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外伝 プリン・プリン・プリン物語

 朝、ヒルデは窓から差し込む日の光を感じゆっくりと瞳を開くと、程なく上半身を起こす。

 そして、ベッドから起き上がると、日課となっている朝のストレッチを始める。

 それを終えると、顔を洗い、寝間着から普段着ている衣服に着替え、更に胸当てや肘当てなど、棚に置いておいた自身の鎧を手に取り、慣れた手つきで装着していく。

 こうして支度を整えると、ヒルデは部屋を後にし、廊下を歩いていく。


 ヒルデは現在、一時的に大和皇国の保護下に置かれていた。

 彼女以外の、救助された調査船団の面々も、それは同様であった。

 ただ、入院を必要とする者以外は、その殆どが横須賀県内のホテルに滞在していただいていたのだが。


 ヒルデともう一名は、横須賀県内のホテルではなく、帝都内の高級ホテル、皇国ホテルに滞在していた。

 鉄筋コンクリートと煉瓦タイルを組み合わせた地上三階、地下一階からなる、客室数三百を誇る巨大なホテル。

 美しい外見を有した、その巨大ホテルの正面玄関から外へと出たヒルデは、日課であるランニング、そのコースとしてホテルの周辺を走り始める。


 まだ日が昇り始めてあまり時間が経っていない為、人通りは殆どなく、街の喧騒もない、穏やかな時が流れていた。

 そんな中を軽く二周ほど走り、程よく体を動かしたヒルデは、再びホテル内へと戻ると現在時刻を確認し、朝食を食べるべくホテル内のレストランへと足を運ぶ。


(はぁ……、幸せ)


 そして、ヒルデは朝食として出された料理の数々を恍惚とした表情でいただく。

 特に、アリガ王国では丸い形のものしかないパンとは異なり、様々な形や味があり、見ているだけでも楽しめる大和皇国のパンを堪能しながら、至福の一時を味わう。


 お腹も心も満足した所で、ヒルデは再び現在時刻を確認すると、自身の滞在している部屋に。

 戻るかと思いきや、彼女は自らの隣の部屋の扉をノックし始めた。


「ペルル様! ペルル様! おはようございます!」


 この部屋に滞在しているペルル王女こそ、ヒルデと共に皇国ホテルに滞在しているもう一人の人物である。

 そんなぺルル王女を起こすべく、ヒルデはノックと共に声をかけ続ける。

 すると、程なくして、扉の向こうから物音が聞こえ始めた。


「ふぁぁ、ひるでぇ~」


 そして、扉の鍵を開ける音が聞こえ扉が開くと、中からホテルの寝間着が着崩れし、今にも瞼が閉じそうな、眠たそうな目をしたペルル王女が姿を現す。


「おはようございます、ペルル様!」

「ふぁぁぁ……、ねぇ、ヒルデ」

「何でしょうか?」

「まだ起きるには早いんじゃないかしら?」


 間延びした声でそう告げたペルル王女に対し、ヒルデは短いため息を吐くと、再び話を始める。


「ペルル様、既に起きるには十二分な、いえ、寧ろ遅い位の時刻です! 幾らヤマト皇国では起床の為の鐘がならないとはいえ、不規則な生活をされては王国に戻った時に──」

「んもう、起きて早々にお説教は止めて……」

「でしたら、直ぐに顔を洗って、着替えを済ませてください」

「んー、わたくし、まだ寝ていたい気分なので、もう放っておいてください!」

「あ、ペルル様!」


 少々乱暴に扉が閉められると、ヒルデは再びため息を吐き、困った表情を浮かべながら独り言ちる。


「はぁ……。折角、今日はカエデが帝都を案内してくれる序に、今帝都で一番人気の"スイーツのお店"で美味しいスイーツを一緒に食べようと誘われたから、是非ペルル様もご一緒にどうかと思ってお誘いしようとしたのに。残念だ」


 すると刹那、何やら扉の向こうから慌ただしい物音が聞こえ始める。

 程なく、再び扉が開き、いつもの装いに着替えた、何故か目が血走り肩で息をしているペルル王女が姿を現す。


「はぁ、はぁ……。ひ、ヒルデ! い、行きますわよ! ご一緒に、スイーツ!!」

「は、はい……」


 そんなペルル王女の様子に、ヒルデは最早呆れを通り越して、若干恐怖すら感じていた。

 兎に角、こうして支度を整えたペルル王女と共に、ヒルデはホテルの正面玄関へと移動する。


「ここで、その方と待ち合わせなのですか?」

「はい。もう間もなく来ると思いますが……」


 正面玄関の前で待ち合わせをした人物の到着を待っていると。

 不意に、黄色い塗装をした一台の自動車が正面玄関前までやって来ると、程なく停車する。


 全体として流線形を多用した丸く愛らしい外見に真ん丸なヘッドライトに小さく丸い車体。その姿はまさに愛称である"てんとう虫"を彷彿とさせる。

 この自動車こそ、大和皇国の自動車メーカーの一社、"仲嶌(なかじま)自動車工業"が送り出した大衆車の一つである、"ナカジマ・360"。

 モデルとなったスバル360同様、大和皇国のモータリゼーションの一翼を担う、四人乗り量産型軽自動車である。


 そんなナカジマ・360の運転席からドアを開けて降りてきたのは、見慣れた一式作業服でも海兵隊の軍服でもなく、落ち着いた色合いのジャンパースカートの私服を着こなした真鍋大尉であった。


「お待たせ」

「まぁ、貴女は確か……」

「海兵隊の真鍋 楓です」

「ヒルデのお友達と言うのは、貴女の事だったんですのね」


 実はヒルデと真鍋大尉、救援作戦での初対面以来、何度か交流を交えており。

 更に大和皇国に来てからも、九十九が忙しい時など、真鍋大尉が代わりにヒルデの面倒を見る等して、二人の仲は、初対面の時よりも随分と親しい間柄となっていた。


「ん? なんだヒルデ? そんな意外そうな顔をして」

「いや、カエデもそういう格好をするのだと思って」

「あらヒルデ、マナベさんの格好、凄くお似合いじゃありませんか、そう言っては失礼ですわ」

「あ、ありがとうございます」


 ヒルデの言葉に一瞬機嫌を損ねたが、ペルル王女の言葉を聞き、途端に頬を赤らめる真鍋大尉。

 こうして真鍋大尉が機嫌を直すと、ペルル王女とヒルデの二人は、真鍋大尉の自家用自動車であるナカジマ・360に乗り込む。

 そして、三人を乗せたナカジマ・360は、軽快なエンジン音を奏でながら、皇国ホテルを後に、一路帝都の街を走り始めた。




 今や、天を貫くような超高層建築物が幾つも立ち並ぶほどに発展を遂げた帝都。

 多くの自動車が道路を行き交い、歩道にも、多くの国民が仕事に遊びに、様々な目的地を目指して行き交っている。

 そんな帝都内を走るナカジマ・360の車内で、三人は楽しく会話を交えながら、最初の行き先を決めていた。


 元々は、保護下にあり行動範囲も制限されているが、それでも範囲内ならば比較的自由に動けるヒルデの為、帝都の観光を兼ねてドライブに誘った真鍋大尉だったが。

 急遽ペルル王女が加わった為、ドライブコースの見直しが行われる事となった。


「わたくしは何処でも構いませんわ、ですから、マナベさんのお好きな所をご案内してください」

「で、では、お言葉に甘えさせていただきます」


 しかし、ペルル王女は特に希望の場所がなかった為、当初の予定通りの場所を巡る運びとなった。

 だが、その矢先。


 車内に、大きな腹の虫の鳴く音が響き渡る。


「い、今のは?」

「ペルル、様」

「あ、あう~、恥ずかしい」


 顔を真っ赤にして俯くペルル王女。

 どうやら朝食を食べていなかった為に、腹の虫が鳴ってしまったようだ。


「それでは、先に飲食店に向かいましょうか」

「! それはもしかして、美味しいスイーツのお店ですの!?」


 気を利かせて、真鍋大尉が提案した刹那。

 飲食という単語に咄嗟に目を輝かせたペルル王女は、身を乗り出しそうな勢いで真鍋大尉に訪ねる。


「あ、あわわ!」

「ペルル様! 落ち着いて下さい!」


 咄嗟に危険を感じたヒルデは、慌ててペルル王女を落ち着かせ、何とか大事故につながる事は阻止した。


「も、申し訳ありませんわ。わたくしったら遂……」

「いえ、まさかペルル王女殿下がそこまでスイーツがお好きだとは思ってもいませんでしたので」

「私も、まさかペルル様がここまでスイーツに目がない方だったとは思ってもいなかったわ」

「だって、ヤマト皇国には、王国では食べられない美味しいスイーツが沢山あって、わたくし、もう虜ですわ!」


 どうやらペルル王女は、大和皇国滞在中に、大和皇国のスイーツに魅了されてしまったようだ。


「では、ご期待に応えて、美味しいスイーツのお店に参りましょう」


 こうしてナカジマ・360は一路、美味しいスイーツを提供する店に向けて走り始めた。



 それから暫くの後、三人を乗せたナカジマ・360は、帝都一の繁華街である銀座の一角を走っていた。

 やがて、駐車場にナカジマ・360を駐車させ下車した三人は、真鍋大尉に案内のもと銀座を歩き始める。

 帝都一の繁華街と言うだけあり、交通量や人通りなど、人々の活気に溢れている。


 そんな銀座の大通りから一歩、裏路地に足を踏み入れた所に、目的の店は存在していた。


「ついてますよ、今日は混雑していないから直ぐに注文できそうです」

「ここが、スイーツのお店ですの?」

「正確には、コーヒー等の飲み物やスパゲティ等の軽食を提供している、"喫茶店"と呼ばれるお店です」


 大通りと異なり人通りが少ない路地裏の一角に、レンガ造りの落ち着いた店構えをした一軒の喫茶店、それが目的の店であった。

 幸運な事に入店率が低かった為、直ぐに入店を果たした三人は、外見同様落ち着いた木製の内装で統一された店内のカウンター、そこで食器を拭いている男性マスターに言葉をかけられながら、三人は空いているテーブル席に腰を下ろす。


「いらっしゃいませ。ご注文は、何になさいますか?」

「特製プリン・ア・ラ・モードを三つ、お願いします」

「かしこまりました」


 男性マスターに注文を伝え終えた真鍋大尉に、ペルル王女が聞き慣れないプリン・ア・ラ・モードなるスイーツについて、早速質問を投げかける。


「プリン・ア・ラ・モードは、プリンを中心にして、ホイップクリームやフルーツ等を盛り合わせたものです」

「プリン? カエデ、それもスイーツなのか?」

「えぇ、そうよ」

「ん~、説明だけではよく分かりませんが、でも、マナベさんがオススメするものですから、きっと美味しいに違いありませんわね!」


 こうして期待に胸を膨らませながら、注文した特製プリン・ア・ラ・モードが運ばれてくるのを待っていると。

 やがて、三人のテーブルに、大きなガラスの容器、その中心に美味しそうなカラメルソースのかかったプリン、そしてその周りにリンゴやキウイにバナナ、更にホイップクリームやさくらんぼが盛り付けられた、特製プリン・ア・ラ・モードが運ばれてくる。


 すると、ペルル王女とヒルデの二人は、その姿に早速目が釘付けになる。


「ごゆっくりどうぞ」


 男性マスターが去るや、早速ペルル王女とヒルデの二人はスプーンを手に取りプリンをすくうと、プリンを口に運んだ。

 刹那、二人は目を見張った。


「お、美味しい!」

「美味しいですわ! こ、これがプリンというものですのね!」

「ペルル様、この白い……」

「ホイップクリーム」

「そう、そのホイップクリームも美味しいですよ!」

「まぁ、本当! 程よい甘さが、このプリンにかかっているほろ苦いソースと相性バッチリですわ!」


 その美味しさに、スプーンを持つ手が止まらないペルル王女とヒルデの二人。

 そんな二人の嬉しそうな顔を眺めていた真鍋大尉も、自身の頼んだ特製プリン・ア・ラ・モードに手を付け始める。



「ふぅ、美味しかった」

「大満足、です」

「お気に召していただいたようで、よかった」


 やがて、特製プリン・ア・ラ・モードを綺麗に完食した三人は、食後の紅茶を堪能しながら、女の子だけでのお喋り、所謂ガールズトークを始める。


「やはり王族と言うのは色々と大変なんですね」

「そうですの。はぁ、王族なんてただ楽して暮らしていると勘違いしている方もいるみたいですけど、本当は大変なんです」

「それじゃ、ヒルデ、その点冒険者と言うのはどんな暮らしなんだ?」

「そうね。受ける依頼の内容にもよるけど、実入りの良い依頼を無事にこなせれば、ある程度は悠々自適の生活を送れるわ」


 そして、ガールズトークはさらに盛り上がり。

 やがて話題は、何故か九十九の話に。


「ニシキベ様って、優しくて思いやりのある素敵な方だと思いますわ」

「それは同意します」

「右に同じ」

「所で、……ニシキベ様は、独り身、なのでしょうか?」

「どうなんだ、カエデ?」

「浮いた話は、聞いた事がない」


 真鍋大尉の言葉に、ペルル王女とヒルデの二人は胸を撫で下ろす。


「と、所でだけど。もしも、もしもよ。この中の誰かが、ツクモと付き合う事になっても、その時は、お互い恨みっこなし、よ」

「勿論ですわ!」

「あぁ、分かっている」


 ヒルデの言葉に、ペルル王女と真鍋大尉は力強く頷く。

 そして、その後も暫くガールズトークは続き。

 やがてガールズトークを終えて喫茶店を後にした三人は、帝都の各所を巡る観光を楽しむのであった。



 因みに、三人が喫茶店でガールズトークをしているのと時を同じくして、執務室で仕事に勤しんでいた九十九がくしゃみをしていたのは、ここだけの話。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。


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