第十六話 一難去ってまた一難
前日にギルドで催された宴の影響で、九十九は目覚めてもなお、体のだるさを感じていた。
とはいえ、協議の結果が判明するまでの間にやっておかなければならない事は数多くある。
何とか気持ちを奮い立たせると、九十九は、仮の滞在場所である海岸に設けた野営用天幕を後にする。
そして、司令部用の天幕で、残りの冒険者登録に必要な書類の作成等に勤しみ。
漸く体のだるさも収まってきた午後からは、海岸線一帯に建設予定の、陸・海・空運用可能な大規模統合基地の建設計画の打ち合わせ等を行い。
宴の影響が完全に払拭された翌日からは、今回の第一陣の一員として派遣されていた陸・海兵隊の工兵と、海軍施設隊の隊員達による、統合基地の着工前に行われる地鎮祭に参加した他。
更には、ドラゴンとの戦闘に対する報告書や上申書の作成等々。
兎に角、慌ただしい日々を過ごしていた。
そして気付けば、協議の結果が報告される日を迎えていた。
報告を聞くべく、九十九は外交使節団を引き連れ、シャーロン伯爵の館を訪れる。
そして、使用人に案内され通された応接室には、シャーロン伯爵の他、一週間前にアポロ王子やペルル王女と共に王都リパに戻った筈の、フレグル外務大臣と共に、大臣の部下と思しき随伴者二名の姿もあった。
「よぉ、待ってたぞニシキベ殿。さ、かけてくれ」
「はい。……所で、フレグル外務大臣は何故こちらに?」
「うむ。此度の協議の結果、儂の口から直接お伝えした方がよいと判断しましてな」
「そうでしたか」
てっきり部下の者がやってくるかと思っていたが、フレグル外務大臣本人の口から結果が告げられる。
これに、九十九は少々胸騒ぎを覚えた。
が、兎に角結果を聞いてみない事にはこの胸騒ぎが杞憂かどうかは分からない為、椅子に腰を下ろすと、早速本題に移る。
「では、結果をお伝えしよう。此度の、ヤマト皇国との国交の締結に関する協議──」
ゆっくりと話し始めるフレグル外務大臣。
そして、次に発せられる言葉に、その場にいる誰もが息を呑む。
「政府内に国交締結に反対の意見が出た為に、一旦保留とさせていただきたい」
「な!? おいおいおい、そりゃどういう事だよ!」
刹那、フレグル外務大臣の口から語られた結果に、誰よりも驚きの声をあげたのはシャーロン伯爵であった。
一方、シャーロン伯爵程明らかに取り乱す事は無かったものの、九十九達も、内心ではこの結果に動揺を隠せなかった。
「ニシキベ殿、誠に申し訳ない!」
「おいおい大臣、一体どうなってんだよ!?」
「……実はの。王都リパに戻った翌日、緊急の会議を開き、此度の件についてアポロ王子直々に出席者達に説明を行い是非を問うた。その時は、参加者全員が国交の締結に賛成の立場を表明したのじゃが……。その翌日になって、突如一部の者が反対の立場を表明してのぉ」
「はぁ、なんだよそれ!? 大臣、その反対の立場の連中を説得するのが、重鎮であるあんたの役目じゃねぇのか?」
「それは理解しておる! じゃが、反対を表明した連中は、何れも"アーレサンド公爵"の息のかかった連中じゃ」
「げ! マジかよ……」
フレグル外務大臣の口からアーレサンド公爵なる人物の名が漏れた途端、シャーロン伯爵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
しかし、アーレサンド公爵なる人物を知らぬ九十九達は、状況を飲み込めず、一様に頭に疑問符を浮かべていた。
「あの、アーレサンド公爵とは、如何なる人物なのですか?」
「おぉ、そういえばニシキベ殿はご存じありませんでしたな。では、ご説明しましょう」
フレグル外務大臣曰く、アーレサンド公爵とは、ルヴ―セを含むアリガ王国の南西部一帯を治める、アーレサンド家現当主のジョン・アーレサンド公爵の事である。
アーレサンド家は、アリガ王国南西部一の港湾都市にして、国内でも随一のワインの生産地でもある"ド・ルボー"を領内に抱えている事から、代々交易やワイン産業等で財を成し、王国の発展にも寄与してきた。
特に、現当主であるジョン・アーレサンド公爵の代になってからは、当人の手腕のもと事業の拡大に成功し、最近では魔石鉱山の事業という新規事業の開拓にも成功する等、まさにアーレサンド家は他の王国貴族とは一線を画す程の財力と影響力を持つに至った。
その為、現王国政府内にはジョン・アーレサンド公爵の影響下にある者も少なくはない、との事。
「成程。そのような人物なのですね」
「表向きには領民の生活を第一に考え、領地の孤児を一手に引き受けてる孤児院まで経営して、そりゃもう領民達から愛されてる素晴らしい領主様って言われちゃいるが。噂じゃ、裏ではそりゃもう表沙汰にはできない悪逆非道の数々を行ってるって言われてる。ま、最も証拠はないし、成功を妬んだ連中の戯言ってされてるが」
と、シャーロン伯爵は一拍置くと、言葉を続ける。
「だが俺としちゃ、それは間違いないと思う!」
「あの、その根拠は?」
「俺はあの公爵の事が好かん! それが根拠だ!」
そう言い切ったシャーロン伯爵に、九十九は苦笑いを浮かべるのであった。
「で、フレグル大臣! アーレサンド公爵の息のかかった連中が反対したって事は、アーレサンド公爵自身がこの国交締結に反対してるって事だよな? 公爵は何で反対なんだよ?」
「それを確かめるべく、その翌日にアーレサンド公爵本人から理由を聞くべく王都に招集し、本人に問うた」
「で、何て言ってたんだよ?」
「先ず第一に、公爵は魔法や魔石に頼らぬヤマト皇国の成り立ちに疑問を呈し。次にヤマト皇国の技術力に関しても、疑問を呈した。そして、そんな国家から兵器の供与を受けずとも、既存の兵器の増産や更なる改良・発展型の配備で国防戦力の強化は事足りるともな」
「だけどよ、ヤマト皇国の力はまごう事なき本物だぜ! 現にドラゴンだって圧倒的に少ない被害で討伐してみせた」
「無論、それらも公爵には伝えた。だが公爵は、単に幸運が重なっただけの事と、AGの更なる改良・配備でも同様の事が成し遂げられると言い、更に……」
と、フレグル外務大臣は一拍置くと、言葉を続ける。
「国内開発の援助と言葉巧みに謳い、懐に飛び込んで油断した所でヤマト皇国が我が国を内部から食い殺そうとするは必定。故に、甘い口車に乗せらぬ様、ヤマト皇国に対しては、対等な外交ではなく、主従関係を示すべく高圧的に行うべき。とも言い。更には、国内開発の費用を、一部自身の私財から必要ならば出す、とも付け加えおった」
「んな! ヤマト皇国はそんな野蛮な国じゃ──」
「当然、その場に同席していたアポロ王子もそのように弁明した。じゃが、公爵は聞く耳を持たんかった。そして最後に、儂らに対してある提案を持ちかけた。それが、此度の件、アポロ王子ではなく"タイユー将軍"が音頭を取るのであれば、賛成に回りましょう。というものじゃった」
「け! なんだよ。結局公爵としちゃ、反対だ何だと言って、自分の都合のいいように事を進めたいだけじゃねぇか!」
「あの、タイユー将軍というのは、一体どういった方なのでしょうか?」
「あぁ、これは失礼。タイユー将軍とは、国防副大臣を務めておられる、我が国の将軍の一人です」
「別名、アーレサンド公爵の腰巾着。奴は公爵の支援を受けて今の地位に納まったからな、公爵には絶対に頭の上がらねぇ奴なのさ」
こうして、一通り協議の結果とその後の顛末についての報告が終わると、一同は、今回の件の対応についての協議に移る。
「おそらく、アーレサンド公爵としては、ヤマト皇国との国交締結とそれに伴う本格的な交流の開始により、自身の事業に悪影響を及ぼすと考え、反対を表明したのであろう」
「ヤマト皇国でも、ワインの需要はありますから、アーレサンド公爵の事業に悪影響を及ぼすどころか、むしろ更なる新規開拓が見込める筈なんですが……」
「むしろ、それを見越して、自分のいいように今回の件を進めたいんだろ。きっと、べらぼうな値段を吹っ掛けようって腹積もりだぜ」
大和皇国としては、アリガ王国との国交樹立はまさに試金石。
今後、アリガ王国以外の異世界の国家との外交を始める際して、その成果が影響を与えるのは必定であった。
故に、ある程度の譲歩は致し方なかったが、相手側に主導権を握られるのは、良しとは言えなかった。
「何とか時間をかけて、アーレサンド公爵を含め、反対派を説得していくしかないかのぉ」
「だけどよぉ、素直に説得に応じると思うか? 連中の事だ、賛成してやる代わりに、色々と要求を突き付けてくるかも知れねぇぞ」
「むぅ、それは……」
良き対応策を見いだせず、険しい表情を続けるフレグル外務大臣。
すると不意に、考えに耽っていた九十九がある策を口にし始める。
「では、外堀から攻めてみましょう」
九十九の発言に、フレグル外務大臣とシャーロン伯爵は発言の意味を理解できず、揃って首を傾げる。
「ニシキベ殿、それはどういう意味でしょうか?」
「つまり、反対しているアーレサンド公爵の治める領地の領民達に、自分達ヤマト皇国は害なすものではない、ヤマト皇国との国交締結は素晴らしいものだと訴えかけ信頼と支持を得るんです。そうすれば、流石のアーレサンド公爵も、領民の反発を恐れて反対と声高らかに訴える事は出来なくなるはずです」
「ははは、成程な! そいつはいいアイデアだ!」
「確かに良い案ではあるが、しかしニシキベ殿、一体どの様に公爵領の領民達に訴えかけるおつもりで?」
すると九十九は、一瞬不敵な笑みを浮かべると、その答えを語り始める。
「実は、シャーロン伯爵の助言を受けて、軍の一部を冒険者として登録し、ブルドッグというクランを設立しました。これを利用して、冒険者としてアーレサンド公爵の領地で活動を行いながら、訴えていこうかと思っています」
シャーロン伯爵の助言という言葉には、一瞬困った様子を浮かべたフレグル外務大臣であったが。
九十九の説明を聞き終えると、成程妙案だと、納得した様子を浮かべていた。
「では、儂らの方でも、反対派への説得を続けていきましょう」
「お願いします」
こうして、反対派への対応と今後の指針等を決定した所で、九十九はシャーロン伯爵の館を後にすると、そのまま海岸の司令部用の天幕へと直行した。
そして、司令部用の天幕へと戻った九十九は、とある人物達を招集するように指示を飛ばす。
数分後、招集に応じ数名の人物が九十九の前に姿を現した。
「すいません、急にお呼び立てして」
彼らは一様に、アリガ王国内で見かける町人や旅人等、おおよそ大和皇国の人間であるとは一見して判断できない格好をしていた。
だが、彼らはれっきとした大和皇国の人間であった。それも、戦略情報局に籍を置く者達。
「それで、本日はどの様な用件で?」
「調べてほしい方がいるんです。名前はジョン・アーレサンド公爵、アリガ王国南西部を治めるアーレサンド家の現当主」
そう、九十九は、戦略情報局にアーレサンド公爵の身辺調査を依頼するべく彼らに招集をかけたのであった。
「了解しました! では、進捗があり次第、またご報告に参ります!」
「よろしくお願いします」
「は!」
刹那、戦略情報局の面々は足早に司令部用の天幕を後にする。
すると、入れ違いでやって来た真鍋大尉が、先ほど出て行った者達の正体に勘付いた様子で語り始める。
「錦辺総司令、今のはもしかして、"忍"の連中ですか?」
「うん、そうだよ」
戦略情報局に籍を置く者達の中でも、実際に活動を行う局員達の事を、軍内部では"忍"と呼称していた。
その由来は、文字通り彼らが神出鬼没で、影のように何処にでも存在し蠢く様子からだ。
「少し、気になる人物の事を聞いたので、その人物の身辺調査を依頼したんだ」
「そうでしたか」
こうして納得した様子の真鍋大尉が持ってきた報告書に目を通しながら、九十九は仕事をこなしていくのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
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