表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

その9

ジベルダン公爵夫人の茶会に招かれてから。マリは招待を受けることが増えた。侯爵夫人の茶会で顔を合わせた面々や、引きこもる前に交流があった者。そして、「ダール侯爵夫人」と近づきになりたい面識のない人々。


マリは容赦なく人を選んだ。自分を利用しようとすることだけを目論んでいることが見え透いた招待は悩む間も無く「断っておいて」と一言で切り捨てる。執事のオネットは角が立たないように、やんわりと体調が悪いだの、どうにもならぬ事情で伺えないだのをしたためたお断りの文を主の代わりにせっせと作成した。たまに「恐ろしいひとだ…」と呟いているが主の寛大な心で無視されている。


出向いた会場でもマリは戦っていた。莫大な財産と領地を相続したマリとの再婚を望む輩が動き出したからだ。ある者はマリを喜ばせようと褒めちぎり、またある者は己の頭脳や話術をアピールする。若くて美しい青年もいれば、先の夫が40歳差であったことに勇気づけられ、自分も許容される年齢だと勘違いした年増の貴族も、あの手この手を使ってマリに近づこうとしていた。


もちろんおべっかはマリには通用しない。大抵の場合は何も響いていない顔で「ありがとう」と言って去る。これらはどちらかというとマリの中では随分かわいい手口とされており、適当に対応するだけなので、あしらわれた相手もあまりダメージを食らわない。従って断られていることに気が付かず、再度挑戦してしまうのがたまに傷だが。


一方マリの顰蹙を買うのが過剰な自己アピールである。相手はマリが「うわ…」という気持ちで無表情を貫いていても、その顔を感嘆と称賛の表情にしてやろうと頑張ってしまうので、益々己の首を絞めるという悲惨な状況が生まれる。「自分はすごい」と看板を立てているものほど愚かなものはいないと思っているマリは、この手の輩が来ると「お恥ずかしいですが、私には難しいお話ばかりですわね」と言って、その辺にいた人間に「紹介する」という形で丸投げする。

ちなみに。とある夜会で薄っぺらなスピーチをしていた男を、マリが「私には高尚すぎて」と適当に誰かに押し付けているのを目撃したジーゼルは、笑いが止まらずカーテンの陰に隠れなければならなくなった。マリはマリでそんなジーゼルを人に見られたら大変だと珍しく仰天し、笑いが収まるまでカーテン前で番をしていなければならなくなるという大事件が起こっている。この夜のことは二人とも忘れたい。


そしてマリが一番嫌うのは、ダール候を引き合いに出されることだった。よく知らぬ人物がマリとの共通の話題として「ダール侯爵」のことを語る。それが目的ではなく手段だからこそ、マリは屈辱と怒りを覚える。そのうえダール侯爵と己を比べ、自分語りをしようものなら、社会的に殺してやるとまで思ってしまう。悲しいことに、そういう輩は少なくはなかった。ある者にはダール候と比べてどれ程その人物が劣っているかを長々と丁寧に説明してやり、自尊心を折る。またある者には知りうる限りのその家の暗い事情を突きつけてやった。こうすると大抵の相手は勝ち目がないどころか、自身も家も重傷を負うと判断し、二度と寄ってこない。



胡乱な人物は自力で撃退できるマリだったが、ジーゼルが同じく招待を受けているときは彼がさりげなくマリの傍に縄張りを張っていた。もちろんマリが望んでいることではない。





「お招きいただき光栄です」


「こちらこそ。来ていただけて感謝いたします。どうか楽しんで行ってください」


「ありがとうございます」


古くからダール候と付き合いのある貴族の舞踏会に来ていた。深い付き合いではないが、社交の礼儀上挨拶だけでもしておく必要があると判断した結果だ。当初の目的を果たしたマリは窓際で舞踏会の様子を静かに眺めていた。影のようにするっとマリの隣にやってきたジーゼルは壁に背を預けた。



「おひとりではまた変なのが寄ってきますよ」


皆がダンスをしている方を見ながら話かける。


「ご自身はそうではないというおっしゃりよう」


マリも正面を向いたまま答えた。


「もちろん違いますよ。私は叔父上とジベルダン公爵夫妻から仰せつかっていますので。せめてエスコート役でも仰せつけてくだされば良いものを」


「自分で何とかできますから。あなたはあなたの『お仕事』をなさってきたらいかがですか」


「あいにく今日は社交上の礼儀で来ているのです。あなたが招待されていると知らなければお断りしていたかもしれませんが」


この男は…。と思ったが我が身を顧み、窘めようとした言葉を飲み込んだ。それにしても…とジーゼルはおかしそうに続ける。


「聞きましたよ。私もその場にいなかったのが大変惜しいです」


「なんのことですか」


「先日のバニティ伯爵の夜会のことです。そこでどこの誰だったか、若い愚か者があなたにしつこかったそうじゃありませんか」


ああ…あのときのことか、とマリはぼんやりと思い出した。確か、ずっとマリの横から離れず、誰かに紹介してもすぐに戻ってきて。我慢を超えたマリは「勝負強い方が好きなの」と言った。青年は「見ていてください!」とゲームをしているテーブルに息を荒くしながら勇み向かった。


「テーブルで彼の相手をしたのが私の友人でして。リュミエ・ド・カルミエという男ですが。あなたとのやり取りを見て、これは期待に応えなければと久々に本気を出したそうです」


マリは何とも言えない気持ちになった。ひときわ美しい容姿で、優雅にほほ笑んで座っていた男を思い出す。その名は知っていたが…そうかあの男が。そういえば目が合ったような気がする。ジーゼルの友人というだけでマリはその人物の人となりを何となく察した。


「それはちょっとかわいそうなことをしてしまいましたね」


ゲームの結果はさんざんだった。こんなに差のついた大敗は見たことがないと誰かが呟いた。青年は気落ちして、マリの方を見ることもできずに青い顔で去って行った。まさかここまで弱いと思わなかったとマリでさえ少々驚いていたのだが。相手が非常に悪かったということか。



「そんなわけで、憐れな犠牲者を出さないためにも、こうしてまず虫よけをしている方が平和だと思いませんか」


「それとこれとはまたお話が違います。私と始終いたら、悲しむ方がたくさんいらっしゃるでしょう」


「さてそれはどうでしょうか」



しれっと、飄々とした態度でジーゼルはマリを見下ろした。普段鉄の仮面をつけているかのような彼女が、自分には感情を向けてくる。ジト、と横目で迷惑そうに自分を見るマリに、ジーゼルはククッと喉で笑った。自分も同じか、と思うと余計に愉快に思えてくるのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ