第十話 ファーストコンタクト
派遣第一陣は大和列島を出発。
出発後は、以前は海賊の根城であったが、無力化作戦による制圧後、現在では、通信用の中継設備や監視用の施設、更には水上機用の基地などが建設され、活動拠点として整備された島々に寄港しつつ。
安全が確保された島々の点在する海を進んでいく。
こうして、一週間ほどの航海の後、アリガ王国はロマンサの街の沖合に到着するのであった。
一方その頃。
沖合に見た事のない、大小さまざまな鋼鉄の船からなる大艦隊が出現した、とは未だ気づいていないロマンサの街は、相変わらず人々の活気と笑顔に満ち溢れていた。
だが、そんな街の一角にある巨大な石造りの館、ロマンサの街を統治する領主の館では、とある人物が笑顔どころか苛立った様子を示していた。
「もう既に帰還の予定日を三週間も過ぎているのだぞ! これは最早、何かあったとしか考えられん!」
「ですがアポロ王子! だからと言って、何も王子自ら捜索隊を指揮する等と……」
「大事な家族の一員である妹の身を案じて何が悪い! 爺! 妹が命の危機に瀕しているかもしれないのに、王城で座して待つことなどできるものか!」
「ですから、そのお気持ちは私奴もよく分かりますが。しかしアポロ王子、今やアポロ王子は病の床に伏せられておられるお父上様に成り代わってこのアリガ王国の政務を受け持つ身、もし捜索の途中で王子の身にも何かあればそれこそ国の一大事で……」
領主の館の二階に設けられた客室で、煌びやかな衣服を身に纏い、精悍な顔立ちにそれを引き立てる金髪と高身長を備えたとある人物。
誰であろう、ペルル王女の兄にしてアリガ王国の王子であるアポロ・スチュートその人である。
そのアポロ王子を説得せんとする、爺と呼ばれた人物。
恰幅の良い体型に同じく煌びやかな衣服を身に纏い、立派な髭を蓄えた老年のドワーフの男性。長らくアリガ王国に仕え、王族の方々の信頼も厚い、現在は外務大臣を務める、フレグル外務大臣である。
そんなフレグル外務大臣の制止の言葉を、アポロ王子は再び跳ね除けた。
「えぇい、俺は何と言われようと、妹を助けるために捜索隊を指揮するぞ!」
因みに、現在ロマンサの港には、一向に帰還する気配のない調査船団の捜索を行うべく、アポロ王子が極秘裏に用意させた調査隊の為の調査船として帆船フリゲートが一隻、停泊しており。
後はアポロ王子の出発命令を待つのみであった。
そんなアポロ王子の極秘の行動を寸での所で察したフレグル外務大臣は、出港前にアポロ王子の行動を止めるべく、こうしてロマンサの街にやって来たのであった。
「こ、この時期は海賊の活動が活発になると聞いております! ならば、せめて、せめて護衛としてガリオットの追加を!」
「その準備を待っていたら、助けられたものも助けられなくなるかもしれん!」
「だからと言って、単艦では危険です!」
「えぇい、放せ爺!」
「は、伯爵! 貴方からも、アポロ王子の説得を!」
と、今にももみ合いを起こしそうなフレグル外務大臣ら二人を、立派なたてがみを持った獅子部族の血を引く獣人の男性が椅子に座って静観していた。
この館の主にしてロマンサの街を含めた一帯を統治する領主、伯爵の爵位を有するシャーロン伯爵その人である。
助けを求められたシャーロン伯爵は、手にしていたカップに残った紅茶を飲み干すと、ゆっくりと語り始める。
「フレグル大臣、ここは一旦、本人の気の済むようにやらせてみてはどうです?」
「なな! 何を仰るんです! 伯爵!?」
だが、シャーロン伯爵の口から出てきたのは、説得どころかアポロ王子を後押しする言葉であった。
「王子だって、それなりの覚悟を決めて言ってるんだ。だったら、本人の覚悟に報いるのが俺達の大人の役目ってもんだろ」
「あのですね! それはごく一般的な話であって、アポロ王子はこのアリガ王国の次期王となられるお方! いえ、最早今のアリガ王国を背負っているお方なのですよ! 万が一にも何かあれば、それは即ちアリガ王国国家存亡の一大事、その際、伯爵はどう責任を取るおつもりですか!?」
「あー、そりゃ、あれだ。……あ、あぁ! そ、そういえば最近は、何故だか知らんが海賊どもをとんと見なくなったって、噂話も聞くから。案外、安全かもしれねぇ」
分が悪そうになり、途端に分かり易く話題を逸らしたシャーロン伯爵の様子に、フレグル外務大臣はため息を吐く。
そんな二人の様子を見守っていたアポロ王子は、再び口火を切る。
「兎に角爺、俺は何と言われようとも、妹を助ける為にも捜索隊と共に出発するぞ!」
「ですからなりませぬ! それに、もしかすれば、ただ調査が長引いているだけとも限りませんし」
「それにしては予定日を三週間も過ぎているんだぞ! 長引いていると言っても限度があろう!」
「そ、それは……」
「いいじゃねぇか、行かせてやろうぜ」
「もう伯爵は黙っていてくだされ!」
こうして、一向に終着点が見えぬ言い争いが続いていたが。
不意に、客室の扉がノックされ、館の使用人が入室すると、足早にシャーロン伯爵のもとへと駆け寄り、何かを耳打ちで伝える。
「何? 分った」
そして、使用人が退室すると、シャーロン伯爵は何事かと静観していた二人に、今し方使用人が伝えてきた事の内容を語り始める。
「王子、どうやら、捜索隊は派遣せずともよいみたいですよ」
「何? それはどういう事だ?」
「たった今、港に入港しようと近づいてくるララ・クローン号の姿を確認したとの事です」
「何! 本当か!?」
「はい。ですが護衛のガリオットの姿は確認できず……」
「分かった。兎に角、港に向かうぞ!」
「あぁ、アポロ王子、お待ちを!」
話を聞き、一刻も早くペルル王女の姿をその目で確かめたいアポロ王子は、港に向かうべく足早に客室を後にする。
そんなアポロ王子の後を追いかけるように、フレグル外務大臣とシャーロン伯爵の二人も、客室を後に、一路港へ向けて足を動かすのであった。
今日も数多くの帆船が停泊し、港に荷揚げされた木箱や樽、更に久々の上陸を楽しむ、或いはこれから航海に臨む船員たちで溢れるロマンサの港。
その一角に、アポロ王子、フレグル外務大臣、それにシャーロン伯爵と護衛の者達の姿があった。
「おぉ、あれは紛れもなくララ・クローン号!」
アポロ王子は、覗き込んだ望遠鏡に映る一隻の船。
広がる大海原の水平線から、白波を立て、真っ直ぐロマンサの港を目指すララ・クローン号・改を確認し、安堵の表情を浮かべる。
「確かにララ・クローン号ですが……、はて、何やら塗装が塗り直されているような。それに、あの煙突のようなものはなんでしょうか?」
「まぁ細かいことはいいじゃねぇか、兎に角ララ・クローン号は無事だったみたいだしよ」
なお、ララ・クローン号・改以外の、第一陣として同行していた筈の艦隊は、陸からは確認できない沖合に停泊している。
これは、見慣れない大和皇国製の船では不用意にアリガ王国側の警戒心を刺激してしまうので、ララ・クローン号・改を先行させて自分達は安全だと思わせる為だ。
しかし、そんな大和皇国側の思惑など知る由もない三人は、ララ・クローン号・改が無事に戻って来た事を喜ぶのであった。
やがて、ララ・クローン号・改はロマンサの港へと入港を果たすと、タラップがかけられ、数人の人影が港へと降り立つ。
その内の一人の姿を確認したアポロ王子は、堪らず降り立った人影の方へと駆けていく。
「ペルル! よかった、無事だったんだね!」
「っ!? え、アポロお兄様!?」
そして、ペルル王女を抱きしめ、彼女の無事を噛みしめるアポロ王子。
一方、まさかアポロ王子がロマンサの街にいるとは露程も思わなかったペルル王女は、アポロ王子の登場に暫し呆然としたが。
程なく、我に返ると、何故ロマンサの街にいるのかを尋ねる。
「アポロお兄様、どうしてこちらに?」
「どうしてって、そんなの決まってるじゃないか。ペルルが、調査船団が帰還の予定日を三週間も過ぎているのに、一向に戻ってこないから、心配で心配で」
「まぁ、そうでしたの。ご心配おかけして、申し訳ありません」
「いや、でも良かった、ペルルが無事で」
こうして感動の再会を一頻味わったアポロ王子は、ふと近くに佇んでいる者達の内、見慣れた人物がいる事に気がつく。
「ん? 君は確か……。そうだ、ヒルデ・ヴァルミオンじゃないか! そうか、調査隊の護衛に冒険者を募ったと聞いていたが、君もいたのか」
「お久しぶりです、アポロ殿下」
「よい、面を上げよ。お互い知らぬ仲ではないのだから」
「かしこまりました」
咄嗟に膝をついたヒルデであったが、アポロ王子の許しを得ると、ゆっくりと再び立ち上がるのであった。
「それで……、君も冒険者なのか? にしては見慣れない格好だが?」
そしてアポロ王子は、ヒルデの隣に佇んでいた、見慣れない海兵隊の軍服に身を包んだ九十九の存在に気がつくと、疑問符を浮かべながら素性を尋ねる。
すると、ヒルデから耳打ちされ、九十九は慌てて軍帽を取り背筋を正すと頭を下げ、自らの素性を話し始めた。
「はじめまして! アポロ王子殿下。自分は、大和皇国海兵隊の総司令官を務めています、錦辺 九十九と申すものです!」
九十九の自己紹介と共に、後ろに控えていた、外交使節団の面々も頭を下げ。
更には、入港に際して移乗していた護衛役の第一〇一武装偵察部隊第三中隊の隊員達も、手にしていた銃器で捧げ銃を行う。
「ヤマト皇国カイヘイタイ?」
一方、アポロ王子は聞き慣れない国名や単語の数々に、更に浮かべる疑問符を増加させるのであった。
「アポロお兄様! 実は、わたくし達、調査に向かう途中で海賊に襲われまして。その時、わたくし達を助けてくださったのが、ニシキベ様達、ヤマト皇国の方々ですの!」
「何!? という事は、君達は妹の命の恩人なのか!? な、ならば面を上げてくれ!」
刹那、ペルル王女から簡潔に事情の説明を受けると、アポロ王子が浮かべていた疑問符は途端に感嘆符に変化する。
そしてアポロ王子の許しを得て九十九が頭を上げると、次の瞬間、アポロ王子に半ば強引に手を取られると、感謝の握手を受けるのであった。
「妹を、ペルルを助けていただき、本当に感謝する!」
「いえ、困っている人を助けるのは当たり前の事ですから」
「おぉ! 何と素晴らしい方だ! そうだ、どうせなら、もっと静かな所でお礼と感謝を述べたい。……伯爵! 伯爵の館の応接室を借りたいが、よいか?」
「ご随意にどうぞ」
「よし。では、館に行こう! そこで改めてお礼と、それと、君達自身の事、ヤマト皇国と言ったな、それについても、色々と聞かせてほしい」
こうして、当初の予定とは異なったものの、何とか第一印象を良くできた九十九達は。
この勢いのまま次なる段階に進むべく、アポロ王子の後を付いて行くのであった。
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