第十一話 会談は踊る、されど進まず
アポロ王子の案内のもと、港からシャーロン伯爵の館へと足を運んだ九十九達は、先ず庭に案内された。
そこで、歓迎と感謝の気持ちが込められた、急ながらも用意された料理による、もてなしを受ける事となった。
「本来ならば、妹の命の恩人である貴方方には、豪勢なもてなしで感謝の気持ちを示したのだが。何分、今回は急という事もあり、いささか質素になってしまった事をご了承していただきたい」
「アポロ王子殿下。そのお気持ちだけでも、大変悼み入るものでございます」
「そう言ってくれるとは、有難い。……では、乾杯といこう! 乾杯!」
「「乾杯!!」」
庭に用意された長テーブルに、そこに置かれた皿に盛られた料理の数々。
肉や魚、更にはパンやゴッフルと呼ばれる小麦の焼き菓子等。多種多様な食材を使った大変贅沢な料理の数々が並び。
更には上質なワインやジュースなども用意され、参加した面々は、その料理の味に暫し舌鼓を打ち、楽しい会話に興じる。
「ヒルデ、このパテに使われている肉って?」
「それは"ボアシシ"と言う名のモンスターの肉で、ボアシシは王国内でも広く生息している、比較的よく見かけるモンスターの一種よ」
「ボアシシ、名前からして猪のような生物だろうけど。……成程、大陸側には大和列島には見られない生物も数多くいるんだな」
そんな中、九十九はヒルデから、アリガ王国に関する知見を広めるべく、説明を受けながら料理に舌鼓を打っていた。
そして、一通り各料理に材料として使われているモンスターの説明を聞き終えた所で、不意にヒルデが質問を投げかける。
「所で、よかったの? 折角アポロ殿下と話せる機会だって言うのに、私の講義を聞いていて」
「うん。……折角ペルル王女殿下と久々の再会を果たしたから、積もる話もあるだろうし、それを自分が邪魔するのは悪いと思って。ね」
ふと、もてなし会場となった庭の一角に視線を向けると、そこには肩を寄せ合い楽しそうに会話している、アポロ王子とペルル王女の姿があった。
「それに、また話せる機会はやってくるさ」
「そう。……なら、私ももう少し付き合ってあげるわ」
「え? でもヒルデには、ヒルデの都合があるんじゃ……」
「ツクモはまだこっちの事、あまり勝手が分かってないでしょ。だから、暫くは私が付き合ってあげて、色々と助けてあげるわ。それに、私は冒険者として一人で活動しているから、全然問題なんてないわよ」
「そっか、なら、もう少しだけよろしく、ヒルデ」
「えぇ、任せて」
こうして楽しい一時は、あっという間に終わりを告げ。
もてなしが終わると、護衛の者達を除き、一行は館の応接室へと移動する。
そこで、会談の場が設けられる事となった。
「さて、先ずは妹を、それに調査船団の者達を助けてくれた事、改めて感謝申し上げる」
会談は、先ず互いの自己紹介や挨拶が終わった後、アポロ王子の感謝の言葉が続いた。
感謝の言葉と共に深々と頭を下げるアポロ王子、その様子に、後ろに控えていたフレグル外務大臣とシャーロン伯爵、それに対面に座る九十九も一瞬困惑するも、事を荒立てる事もなく、冷静に受け止める。
「困っている人を助けるのは当たり前の事ですので」
「おぉ……。ニシキベ殿、貴方は俺と然程年も変わらないと見受けたが、既に軍を指揮する身でありながら、それでいて誠実であり実に素晴らしい!」
と、アポロ王子は短いながらも接した九十九の人となりを評価すると、更に言葉を続ける。
「そこで、どうだろうか? 是非君に、妹、ペルルを妻として迎えてはもらえないだろうか!?」
「な!? あ、アポロお兄様!? 何を仰いますの!?」
「君も知っての通り、ペルルは昔から落ち着きがなくお転婆でね、だから嫁の貰い手もなかなか現れなくて。だから、君のような包容力と落ち着きのある男なら、きっとペルルとも釣り合うと思うのだが、どうだろう!?」
「アポロお兄様! そんな急な申し出、ニシキベ様もご迷惑ですわ!!」
突然のアポロ王子の申し出に、目が点になる九十九。
一方、アポロ王子の隣に座っていたペルル王女は、顔を真っ赤にしながら兄であるアポロ王子の申し出に異議を唱える。
ただ、その表情は、本心では賛同しているかのようにほころんでいた。
因みに、この会談の席には同席していなかったが、ヒルデと真鍋大尉がこの場に居合わせていたのならば、揃って大声を上げていた事は想像に難しくない。
「あ、あの、大変有難い申し出だとは思うのですが、ペルル王女殿下のお気持ちもありますので、軽々にお答えは……」
「そうか。では、一応、頭の隅にでも置いておいてくれ」
「分かりました」
程なく、何とか我に返った九十九がやんわりと断りを入れて、この一件は一旦終わりとなった。
「よし、では場も温まった所で、早速本題に移るとするか」
「もう! 何処が温まっているんですの!」
「ははは、そう言うペルルの顔は、もう真っ赤じゃないか」
「んもう!!」
「あはは……」
これが王族流のジョークなのか、と少々理解に苦しみながら、九十九は苦笑いを浮かべるのであった。
こうして、アポロ王子曰く場の空気が程よく和んだ所で、会談は本題へと移る。
「では改めまして。自分達は、大和皇国と呼ばれる国家に属する者です」
「ヤマト皇国? はて、聞いた事のない国名ですな」
「それに関しては、事前に資料をお作りしましたので、一度そちらに目を通していただければ幸いかと」
刹那、九十九の後ろに控えていた外交使節団の外交官が鞄から複数の書類を取り出すと、それをアポロ王子、フレグル外務大臣にシャーロン伯爵の三人に配布する。
因みに、アリガ王国を始めとして、異世界の言語と大和皇国の言語に関しては、理由は不明ながら会話のみならず読み書きに関しても問題ないことは、ヒルデ達との交流で確認済みである。
その為、特に読めないという問題もなく、資料を受け取り、暫し資料に記載された文章に目を通していく三人。
やがて、一通り目を通し終え、最初に声をあげたのはフレグル外務大臣であった。
「馬鹿な!? あの霧の向う側に存在していた国家ですと!? それも魔法や魔石に頼る事のない文明で成り立つ国家など、これは誠ですか!?」
長年謎に包まれていた霧の向こう側に、自分達の想像もし得なかった文明を持つ国家が存在していたと知り、驚愕の色を浮かべるフレグル外務大臣。
「はい、本当です」
「にしても、今一ピンと来ませんね。魔法や魔石に頼らない生活って言うのは」
「あら、わたくしは二か月間、その生活を体験させていただきましたけど、初めは戸惑う事もありましたけれども、慣れると便利で素晴らしい生活でしたわ」
シャーロン伯爵の言葉に、ペルル王女は自身の体験した感想を交えて、大和皇国の生活の素晴らしさを語る。
一方、資料に目を通し終えた後、一言も語る事無く何かを考えている様子のアポロ王子。
そんなアポロ王子の様子に気がついた九十九は、彼にとある提案を持ちかける。
「もしよろしければ、我が国の文明の一端をご覧にいれたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
すると、アポロ王子は九十九の顔を暫し見つめると、やがて、ゆっくりと口を開き始める。
「分かった。では、その文明の一端、我々に見せてもらおう」
「では、シャーロン伯爵、申し訳ありませんが、お庭をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「庭? あぁ、構わないが」
「では、お庭の方へ参りましょう」
こうして一同は、一旦応接室を後にし、護衛の者達と合流すると、再び庭へと足を運んだ。
既にもてなしの後片付けも終わり、広々とした庭に、九十九の要望に従って、使用人たちの手により剣や弓の練習の際に使用する木人が数体、運ばれる。
「それでは、我が国の文明の一端をご覧いただきたいと思います」
用意された椅子に腰を下ろすアポロ王子に対し一礼をした九十九は、自らの腰に取り付けてあるホルスターから、愛用の11.4mm自動拳銃 M1911を取り出すと、アポロ王子に示し始める。
「こちらは、大和皇国軍において現在使用されている拳銃の一種で、名を11.4mm自動拳銃 M1911と言います」
「おいおい、そのちいせぇのが拳銃だって言うのか!?」
九十九の説明に先ず反応を示したのは、シャーロン伯爵であった。
「はい。ただし、軍内ではこれでも"大型"拳銃という認識で、更に小型の拳銃も存在しています」
「な!? それでも大型だって!」
更に続いた九十九の説明に、シャーロン伯爵は驚嘆の声をあげる。
何故かと言えば、この異世界において実用化され現在使用されている拳銃は、その全長が平均して約360mm。
一方、11.4mm自動拳銃 M1911の全長は216mmと、約三分の二程の大きさしかない。
しかも、大和皇国側はそれ程の大きさのものでも大型という認識にさせる程、更に小型の拳銃を既に実用化している。との事を容易に想像できる、さらりと告げられたその事実に、シャーロン伯爵は大和皇国の技術力の高さの片鱗を垣間見るのであった。
「しかし。そんなに小型の拳銃、果たしてどの程度使いものになりますやら」
「では、実際に使用して、その性能をお見せしたいと思います」
だが、11.4mm自動拳銃 M1911を目にし、その性能に疑問を呈したのは、誰であろうフレグル外務大臣であった。
確かに見た目の大きさは、彼自身も知るものよりも小型ではあったが、だからと言ってそれだけで技術力が高いと判断するのは早計。
と言わんばかりの、怪訝な目を見せるフレグル外務大臣。
そんなフレグル外務大臣の視線を受けながら、九十九は慣れた手つきで射撃準備を整え、用意していただいた木人に向けて11.4mm自動拳銃 M1911を構えると、合図と共に引き金を引いた。
刹那、庭に銃声が響き渡る。
だが一発だけでは納得しないと判断したのか、九十九は続けざまに引き金を引き、更に断続的に銃声が響き渡る。
そして、合計八回もの銃声が鳴り響いた所で、庭に再び静寂が舞い戻る。
「いかがだったでしょうか?」
空になったマガジンを交換し、安全装置をかけ直しながら、九十九は呆然とした様子の三人、特にフレグル外務大臣に対して実際にご覧いただいた感想を尋ねる。
すると、九十九の声に我に返ったのか、フレグル外務大臣は慌てた様子で的になった木人に近づくと、木人の弾痕を確認し、その集弾率、即ち命中精度を確かめ。
更に驚嘆の声をあげた。
「ば、馬鹿な!? 連続して撃てる上にこの命中精度とは!? ……ニシキベ殿! そなたまさか、魔法を!?」
「いえ、これは魔法ではありません。資料にも記載されていました通り、我々は魔法を使う事は出来ません。ですから、これは我が国の技術の成果の一端に他ありません」
この異世界で現在流通し、使用されている銃器がフリントロック式と呼ばれる火点方式を採用し、連射に難がある事は以前もお話しした通り。
加えて、異世界の銃器には、大和皇国の銃器のようにライフリングと呼ばれる、銃身内部に施される螺旋状の溝がない為、弾丸が安定する事がなく。
また、使用する弾丸も、大和皇国で使用されている椎形をしたものではなく、球形をしている。なお、これは大砲等の弾丸も同様である。
その為、発射後に空気抵抗の影響を大きく受け、弾道が不安定となる事が多く。また、製造される弾丸の形状も、大和皇国のように厳格な規格や生産ライン等が設けられていない為、バラツキが多く、それもまた不安定な弾道を生み出す原因となり、ひいては命中精度の低下を招いた。
故に、長距離への狙撃などに関しては、熟練の弓兵や魔法を用いて補正する、という運用が一般的であった。
ただし、命中精度を度外視すれば、銃器は弓と異なりある程度非力な者でも簡単に扱え、その威力も弓と遜色ない物。
その為、訓練期間が弓に比べ短い為、戦力化が容易という利点があり。
故に軍などでは、その利点を利用して多くの銃士を用立て、戦列歩兵と呼ばれる、命中精度の悪さを数で補う運用形態を用いて運用していた。
つまり銃器とは、まだまだ数で補わなければ一級の戦力に足り得ないもの、というのがフレグル外務大臣を始めとしてこの異世界で生きる者達の常識であった。
所が、九十九が披露してみせた大和皇国の銃器は、そんな常識を覆す性能を有していた。
「し、信じられん。これ程のものを、魔法を用いずに作り出したというのか……」
「な、なぁニシキベ殿、まさかそれで終わりじゃねぇよな! そこにいる護衛の者達も、色々と気になる銃を持ってるみてぇだし」
あまりの衝撃に、信じ難いと言った様子のフレグル外務大臣を他所に、俄然興味を示したシャーロン伯爵。
そんな彼の期待に応え、九十九は石坂軍曹を呼び寄せると、石坂軍曹の装備しているブ式7.7mm重機関銃六型の説明を始めた。
「こちらはブ式7.7mm重機関銃六型と呼ばれる名前の、機関銃という銃器の一種です」
「キカンジュウ? なんだそりゃ?」
「平たく言えば、引き金を引き続ける限り、連続して自動的に発射する事の出来る銃器です。因みにブ式7.7mm重機関銃六型は、毎分六百発もの弾丸を発射する事が可能となっています」
「ろ、六百ぅ!?」
想像もつかない発射速度に、開いた口が塞がらなくなるシャーロン伯爵。
そんなシャーロン伯爵を他所に、九十九はその性能をご覧いただくべく、石坂軍曹に指示を飛ばす。
程なく、準備が整うと、いよいよ実射が開始される。
「少し大きな音がしますので、出来れば耳を塞いでいてください」
九十九の言う通り、三人が耳を塞ぐと。
刹那、石坂軍曹がどっしりと構えたブ式7.7mm重機関銃六型が火を噴き始める。
石坂軍曹が背中に背負っている弾薬箱から、ベルトリンクを使ってブ式7.7mm重機関銃六型へと供給される7.7mm弾が、次々と銃口から発射され、的となった木人に雨の如く降り注ぐ。
重低音な銃声が暫し響き渡り、やがて庭に静寂が舞い戻ると、的となった木人は、もはや原型を留めぬ、見るも無残な姿へと変わり果てていた。
「いかがだったでしょうか?」
ブ式7.7mm重機関銃六型の実射の様子を尋ねると、もはや言葉も出ない程の衝撃だったらしく、三人とも一様に目を点にしていた。
それから暫くして、漸く三人が我に返った所で、それまで黙っていたアポロ王子がゆっくりと話し始める。
「ニシキベ殿、その、ヤマト皇国には、今し方見せてもらった物以外にも、我々の想像もしえない兵器や道具の数々が存在している、のか?」
「はい。他にも鋼鉄の船や空を飛ぶ機械なども御座います」
「空を飛ぶ? それはつまり、飛竜をベースとした生体兵器という事か?」
「いえ、生き物などは一切使っていない、完全な飛行機械です」
「成程。……どうやらヤマト皇国という君達の国は、俺達では想像も及ばない程、まさに別世界のような国の様だ」
こうしてお披露目が終わると、再び応接室に戻り、会談の続きを行う筈であった。
所が、庭を後にしようとした刹那、不意に鐘の音が聞こえてくる。
「この音は?」
「いかん、こいつは不味いぞ!」
鐘の音が意味するものが分からず疑問符を浮かべる九十九達。
一方、シャーロン伯爵は鐘の音を聞くや、険しい表情を浮かべ始める。
「王子! 急いでペルル王女と大臣と共に館の地下の避難所に避難を!」
そして、シャーロン伯爵がアポロ王子とペルル王女、それにフレグル外務大臣を館の地下の避難所へと避難するようにと促す様子を目にし、九十九はヒルデにこの鐘の正体を尋ねる。
「この鐘はモンスターの接近を知らせるものよ!」
「っ! 何だって!」
と、そこに、館の使用人の一人が慌てた様子でシャーロン伯爵のもとへと駆け寄ってくる。
「は、伯爵様! 東の方角から、この街に向かって、モンスターの大群が!」
「種類と数は!?」
「ゴブリンが推定で千とも二千とも、兎に角大量に……」
「く! 急いでギルドに連絡を入れろ! それから、集められるだけ兵を集めろ、早く!」
「は、はい!」
シャーロン伯爵が使用人に号令を飛ばし終えたのを見計らい、九十九はシャーロン伯爵に声をかける。
「シャーロン伯爵」
「ん? 何か?」
「自分達も防衛戦に参加させてください!」
「え? しかし……」
「ご安心ください、ゴブリンとの戦闘は既に経験しています。それに、先程もご覧いただいた通り、強力な銃器も保有していますので」
「だが数が」
「それもご安心ください。沖合に停泊して待機している友軍に、直ちに増援の為の連絡を取りますので。真鍋大尉!」
「は! 直ちに!」
刹那、真鍋大尉は無線機を背負った隊員に、沖合に停泊している艦隊に、直ちに増援要請の連絡を入れるよう指示する。
すると無線通信を担当する隊員は、無線機の受話器を片手に、艦隊に増援要請を入れた。
「シャーロン伯爵」
「王子? 何か?」
「ニシキベ殿達もこう言っているんだ、彼らを防衛戦に参加させてやってくれ」
「王子がそうおっしゃるのならば」
こうして、アポロ王子の推薦もあり、九十九達はロマンサの街の防衛線に参加する運びとなった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
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