第十七話 初めてのご依頼
ある程度仕事の区切りも付いた頃、九十九は司令部用の天幕を後にすると、海岸の野営陣地内でとある人物を探し始める。
暫く探し回った後、目当ての人物を、陣地内の一角に設けられた射撃訓練場で見つけた。
「あ、総司令、どーも」
「あれ、どうしたんですか?」
「おぉ、総司令殿も射撃訓練ですか!?」
そしてその場には、見学者兼教官の藤沢伍長に平山伍長、それに石坂軍曹の姿もあった。
「いや、ちょっとヒルデに用があって」
「ん? 私がどうかしたのか?」
そんな三人に返事を告げた九十九は、射撃訓練に勤しんでいた目当ての人物、ヒルデの方へと近づいていく。
すると、ヒルデも九十九の存在に気がついたのか、訓練で使用していた11.4mm自動拳銃 M1911を目の前のテーブルに置くと、九十九の方を振り返る。
「うん。これからブルドッグの初仕事の為にギルドに行くから、一緒についてきて欲しいんだ」
「分かった。少し待っててくれ」
手短に用件を伝えると、ヒルデは少しばかり嬉しそうな表情を浮かべ、素早く片づけを終えるべく、予備の弾丸や空になったマガジンや管理帳簿等々を持って管理事務所の方へと駆けていく。
そんなヒルデの後姿を暫し見送ると、九十九は教官として指導に当たっていた三人と話を始める。
「そうだ石坂軍曹、怪我の方はもう大丈夫なの?」
「えぇ、ご心配なく! この通り! 完全復活です!」
ロマンサの街の防衛戦の際、ゴブリンの放った矢を肩に受けて負傷した石坂軍曹だったが、驚異的な回復力で、今ではすっかり傷も癒えて完全復活を果たしたようだ。
そんな石坂軍曹の復活ぶりを確かめ終えると、話はヒルデの射撃の腕前についての移る。
「所で、ヒルデの射撃の腕前はどう?」
「最初は見てても危なっかしかったけど、今じゃ、もうだいぶ扱い慣れてきたって感じ」
「彼女は飲み込みが早くて、腕前もメキメキと上達してますよ。ただ、小銃等の長物は苦手みたいですね。元々剣を使っていたので、近接戦を主体としていますから、感覚の方もその距離に慣れている様です」
「機関銃の方も難しいな」
「ていうか、機関銃を振り回すなんて軍曹以外、そうそう出来る人いないと思うけど」
「ですね」
実はヒルデ、ロマンサの街の防衛戦での戦闘の際、自身と九十九達との戦闘方法の違いを痛感し、今後九十九達と同行するにあたり、今までの戦闘方法では足手まといになると感じたらしく。
そこで、九十九に頼んで銃器の取り扱いを指導してほしいと頼み込んでいた。
当初は、九十九に指導を賜りたいと考えていたヒルデであったが、何処から聞き付けたのか、真鍋大尉がそれに待ったをかけ、自身が指導役を引き受けると言い出し。
こうしてその後のすったもんだの末、石坂軍曹達三人がヒルデに銃器の指導を行う事で決着がつき、現在に至ったのであった。
「となると、ヒルデには拳銃か短機関銃を使ってもらうか」
指導役の三人から訓練の様子や感想などを聞き、ヒルデに合った銃器に見当をつける九十九。
と、そこに、片づけを終えたヒルデが戻ってくる。
「お待たせ、それじゃ行きましょ!」
「うん。それじゃ三人とも、また」
こうして肩を並べて射撃訓練場を後にする九十九とヒルデ。
そんな二人の様子を見送った三人は、顔を見合わせて話を始める。
「今の所、あの子が一歩リードって感じ?」
「ですかねぇ。冒険者としてなら、あの人の方が立場的に有利ですし」
「案外この一歩が決定的な差になったりしてな、はははは!」
他人の恋の行く末、それを楽しみながら見守っている三人であった。
そんな会話が行われているなど露程も思っていない九十九とヒルデの二人は、海岸の野営陣地からロマンサの街へと足を運ぶと、今日も賑わいと人々の笑顔で溢れる街中を、ギルドを目指して歩く。
「よぉ、ヤマト皇国の兄ちゃん! 今日もいい天気だね!」
「おぉ、街の守護神様、今日もお勤めご苦労様です」
「ありがたや、ありがたや……」
すると、街の人々が九十九に気付いて声をかけてくる。
最初こそ、見慣れない格好の集団に距離を置いていた街の人々ではあったが、防衛戦での活躍や、滞在し帰還した冒険者達の話が口伝に広まり。
今では、ロマンサの街は大和皇国の人間を受け入れつつあった。
特に一部のご高齢者は、街を守った彼らを守護神として崇め奉る程であった。
「ツクモ、すっかり街の皆に受け入れられたみたいね」
「あぁ、嬉しい事だよ」
着実に、自分達がアリガ王国に受け入れられつつあることを実感し、それを喜びながら、九十九はヒルデと共にギルドを目指す。
程なく、ギルドに到着し入り口を潜ると、ギルドの中は今日も賑やかな冒険者達の話し声が響いていた。
「お!? 街のヒーローじゃねぇか! よぉ、俺達を一杯どうだい!」
「今は仕事中なので、また今度誘ってください!」
「ははは! 了解だ!」
「よー、ヒルデ! 二人でデートの帰りか? いいねぇ」
「ヒュー! ヒュー!」
九十九とヒルデがやって来たことに気がついた、一部顔馴染みとなった冒険者から声をかけられ。、丁寧に返事を返す九十九。
一方ヒルデは、顔を真っ赤にしながら、照れ隠しとばかりに九十九の腕を掴むと、足早に受付窓口の方へと向かう。
「あらあら、ヒルデちゃん、顔が真っ赤よ?」
「な、何でもないです!」
事情を知っているかのようにほほ笑むプリシラを他所に、ヒルデは頭から湯気が吹き出してきそうな程顔を真っ赤にしながら、反論するのであった。
それから暫くして、ヒルデが落ち着きを取り戻した所で、九十九は早速本題を切り出す。
「実は今日は、ブルドッグとしての初仕事を受けようと思いまして」
「あら、そうだったのね」
「それで、出来ればなんですけど。アーレサンド公爵の領地が現場になる依頼を優先的に受けたいと思っているんですけど」
九十九の口からアーレサンド公爵の名前が飛び出した、刹那。
不意に、ヒルデの表情から明るさが消える。
「ん? ヒルデ?」
「っ! な、何でもない!」
と、その変化に気がついたのか、九十九が声をかけると、ヒルデは表情を戻し、何事もないかのように振舞い始める。
そんなヒルデの様子に、少し気に掛けつつも、九十九はそれ以上追及する事無く、本題の方に意識を向ける。
「少し待っててね……」
一方プリシラは、九十九の要望に沿える依頼がないか、依頼書の写しの束の中から探し始めると。
程なく、一枚の依頼書の写しを見つけると、それを九十九に手渡した。
「はい、これなんて丁度いいんじゃないかしら」
受け取った依頼書の写しの内容に目を通していくと、そこには、ロマンサの街から"エチワポ"と呼ばれる街に向かう商隊の護衛という内容が書かれていた。
因みに九十九は分からなかったが、今回の依頼の報酬は、相場よりもやや割高であった。
「エチワポは、アーレサンド公爵の領内にある陸上交通の要所の一つで。ロマンサの街からだと、馬車なら片道一週間、往復で二週間程の距離よ」
「商隊に関する情報は、ここに書かれている以外は?」
「そうねぇ……。そうだわ、護衛対象となる商隊の"ポルトト隊"は、アーレサンド公爵の領地にも頻繁に出入りしているから、あの辺りの地理には詳しいわ」
プリシラの話を聞いて、九十九はこれは好都合と内心笑みを浮かべた。
頻繁に出入りしているという事は、その土地に詳しいのみならず、地元の方々とも交流が深い事を意味し、更には行商人である彼らは、赴いた先々で情報を共有してくれるはず。
即ち、この依頼を通じてポルトト隊からの信頼を得ることが出来れば、国交締結へ向けて大きく前進する事もあり得る。
となると、この依頼は何かなんでも成功させなければ。と内心意気込む九十九であった。
「ん? プリシラさん。この依頼って、受領対象がCランクからの依頼ですけど? 私達が受けても大丈夫なんですか?」
すると、そんな九十九を他所に、不意に依頼書の写しを覗き込んだヒルデがある事に気がつき、プリシラに疑問を投げかける。
「あぁ、それね。そうなの、本来ならニシキベさん達のクラン、ブルドッグはまだ依頼をこなしていないから評価としてはEランクなのだけれども。ニシキベさん達は強いし、それにヒルデちゃんもいるから、マスターが特別に、ってね」
どうやらクランも、ギルド側の評価によって等級分けがなされ、それにより受領できる依頼に制限などが設けられているようだ。
ところが今回は、ロクザンの計らいで、特別にその制限を緩和してくれたようだ。
「そうだったんですね! ありがとうございます!」
「うふふ。どういたしまして。……それじゃ、この依頼の手続きを初めてもいいかしら?」
「お願いします」
暫くして、手続きを無事に終えると、九十九はプリシラから商隊の出発時刻や集合場所が告げられる。
「商隊は明日の朝九時に、街の正門前に集合して出発するので、遅れずに合流してくださいね」
「分かりました」
「うふふ、初めての依頼、無事に完了する様にご健闘をお祈りしています」
「ありがとうございます!」
「ありがとう、プリシラさん!」
こうして無事に手続きを終えた九十九は、ヒルデを連れて再び海岸の野営陣地へと舞い戻る。
ブルドッグ初の、大事な依頼を完了させるための、部隊の編成に取り掛かる為だ。
そして、翌日の朝八時。
商隊出発時刻の一時間前となったこの時、海岸の野営陣地には、隊列を組んだ多数の海兵、及び戦車や車輛等が整然と並んでいる。
そんな彼らの視線を一身に浴びながら、壇上に上がった九十九は、彼らの姿を確かめ終えると、備えられたマイクに向かって訓示を述べ始める。
「これより、大和皇国海兵隊、第一三独立混成大隊、通称ブルドッグは、初の任務に赴く。異国の地における本格的な活動となり、慣れない環境や幾多の困難などが待ち構えているとは思う。だが、"常に誠実・忠誠を"の精神を胸に刻んだ海兵諸君ならば、如何なる試練が立ちふさがろうとも打ち勝ってくれると信じている!」
そして一拍置いた九十九は、再び力強く語り始める。
「そして、この度の任務を成功させ、アリガ王国の人々の更なる信頼、その切っ掛けを作ってくれるものと信じている! 以上!」
刹那、海岸一帯に力強い海兵達の声が張り響き、それを聞き、九十九は安心感を覚える。
そして、九十九出撃の号令を告げた。
「大和皇国海兵隊、第一三独立混成大隊、出撃!」
号令と共に、幾多もの軍靴の音が鳴り響き、鋼鉄の凶獣達が唸りを上げ、その脈拍を刻み始める。
こうして合流地点へと移動を始めた彼らを他所に、九十九は壇上を降りると、その先で待っていた人物に声をかけられる。
「いや~、素晴らしい訓示でした、錦辺総司令」
「ありがとうございます、天笠少将。では、留守の間、よろしくお願いいたします」
「分かりました。ご武運をお祈りします」
そして、自身が今回の依頼で不在の間、指揮を任せる事となった天笠少将に声をかけ終えると。
迎えにやって来た一輌の小型四輪駆動車、大和皇国陸軍及び海兵隊にて採用され、前身の九五式小型乗用車に代わって主力の小型四輪駆動車となった車輛。
ジープという名のブランド、その代名詞であるウィリス MBをモデルに、右ハンドルへの変更やその他改良を加えたその名を、"ニ式1/4tトラック"。
通称"Y・ジープ"とも呼ばれる、そんなニ式1/4tトラックの後部座席に乗り込んだ九十九は、天笠少将に見送られながら、ブルドッグ達と共に集合場所に向かうのであった。
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