表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/64

第一話 状況把握


 青年が体験している不思議な出来事、その事の始まりは、約三か月前に遡る。


 その日、中肉中背黒髪の青年こと大学生の錦辺 九十九(にしきべ つくも)は、いつものように自室で目を覚ました、と思っていた。

 所が、目を覚まして辺りを見渡すと、目にしたのは見慣れた自室の風景ではなく。

 高級感を感じさせる家具の数々に、びっしりと本が並んだ本棚、そして九七式中戦車に零戦の愛称で知られる零式艦上戦闘機、更には戦艦大和を躍動的に一枚の中に描いた絵画が飾られている。

 そんな内装の、執務室の様な部屋の風景であった。


「え……」


 目を覚ませば見知らぬ部屋の中、という事態に直面し、九十九はあまりに唐突なこの事態に暫し固まってしまう。

 だが程なく我に返ると、心を落ち着けると共に、状況を整理するべく自身の記憶を振り返り始めた。



 目を覚ます前の記憶では、九十九は二年間通っている大学で授業を受けた後、そのまま自宅に帰宅すると、自室で最近熱中しているとあるCO-OP(協力プレイ)型戦争シミュレーションゲームを遊んでいた。

 このゲームは、プレイヤーが他のゲームでいう所のギルドに相当する国家を運営して、時に他のプレイヤーの国家と同盟を結び、時に戦争を仕掛ける、というネットゲームである。

 そのゲーム内において、九十九は"大和皇国"と呼ばれる架空の国家に所属し、大和皇国軍を構成する四軍の内の一つ、海兵隊の最高位軍人である海兵隊総司令官として、同じ国家に所属する他のプレイヤーと共にゲームを楽しんでいた。


 そしてこの日も、途中夕食や風呂などを挟み、時間の許す限り、夜遅くまでゲームを楽しみ、やがて就寝した。


「で、気付いたら、ここにいた」


 記憶を振り返り終えて、独り言ちる九十九。

 しかし、結局の所、何故自分がこの見知らぬ部屋に移動していたのかは分からないままであった。


「って、服も変わってる!」


 そして彼はふと、就寝する際に寝間着に着替えていた筈の自身の服装が、グレーの軍服に着替えさせられている事に気がつく。


「……、あれ、この軍服」


 知らぬ間に着用していたグレーの軍服をまじまじと観察していると、九十九はふとある事に気がつく。

 そう、彼はこのグレーの軍服の事を知っていたのだ。


 このグレーの軍服の正体、それは九十九がゲーム内で所属していた大和皇国の海兵隊が使用していたものであった。

 デザインのモデルとなったのは、海上自衛隊が前身となる海上警備隊時代より採用し、一九九六年まで使用していた幹部常装第一種夏服と呼ばれる制服である。

 そんな軍服の両肩に装着されている肩章には、"大将"の階級である事を示す四つの桜星のマークが輝いていた。


 それを目にした九十九は、改めて部屋の中を見渡す。

 すると、先ほどは気がつかなかったが、この部屋の内装に見覚えがある事に気がつく。


 そう、実はこの部屋、ゲーム内で使用していた海兵隊総司令官の執務室と瓜二つだったのだ。


「という事は、ここってゲームの中?」


 新たな事実を認識した所で、九十九は独り言ちる。

 だが、それでも九十九の違和感はぬぐい切れない。何故なら、先ほど振り返った記憶の中では、九十九は確実にゲームからログアウトして就寝したからだ。

 ログインしたまま寝落ちしてしまったのならまだしも、確実にログアウトした筈が、何故かまたログインしている。


 結局考えても明確な答えは導き出せず、逆に疑問符ばかりが頭上に増えていると。

 不意に執務室の扉がノックされ、入室を尋ねる声が扉の向こう側から聞こえてくる。


 不意の出来事に一瞬肩を震わせた九十九だが、この摩訶不思議な状況の答えが分かるかもしれないと、入室を許可する。

 すると、入室してきたのは九十九と同じ大和皇国海兵隊の軍服を身に纏った、一九〇センチ程の長身に整えられた口髭、黒髪をオールバックにした、ダンディズムな中年男性であった。


「お目覚めになられましたか、錦辺司令」

「あ、えっと……、もしかして伊藤副司令?」

「はい、その通りです」


 入室した中年男性の顔を見て、九十九はその顔に見覚えのある事に気がついた。

 それはゲーム内においてプレイヤーを補佐すべく用意されていた補佐役のキャラクター、その内、九十九が選択した伊藤 一二三(いとう ひふみ)そのものであった。

 因みに、大和皇国海兵隊内での彼の肩書は、総司令官不在などの際に職務代行等を行う"海兵隊副総司令官"となり、階級も九十九と同じ大将ではあるが、立場的には九十九の下となる。


「伊藤副司令がいるって事は、やっぱりここはゲームの中なのか?」

「ゲーム? 錦辺司令、一体何の話をしているのですか?」

「え?」


 自身の零した言葉に反応した伊藤大将の様子を目にした九十九は、それとなく現在の状況を質問してみた。

 すると返ってきたのは、驚くべき答えであった。


 何と、夢でも幻でもなく、ゲームで所属していた架空の国家である大和皇国が、地球ではないどこか別の世界に実体化し、紛れもなく存在しており。

 しかも、九十九自身も、ゲームの通り大和皇国海兵隊の最高位である海兵隊総司令官としての職務に就いているというのだ。

 そして、九十九のみならず、同じくゲームで大和皇国に所属していた他のプレイヤーも、ゲーム内での役職に就いているという。


「錦辺司令、顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

「あ、はい……」


 あまりの事に理解が追い付かず、暫く顔を青ざめていた九十九。

 しかし、冷静に考えれば、ゲームの国家が実体化するという冗談のような突飛な出来事に巻き込まれた、と考えると、理不尽ながらも現在の状況にも納得がいく。

 そして、程なく落ち着きを取り戻した九十九は、伊藤大将に執務室を訪れた用件を尋ねる。


「はい。東間総理が緊急の会議を開きまして、関係各所に招集が掛かっており、錦辺司令もそれに」

「東間さん……、いや、東間総理が?」

「はい。既にお車の用意はできております」

「……分かった、直ぐに向かう」


 東間 徹(あずま てつ)、九十九と同じゲームのプレイヤーの一人にして、ゲーム内では大和皇国の代表を務めていた、同国所属のプレイヤーの中では最年長の人物。

 そんな彼もまた、九十九同様にこの事態に巻き込まれ、ゲーム内の役職、大和皇国の内閣総理大臣となってしまっているようだ。


 そして、伊藤大将の話によれば、東間総理の号令で今回の事態に巻き込まれた大和皇国所属のプレイヤー達に招集が掛かっている様で。

 それを聞いた九十九は、椅子から立ち上がると、帽子掛けにかけていた軍帽を被り、東間総理の開いた緊急の会議に参加するべく、伊藤大将を引き連れ執務室を後にする、





 九十九の執務室をはじめ、文字通り大和皇国の軍の中枢ともいえる、各軍の関係機関を内包している鉄筋コンクリート構造の巨大な国防省の本庁舎。

 そこから、移動の為に用意された、真ん丸なヘッドライトにフロントからバックに至るまで美しい4ドアの流線型のデザイン、そこに高級感を漂わせる美しい光沢の黒の塗装。

 クラシカルな外見をしたその車は、大和皇国軍の四軍が採用している将校が公務等の際に使用される所謂業務車やスタッフカーで、正式名称を"業務車三号"、通称"ギョーサン"。

 モデルとなったのは、地球において豊田自動織機製作所自動車部が第二次世界大戦前から戦中にかけて製造・販売していた、トヨダ・AA型乗用車。


 そんな業務車三号に乗って国防省の本庁舎を後にした九十九は、まるで地球における昭和初期の東京のような街並みを眺めながら。

 程なく、会議の開催場である、アール・デコ等の建築様式が美しい、鉄筋コンクリート構造の総理大臣官邸へと到着すると、出迎えの職員の後に続き官邸内へと足を踏み入れる。


「やぁ、待っていたよ」


 そして、官邸内のとある部屋へと通された九十九を待ち受けていたのは、円卓のテーブルを囲む、東間総理をはじめとした大和皇国所属のプレイヤー達であった。

 感覚的には少し前にもゲーム内で顔を合わせていた面々だったが、何故か久方ぶりに再会したかのような感覚と共に、この見知っている筈の見知らぬ世界で見知った人々と再会できた事に安心感がこみ上げてくる。


「錦辺君、参加者は君で最後だ。さ、かけてくれたまえ」

「は、はい!」


 その年輪を重ねた顔に映える、仕立ての良い黒のスーツに身を包んだ東間総理に促され、空いている席に近づき腰を下ろす九十九。


「やぁ、錦辺君も無事に……、と言うとおかしな話だけど、僕達と同じく巻き込まれたみたいだね」


 と、隣に座る黒の軍服。

 海上自衛隊が前身である海上警備隊より採用し、半世紀以上に渡ってデザインを変更する事無く使用している幹部常装第一種冬服、をモデルとした大和皇国海軍の軍服に身を包んだ男性。

 九十九と同じ元プレイヤーで、現在では海軍の最高位軍人である海軍作戦総長を務める事となった青山 蒼一(あおやま そういち)海軍大将が声をかけてくる。


「あ、はい。寝て気付いたら、こうなってて、もう何が何だか」

「僕もだ、気がついたらゲームと同じ格好と役職で、しかも僕達がいるのが地球ではないなんて。……未だに信じがたいよ」

「こんな小説や漫画みたいな出来事って、本当に起きるんですね」

「事実は小説よりも奇なり、か。実際に体験すると、やっぱり小説は小説として楽しみたいよ」

「あはは、ですよね」


 空想の出来事が現実のものとなり、楽しみよりも気苦労の方が絶えないと絶えなさそうだと愚痴を零す青山海軍大将。

 九十九も、それには同感だと苦笑いを浮かべながら賛同するのであった。


「では、全員が集まった所で、会議を始めたいと思うが……。その前に、この部屋には我々以外第三者はいないし、それに、盗聴器等も仕掛けられていないので、安心してゲームの時のように気さくに話してくれて構わない」


 それから間もなく、東間総理から開始宣言が告げられると、いの一番に茶灰色の軍服。

 陸上自衛隊において、変更までの二十年間ほど使用された七〇式制服と呼ばれていた制服をモデルとする、大和皇国陸軍の軍服に身を包んだ壮年の男性。

 陸軍の最高位軍人である陸軍参謀総長を務める事となった杉田 全司(すぎた まさじ)陸軍大将が口火を切る。


「どうなってんだ!? ログアウトして寝たと思ったらいつの間にかログインしてた、かと思えば、実際はゲームのデータが実体化して、しかも実体化したのが地球とは別の、所謂異世界ってやつだなんて。一体全体、何がどうなってるんだよ!?」

「杉田、さん、少し落ち着いて。不安な気持ちは皆、一緒だと思いますから」


 そんな杉田陸軍大将に声をかけたのは、濃紺色の軍服。

 航空自衛隊において、陸自の大改正と共に変更された七〇式制服と呼ばれる制服をモデルとする、大和皇国空軍の軍服の身を包んだ杉田陸軍大将と同年代と思しき控えめな性格の男性。

 空軍の最高位軍人である空軍参謀総長を務める事となった天羽 隼人(てんば はやと)空軍大将である。


「だけどなぁ」

「杉田君、天羽君の言う通りだ、少し落ち着いてはどうかね。焦っていては、見えるものも見えなくなることもある」

「分かりました……」


 東間総理に諭され、大人しく従う杉田陸軍大将。

 するとその直後、不意に一人の男性が手を上げる。


「何かね、野口君?」


 丸眼鏡に白衣を着込み、何処か薄気味悪い雰囲気を醸し出している壮年の男性。

 彼は、国防省の外局の一つである"国防装備技術研究庁"、通称"装技研(そうぎけん)"の長官を務める事となった、野口 究治(のぐち きゅうじ)装技研長官である。


「先ほど、天羽空軍大将は不安な気持ちは皆一様にと仰いましたが、私としては、此度のこの状況は、楽しみでしかないんです」

「え、えぇ?」

「何故なら、ゲームではデータの都合上再現できなかった兵器も。実体化し現実となった今ならば、データの枠組みに囚われることなく、歴史の闇に葬られた数々の兵器を、この世界に降臨させる事すら可能なのですよ!」

「でもよ、実体化したって事は、その分作るにしたって時間が……」

「ご安心を! 既にその辺りの事は調査済みです。調査によれば、まず間違いなくゲームの仕様は残っている、つまり! 許可さえいただければ、パンジャンドラムが地を駆け、80cm列車砲が大地を切り裂き、特三号戦車が空を覆い、五十万トン戦艦が大海原をゆく事さえも不可能ではないのです!!」


 興奮した様子で語る野口装技研長官に対し、他の面々は若干引いた様子であった。


 因みに、パンジャンドラムや80cm列車砲は、地球においては大和皇国のベースとなった日本及び大日本帝国とは別の国が開発した兵器ではあるが。

 大和皇国は元々ゲーム内の架空の国家である為、モデルとなった国と同様の技術体系を持ちつつも、諸外国の技術体系を取り入れている為、先に挙げたように他国の兵器も開発することが出来る。

 更に、ゲームの仕様として、資源と資金があれば、地球で製造するよりも短い期間で製造も可能となっている。


「最も、現在の技術水準は、何故かゲーム内の最新のデータと比べると退化していますが。むしろこれは僥倖! 私のこの頭脳と実体化された優秀な装技研の技術者たちが手を合わせる事により、ゲームでは出来なかった、否、地球の歴史上にも存在する事はなかった新たなる技術を生み出す事さえ可能なのです! そう、実体化した事により可能性は無限大に広がった! これはもう僥倖と言っても過言ではない!」


 と、血気盛んに熱弁する野口装技研長官は一拍置くと、再び弁を振るい始める。


「そもそも、此度の出来事に関しては、原因を解明できる可能性は現時点では限りなく低い。であれば、私達が地球に戻れる可能性も限りなくゼロに近い。となれば、いつまでも後ろ向きにならずに、前向きに考え行動した方がいいのでは? 今の私達には、相応の責任というものが否応なく圧し掛かっているのですから」


 そして、野口装技研長官が語り終えると、暫し室内を静寂が支配する。

 と、そんな静寂を打ち破るように、東間総理がゆっくりと語りかけ始めた。


「そうだな。最早今の私達は只のゲームプレイヤーではなく、大和皇国という国家の重鎮なのだ。こうなったら、腹を括ろうじゃないか」


 円卓を囲む一人一人を確かめるように、視線を動かしながら語りかけた東間総理に応えるように、九十九をはじめ他の元プレイヤー達は力強く頷く。

 こうして、元プレイヤー達が大和皇国と共にこの異世界で生きていくと決心を固めた所で、話題は今後の方針についてに移り変わる。


「では先ずは、国内状況の把握と、周辺状況の把握、といった所か」

「それが妥当だと思います」

「な、なら、周辺の状況把握には、空軍が役に立つかと思います」

「海軍も」

「勿論陸軍も忘れてもらっちゃ困りますよ」

「海兵隊も」

「よし、では皆、新たな故郷の為、共に頑張ろう!」


 そして、この日より、大和皇国はこの異世界での新たな歴史を歩み出したのであった。

小解説コーナー

パンジャンドラム。第二次世界大戦中にイギリスが開発したロケット自走式陸上地雷。紅茶の申し子。


80cm列車砲。第二次世界大戦時にドイツが開発・運用した列車砲。デカい、説明不要。


特三号戦車。日本陸軍が計画した空挺戦車。ブーーン!


五十万トン戦艦。明治末期に日本海軍の士官が提唱した戦艦構想。男の浪漫。



この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。


感想やレビュー、評価にブックマーク等。お待ち申し上げております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] パンジャンドラム。 ロケット自走式陸上地雷。 と言うより ロケット自走爆雷 の方が似合ってるような気がするのは俺だけか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ