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第十八話 護衛依頼 前編

 それから数分後。

 ロマンサの街を囲む城壁の中、アーチ状の巨大な開口部に、重厚な門扉、更には鉄製の落とし格子を擁する街の正門。

 そこからすぐ近くの開けた場所に、二十台ほどの荷馬車が駐車し、その周囲には、帽子やオーモニエールと呼ばれる絹製の小袋をベルトに吊り下げている等、行商人と思しき格好の者達が雑談に興じていた。


 彼らこそ、今回の依頼人である商隊のポルトト隊であった。


「たいちょー、今回の護衛の人たちって、どんな人たちだろうねー」

「さぁな。ただ、ギルドの連中が当日合流してからのお楽しみ、だなんて勿体振らせる位だ。よっぽどの連中でなけりゃ、後で酒の一杯でも奢ってもらわねぇとな」


 その中の一人。

 茶色の上質な毛に覆われた恰幅の良い体格、犬のように鼻が長い顔、その目元は黒模様に覆われ、丸みのある三角形の耳に先が黒い尻尾を持った、狸部族の血を引く男性獣人がいた。

 彼は自身の肩に、真っ白い毛並みに首元に赤いリボンをつけた、人の言葉を喋るオコジョ。否、彼女もまた立派な獣人である。

 そんな、見た目は最早オコジョそのものである獣人を肩に乗せた、男性獣人ことポルトト隊の隊長を務めるブロー・ポネは、合流予定の護衛役に関する話で盛り上がっていた。


「ねぇ、たいちょー。向うの方から、何だか物凄い土煙が上がってるよー」

「ん? 何だ?」


 肩に乗せたオコジョの獣人からの報告を聞き、ブローは彼女の示した方角に目を移す。

 すると、地平線の向うから、確かに土煙らしきものが上がっているのが確認できた。

 しかも、それは徐々に自分達のいる方角へと近づいており。更には、それに伴って、馬車とも異なる、聞き慣れない走行音が聞こえてくる。


「な、何だっ!?」

「何かが近づいてくるぞ!」

「な、何だありゃ!?」


 同じく、この異変に気がついたポルトト隊の他の行商人たちも、音の発生源の方角へと目を移した、その直後。

 地平線の向こうから、見た事のない、人が乗っている事から乗り物と思しき物体の数々が、大挙して姿を現した。


「たいちょー、な、なにあれぇ!」

「わ、分からねぇ、俺もあんな物見た事ねぇぞ!」


 小さな体をブルブルと震わせ、ブローの顔に身を寄せるオコジョの獣人。

 一方のブローも、得体のしれない乗り物を前に、小さく身震いしていた。


 他の行商人たちも概ね二人と似たような感覚に陥っている中、謎の集団はそんなポルトト隊の前で整然と動きを止めると、謎の乗り物から、これまた見た事のない服装に身を包み、謎の銃器で武装した者達が降車すると、兵士の如く統制の取れた動きで左右に展開し、即座に整列する。

 その光景に呆然とするブロー達ポルトト隊の行商人を他所に、謎の集団から捧げ銃の号令が響き渡ると、まさに機械の如く一糸乱れぬ動きを見せる謎の集団。

 もはやこれは夢か幻かと、そう思わずにはいられないブロー達ポルトト隊の行商人。


 と、そんな謎の集団が作り上げた銃器の並木道を通り、一人の青年が、冒険者らしき若い女性を従え、ブロー達のもとへと歩み寄る。


「商隊の、ポルトト隊の皆様でしょうか?」

「あ、あぁ、そうだ」

「隊長を務められる方はどちらに?」

「お、俺が隊長のブロー・ポネだ」


 と、青年の前にブローが一歩前に出ると、青年は直立不動の姿勢をとり、自らの自己紹介を始めた。


「自分達は、今回ポルトト隊の護衛を務めさせていただきます、クラン・ブルドッグです! そして自分は、ブルドッグのリーダーを務めさせていただきます、錦辺 九十九です!」

「同じく、サブリーダーのヒルデ・ヴァルミオンです」

「ぶ、ブルドッグだってぇ!!」

「たいちょー、凄い人たちがきたー!」


 青年こと九十九、そしてヒルデやブルドッグの名を聞き、ブローのみならずポルトト隊の行商人達が色めき立つ。


 ポルトト隊はこの日の前日にロマンサの街へと到着し、今日に向けて街で英気を養っていた。

 その際、彼らはブルドッグを含めた大和皇国に関する噂を色々と耳にしていた。

 そして、それを聞いて一度お目にかかってみたいと思っていたが、まさか昨日の今日でそれが叶うとは、思いも寄らなかった。



 その後、整列休めの号令と共に海兵達が楽な姿勢を取ると共に、九十九とヒルデの二人は、ブローとの出発前の雑談を始めた。


「改めて、今回はよろしくお願いいたします」

「あ、あぁ。……にしても、まさか噂のクラン・ブルドッグのリーダーが、こんな若い奴だったとはな」

「リーダーを務めるのが若人では、ご不安ですか?」

「……ふ、ふははは! いや失敬失敬! 悪い意味で言ったんじゃないんだ、気を悪くせんでくれ!」

「そうでしたか」


 そして、握手を交わす九十九とブロー。

 しかしながら、そんな二人の目の奥に、お互いの腹の内を探ろうとしている気持ちが垣間見えていたのだが、そんな気持ちとは対照的に、二人は穏やかな笑みを浮かべているのであった。


「ねー、ねー、たいちょー。アタシの事もこの人達に紹介してー」

「お、分かった分かった」


 こうして二人が握手を終えた所で、ブローの肩に乗っていたオコジョの獣人が、自身の事も九十九達に紹介してほしいと声をあげた。

 刹那、まさか人の言葉を喋るとは思ってもいなかった九十九は一瞬唖然とする。


「こいつはアミン。俺の相棒で、ポルトト隊の副隊長をしてる」

「ふふーん! アタシ、こう見えても偉いんだー!」


 そんな九十九を他所に、ブローの肩の上で二本足で立ち上がったアミンは、その小さな体で目一杯胸を張ると、得意げな雰囲気を醸し出す。


「よろしくお願いしますアミンさん」


 そして九十九は、そんなアミンに手、もとい指を差しだすと、彼女の小さな手と握手を交わすのであった。


「それじゃ、次はヒルデの……、ヒルデ?」


 握手を終え、ヒルデに次の番であると告げようとした九十九は、ふと、ヒルデがアミンの愛らしい姿に見惚れている事に気がつく。

 普段は凛としていても、やっぱり彼女も可愛いものが好きなんだな。と、ヒルデの普段は見られない一面を見られた九十九。

 しかし、いつまでもそんな喜びに浸ってもいられないので、いつものヒルデに戻ってもらうべく、声をかける。


「ヒルデ、ヒルデ」

「はぅ……、は! な、どうしたツクモ!?」

「挨拶、ヒルデの番だよ」

「そ、そうだったな!」


 こうして、アミンの懸命な握手姿に悶えそうになりながらも、何とか無事に握手を終えるヒルデ。

 そして握手を終えると、九十九達は移動の日程や護衛の配置等の打ち合わせを行い、やがて、出発の時刻を迎えた。


 先ず、本隊に先駆け、進路上の偵察等を行う為に斥候である偵察隊のニ式1/4tトラックが出発。

 その後、本隊であるポルトト隊の荷馬車と、ブルドッグの車輛群が出発する。


 第一三独立混成大隊はその名の通り、所謂諸兵科連合、軍内部の異なる兵科の部隊の混成となっている。

 その為、行動の際に支障が出ない様、歩兵に関しても、その移動手段には車輛が用いられていた。

 その車輛と言うのが、前輪に車輪、後輪には車輪に代わり履帯を持つ、所謂半装軌車(ハーフトラック)と呼ばれる車輛。

 同車に兵員輸送の為の兵員室に装甲を施した、直線的な外見の装甲兵員輸送車、半装軌車の代名詞であるM3A1ハーフトラックをモデルとした、その名を"三式半装軌装甲兵車"。


 モデル同様に多数の派生型を有する同車、その中でも基本となる兵員輸送用の一型。

 オープントップである兵員室に屈強な海兵達を乗せた三式半装軌装甲兵車一型は、出発の号令と共に、その他の車輛共々、前進を始めた。





 澄み渡る青空が広がり、手つかずの、絵本に登場するかのような穏やかな風景が流れる中。

 ポルトト隊の荷馬車の移動速度に合わせ、コンボイを形成しつつ、ゆっくりとした速度でブルドッグの車輛群は移動を続けていた。

 そんなコンボイの中央付近に、九十九とヒルデの乗車するニ式1/4tトラックの姿があった。


「ふふふ」

「ヒルデ、何だか嬉しそうだね?」

「えぇ。この新しい相棒を使っての初戦闘を、ツクモに見てもらえるかもしれないからね」


 助手席に座ったヒルデは、後部座席に座る九十九に、今回から軍刀と共に新たな相棒として携帯している短機関銃。

 トミーガンの通称と共に、民間向けの物にドラムマガジンを装備した組み合わせが禁酒法時代のアメリカを描いた作品等で、警察やギャングの双方が使用している事でも有名な、サブマシンガンという単語を初めて使用した製品としても知られる。

 トンプソン・サブマシンガン、同銃の第二次世界大戦時の戦時省力生産型であるM1及びM1A1をモデルとする、モデル同様の45口径弾使用の、大和皇国軍採用短機関銃。その名を、"11.4mm短機関銃 M1"。


 手にした同銃を示しながら、ヒルデは更に言葉を続けた。


「それに、これでもっと、ツクモの事を守ってあげられるようになったのも嬉しい」

「そっか。頼りにしてるよ、ヒルデ」

「えぇ、任せておいて!」


 そんな会話を繰り広げている二人。

 その様子を、運転席に腰を下ろし、運転手を務めていた藤沢伍長は、二人の様子を横目でちらりと確認すると、心の中で独り言ちる。


(これで、更にもう一歩リードって感じ)


 一方。そんな九十九とヒルデの様子を、少し離れた後方から見つめる、もう一人の人物がいた。

 誰であろう、真鍋大尉である。

 彼女は、九十九達の後方を走るニ式1/4tトラックの助手席に腰を下ろし、険しい表情を浮かべながら、前方を走る、九十九達の乗車しているニ式1/4tトラックを見つめていた。


「いや~、ああ言うのって何て言うんでしたっけ? いい雰囲気って奴でしたっけ?」


 と、同乗し運転手を務めている石坂軍曹が、相変わらずの余計な一言を口走る。

 刹那、真鍋大尉の鋭い眼光が石坂軍曹に向けられると、容赦のない愛の左拳が石坂軍曹に降り注いだ。


「ちょ! ち、中隊長殿!! 今運転中です! せめて運転中は止めてくださいぃっ!!」


 そして、激しい蛇行運転を繰り広げる石坂軍曹運転のニ式1/4tトラック。

 そんな様子を、更に後方の三式半装軌装甲兵車一型、その兵員室から眺めていた平山伍長は。


「相変わらず、学習しない人ですねぇ」


 と、独り言ちるのであった。





 そんな一幕を挟みつつも、ポルトト隊とブルドッグは、特にモンスターとも遭遇する事もなく順調な移動を続け。

 気がつけば、昼食時を迎えていた。


「おーい! ニシキベさんよぉ!」


 そんな折、不意に荷馬車から、近くを走っているニ式1/4tトラックに乗車している九十九に向けて、ブローが大声で声をかけてくる。


「何でしょうか!?」

「ここいらで、そろそろメシにしねぇか!?」


 ブローの提案に、九十九はふと自身の腕時計で時刻を確認する。

 すると、確かにブローの言う通り、昼食を食べるには丁度良い時刻であった。


「分かりました!!」


 こうして、一行は街道の脇に広がる開けた草原に駐車させると、昼食の準備を開始する。

 ポルトト隊の行商人達は、背負っていたバックパックや荷馬車に積んでいた個人の木箱などから、干し肉や干物、更には堅焼きパンやドライフルーツ等、保存のきく食料を取り出すと、昼食として食べ始める。



 一方、ブルドッグはと言えば。

 何やら、数輌の六輪駆動構造のワゴン車のような外見をしたトラックの前に配膳台等を準備し、そこに、配膳を待つ列を作り出していた。


 すると、そんなブルドッグ側の様子に気がついたブローは、気になったのか、干し肉をくわえながら現場へと足を運ぶ。


「よぉ、ニシキベさん。あんた方は、食べないのかい?」

「もうすぐ調理が完了するので、それが終われば配膳を始めます」

「調理って……。ん? くんくん。そういえば、何だかいい匂いが……」


 配膳の列に並んでいた九十九のもとへと近づいたブローは、不意に、何処かから漂ってくる美味しそうな匂いに気がつく。

 その匂いのもとを視線で辿っていくと、そこには、数輌のあのトラックの姿があった。


「あれは"九七式炊事自動車"と呼ばれる車輛で、炊事設備のない場所でも温かい食事を提供できるように作られた、炊事自動車(フィールドキッチン)です」

「って事は、あの乗り物の中で魔導師が魔法を使って料理を作ってるって事か?」

「いえ、調理を担当しているのは自分と同じく、魔法を使えない者です」

「な! 魔法も使わず調理してるって言うのか!?」


 ブローの常識では、野外での調理は焚き火を使用するか、或いは魔導師が魔法を使って調理を行うかの何れかであった。

 だが、見た所九七式炊事自動車からは焚き火の煙は出ている様子もない、となると後者の調理法かとも思われたが、それでもない。

 自身の常識の範囲外にある調理法に、ブローは唖然とする他なかった。


「全ての料理を作れる訳ではありませんが、ガソリン式発電装置を使って発生させた電気を電源として、電気式の炊飯器や釜を使い、お米や汁物を調理します。それから、調理器具を変更すれば、パンなどの調理も可能です」

「ぱ、パンまで作れるって言うのか!?」


 一応、アリガ王国でも米を食べる習慣はあった。しかしながら、やはり主食としてはパンが一般的であった。

 故に、九十九の説明を聞いていた当初は、何処かで関心を寄せきれてはいなかったが。説明を聞き終えるや、ブローは九七式炊事自動車に強い関心を寄せるのであった。


「な、なぁ。物は相談なんだが、このスイジジドウシャって奴で作った料理、俺にも食べさせてはもらえないだろうか?」

「はい、構いません」

「本当か! 恩に着る!」

「あ、たいちょーだけズルい! アタシも食べたいぞー!」

「分かってるって、お前にも分けてやるよ」


 程なく、調理が完了し配膳が始まると、海兵達が持っていた配膳用のトレーに、出来立ての湯気が立つ料理の数々が、食器に盛りつけられ置かれていく。

 そして、受け取った海兵達は、待ちわびた食事にありつき始める。 


「こ、こいつはスゲェ……」

「たいちょー、早く食べようよー!」


 ブローもまた、九十九から昼食の乗せられた配膳用のトレーを受け取ると、草原に腰を下ろすや、食欲をそそる湯気と匂いを立たせる食器に盛られた料理の数々を暫し観察する。

 白飯、豚汁、更には卵焼きや野菜、デザートの果物。ブローにとっては見慣れない料理はあったものの、概ね見た目の評価は及第点であった。


「よし、食うぞ」

「ねぇたいちょー、アレ、しなくていいのー?」

「あぁ、そうだったな。……えっと、イタダキマス?」

「イタダキマース!」


 そして、周囲の海兵達の見様見真似でいただきますの挨拶を行うと、ブローはスプーンを手に取ると、先ず豚汁に手を伸ばす。

 普段の見慣れているスープなどの汁物とは異なる色と香りの液体を一口分すくうと、程なく、恐る恐るすくったそれを口に運んだ。


「……、ん! んっまい!」

「ねぇねぇ、アタシも、アタシもー!」

「よし、熱いから気をつけろよ」

「……んーっ! おいしーっ!」


 どうやら、料理で最も重要な味の方は、及第点どころか絶品だったようだ。

 気がつけば、ブローのスプーンを持つ手は止まらなくなっていた。


「ん? この木の根っこみたいなものは、何だ?」

「それはゴボウという根菜の一種で、れっきとした野菜です。安心してください、美味しいですよ」


 スプーンですくい上げた際、その見た目に一瞬動揺したものの、九十九の言葉を信じ口に含む。

 

「んむ、悪くない」


 どうやら、味の方はお気に召したようだ。


「しかし、ヤマト皇国という国は凄いものだなぁ。こんな美味い料理を野外でも作れる術を持ってるなんて」

「ありがとうございます。……そうだ、もしよろしければ、今夜の夕食、ポルトト隊の残りの方々も、自分達とご一緒にお食事しませんか?」

「え? だが迷惑じゃねぇのか?」

「物資には多少の余裕がありますから、大丈夫です」


 突然の九十九からの申し出に、応じるか否か悩むブロー。

 っそいて程なく、彼はその答えを口にする。


「な、なら、よろしく頼む」


 こうして、九十九の提案に応じたブロー。

 そしてその日の夕食時、ポルトト隊の行商人たちにも、九七式炊事自動車で調理したカレーが振舞われ、彼らの舌を唸らせるのであった。


 なおその際、彼らの心を掴むべく先ずは胃袋掴む、という目論見が成功した様子を目にし、九十九は笑みを浮かべるのであった。



 因みに、アミンは卵焼きがお気に召したらしく。

 その小さな頬をぷっくりと膨らませる程、幸せそうに卵焼きを頬張っているその姿を目にして、ヒルデが人知れず悶えていたのはここだけのお話。

小解説コーナー

九七式炊事自動車。日本陸軍が開発した自走式の炊事自動車。お米食べよう!



この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


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