無限軌道転移の嗜好的反術
いつかはここに辿り着いてしまうことは分かっていた。
それでも、1度知ってしまったなら際限なく沸き起こる、欲望の濁流、至極の密の味、どうしてそれを我慢できよう。
猫蝙蝠は、この懺悔室へ案内されてから、真っ白になった思考回路の奥で、何度も何度も反芻する思いに囚われていた。
焦点の合わない目が、ついに開いた扉の向こうから現れた姿を捉えて、絶望した。黒いマントを羽織った、頭には角が2つ、片方は少し短くなっていたが、自称角がある人と呼ばれたいようだが、いわゆる魔王だ。
悠然とした態度で、扉をくぐった魔王が、ゆっくりと、キャットバットの対面にある椅子に腰をおろして、声をかけた。
「ここに呼ばれた理由は分かっているな、キャットバットよ」
それを受けて、ぶるぶると震える声で、絞り出すように答える。
「一体これはどうしたことでしょうかニャ、私がこのような場所に呼ばれるとは露知らず、誰かの陰謀ニャ、怖くて怖くて仕方がないニャ」
じっとその答えを聞いていた、魔王が、ふぅーと息を吐きながら、まるで決まっていたかのように返事をする。
「まあ、正直に答えて欲しかったが、仕方なかろう、これがお前の部屋からでてきた。使用する姿も目撃されている。すでに毎日欠かさずらしいじゃないか」
そう言って、魔王が目の前のテーブルの上に、小さな筒のようなものを置いた。それを見たキャットバットは元々大きな目を更に見開き、ヒッと小さな声をあげた。つづけて魔王が告げた。
「これは、ぷらすちっく容器だ、こんなものは本来この世界に存在しない。中身は更にたちが悪い、どこで手に入れた?どうしてこんなものに手をだしたんだ、君の仕事ぶりには期待していた、残念でならない」
それを聞いた、猫蝙蝠はボロボロと大粒の涙を流しながら、何度も謝罪の言葉を叫び嗚咽した。
「ごめんなさいニャ、そんなつもりは無かったニャ、あの世界の神がお土産だって渡してくるから、断りきれなくて・・・中身が、禁じられたアレだったなんて、こんなことになるなんて知らなかったニャ」
やはりかという顔で魔王が見つめるなか、キャットバットの告白はつづいた。
「はじめは、ちょっとした好奇心で、試してみたニャ、でもその後は、もう止まらなくて、使いすぎて無くなった頃に、あの神が連絡してきて、お願いがあるって言ってきたニャ、見返りに禁断のアレを、マタタビをあげてもいいって、それからはズルズルと・・・」
泣き崩れる姿をみてられなくなってきた魔王がそっと答えた。
「もうよい、過ぎたことだ、しかし、やはりこの悪魔の嗜好品を持ち込んだのはチキュウの神か、肉球持ちにエグいことを仕掛けてくる」
懺悔室にしばらくの間、泣き声と嗚咽が響いた。
それをじっと見守っていた魔王に、キャットバットがついに決心したのか顔をあげて、目を見開いて、宣言した。
「魔王様、最後のお願いですニャ、魔素に、私めを魔素に還元しては貰えませんでしょうかニャ」
それを聞いた、魔王は、ぐっと、何かを言おうとしたが、すぐに飲み込み答えた。
「魔素還元か、それは死を意味するがそこまでの意志か?」
すると、震える声でキャットバットが答えた。
「もう駄目なのですニャ、一度、異世界のアレ、魔、マ、マタタビを味わってしまうと、今も、思い出して、我慢ができなくて、ニャ、ニャんとも、我慢できないのですニャ」
ぶるぶると震えながら、テーブルの上にある、ぷらすちっく容器に、釘付けの視線がそらせないキャットバットを見つめたあと、魔王が、すっと手をさしだした。
ぶるぶると震えながらキャットバットはその手の元に頭をさしだして、少し頭をあげてから、忠誠を誓った頃のように魔王をキラキラとした目で見つめながらこう言った。
「出来の悪い魔物でしたが、魔王様の元で働けたことは誇りでしたニャ、魂の記憶は消えぬかもしれませぬ、魔素になった後は、封印を願いますニャ」
その言葉の後、キャットバットの姿が一瞬光ったかと思うと、そのまま光の粒になって消え失せようとした最後のときに、魔王が宣言した。
「キャットバットよ、そなたの良き働きは忘れてはおらぬ、その魂はこの世界にはとどまることは困難であるゆえ、罰として、チキュウへ転生することとする、これからはチキュウの猫として生涯を終えるがいい」
その宣言を聞いた、光につつまれていたキャットバットは、はっとするような動きのあと、お辞儀をするようにして、そのまま光の粒子となって消えていった。
その手を強く握りしめたあと、テーブルのおぞましき筒を手にとって、懐にしまいながら、魔王は呟いた。
「チキュウの神よ、この仕打ちは高くつくぞ、保留していたチキュウより他世界への転生干渉をやはり開始するしかないようだ」
そのときの魔王の暗く燃える目の中の炎がいつまでも燃えつきことはないだろう。
___強い決心を固めて、懺悔室を退室し、廊下を通り過ぎる際に、日課の点検をしようと、水晶を見つめたときに異変に気づいた。
足早に、中央謁見室へと入室すると、すぐさまカーバンクルを呼んだ。
「忙しいところをすまんな。機動兵器の数値をみてくれ。昨日の数値と比べて少し減っていないか」
すると、すぐに調べた数値の報告を受けて、つづけての指示をだす。
「やはり、少しだけ減っているようだが、差分があったポイントを画像で表示してくれ。何か異変があるはずだ」
数値に大きな変動があった場合には警報があがる仕組みをとっているが、今回のように少しの変動で且つ減少する場合には、警報はでない。しかし、いつも動かない数値が本当に少しだけ、減っているのが気になった。計器の誤差であってくれればよいと願った魔王だったが。
___いくつかの画像を見ていく中で、ついに異変にぶちあたった。
機動兵器は普通、封印されて、岩に偽装されているか、ダンジョン内に配置されているかだが、これは、岩場を移動しているのだ。
「これは、魔大陸側か、奇岩の間を移動しているな、この姿は、戦車か、近くに、航空機タイプのオーパーツが起動していないか、確認してくれ」
すぐに返事がかえってきた、他は、存在無しとのことだ。
「よし、ならば反術の準備だ、おそらく既存のオーパーツを座標に、質量等価転移を仕掛けてきたのだろう、その際に丁度いい質量のものが無くて若干数値を減らしてしまったのが運のつきだな。運転はどうなっている、パイロットも転移であわせて来ているだろう、思考をサーチしろ」
指示を受けて、カーバンクルは肉球ですばやく石板をタッチして、目的の情報にアクセスする。
「魔王様でましたニャ。パイロットも戦車もチキュウ産ですニャ。思考は、ミリタリーですニャ。これなら旧時代転移反術式がまだ間に合いますニャ」
それを聞いて、すぐに了解の合図をする魔王。あと、いつもの台詞も忘れない。
「よしっ、反術実行だ。あと、魔王ではない、なんか角のある人だ、パイロットの人選を誤ったなチキュウの神よ、こちらの世界より、自らの世界の旧時代の方がお好みのようだ」
ほどなくして、岩場を走る戦車が光だしたと思ったら、一瞬にして跡形もなく消え去った。
時を同じくして、中央謁見室の壁際にある魔素瓶のひとつがコポコポと音をたてて中身が蒸発していった。
「ふむ、成功したようだな。カーバンクルよ。素晴らしい肉球捌きであった。ついでに、問題のオーパーツがいくつか処分できたようだ、管理数値の更新と、使用した魔素瓶の補充を忘れずに頼む」
念のために廊下にでた後、残りの水晶についても目視点検を行ったあとに、居室へと向かった。途中で今日の出来事を思い返しながら呟いた。
「やはり、チキュウが一番ネックとなるか、明らかに狙われているな、個別に集中監視と分析が必要かもしれん。あともしもの時の、異相世界も常時展開しておいた方がいいかもしれんな」
あわただしくなる予感を覚えて、すこし疲れた顔をみせたが、先日の現地勇者の活躍報告のつづきの資料が届いていることを思い出して、なんとか気持ちを立て直した。もう少し、もう少しの辛抱だ。
「現地勇者は確実に育ってきている。もうすぐ良い世界にきっと変わるさ」
なんか角がある人の戦いはまだまだつづくようだ。
読んで頂きまして有難うございます。これもありかなって温かい目で見守っていただけると嬉しいです。