全阻止転生魔王の日常
先代の魔王が亡くなってから数百年、魔王の残党と人間達の戦いは熾烈を極めていた、その最中に急に出現した新たな魔王に、人々は震撼した。
魔大陸と聖王国がつながる激戦の地に、降臨した魔王の一撃は、大地を割り文字通り魔大陸と聖王国の間に、巨大な峡谷が出現するまでに至った。
人類の絶滅を嘆く王達の世界会議の場に現れた魔王が放った言葉はまさかの和平。魔物と人との領分は不可侵であるとの協定締結であった。
そして長きに渡る戦いは幕を閉じたかにみえたが、魔王の真の戦いはそのような人知に収まるものでは無かったのだった。
____魔王城、かつての荘厳なる佇まいをそのままに、今は、全ての英知を兼ねた、最先端の防衛施設だ。あまり役に立っているかは不明だが、日課になった、各施設の目視点検を終えて、居室に戻ろうとしたときに、激しい鐘の音が鳴り響いた。
「どうした、ケットシー、侵入者か」
慌てて、中央謁見室へ駆け込んだときには、いくつもの水晶板に、警告信号の文字列が赤く明滅していた。
「魔王さま、異世界パルスです、召還の儀式が行われ、我らの世界にバイパスがつくられています」
そう叫んだのは、水晶板の前にある文字が浮かび上がった石板を器用に肉球でタッチする人語を解する猫であった。もちろん帽子と靴も履いているが服は着ていない。
その報告を聞いてすぐにいつもの台詞と共に指示をだす。
「魔王と呼ぶではない、それは奴らにつけいる口実を与える、なんか角がある人と呼ぶのだ、こちらも神降ろしの儀式を緊急呼び出しだ、すぐに繋げ、間に合わんとどうなるか分からんぞ」
すると、しゃべる猫はすばやく、石板中央の丸い突起をぐっと両手、両肉球で押し込んだ。
つづけて天井から、巨大な鏡が鎖につながれた状態で降りてきた、すでに鏡部分には魔力が充填されており、七色に光っている。
壁際に並んだ真っ赤な液体のようなものがつまった瓶のうちのひとつが、
コポコポと音をたてて中身が消費されていく。
黒いマントをバタバタとなびかせながら、その天井の鏡に近づいた、
なんか角がある人と呼んでほしいものは、叫んだ。
「女神、時の女神よ!契約違反だ!異世界の神が勝手にゲートを開こうとしているぞ、今すぐ接続を切れ!こらっ聞いているのか酒乱め!」
その叫びを無視できなくなってきたのか、鏡の向こうにゆらりと姿がみえはじめた。やる気がないのか影しか見えないが・・・
ろれつの回らない、女の人の声がする。
「えーっ、何らに?、角ぴー。どゆこと。今、5本目?空けたところだからぁ、むずかしいのは無理よぉ」
影のシルエットしか見えないが、何やら酒瓶を逆さにして注ぎ口を口にくわえて、ぐるぐると回している。
いつものことだが、やれやれと思いながらも、時間が無いので、てっとり早い方法を指示する。
「異世界同期線だ、いいから一旦切れ、それでしばらく時間が稼げる」
「はい、はぁーい、よくわかんないから、一旦全部切っちゃうよぉ、あははははそれっ切断」
それにあわせて別の水晶板に新たな警報メッセージがあがるがそれは想定済みだ、代わりに先ほどの警報が赤から黄色のメッセージに変わった。
「よしっ、とりあえずは阻止OKだ、この間に、術式を調べろ、反術で次の接続と同時に送り返す」
指示を受けた、ケットシーがニャーと答えて、すばやく石板をタッチする。ほどなくして結果がでたので、なんか角がある人に報告した。
「術式判明したニャ、標準大型トラック特攻転生術のようですニャ、これなら反術のストックは多数あるので、すぐにも返せるですニャ」
少し安心したのか、角がある人が次の指示をだす。
「ならば、反術セット、念のために、瞬時トレースだけかけておけ」
慣れた様子で指示を受けたケットシーが石板をポチポチと肉球タッチしていくと。ちょうど角がある人の目の前の水晶板に景色が写しだされた。
「これは、王国側のどこかの平原か?うむ、そろそろゲートが見えてくるはずだが・・・」
その台詞と共に、ちょうど移っていた景色ににじみ出るように、別の景色が写しだされる、この世界では見慣れない景色だが、この場のメンバーには見慣れた風景だ、殺風景な平坦な道の上に勢いよく走る、大型トラックと呼ばれる祭壇が今まさに何者かに接触しようとしている。その瞬間、カッと光と共にその者が消えた。
「ここだ!無駄だ!帰れ!転生者よ」
思わず感情を込めて叫んでしまう、角がある人、ちょっとその熱中ぷりに、角がある人を心配そうに見つめるケットシー。
一瞬、こちらの世界に姿をみせようとした転生者と呼ばれるものの姿が平原に現れたがすぐさま光と共に、元の世界の祭壇が通り過ぎた後の道に転がっている。そのシーンが写った後にすっと映像が消えた。
「よっし、成功だ!良い仕事をしたなケットシー、流石が肉球持ちは違うな」
それを聞いてペコリとお辞儀をすると、残りの処理をはじめる。
天井の鏡に映る、影だけの女神も横になってぴくりともしない。
そのまま鏡はガラガラと鎖で引き上げられていく音がする。
丁度時間も経ったのか、切れていた接続も戻りつつあった、水晶板の赤い警報メッセージも消灯していっている。
ホッと一息ついた様子で中央謁見室の設備の目視点検しながら、消費した分を追加するように指示をだした後、居室へ歩みを進める。
途中で思い出したように、呟いた。
「どこからの接続だったか、落ち着いたら調べておかないとな、あまりしつこいようだと、常時障壁もセットが必要か・・・」
そういいながら、居室に戻った、なんか角がある人は、壁に貼られた、巨大なつぎはぎの羊皮紙に、赤い塗料を満たしたガラス瓶に繊細な彫刻が刻まれた細長い形の筒の印を指でつかんでつっこんだあと、勢いよく、壁に叩きつけるように、赤い印を刻んだ。
「またひとつ、阻止ができた。術式も練りあがってきた、・・・異世界転生絶対阻止!これまでも、これからもずっとだ!」
吐き捨てるように叫んだあと、羊皮紙に刻まれた無数の赤い印の数を眺めて、暗い炎を燃やしつづける角がある人がそこにいた。
すいません、ほんの出来心です、大いなる意思怖いっす、温かい目でみてやってください