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妹・私のざつだん日誌  作者: 夏夜やもり
第一章 朝焼けメダリオン
9/23

第9話 

「そうえばさ、何で入院してたんだっけ?」


 温く成ったコーヒーに口をつけつつ、妹が私に目を向けた言った。


「うん?知ってるでしょうに」

「ん~...あの時? あたし、生まれてたっけ?」


 そういわれると私も少し不安になってしまう。


「んーどうだったけな?」

「でも、辛かった?」

「うん...うん。そりゃ、まあね」


 まあ、体調とか辛さに関しては伝えても仕方ないもんだとは思っているのだ。どれだけ苦しいかなんてどれだけ言葉で説明しても、やっぱり理解できないしされて困る。なによりそういったものを平然とこなす姿が格好良いのだ。それこそが私が唯一自慢できる、受け継がれてきた『えーかっこしい』のサガである


「話聞いてるとさ、何で入院したのって思うわ?」


 少し息を吐いてから、妹が言った。んー、そっかあまり深く言わなかった部分から、仮病だと思われてるのかね? 変な誤解を与えても仕方ないので少しだけにしていたが、それじゃ、まあ、ちょっとくらい良いかな。


「酷い時はかなりつらかったんだよ。入院中はずっと感じてたあったし」

「具体的には?」


 3分の2くらいに減ったコーヒーを見つめながら、私は当時の心境などを思い出す。ちょいと言葉にし難い所だ。知らないのであれば知らない方が良いかなとも思うのだが、具体的にか...少し考え私は言った。


「...寝るのが、怖かった」

「眠れなかったの?」

「いやあ、眠たいんだけどね。ちょっと、何ていうのかな?」

「うん」


 調子の悪さが過ぎてしまうと考える事も暗くなる。私の場合も例には漏れず色々と悪い事ばかり考えていた。しかしこの時の心情を、理解される事はないと思う。だから言葉にはしたくないのだが...。少し考えながら、私は続ける。


「そうだ、特に悪かった時。そういえば、あの時かな?はりがねさんとびやだるさんが来ていた時だ」


 ごまかしだったが、妹は見事に食いつく。


「ほう、何があったの?」




**―――――

 あの日、私はまいっていた。


「んー...」


 窓から朝の光が入っている時間なのに、私は起き上がれずにいる。この辺りは妹に伝えないのだが、前日からまともに眠れていない。うつらうつらは出来るのだが、このまま目を閉じて眠ってしまった場合、明日は目覚める事がないような恐怖が大きくなっている。ぐるぐるまわる天井も、こちらに迫ってきそうで怖い。

 夢か現か? 何か呼ぶ声か音かがどんどん大きくなってきて、ちいさくなって、また大きくなって、怖くなって叫んだはずだが、その叫び声が実は夢で、目を開いて安堵する。薄暗がり。かすみ目に飛び込んでくるのは、点滴が落ちている光景であった。


「...ぐぅ」


 そんな夜を過ごした朝は、ふらふらした頭で、色々と億劫で、光が顔を撫ぜて、無理をして起き上がってみる。頭の奥がふわふわ漂っている感じが続いている。目が回っているような気がする。寒くはないのだが、なぜだか解らないが指先が震えていた。もう一度寝転んでみる。ついさっきバイタルは終わった筈で、朝食が置かれていた。


「な...あ、なあ」


 あー、だれか呼んでるなと顔を向けたいが、私の億劫さが勝った。


「大丈夫なん?」

「ん...ぐぅ、んー」


 気の利いたことも言えず、顔だけ声の方へ向ける。そういえば、さっき起き上がっていたんじゃなかったか? と思った。何時の間にかうつぶせ寝になっている事に気が付いて、少し混乱する。左手に携帯電話とストラップが握られていた。そっか、これを取りたかったのかなあ? と思う。


「なあ」

「お、はよう、背中、いたい...頭回る」


 独り言のように呟いて、頭を押さえる。


「おはよう...って、ちょっとだいじょぶなん!?」


 言うが早いか、ベッドに乗り込んだあやつは背中をさすり始める。その小さな手が、ぼんやり温かく感じた。


「だいじょうぶ?あんな。うちのおかんな、おとんがしんどい時にこうするんや」

「ぅー、ん...」


 何というか、その温かい手が心地よかった。背中に熱が広がっていく気がして、先ほどまでの震えが止まった気がする。


「あ、りがと...」


 つぶやいてそのままうつぶせに突っ伏した。その手はまだ背中をさすってくれている。


「ええねん...だいじょうぶや...」


 声が、脳裏に染み込んでくる。私はその手の温かさと心地よさに目を閉じ、そのまま眠ってしまった。



 意識が戻った。誰かが背中をさすってくれている。結構時間が経ったと思い、目を開く。視界は、一枚膜が張った様になっていた。少し頑張って後ろを向くと背中を撫ぜてくれていたのは、はりがねさんがだった。


「だいじょぶ...だいじょうぶや」


 落ち着いた声だった。起き上がろうとして、背中を撫でてくれていたあやつが隣で眠っていてびっくりする。


「あ、起きたんやねぇ。しんどかったなぁ」


 にこりとわらうはりがねさんの声につられて、びやだるさんものぞき込んできてなんか言っている。多分『天使達の姿を堪能できたよね、はにー』とかそんな感じっぽかった。


「んー、そのー、えと、ありがと?ございました」


 いまだに頭がすっきりしない。口の中がにがにがした。ただ、ここ数日間分の苦しさが、幾分か和らいでいる気がする。


「んー?」


 自分の纏まらない頭のまま何か言おうとしていたら、はりがねさんが細い目をさらに細くして笑いかけてきた。


「よう眠れたかなあ?」

「うー、うん。ありがとうございました」


 お礼を言うと、おや、そういえば初めに背中さすってくれていた人を見る。


「...んー?あれ?」


 どうやら物音で起きたようだ。ゆっくりと体を起こし、目をこすりながら言う。


「ん、あー、ねてたみたいや」

「そっか。ありがとね」

「もうだいじょうぶなん?」

「うん。大丈夫」

「よかったわ」


 笑うあやつに、頭を掻く私。その様子を見ていたはりがねさんが、少し笑った。


「あのな、君たちに大切な事を教えとくわ」

「なぁに?」


 少し真剣そうな目。私たちはかしこまって同じベッドに腰掛ける。


「ご家族以外の人と同じベッドで眠る事になったらな、言ったもん勝ちの魔法の言葉があるんや」

「うん?」

「なんなん?」


 小首をかしげた私たちにはりがねさんは言った。


「せきにん取って、や!」

「なんでやねん!」


 それが、私が聞いたびやだるさん初めての日本語だった。




**―――――

「なんでなの!?」

「しらない。けど、その後びやだるさんはしっかりせきにん取ってくれたんだって教えてくれたよ」

「子供に教えるセリフなの!?」


 頭を抱えた妹の姿をにやにやしながら私は続ける。


「たぶん、はりがねさんの中では、重要なんだと思うよ」

「...じつはお茶目さんだったのね」

「う、うん。それまでは、私の勝手なイメージでは着物着てピシッとしてて、アルミサッシとか指でこすったりするような感じだったのになぁ」

「あたしもそんな感じの認識だったのになぁ」


 少し、眉をひそめた妹がつぶやく。


「そんでね、戸惑うびやだるさんみて大笑いした私たちは、声を揃えて言ったよ。責任取って!とね」

「あれまぁ」

「それがほぼ同時だったんでね。はりがねさんも、目を丸くしてね。そんで、まあ仲ええなぁって笑ってたよ」

「それってどっちが債務者?まあ、債務不履行をする人物は決まっているけど、けど、えっと、うーん、責任、うーむむむ」


 つぶやいているつもりでも、声の大きい妹である。時々観点がおかしい気がする。しかし、あの時のあやつの手が、はりがねさんの手が、何というか...背中をさすってもらうだけで本当に楽になっていて、凄いなあって感動した事を伝えたかった筈なのだ...。今思い返してみると感慨深く思う話だったのになあ...、うん。

 でも、そうだなぁ、はりがねさん()変な人だったんだなぁ。


「まあ、変な人のいる所には変な人が集まるから、かな?」


 私の考えを読んだかのような妹の呟きに、私は言った。


「一番変な人の言葉はちがうね」

「なーっ!? しっつれいな !諸悪の根源!!」


 (いきどお)る妹に、私は付き合う事をしなかった。


「まあ、この話は本筋から外れてるね。続きなんだけどさ」


 言っても無駄だと理解してしまった妹は、ふてくされてそっぽを向いた。


「で?」

「記憶にあるのはこれぐらい。後はねつ造になるんだけどね」

「ねつ造しないで。覚えている事だけ話してよ」

「えー」


 ねつ造しないとなると、今までの話も幾分か怪しくなると、言ってみたい気がしたがやめておこうか。



                            つづく

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