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その11

ベルエール嬢に紹介され、マリは参加者たちの前に立った。ベルエール嬢に向き合い、挨拶をする。


「皆さまの啓蒙の場に呼んでいただいて光栄ですわ。ご招待いただきありがとうございます」


「こちらこそ、不躾な真似をいたしましたのに。ありがとうございます。素晴らしい日ですわ」


二人はにっこりと笑った。マリの侯爵夫人らしく穏やかで威厳を讃えた表情に対し、ベルエール嬢は素直さと明るさに溢れた表情を返した。そしてごく自然に隣に立つジーゼルの腕に手を添えた。


「ジーゼル子爵様はご面識がおありでして?」


子爵は腕に触れられたことは全く気にしない様子で、「ええ」と落ち着いた声で返事をした。


「ダール侯爵夫人。お珍しいですね」


「あんなにご丁寧なお手紙をいただいては」


マリは一層優し気にベルエール嬢に微笑んだ。


「そうでしたか。こちらの方々は皆さま勤勉でいらっしゃいます。今日はより実りのある集まりになりそうですね」


「恐れ入ります。私こそ、長く世間に出ておりませんでしたから。恥ずかしながら学ばせていただくつもりで参りましたのよ。どうぞ、隅でご拝聴させてくださいませね」


マリとジーゼルは当人同士にしか伝わらない、冷たくて鋭い気配を発し合っていた。そして心の中で呟く。


((目が笑ってなくって(いません)よ))



様子を観察していた令嬢たちは、これが上流に名を馳せる紳士淑女のやりとりかと、ドキドキしながら顔を赤くしていた。




「ですので、皆さまがこうしてお集まりのようにですね、せ、世界や、しやかい、んん、社会に目を向けることは」


駆け出しの思想家が、いつものように演説をする。否、いつもの通りにはいかなかった。普段は興味深々で耳を傾ける令嬢たちの傍らで置物のように佇んでいるジーゼル子爵の顔色のみを気にしていれば良かったのだが、今日は違う。侯爵夫人が真っ直ぐに自分を見つめながら話を聞いている。全く予期せぬ来訪であり、並々でない緊張と不安で舌が回らない。並んでいる学者と批評家は、次は自分の番だといつにも増して真剣な面持ちで座っていた。



令嬢たちが「先生」と仰ぎ、「講義」と呼んでいるものが一通り終わった。質問といえば、令嬢たちが口々にする素直でかわいらしい疑問ばかりだったので、講師一同は内心ホッとしていた。ここで夫人のお眼鏡に適い繋がりを持つことができるかどうかで今後の人生が変わる、ということには各々気が付いていたのだが。このオーディションを降って沸いたチャンスと取るか、急に訪れた窮地と取るかはそれぞれだった。



「いかがでしたか?ダール夫人。私たち、いつもこのようにお話を伺ったり、ご質問したりしていますの」


「子女が勉学を自ら求め、高め合うのはとても素晴らしいことだと思いますわ。世間は女性に対して望む教育以外を中々認めてくださいませんけれど。こうしてお若い皆さんのような方が率先して勉強会を開くことで、社会の風潮も変わっていくと素敵ですわね」


自分たちを肯定してくれる夫人の言葉に、令嬢たちは一同目を輝かせて喜んだ。それは素直にマリが思った感想だった。


「私たちの先輩でいらっしゃる奥様にそのようにおっしゃっていただけると、とても心強いです。私たちは社交界も不慣れですし、結婚も経験していません世間知らずですから」


色々ご教授いただきたいですわ、とベルエール嬢は全く無害な声色・表情で言ったが、令嬢たち以外の参列者たちは内心ドキリとした。


(ベルエール嬢!?ダール夫人の前で結婚の話題は…)


(ご承知の上でお話しているのだろうか、いやしかしこの屈託のないお顔…)


(に、逃げ出したい)


「先生」たちは皆、当時のことを記憶している者たちだった。マリの方へチラチラと視線をやる。額から変な汗が出てきた。



マリはベルエール嬢のことをよく観察した。成程強かな淑女だ。講義の間はマリの出来を評価しようと、ずっと気を配っていた。物静かに聞いているだけのマリをどう評価したのか。恐らく、マリの結婚の経緯を知った上で人となりを判断していたとすると。彼女の望むマリの人物像は『ただの運だけで侯爵夫人に成り上った没落寸前の貴族の娘』というところだろうか。


手紙からも隠し切れず読み取れてしまったが、なめられたものである。マリとベルエール嬢との間には決定的な違いがある。それはベルエール嬢本人も口にした経験の差だ。相手の見極め方、本心を隠す能力、理性に勝ってしまう奢り・勢い。全てがまだ若かった。当人が見誤った自分の立ち位置に気が付くころにはきっと後の祭りだろう。彼女はもともと賢い人間なのであろうが、恐らく目を曇らせる何かが。マリは完全に「仕事モード」で座っているジーゼルを一瞥した。



さて。投げられた石をどう返そうか。マリのこれまでについて語ればベルエール嬢はきっと無垢な表情で貶めにかかり、沈黙を守れば彼女の想像通りの「誇りも度胸も無い大した事ない女性」が出来上がる。マリは一瞬考える素振りをした。余裕な態度のベルエール嬢に対して、学者たちの心は騒めいた。



「私の経験は皆さまにお聞かせするような大したものではございませんので。恐れ多いことをおっしゃいますわ」


最も当たり障りのない回答である。胸をドキドキとさせていた一同はひっそりとため息をついた。彼らの心のうちは気の毒なほど忙しなかった。


「ですから、皆様のことをお聞かせくださいませ」


令嬢たちは皆頭に「?」を浮かべ、学者たちは再びギクリと肩を揺らす。ジーゼルはここにきて初めて面白そうに口元を歪めた。そして、先から変わらなかったベルエール嬢の表情がピクリと動いた。


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