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その1

 広々としたホールは多くの人で埋まっていた。楽隊が次々と音楽を奏で、招待客たちは手を取り合い、ダンスに興じている。俯瞰したならば、大なり小なりの集合体が煌びやかに光を反射しながら蠢いているように見えただろう。

 客たちは皆、目元に仮面をつけていた。ここではどこの誰かは全て伏せられる。知っているのは主催者のみ。もちろん集められたのは貴族ばかりである。普段取り繕うことを強いられた彼らにとって、仮面舞踏会は息抜きのひとつだった。今夜だけは誰でもない自分になり、向かう人物を自分の理想の人物に据え置き、夢のようなひと時を過ごすのだ。夢想の中にいながら、実際相手が誰なのか、心の内で探りつつ言葉を交わすのも、彼らにとっては一興のひとつである。何ともサスペンス的でドラマチックな催しだ。


 クルクルと、花弁のように回るドレスの裾を眺めながらホールの隅でワインを飲んでいる女性客がひとり。仮面で隠している彼女の素性は、マリ・ド・ダール侯爵夫人。この舞踏会の主催者の姪であった。叔父が滝のような涙を流しながら参加してくれと頼んできたので、本当に渋々、嫌々了承したためこの場にいるが、彼女の頭の中は「いつどうやって帰ろうか」という思考でいっぱいだった。

 相手を変えてはダンスに興じる人々を見て、マリはため息をついた。どこぞの伯爵や夫人が今日だけはと羽目を外しているのだろう。もともと貴族は政略結婚だ。夫婦でこの場に来て現地解散をし、舞踏会が終われば腕を組んで帰っていく。別に咎める気はないのだが。マリは3年前に夫と死別している。ダール侯爵とは政略結婚で、夫婦だったのはたったの3年間だったが、マリにとっては何物にも代えがたい月日だった。3年前、夫を病で亡くした際にマリは社交界に喪に服すことを宣言した。以来、人前には姿を見せず屋敷に閉じこもっていたのだが。叔父には想像以上に心配をかけていたらしい。マリの名前や身分を明かさなくても構わないようにするから、外に出るだけ出てみてはとの懇願に、流石のマリも折れたのだった。

 

「失礼。マダム。おひとりですか」

 勝手に抜けてしまおうかと目論んでいるとき、一人の男が声をかけてきた。聞いたことのない声だった。男は金で縁取られた黒の仮面をつけていた。仮面で隠されていない肌は不健康的な白さで、仮面と相まって不気味な印象を与えた。

「ひとりですが、生憎もう失礼しようかと」

 気味が悪くなったマリはとっさに答えた。嘘ではない。しかし男はマリの前に立ち塞がった。見上げる形でマリは睨みつけた。仮面が隠しているのであまり効果はないのかもしれないが、不服であるという態度は惜しみなく声色に表した。男は喉でククッと笑うと、マリに顔を寄せた。

「叔父上への面目を保つためにも一曲踊った方がいい。さっきから心配そうにご覧になっておいでです」

 マリはドキリとした。なぜ自分が叔父の姪だと分かったのだろうか。男は分かっていてマリに話しかけてきたのだ。もしかしたら、マリの知っている人物なのだろうか。必死に記憶をたどるが、全く思い出せない。

「後は門までお送りいたします」

「手を放してくれるだけでいいわ」

 疑心暗鬼のまま、謎が解けるのを期待してマリは男の手をとった。



 結局、本当に一曲踊っただけで帰してもらえた。叔父にも伝えておくとのことだった。どこの誰かは気になったが、正直誰だって構わないという結論に至った。もう関わることはないのだから。



 屋敷に帰ると、使用人たちがマリを出迎えた。

「本当に早めに帰っていらした」

「せっかくご衣裳をお仕立てしたのに…」

「どうでしたか?久々の舞踏会は」

 ここの使用人たちは主人に気安い。マリが許しているからであるが、使用人たちはそんなマリを誰よりも尊敬している。

「一曲踊ったわ。久しぶりに体を動かせてちょっとすっきりしたかも」

「それはようございました」

「いやいやいやいやそこではありませんわ奥様…!」

「ど、どういう方でしたの!」

 侍女たちが色めきだっている。マリが引きこもってから人と交流が皆無になっている屋敷だ。新しい話題に飢えている。

「どういう方と言われても…」

「い、イケメンですの!?」

「だめよミション。仮面を被っているのよ?」

「でもダリア、ほらなんか、わかるじゃないですか」

ねえ!!!と侍女のミションが隣にいた人間に訴える。執事のオネットは知らんがなという一瞥をくれ、マリの手袋を回収した。使用人たちに苦笑しながらも、マリは男の印象を思い出す。

「色白で、髪は黒くて、背も高かったわ。体格は割としっかりしていたわね。あれは太っているのではなく筋肉だと思うわ。それか骨格がいいのね」

きゃあきゃあと盛り上がる侍女たち。我関せずといった様子でオネットはせっせと炭酸水とグラスの用意をした。

「ああでも、なんだか私だと分かって話しかけてきたみたいなのよね。ちょっと気持ちが悪かったわ」

「「うそ…こわ…」」

不参加だったオネットを含め、使用人たちはいっせいにドン引いた。


お読みいただきありがとうございます。


気が強くてプライドの高い女の子と、かっこいい悪党が書きたいと思っています。

よろしければお付き合いください。不定期更新。土日が多めでございます。

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