏肉の旨味が合わさって、とっても美味しいよ」

「よかった」

「そうだ。それじゃ俺もお返しに」


 すると、今度は九十九が自身の鶏のプーレロティーを一口分フォークに刺すと、それをヒルデの方へと差し出す。

 刹那、ヒルデの顔がトマトのように一瞬で真っ赤に染まると、おずおずとした様子で差し出された鶏肉を食べるのであった。


「お、美味しい、よ」

「うん、よかった」


 そして、お互い食べさせ終わった所で、今更ながら気恥ずかしくなったのか、お互い頬を赤らめる。


「それじゃ、残りも冷めないうちに食べよっか」

「そうね」


 こうして九十九とヒルデの二人は、店内から微笑ましく見守る様な視線を感じながら、残りの昼食を食べていくのであった。





 一方、同じ頃。

 九十九とヒルデが昼食を食べている飲食店から大通りを挟み、反対側にある細い通路を抜けた先。

 その場所に佇む別の飲食店、そのテラス席に、四人の海兵の姿があった。


「ぐぬぬぬ……」


 その内の一人は、自ら構え覗き込んだ双眼鏡、そこに映し出された光景を目にし、唇を噛んでいる。


(あちゃー、もう完全に勝負ありって感じ)

(これは決まりましたねぇ……)


 更に残る二人も、同じく各々手にした双眼鏡で、細い通路の先にある別の飲食店の方を眺めながら、各々心の内に感想を漏らす。


「いや~、こりゃもう勝負ありですねぇ! ち──っぶ!!」


 と、同じく双眼鏡を覗いていた最後の一人が、目にした感想を口にした刹那。

 唇を噛んでいた人物の裏拳が、目にも留まらぬ速さで彼の頬を叩く。


「黙ってろ、軍曹」

「あ、あい、マム」


 視線だけで人を殺めるかの如く鋭い視線と共に、ドスの利いた声も合わさり、頬を叩かれた男性、誰であろう石坂軍曹はその巨体をガタガタと震わせながら押し黙る。

 石坂軍曹に有無を言わさず押し黙らせた人物、誰であろう、上官である真鍋大尉だ。

 そして、そんな二人のやり取りを、呆れた様子で眺めていたのは、藤沢伍長と平山伍長の二人であった。


 そう、主に藤沢伍長と平山伍長の二人は興味本位で、石坂軍曹は有無を言わさず強制的に、真鍋大尉と行動を共にしていた。

 そして、真鍋大尉は、九十九とヒルデが入店した飲食店を、細い通路を介して直線距離で眺められるこのテラス席から、双眼鏡を使って店内での二人の様子を覗いていたのだ。


 因みに、九十九とヒルデが座っていたテーブル席が、丁度大通りに面した窓側の席だった為、二人の店内での様子を、幸か不幸か真鍋大尉達は双眼鏡を使って知ることが出来た。


「……、よね」

「何か言いました、中隊長?」


 不意に、ふつふつと黒いオーラのようなものを纏っていた真鍋大尉から、そんな黒いオーラが消えると、同時に小さく何かを零す。

 それに気づいた藤沢伍長が真鍋大尉に尋ねると、真鍋大尉は双眼鏡を覗くのを止めると、一息つき、そして再び口を開く。


「そうよ、まだ終わった訳じゃない! まだまだ逆転できるチャンスはある!」


 自身に言い聞かせるように言い放った真鍋大尉の瞳には、燃え盛る闘志が垣間見えた。


「よし、そうと決まれば、景気付けに食べるぞ!」

「え、それって」

「もしかして」

「ち、中隊長殿の奢りですか!?」

「……、割り勘に決まってるだろ」


 真鍋大尉の言葉に、残りの三人が目を輝かせたのも束の間。

 三人は、厳しい現実を突き付けられるのであった。


 しかし結局の所、お会計の際に真鍋大尉は多く支払っており、何だかんだと言いつつ部下想いの優しい大尉であった。


この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


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