第十二話 お邪魔者との戦い
八九式重擲弾筒「ポン! しゅるるる……。じゃまもの、コロス!」
防衛戦への参加が決定した九十九達は、万が一に備えて外交使節団をララ・クローン号・改へと避難させると、独自の行動の許しを得て、早速部隊の展開を始めた。
シャーロン伯爵の館を後にすると、街中を抜けて、街を覆う堅牢な城壁の外側へと出る。
そして、調達した木箱や樽を手際よく並べると、簡易的な防衛陣地を作り上げていく。
「にしても、モンスター相手とは言え、相手は約二個大隊。一個中隊しかいない僕達だけで何処まで戦えますかねぇ」
「そう悲観的になる事もないんじゃない。増援要請もしたしさ」
「ははは! 全くだ。にしても、漸く総司令殿に俺の活躍を見てもらえるぜ!」
迎撃の準備を整えていく第三中隊の隊員達。
その様子を、九十九はヒルデと真鍋大尉の二人と共に眺めていた。
「陣地の構築は間もなく終了します。それと、斥候に向かわせた隊員からの報告では、魔物の群れは約五分後にこの街に接触するとの事です」
「何とか迎撃態勢は間に合いそうだな」
「それから、魔物の群れの詳細も判明しました。群れを構築しているのは第一報通りゴブリンで、武装は剣や弓など。それから、ゴブリンの中には猪のような魔物に騎乗している個体も確認したとの事です」
「それは恐らくボアシシね、ゴブリンの中にはボアシシや馬などの、他の生物を利用する事もあるから。因みに、ボアシシは突進力に秀でたモンスターよ」
「となると、優先してボアシシを排除しないと、陣地を突破される可能性もあるな……」
報告を聞き、少々眉を顰める九十九。
「増援の到着は?」
「十五分後との事です」
「となると、十分は持ちこたえないとならないか。……よし、狙撃班と機関銃分隊には率先してボアシシの排除を。それから、"擲弾筒"分隊には遠慮なく撃ちまくるように伝えてくれ」
「は!」
第一〇一武装偵察部隊はその性質上、陸軍や通常の海兵隊中隊とは異なり、前記のような中隊と比較すると軽装となっている。
その為、火力支援の要の一つである迫撃砲による火力支援を担当する分隊が編成されていない。
だが、その代わりとして、一人でも運用可能な軽迫撃砲、地球で言えばグレネードランチャーに相当する、"八九式重擲弾筒"と呼ばれる迫撃砲よりも機動力に優れた兵器を装備している。
この兵器は、モデルとなった大日本帝国陸軍が開発・運用した同名の兵器同様、専用の50mm砲弾を発射する事が可能で、その砲弾の威力は手榴弾の六倍ほどで、軽迫撃砲の砲弾にも匹敵する程だ。
また迫撃砲とは異なり、発射方法は砲弾を装填後にスプレー缶のような形状をした砲本体の下部の支柱に設けられた引き金を引く事で発射することが出来る。
ただし、迫撃砲の砲弾と異なり、専用の50mm砲弾には弾道安定用の安定翼を持たず。
また砲本体下部の整度器を回す事で射程距離の調節が可能ではあったが、実際の所は発射時の角度で調整され、また迫撃砲のように照準器を備えていない為、照準の方法は目測となり、上記の砲弾と相まって、命中精度に関しては迫撃砲に劣っていた。
最も、今回のように相手が集団で行動している場合なら、目測でも問題は少ないだろう。
ただし、八九式重擲弾筒の最大の利点は、何と言っても迫撃砲の場合は運用に複数人が必要な所、同擲弾筒は一人でも運用できる点だ。
勿論、一人で運用できる分、その場合は七〇キロ近くにもなる道具一式を携帯する事になるのだが、幸い第一〇一武装偵察部隊では射手と弾薬手等、複数人で運用しているようだ。
因みに、地球において八九式重擲弾筒は、地面に据え付ける為の台座が湾曲していた為、同兵器を鹵獲した当時の米軍兵士が調査した際、その部分が太腿にぴったりとフィットした事から腿の上に乗せて発射するものと勘違いし。
実際にそうして発射した所、当然ながら反動で大怪我を追ったという逸話が残っており、この為、同兵器は英語では"ニー・モーター"と呼ばれている。
閑話休題。
九十九の指示を隊員達に伝えるべく、真鍋大尉がその場を離れると、九十九は不意に隣に立つヒルデに声をかけた。
「所でヒルデ、無理に付き合わなくても……」
「あら、別に無理してないわよ。それに、さっきも言ったでしょ、もう少し付き合ってあげるって」
ヒルデの身を案じる九十九に対して、ヒルデは一拍置くと更に言葉を続けた。
「そもそも、ツクモには大事な使命があるんだから、ツクモの方こそ街の中にいた方がいんじゃない?」
「あはは……、それを言われると耳が痛いな」
「それに。私はツクモに命を救われた、だから、今度は私がツクモの事を守らせて頂戴!」
そう言うと、ヒルデは海賊との戦闘で失くした剣に代わり、大和皇国滞在中に真鍋大尉に頼んで手に入れた軍刀を示しながら、九十九に対して力強く訴える。
これに対して九十九は、ヒルデの力強い瞳を目にし、彼女の意志の強さを感じ取ると、彼女の意思を尊重し同行を許可するのであった。
それから五分後。
簡易防衛陣地を構築し、迎撃態勢を整えた第三中隊の前に、地平線上から大地を覆い尽くさんばかりのゴブリンの大群が姿を現す。
凶暴な顔つきを更に引き立たせるように、手にした剣を掲げ雄叫びをあげながら、一目散にロマンサの街を目指して前進を続ける大群。
その姿を目視で確認した第三中隊の面々は、一瞬その数に圧倒され息を呑むも、直ぐに表情を引き締め直す。
「我々の後ろには、アリガ王国の王子と王女を含め、無辜の市民が暮らす街がある! 人々の営みが作り出した情景を、下劣な魔物どもに蹂躙されぬよう、我々は一歩も引かず、この場を死守する!」
九十九の言葉に、第三中隊の士気は高揚する。
そして遂に、真鍋大尉の合図と共に、戦闘の火蓋が切られた。
「撃てぇ!」
刹那、合図と共に、ブ式7.7mm重機関銃 M1919や二式騎銃 M2等、隊員達が構えていた銃器が次々に火を噴き、ゴブリンの大群目掛けて弾丸の雨をお見舞いする。
大群の先頭を進んでいたゴブリン達は、街の城壁の前から多数の閃光が現れる光景を目撃し、それが、彼らの見た最後の光景となった。
一体何をされたのかと理解する間もなく、弾丸の雨がゴブリン達の頭を、胴や手足を貫き、周囲に鮮血をまき散らす。
更に、最前列で巻き起こっている出来事を他人事だと認識していた、中列辺りを進んでいたゴブリン達に、上空から死を告げる贈り物が届けられる。
妙な音が周囲に鳴り響いたと認識した、刹那、突如大きな炸裂音と共に、列の各所で爆発が生じ、周囲のゴブリン達を巻き込んでいく。
これには中列辺りを進んでいたゴブリン達も浮足立つ。なお、この攻撃の正体こそ、八九式重擲弾筒による攻撃である。
それまで経験した事のない苛烈な攻撃に、怖気づく個体も現れる中。
猪に酷似した外見を有するモンスター、ボアシシに騎乗した個体達が、ボアシシの突進力を生かし、大群の中を駆け抜け第三中隊への接近を試みる。
が、しかし。
突如騎乗していたボアシシがつんのめると、その勢いに飲まれ、騎乗していたゴブリンは前方へと放り出され、程なく大地に激突する。
しかも、この現象はこの個体のみならず、同様にボアシシに騎乗していたゴブリン達も、突如ボアシシが倒れ、落下を余儀なくされていく。
その下手人こそ、冷徹な精密機械と化した狙撃班の狙撃手達であった。
彼らはボアシシの前足を撃ち抜き、次々とボアシシを行動不能にしていく。
とはいえ、ボアシシの数は、流石に狙撃班のみで対処できるものではなかった。
そこで、そんな狙撃班と共にボアシシの足を止めたのが、機関銃分隊のブ式7.7mm重機関銃 M1919から放たれる7.7mm弾の嵐であった。
避ける事もなく正面から7.7mm弾の嵐を受けたボアシシ、及び騎乗したゴブリン達は、その血肉をまき散らすと、無残な骸を大地に横たえさせる。
中には、臆するどころか勇猛果敢に突撃したものの、それは勇気ではなく蛮勇であった。
しかし、執念が突き動かしたのか、既にこと切れているにも関わらず、簡易防衛陣地の十数メートル手前まで迫った骸は、程なく力及ばず無念と、力尽きたように大地に没した。
この様に緒戦は圧倒的優勢であった第三中隊であったが、それも時が経つにつれ徐々に陰りが見え始める。
倒せど倒せど、全く減る気配を見せない数の暴力を生かし、歩みを止めないゴブリンの大群は、仲間の骸を踏み越えながら徐々に距離を詰め。やがて、防衛陣地として利用していた木箱や樽に、ゴブリン側から放たれた矢が突き刺さり、投石が叩き始める。
「っ!?」
「軍曹!?」
「大丈夫ですよ中隊長殿! こんなの屁の河童です!」
そして、飛来した矢が石坂軍曹の肩を貫き、石坂軍曹は一瞬表情を歪める。
だが、心配する真鍋大尉に問題ないと告げると、再び手にしたブ式7.7mm重機関銃六型を撃ち始める。
その他にも、陣地の各所で降り注ぐ矢や投石を受け負傷する隊員達が現れ始める。
「錦辺総司令! 徐々に魔物の勢いに押されつつあります!」
「く、増援の到着は!?」
「もう間もなくの筈ですが……」
自身も予備の二式騎銃 M2を受け取り戦闘に参加していた九十九は、報告を聞き焦りの表所を滲ませ始める。
思っていたよりもゴブリン側の勢いが強く、また敗走を始める気配も感じられない。
このままでは流石に、と悪い予感が頭を過った刹那。
「群れの中に新種の魔物を確認!」
「何だと!?」
隊員の報告に、九十九は群れの奥へと視線を向ける。
するとそこには、ゴブリンやボアシシとも異なる、全高三メートル程はあろう、人の形をした動く大木。
そう称するに相応しい外見をしたモンスターが、群れの中を突き進んでいた。
「あれは!? アーブル・ゴーレム! 不味いはツクモ、あれはゴブリンやボアシシのような下級よりも強力な中級の、その中でも上位に区別されているモンスターよ!」
「くそ! 擲弾筒分隊はあの新種を優先して攻撃!」
ヒルデの解説を聞き、九十九は悪態を吐くと、直ちに擲弾筒分隊に対処を命じる。
だが、見た目に反してなかなかの足を速さを誇るアーブル・ゴーレムに専用の50mm砲弾を直撃させるのは難しく。
ブ式7.7mm重機関銃 M1919で弾幕を張り、足止めしている間に漸く直撃させる事に成功したものの、その間にも他のアーブル・ゴーレムやゴブリン達が次々と迫ってくる。
「危ない!」
「っ!?」
と、そんな弾幕の隙を突き一気に近づいたのか、一体のゴブリンが、手にした剣の錆にせんと九十九に飛び掛かる。
が、そんな九十九とゴブリンの間に人影が割って入ると、人影は手にした軍刀でゴブリンの頭と胴体を一刀両断にする。
「大丈夫!? ツクモ!」
「あ、あぁ。助かったよ、ヒルデ」
人影の正体は、誰であろうヒルデであった。
刀身に付着したゴブリンの血を振り払うヒルデに感謝の言葉を述べると、九十九は改めて状況を確認する。
まだ善戦してはいるが、緒戦よりも彼我の距離は縮まり、このままでは勢いに飲み込まれる。
そんな最悪の展開が九十九の頭を過った、その時。
突如砲撃音が響き渡ると、横合いから受けたのか、突如アーブル・ゴーレムが爆発の中に消える。
一体何が起こったのかと思った矢先、隊員の一人が何かに気付いたように声をあげた。
「援軍です!」
声に反応するように、北東の方へと視線を向けると、そこには土埃を巻き上げながらモンスターの大群に接近する鋼鉄の軍馬。
第一海兵師団第一水陸両用戦車大隊所属の六輌の特三式内火艇が、ディーゼルエンジン音を響かせながら、急制動と共に主砲の47mm戦車砲を発砲する。
フロートを切り離す時間が惜しかったのか、フロートを装着したままの六輌の特三式内火艇は、見た事もない奇妙な形状をした特三式内火艇の登場に浮足立つモンスターの大群を蹂躙すべく、前進を続ける。
また、そんな六輌の特三式内火艇に続いて姿を現したのが、第一海兵師団第三装甲水陸両用車大隊所属の三式水陸両用装軌車の数々と。
更に同車に搭乗した、第一海兵師団第七海兵連隊の海兵達であった。
「いくぞ!! 行け、行け、行け!!」
簡易防衛陣地とモンスターの大群との間に割り込んだ十数輌の三式水陸両用装軌車は、壁を形成するように展開すると、搭載しているブ式7.7mm重機関銃 M1919。
或いは、ブ式12.7mm重機関銃 M2と呼ばれる、ブローニングM2重機関銃をモデルとする、大和皇国四軍において採用され使用している重機関銃を使用し弾幕を張りながら、その隙に海兵達を降車させていく。
二種の機関銃による重低音の音色に混じり、徒歩戦闘を始めた海兵達の九九式短小銃改等の銃火器による音色も混じり、更には47mm戦車砲もそこに混ざり。
一帯は、まさに大和皇国海兵隊による蹂躙という題名の交響曲が演奏され始めていた。
「ご無事でしたか! 錦辺総司令!」
「安川大尉」
そんな戦闘を他所に、漸く現れた増援の到着に、戦闘の手を止めていた第三中隊のもとに、数人の海兵が近づいてくる。
その先頭を歩いていたのは、第七海兵連隊第二中隊の中隊長、安川大尉であった。
「あぁ、自分はなんとか、ただ……」
「分かっています。おい、衛生兵!! 急げ!」
安川大尉の声に、直ちに十字架の描かれた腕章をつけた衛生兵達が、負傷した第三中隊の隊員達の応急処置に取り掛かる。
「え! お、おい。矢を抜く時は言ってくれ──んぎゃ!」
「軍曹、さっきの威勢はどうしたんです?」
「さっきのはアレだ、所謂戦闘中毒って状態だったからで……」
「なーんだ」
応急処置を受ける石坂軍曹とそれを見守る藤沢伍長のやり取りなど。
第三中隊の隊員達が漸く一息つく中、九十九は安川大尉と話を続ける。
「安川大尉、増援は君達だけか?」
「いえ、後続として更に第一戦車大隊から"五式重戦車"が三輌と、第七海兵連隊の残りの部隊が到着します」
「そうか……」
どうやら、増援として現れた先の部隊は先遣隊の様で、更にこの後、本隊となる部隊が到着するとの事。
先遣隊だけでも、既にモンスターの大群相手に過剰とも言える戦力なのに、更に本隊には、今回の派遣に際して海兵隊に優先して配備されたばかりの重戦車まで含まれ。
九十九は、勝利が揺るぎないものとなった安心感を感じるとともに、モンスターに対し、少しばかり同情を感じるのであった。
「所で、本隊の指揮は誰が?」
「は! 指揮は第一海兵師団の副師団長である古高 佑治大佐が執っております」
「分かった」
本体を指揮する古高大佐の到着を待って、この場の後処理を任せようと考えた九十九。
それまで、暫く腰を下ろして、戦闘ですり減らした神経を回復させようとした、その時であった。
「東の上空より、大型の飛行生物接近!」
「何だあれは!?」
「飛竜か?」
「いや、それにしてはデカいぞ」
不意に誰かが告げた知らせに、周囲の海兵達が上空を見つめると、各々感想を零し始める。
九十九もまた、東の上空よりその一対の翼を羽ばたかせ接近してくるそれを見つけると、その行方を目で追った。
東の上空より現れたそれは、やがて増援の海兵達が築き上げたモンスターの骸が広がる戦場の只中に降り立つと、自らの存在を示すかの如く咆哮をあげた。
「あ、あれは……」
「嘘! まさか戦闘の臭いに誘われて!? ツクモ! 不味いわ! あれは、あれは……」
同じくそれの姿を目にしたヒルデが、九十九に慌てて説明を行おうとしたが、それは不要であった。
何故なら、九十九は既にそれの正体を知っていたからだ。
巨大な体に赤く輝く鱗を纏い、その巨体を飛翔させるための巨大な一対の翼を持ち、巨体に釣り合う立派な尻尾に、四本の足には鋭く尖った爪が生えている。
そして、その凛々しくも凶暴な顔には、王者の貫禄漂う立派な角が生えている。
それはまさに、生態ピラミッドの頂点に君臨する王者。
その名を、"ドラゴン"。
「っ! 攻撃用意!!」
そして、ドラゴンの琥珀色に輝く目と目が合った瞬間、ふと我に返った九十九は、自らの本能に従い声を張り上げた。
すると、その声に我に返ったのか、ドラゴンの登場に一時動きを止めていた海兵達が、再び動きを取り戻し始める。
「撃てぇ!!」
次の瞬間、再びドラゴンが咆哮をあげると、直後の号令と共に、新たなる戦闘の火蓋が切られるのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。
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