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第十五話 闘犬の群れ

 シャーロン伯爵からの助言を受けて、九十九は早速冒険者登録を行うべくその準備に取り掛かった。

 先ずは、ギルドに登録する件の報告とその了解を得るべく、一度沖合に停泊している艦隊に向かう。

 ロマンサの街を後に、増援部隊が上陸した海岸から水偵を使って艦隊へと戻った九十九は、そこから長距離無線、元海賊の根城に設けた中継設備を用いて大和列島との通信を可能としたそれを使用し、本土の重鎮達にギルドの一件を報告する。


 そして、特に異論もなく、むしろ杉田陸軍大将等は自分の事も登録しておいてくれと言う程、積極的に賛同の意を示す等。

 無事に了承を得ると、再び水偵を使い海岸、そしてロマンサの街へと戻ると、いよいよ実際に登録を行うべくロマンサの街のギルドへと向かう。

 その際、ギルドに詳しい、というよりも冒険者であるヒルデと、第三中隊の隊員数人を同行させる。


「ここが、ロマンサの街のギルドよ」

「へぇ……」


 日の傾きも深く、そして空も徐々に暁に染まり始めた中。

 ヒルダに案内してもらい足を運んだロマンサの街のギルド、その外観を暫し眺めた後、九十九はギルドに足を踏み入れた。

 すると、通過儀礼と言わんばかりに、入り口を潜った途端、中にいた者達の視線が一斉に九十九に向けられる。


「ありゃ誰だ? 依頼人か?」

「にしては見た事ねぇ妙な格好だな。それに、軟弱そうだ」

「あら、でも顔はアタシ、好みよ」

「ケ! あんな妙ちくりんな格好している奴なんざ、どうせ、どこぞの成り上がり貴族の息子だろ」


 様々な格好をした性別も人種も多種多様な冒険者達は、九十九の姿を一折見定め終えるなり、口々にその感想を口にする。

 そんな先輩冒険者達の通過儀礼を受け終えた九十九は、ゆっくりとギルドの奥へと歩み始める。

 すると、そんな九十九の後に続いてヒルデ、それに第三中隊の隊員数人が姿を現すと、再び冒険者達が口々に言葉を漏らし始める。


「おい、あれはヒルデ・ヴァルミオンか!? まさか生きてたのか!」

「それよりも、その後に続いている妙な格好の連中はなんだ? 肩にかけてるのはマスケット銃か? にしてもあんな形の銃、見た事ないぞ」

「一体連中何者なんだよ……」

「ひょっとして、昼間に街の外でドラゴンを倒した妙な連中の一員なのか?」

「そ、その話なら俺も聞いたぜ。でもだとしたら、一体ギルドに何用だ?」

「もしかしたら、ドラゴンを討伐した報酬でも要求しに来たのかも知れないぞ」


 先ほどよりも大きなざわめきが巻き起こる中、九十九達はそれを他所に、奥にある受付窓口へと足を運ぶ。

 するとそこには、気落ちしている様子のプリシラが、業務に勤しんでいた。


「はぁ……、ごめんね、ヒルデちゃん。私があんな依頼を紹介したばっかりに……」


 どうやら、まだヒルデ達が無事だったとの情報を耳にしていないのか。

 プリシラは、自身が王国調査隊の護衛の依頼を紹介したせいでヒルデが帰らぬ人となったと自責の念に駆られているようだ。


「プリシラさん。そんなに落ち込んだ顔してるなんて、プリシラさんらしくないですよ」

「っ!」


 と、そんなプリシラの耳に、もう一度聞きたいと思っていた人物の声が届く。

 慌てて顔を上げると、そこには優しい笑顔を浮かべたヒルデの姿があった。


「ひ、ヒルデ、ちゃん?」

「ただいま、プリシラさん」

「幽霊、じゃない、のよね……」

「ちゃんと地に足ついてますよ」


 刹那、プリシラはその目に涙を浮かべ始めると、立ち上がり、次いで受付窓口を飛び越えると、ヒルデに抱き着きながら、堰を切ったように大粒の涙を流し始める。


「生きてたのね! よかった、よかったぁ! わ、私、てっきり私のせいでヒルデちゃんが死んだとばっかり……」

「心配かけてごめんなさい。でも、私はこの通り元気です」

「うわぁぁぁん、よかった、よかったよぉ!」


 こうして暫し、再開を分かち合ったヒルデとプリシラ。

 やがて、涙を流し言いたい事を一通り言い終えて、プリシラが落ち着きを取り戻した所で、ヒルデが今回ギルドにやって来た用件を伝え始める。


「あの、プリシラさん。実は、今日はこの人達の冒険者登録をしてほしくて」


 と、後ろに控えていた九十九達を示すと、プリシラは先ほどのはしたない姿を見られていたと悟り、頬を赤らめる。


「あら、あらら。ヒルデちゃんのお連れの方がいたのに、私ったら。やだ、恥ずかしい」

「いえ、素直に泣きたい時に泣ける女性は、とても素直な心を持った素敵な方だと思います」

「あら、あらあら……。そんな、どうしましょう」


 と、九十九が気を利かせて放った言葉に、プリシラは更に頬を赤らめ、胸をときめかせる。

 因みにこの時、ヒルデと、同じく同行していた真鍋大尉が複雑な表情を浮かべていたのはここだけの話。


 それから程なく、顔の赤らみが引いた所で、プリシラは受付窓口へと戻ると、気持ちを切り替え対応を始める。


「では、えっと……」

「錦辺 九十九と言います。因みに、錦辺が苗字で九十九が名前です」

「ツクモ ニシキベさん、ですね。冒険者登録は、お連れの方々も含めて?」

「いえ、今はいませんが、他にも連れ、と言いますか指揮下の者達も含めて登録したいんですけど」

「それはどれ程?」

「そうですね……。先ずはざっと、"二万人"、程」


 九十九の口から大雑把な予定人数が告げられると、プリシラは一瞬固まってしまう。

 そして、ふと我に返り、聞き間違いかともう一度人数を尋ねるも、やはり九十九の口から告げられた予定人数に間違いはなかった。


「あ、もしかして、数が多すぎて登録できないとか?」

「いえ、そういう訳じゃ、ないんだけれども。それ程の数を登録した事なんてなかったものだから……」

「なら、後から追加で登録しても?」

「えぇ、それは大丈夫よ」

「そ、それでは、今日の所はこの場にいる自分と、同行の十名を登録させてください。残りについては、そちらの負担もあるので、こちらで資料の方を作成して送らせていただく形でもよろしいですか?」

「えぇ、分かったわ」


 こうして、とりあえずこの場にいる者達だけを先に登録させる事になり、九十九達はプリシラから手渡された用紙に必要事項を記入していく。

 そして、記入漏れ等がないことを確認すると、プリシラは一旦用紙の束を手に、奥へと姿を消す。

 程なくして、ドッグタグらしきものを手にしたプリシラが戻ってくる。


「はい、これがニシキベさん達の冒険者認識票よ、紛失してもお金を払えばまた再交付できるけど、出来ればなくさないでね」


 九十九達が受け取った冒険者認識票は、ヒルデのものとは異なり、材質が鉄で作られていた。


「ニシキベさん達はまだ登録したばかり、駆け出しの冒険者だから、"Eランク"を現す鉄製の冒険者認識票なの」


 すると、そんな九十九の疑問を察してか、プリシラが説明を始める。

 曰く、冒険者は依頼とのマッチング、更には分不相応の依頼をこなす可能性等、冒険者自身の身の安全を考慮するなどの理由で等級分けがなされており。その等級は、各等級ごとに使用する冒険者認識票の素材を分ける事により、視覚化を図っている。


 下から、駆け出しのEランクを示す鉄製。

 新兵よりやや強い程度と言われる、Dランクを示す銅製。

 熟練の兵士と同等と言われる、Cランクを示す銀製。

 精鋭の兵士と同等と言われる、Bランクを示す金製。

 最精鋭の兵士と同等と言われる、Aランクを示す白銀製。

 伝説的な兵士と同等と言われる、Sランクを示すミスリル製。

 英雄に近い程の実力の持ち主と言われる、SSランクを示すオリハルコン製。

 そして、英雄として後世にもその名を残せる持ち主と言われる、SSSランクを示すアダマンタイト製。

 以上のようになっているとの事。


 なお捕捉として、ヒルデが言うには、Sランク以上の冒険者は国家や地方の領主などが私兵として囲い込もうと、別の意味で引く手数多になるらしく。

 噂では、爵位や土地、更には多額の給金等の条件を提示するとの事。


「最も、Sランク以上になるには、先天的なスキルや運なんかもないと駄目だから、そう簡単になれるものじゃないわ。……でも、ツクモ達なら、直ぐにSランク以上にはなれるんじゃない? なんせ、ドラゴンを簡単に討伐出来ちゃう位だし」


 そう話を締め括ったヒルデに対し、九十九は返事に困り苦笑いを浮かべるのであった。


「所で、ニシキベさん達はクランで行動するのよね?」

「はい、そうです」

「それじゃ、クランの登録も済ませてしまいましょう。リーダーは、ニシキベさんでいいのよね?」

「はい」

「それじゃ、サブリーダーは誰にするか教えてくれる?」


 無事に冒険者としての登録を終えると、今度はクランの登録へと移る。

 どうやらクランの登録には、クランの名前の他、リーダーとサブリーダーの記載が必要なようだ。


 後に変更も可能との事で、ここはとりあえず真鍋大尉にしておこうと九十九が考えていると。

 不意に、その真鍋大尉がサブリーダーを辞退する旨を伝える。


「え? 真鍋大尉、どうして?」

「私は、その肩書は相応しい者が授かるべきと考えています」

「相応しい者?」

「私などよりも長らく冒険者として活動し、知識経験とも豊富な者がいるのをお忘れですか?」


 そう言いながら真鍋大尉が視線で示した先には、ヒルデの姿があった。


「でも、迷惑じゃ──」

「言ったでしょ。勝手が分かるまで、もう少し付き合ってあげるって。それに、一人で活動してるから、ツクモのクランに加入した所で、誰も迷惑なんてしてないわよ?」


 ヒルデの言葉を聞き、暫し頭を悩ませた九十九は、やがて導き出した答えを語り始める。


「分かった。なら、このクランのサブリーダーを任せる」

「分かったわ! 今後ともよろしくね、リーダー」

「うーん、呼び方は、いつも通りでいいかな」


 こうして、クランのサブリーダーはヒルデとなる事が決定された。

 因みに、九十九は気づいていなかったが、ヒルデと真鍋大尉の二人の視線は、これでお互い条件はほぼ同じ、と言わんばかりに静かに火花を散らしていたのであった。


「それじゃ最後に、クランの名前を教えてね」


 そして最後に、クランの名前を問われ。

 九十九は暫く考えると、やがてゆっくりとその名前を口にする。


「ブルドッグ、でお願いします」


 ここに、異色の新生クラン"ブルドッグ"が誕生したのであった。





 こうして無事に冒険者登録とクランの登録を終えた所で、不意に、冒険者達の歓声が沸き起こる。

 振り返ってみると、そこには今し方入って来たと思しき冒険者達が、知り合いと思しき冒険者達の歓迎を受けていた。

 そして、歓迎を受けている冒険者達の顔に、九十九は見覚えがあった。そう、彼らはヒルデと共に救助され、今回の派遣第一陣と共に帰還を果たした冒険者達だ。

 モンスター騒ぎで上陸が遅れていたが、漸くギルドに無事の帰還を伝えるべく足を運んだようだ。


 騒がしくなりそうなのでその前にお暇しようと考えていた矢先。

 不意に、歓迎を受けていた冒険者の一人が九十九達の事に気がつくと、歓迎していた獅子部族の獣人男性に何かを話しながら、九十九達の方を指さす。


 すると、眼鏡をかけて知的な雰囲気を漂わせる獣人男性は、九十九達の方へと歩み寄ると、声をかけてくる。


「始めまして、手前は"ロクザン"。このロマンサの街のギルドのギルドマスターを務めています」

「ご丁寧にありがとうございます。自分は錦辺 九十九と言う者です」


 握手を交わしながら、獅子部族の血故の、恵まれた体型を有するロクザンの立派なたてがみを有した顔を見上げながら、九十九は既視感を感じていた。


「先程彼らからお聞きしました。貴方方、ヤマト皇国と呼ばれる国の方々ですよね」

「はい、そうです」

「この度は、冒険者達を助けていただき。ギルドマスターとして、改めて感謝いたします」

「当然のことをしただけですから……」

「いやいや、ご謙遜を。──ん? 君は、ヒルデじゃないか!? そうか、君も無事だったんだね。そうだ、プリシラにはもう会ったかい?」

「はい、たった今、ツクモ達の冒険者登録のついでに」


 ヒルデの存在に気がつき、彼女の無事も確認できたことに安堵の表情を浮かべていたロクザンであったが。

 ふと、ヒルデの発した言葉に、途端に眼鏡の奥のロクザンの視線が鋭くなる。


「ニシキベさん、そのお話、詳しく窺っても?」


 九十九は、ここで下手に誤魔化すとかえって事態が悪化すると考え、今回の冒険者登録の真相を素直にロクザンに告げた。


「はぁ……。成程、"兄さん"の入れ知恵でしたか」


 そして、九十九から真相を聞いたロクザンは、ため息混じりに気になる言葉を漏らす。


「ロクザンさん、お兄さんと言うのはもしかして……」

「えぇ、何を隠そう、シャーロン伯爵は手前の実の兄です」


 ロクザンがシャーロン伯爵の弟であると知り、九十九は漸く、最初に感じた既視感の正体を知るのであった。


「全く。兄さんは昔から、こういう悪知恵だけはよく働く人でした。しかも、子供の頃はよく手前も巻き込まれて、いい迷惑でしたよ」

「あはは……、それは、ご苦労を」

「とはいえ、まさかまた、巻き込まれるとは思ってもいませんでしたよ」

「あ、ご迷惑をおかけします」

「ま、ニシキベさん達は、手前にとっては家族同然の冒険者達の命の恩人。ですから、迷惑だなんて思ってはいません。手前どもも、出来る限り協力させていただきます」

「ありがとうございます!」


 再び握手を交わす九十九とロクザン。

 その後、残りの冒険者登録等々の予定を話し終えると、ロクザンは九十九にある提案を持ちかける。


「そうだ、ニシキベさん。これから助けていただいた冒険者達の帰還を祝した宴を催そうと思うのですが、よろしければ、参加してはいただけませんか?」

「はい、喜んで」

「それはよかった! では早速。──野郎ども!! 宴だ!!」

「「うぉぉぉぉっ!!!」」


 宴の開催を告げる声と共に、ギルド内の熱気が一気に最高潮に達する。


「ツクモ、覚悟しておいた方がいいわよ。マスターって、ああ見えても物凄い酒豪だから」

「あはは、はは……」


 宴を開催できると胸を躍らせているロクザンの様子に、やっぱりシャーロン伯爵とは兄弟なのだなと感じつつ。

 ヒルデの助言を聞いて、宴に参加した事を、少しばかり後悔し始める九十九であった。



 なお、この宴の席で、参加していた真鍋大尉が新たなる酒豪伝説と共にその名を刻むことになったのはここだけのお話。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


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