第九話 王国へ
大和皇国がアリガ王国との接触に向けて本格的な準備を初めて二か月。
遂に準備も整い、第一陣がアリガ王国へと向けて派遣される事となった。
そして、その出発の数日前。
横須賀基地の一角に、複数の人影が存在していた。
その中には、九十九、ヒルデ、そしてペルル王女の姿があった。
「ようこそ、お待ちしておりました、アリガ王国第二王女、ペルル王女殿下。私、大和皇国国防省、国防装備技術研究庁の長官を務めます、野口 究治と申します」
そんな三人を含めた一行を出迎えたのは、野口装技研長官の他、数人の装技研職員であった。
「ご丁寧にどうも。ノグチ様の事は、ニシキベ様からお話に聞いていました。ヤマト皇国一の天才ですとか」
「ペルル王女殿下からその様なお言葉を賜るとは、誠に恐悦至極。そうだ、お礼と言えば、私の方からもお礼を申させてください。供与いただきました四機のAG、あれには私も、久方ぶりに大変心を躍らされました!」
こうして野口装技研長官と数人の装技研職員と合流を果たした一行は、野口装技研長官に案内され、基地内の一角にある桟橋へと足を運ぶ。
すると、その桟橋には、一隻の船が停泊していた。
「ご覧ください、こちらが、数日後の出発に際してペルル王女殿下にご乗船いただく、新生ララ・クローン号もとい、"ララ・クローン号・改"です!」
「まぁ、これが……」
停泊していたのは、海賊船との戦闘により損傷したマストや船体各所の傷が修繕され、塗装も新たに塗り直されたララ・クローン号であった。
「あら? あの甲板から伸びている煙突は……」
「流石はペルル王女殿下、お気づきになられましたか」
だが、改と名付けられている通り、ただ修繕された訳ではなく。
フォアマストとメインマストの間に、甲板を貫くように、一本の煙突が存在していた。
「ただ修理するだけでは芸がないと思いまして。そこで、東間総理にご許可をいただき、改装を施す事になり、我が装技研が誇る第二部局にプロジェクトチームを結成し、こうして完成に至ったのです!」
因みに、今回の派遣に際して、ララ・クローン号もといララ・クローン号・改は、第一陣として派遣される事が決定している。
これは、大和皇国の艦船ではアリガ王国との接触に際して不用意に警戒心を刺激してしまう恐れがある為、元々王国の船であるララ・クローン号・改ならば、そこまで警戒心を刺激しないとの判断故だ。
「では改装点のご説明ですが。先ず、何といっても最大の改装点は、外燃機関である蒸気機関を搭載した事です。最も、その代償として、元々船倉部だった場所に機関室を設けた為、積載量が減少してしまいましたが、その点はご了承ください」
野口装技研長官曰く、主な改装点としては外燃機関である蒸気機関の搭載と、推進器としてスクリュープロペラを装備している事である。
なお搭載している蒸気機関に関しては、海軍艦艇に搭載されている蒸気タービンではなく、石炭を使用する所謂レシプロ式蒸気機関となっているが。
地球での情報などを基に、エネルギー効率の高効率化や操作性の向上、更に可能な限りの小型化等の改良を施した、"装技研式蒸気機関"と呼ばれる大和皇国独自のレシプロ式蒸気機関を搭載し。
艦尾に装備した二枚羽根のスクリュープロペラを動かす事により、最大13ノットもの速度を出す事が可能となっている。
因みに、改装計画が持ち上がった当初、推進器として外輪かスクリュープロペラ、どちらを採用するかで議論が起こった様だが。
最終的に、設計や製造が容易ながらも、戦闘時などは弱点が露呈している事や、両舷に装置を設けている関係上、どうしても波などにより左右の推進力のバランスが崩れたり破損し易い等の理由で、スクリュープロペラが採用されるに至った。
「という事は、ララ・クローン号・改は分類としては汽帆船になるんですか?」
「そうですね、そう言えます」
野口装技研長官の説明を聞いていた九十九が不意に質問を投げかけると、野口装技研長官はゆっくりと答えた。
因みに汽帆船とは、推進用動力として蒸気機関を搭載した帆船の事を言う。
「では、内装の方のご説明に移りますので、付いてきてください」
そして、舷梯を使いララ・クローン号・改へと乗船した一行は、新たな船内の見学を行っていくのであった。
それから数日後。
横須賀基地の埠頭は、多くの人々で賑わっていた。
音楽隊による奏楽の音色が流れ、人々の声援が木霊する。
それらは、アリガ王国へと派遣される第一陣の出発を見送るべく駆け付けた人々だ。
そんな人々に見送られながら、横須賀基地からは第一陣として派遣される大小様々な艦艇が出港していく。
その中に、ララ・クローン号・改の姿があった。
特別編成された大和皇国海軍の乗組員、本土にて入院している者を除く調査船団の面々を乗せて、もうもうと黒煙を上げながら、水面を進む。
「漸く、王国に帰れるのですね」
「はい、久々の祖国に」
「自分も、二人の国がどんなものか今から楽しみだよ」
その甲板上、大きく手を振る見送りの人々に、手を振り返すペルル王女、ヒルデ、そして九十九の三人。
暫し手を振っていたが、程なく横須賀基地が見えなくなると、先にペルル王女が船内へと戻り。
甲板上に残った九十九とヒルデの二人は、青い空と青い海が織りなすコントラストが美しい景色を楽しみながら、会話に興じ始める。
「所で、ツクモ」
「何? ヒルデ?」
「ヤマト皇国の軍隊は、軽々しく軍のトップが前線に出るものではない、じゃなかったの?」
「えーと、それは……」
きまりの悪そうな表情を浮かべた九十九は、暫し言葉を詰まらせた後、ゆっくりと話し始める。
「ペルル王女殿下の意向もあったし、それに、王国側が将軍クラスの者と会いたいと言ってくる可能性だってある訳で……」
「だからって、何もツクモが出る事はないんじゃない?」
「あはは……」
今回の派遣第一陣は、アリガ王国との今後の関係を左右する重要な役割を帯びている。
その為、国交樹立に向けての外交交渉などを担当する外交使節団や、護衛としての任に当たる戦力についても、海軍と海兵隊を中心に選りすぐりのものを揃えた。
そして、そんな第一陣を束ねる総司令官には、別の大将クラスの者が充てられる筈であった。
所が、ペルル王女が九十九に同行してほしいとの意向を示したため、急遽会議が開かれ。
話し合いの結果、重要人物の意向という事もあり、九十九が総司令官として充てられる事となった。
こうして、不在の間を伊藤大将に任せ、九十九は第一陣の一員としてアリガ王国に向かう事となったのだ。
「でもさ。そう言う割にはヒルデ、何だか少し嬉しそうな気がするんだけど、気のせいかな?」
「……、き、きき、気のせいよ! あ、私、ペルル様の様子が気になるから、先に船内に行ってるわね! じゃ」
「あ」
少々頬を赤らめながら、足早に船内へと消えていくヒルデ。
そんな彼女の背中を見送り、一人取り残された九十九は、暫し呆然と立ち尽くした後、再び美しい景色を眺め始めるのであった。
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