第八話 大和皇国来航
その後無事に積み荷の確認を終えた一行は、再び甲板に戻ると、九十九と青山海軍大将は二人だけで今後の行動について話し合う事にした。
そこで、調査艦隊は一度、本土に帰還する事が決定した。
調査の主目的である異世界の情勢の他、AG等の異世界製兵器の現物等を図らずも手に入れ、更には重傷者を設備の整った本土の病院に搬送する必要性などから、この決定となった。
なお、帰還に際して、海賊船の方は十分な自走が可能であったが。
ララ・クローン号に関してはメインマストが損傷しフォアマストの帆も損傷している為、戦艦比叡で曳航する事となった。
その後、準備を終えた調査艦隊は、各艦から抽出し急遽編成した乗組員たちが操船する海賊船の速度に歩調を合わせ、緩やかに北西を目指し始めた。
「こちらが、戦艦比叡の主砲である45口径35.6cm連装砲です」
「凄く大きいですわ!」
「戦艦比叡ではこの連装砲を四基、合計八門もの45口径35.6cm砲を装備しています」
「これ程大きな大砲を八門も備えている船は見た事がありません! ねぇ、ニシキベ様、もっと船内を案内して、色々と教えてください!」
「分かりました」
大和列島に帰還するまでの間、ペルル王女とヒルデの二人は、戦艦比叡に移乗する事となった。
理由は、損傷したララ・クローン号では万が一の際にペルル王女の身の安全が保証出来ない為、そしてヒルデに関しては、ペルル王女自身が身辺警護と共に気心知れた同行者として彼女を指名したからである。
こうして移乗してきた二人だが、初めて見る戦艦比叡に興味津々なペルル王女は、用意された部屋で大人しくしている事など出来る筈もなく。
そこで、軍機に関わる場所を除き、ペルル王女の好奇心を満足させるべく、戦艦比叡の艦内を見学させる事となった。
そしてその案内役に、ペルル王女の希望で九十九が選ばれる事となった。
「ニシキベ様、あれも大砲ですの?」
「あれは八九式12.7cm連装高角砲と言って、主に航空機。ペルル王女殿下の感覚で言えばワイバーン等を攻撃するために作られた砲になります。勿論、必要に応じて海上や地上の標的にも使用可能です」
「コウカクホウ? まぁ、そんな砲もあるんですのね」
肩を並べて甲板上を歩き、戦艦比叡を見学するペルル王女と、いつもの軍服姿で案内役を務める九十九。
そんな二人の後ろを、ヒルデは複雑な表情を浮かべながら歩いていた。
「大きな煙突ですわ!」
「あの二本の煙突が、戦艦比叡の心臓であるタービンから発生する高温の煙を排出する為の煙突になります」
「タービン? 魔石を使った動力機関か何かですの?」
「詳しくは言えませんが、戦艦比叡は、蒸気を使用しタービンと呼ばれる羽根車を介して運動エネルギーに変換する、原動機と呼ばれる装置の一種が動力になっています。ですので、魔石の類は一切使用していません」
「え!? 魔石の力を使わずに、これ程巨大な船を動かしているのですか!?」
「はい。この戦艦比叡のみならず、大和皇国で使用されている武器や防具、それに一般にも広く利用されている物など、それらは全て、魔石の類を動力として使用せずに動いています」
ペルル王女の、否、この異世界にとっては一般常識ともいえる魔石を動力源として利用する手法。
その手法を一切行っていないにも関わらず、戦艦比叡のような巨艦を建造・運用できるほどの技術水準を誇る大和皇国という国家。
九十九の説明を聞き、自身の常識では推し量れない、あまりの規格外っぷりに面食らうペルル王女であった。
それも束の間、自身の常識とは異なる社会を形成する大和皇国に対し、更なる興味を掻き立てるのであった。
その後も戦艦比叡の見学は続き、一頻見学し終え、ペルル王女も大変満足した所で、戦艦比叡の見学会は終わりを告げた。
そんな一幕を挟みつつ、順調な航海を続けた調査艦隊は、それから一週間後。
無事に、横須賀基地への帰港を果たしたのであった。
「こ、これは……」
「凄い、ですわ」
横須賀基地への帰港を果たした際、甲板上から目にした横須賀基地、並びに海岸沿いに見える市街地の光景に、ペルル王女とヒルデはあまりの衝撃に言葉が詰まる。
横須賀基地の巨大なクレーンや赤レンガの倉庫群、更には基地内や市街地に並ぶ鉄筋コンクリート製の建物。
今まで見た事のないそれらに、二人は終始、目を釘付けにしていた。
曳航していたララ・クローン号を、途中曳船に引き渡すと、それから程なく、戦艦比叡は横須賀基地の一角にある桟橋へとその巨艦を接岸させる。
そして、高木大佐達戦艦比叡の乗組員に見送られながら、舷梯を使い桟橋へと降り立つ、九十九、青山海軍大将、ペルル王女にヒルデの四人。
すると、降り立った桟橋には、出迎えとして大勢の者達の姿があった。
「気をつけぇっ!!」
桟橋に響き渡る号令、刹那、真新しい海兵隊の軍服を着込んだ海兵達が、一糸乱れぬ動きで直立不動となる。
「捧げーっ銃!!」
再び響き渡った号令と共に、海兵達は一糸乱れぬ動きで、手にした銃剣付きの真新しい九九式短小銃改を体の中央で構え、銃を用いた敬礼の一種である捧げ銃を行う。
と同時に、音楽隊による奏楽の音色が流れ始める。
それは、大和皇国海兵隊による栄誉礼であった。
これは九十九が事前に連絡を入れ、伊藤大将によって準備されたものだ。
「お待ちしておりました! どうぞ、こちらのお車にお乗りください!」
こうして栄誉礼を受けた後、四人は出迎えた海兵に従い、誘導車や警護車に挟まれ停められていた業務車三号に乗り込む。
四人が乗り込んだのを確認すると、車列はゆっくりと動き出し、横須賀基地を後に、一路帝都を目指す。
目的地は、帝都の総理大臣官邸。
「つ、ツクモ! こ、これは一体!?」
「馬もいないのに動いていますわ!」
「これは自動車と言って、馬等を必要とせずとも走る事の出来る乗り物です。……ペルル王女殿下、実はこれから向かう場所で、ある方に会っていただきたいのですが」
「あら? 誰でしょう?」
「大和皇国の内閣総理大臣、即ち国王です」
九十九の口から告げられた言葉に、ペルル王女は表情を引き締めると、その言葉の意味を理解し、静かに頷いた。
因みにその後、総理大臣官邸へと向かう道中、例の如くペルル王女にヒルデの二人は、車窓から見える大和皇国の街並みに目を釘付けにしていた。
それから暫くの後、車列は無事に総理大臣官邸へと到着すると、四人は出迎えの官邸職員に案内され、官邸内へと足を踏み入れる。
落ち着いた雰囲気を醸し出しながらも、優雅さを感じる総理大臣官邸の内装に、落ち着きなく視線を左右に動かすペルル王女とヒルデ。
そんな二人を他所に、官邸職員は四人をとある部屋の前まで案内すると、一礼してその場を後にした。
そして、入室許可を得て足を踏み入れたのは、シンプルな椅子とテーブル、それに絵画が飾られた応接室。
そこで四人を、否、ペルル王女を待っていたのは、東間総理その人であった。
「ようこそおいで下さいました、アリガ王国第二王女、ペルル王女殿下」
にこやかな笑みと共に迎えた東間総理は、ペルル王女と握手を交わし自己紹介を終えると、着席を促し、自身も椅子に腰を下ろす。
一方残りの三人は、少し離れた位置にある椅子に腰を下ろし、二人の会談を見守る。
「アズマソウリ、お話の前に。先ずこの度は、わたくし達の調査船団が海賊に襲われている所を助けていただき、ありがとうございます。調査船団を代表して、お礼申し上げますわ」
「いえ、困っている方々を助けるのは、当然の事ですから」
「ニシキベ様といい、ヤマト皇国の方々は、本当に温かく素晴らしい方ばかりですわ」
こうして始まった会談は、出だしに雑談を挟みつつ、やがて本題へと移り変わる。
「ペルル王女殿下、殿下の祖国であるアリガ王国については、そちらにいる錦辺君を通じて、ある程度聞き及んでいます。種の共存を理念に掲げる素晴らしい国であると感じました」
「ありがとうございますわ。わたくしも、ヤマト皇国は、長らく霧に閉ざされ外界との接触を絶たれていたにも関わらず、力強く、そして素晴らしい人々に支えられている国であると思います」
ペルル王女は、調査艦隊が大和列島への帰還の途についている間、九十九との話し合いの席で、自身の祖国であるアリガ王国の概要を話すと共に、九十九の祖国である大和皇国の概要についても聞き及んでいた。
しかしながら、当初九十九は、大和皇国に関してどの様に説明したものかと頭を悩ませていた。
それもその筈、大和皇国は元々ゲームのデータとして存在していた国家で、二年ほど前に何の前触れもなく、突如としてこの異世界に実体化したのだ。
その事実を正直に告げても、荒唐無稽なほら話だと思われ、折角の好感度が下がってしまう。
そこで、何とか相手に納得してもらえる、上手い説明の仕方はないものかと頭を悩ませていた矢先、ふとララ・クローン号の甲板上でペルル王女が、大和皇国に対する自身の想像を語っていたのを思い出した。
こうして九十九は、それを利用させてもらう事にしたのだ。
そして実際に説明した大和皇国の概要が、長年晴れる事のなかった謎の霧により外界との接触を絶たれていた大和列島にて、外界と隔絶されていた故に、魔法や魔石に頼らない独自の技術、独自の文明発展を遂げた国家。
というものであった。
この説明に、ペルル王女もヒルデも、特に疑問を持った様子が無かった事から。
九十九はこのでっち上げた概要を、青山海軍大将をはじめ大和皇国の重鎮達に今後概要として使用していくことを提案。程なく、特に異論も出ず、正式なものとして使用される事が決定した。
「それにしても驚きましたわ。まさかこの世に、魔法や魔石に頼らない国が存在しているなんて」
「こちらもです。霧の向こう側は、我が国にとっては誠に信じがたいもので溢れていました。ですが、例え生活様式が異なっているとしても、この世界に共に住む者同士、こうして面と向かって話し合えば、分り合い手を取ることが出来る。私はそう思います」
「わたくしも、そう思います」
「それはよかった。……では、ここからが本題なのですが」
東間総理は一拍置いた後、再び語り始める。
「我が大和皇国は、ご存知の通り長年霧の影響で外界との接触を絶たれていました。ですが、その霧が突然一部晴れ、こうして外界との接触を図れるに至った。そして、最初に接触出来たのが、ペルル王女殿下、殿下の祖国、アリガ王国で本当によかった」
再び一拍置いた後、東間総理はそれまでの穏やかな表情から一変、表情を引き締めると、三度語り始める。
「ペルル王女殿下。我が大和皇国は、殿下の祖国、アリガ王国との末永い友好関係を築くことを望んでいます。その第一歩として、正式な国交の樹立を行いたいと考えています。そこで、ペルル王女殿下にはどうか、国交の樹立に向けて、アリガ王国国王である御父上にこの件、取り計らってはいただけないでしょうか?」
今回の会談の目的、それは大和皇国とアリガ王国との正式な国交の樹立、更にはその先にある同盟締結への下準備であった。
「如何でしょうか?」
「……大変ありがたい事なのですが」
「何か問題でも?」
「実は、これは王国でもまだごく一部の者しか知らない事なのですが。一年程前から、わたくしの父、ルイス・スチュート国王は病の床に就いており、その為、現在王国の政務はわたくしの兄であるアポロ・スチュート王子が執り行っています」
「何と」
「ですが! アリガ王国とヤマト皇国とが手と手を取り合って共に歩んでいく、そんな未来を実現させる為、わたくしは必ず、兄様を説得してみせますわ!」
「おぉ、では!?」
「はい! こんなわたくしで良ければ、精一杯、協力させていただきますわ!」
「ありがとうございます、ペルル王女殿下」
東間総理の表情が再び緩むと、今度は固い握手を交わす東間総理とペルル王女。
一方、会談を見守っていた三人も、一様に安堵の表情を浮かべていた。
こうして大和皇国は、新たな一歩を踏み出し始めるのであった。
この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして今後とも、引き続きご愛読いただければ幸いです。
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