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妹・私のざつだん日誌  作者: 夏夜やもり
第一章 朝焼けメダリオン
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第4話

「ねね、ふっちょさんて、どんな人だったの?」


 ケーキのかけらを金色フォークで弄びながら、妹が聞いてきた。


「ふっちょさん? えっと、あだ名だとぽっちゃりしている印象だけど、体型は細めでね。目の下のクマが気になる美人さんで、笑う時はふふんって感じだったな」

「うんうん眠ってない感じ?」

「たぶんねぇ、きつめの美人さん」


 私の印象を伝えた後、少し考えてから続ける。


「だけど、楽しそうな時の感じは伝わってきたし、怒る時には本気で怒って怖かったよ」


 妹はにやりと笑みを浮かべ、手持ちのフォークで私を刺した。


「もっとも怒られた人のセリフは違うね」


 なんて失礼な人だろう? こんな真似をするような子に育ててしまった人に、説教くれてやらきゃ! などと心に決めながら私は指を振ってから言った。


「失敬だなあ。私は常に主犯の隣で小さくなってただけだよ」

「黒幕なのね...」

「ふっ、当時は若く、右も左も知らない私は、妹の為に無理やり酷い事をさせられていただけだよ」

「あたし、その時期知らないんだけど?」


 ああ言えばこう言う奴だ。軽く頭を掻いてから、私は言葉を続ける。


「おやおや? そうだったっけ?」

「ほとんど初耳だっていってるじゃない」

「この私が、妹の為に手を汚していたというのに...」

「汚れているのは魂でしょ?」

「ぐぬぬ...」

「んで、ふっちょさんの話は?」


 あまり話題がそれても良くないか、私は軽く息を吐き、話を続けた。


「ふっちょさんはね、誰に対しても態度変える人じゃなかったんだよ。好きになる人と嫌っちゃう人がはっきりしてて、一部の患者さんにはすっごく感謝されてたね」

「ふーん...」

「言葉を飾らないから痛いんだけど、たぶん誰よりもまっすぐさんだったと思う」


 そこで妹は少し首を傾けて、私を指さし聞いてきた。


「どっちだったの?」


 こと人に関して、好きとか嫌いとかはあまり素直に言いたくはないのだが、こういう時には誤魔化(ごまか)しちゃいけないとも思う。

うーん中々言葉にしにくいなあ。


「なんというか...その、うーん、私にいい影響を与えてくれた、大切な人だと...思う」


 徐々に声がちいちゃくなっていった。


「そっか...よかったね」

「...うん」

「でもさ、看護師長さんなんでしょう?好き嫌い分かれる人が出世できるもんなの?」


 私の影響のためか、普通の方よりたくさんの大人と付き合いのある妹は、この年齢にしては()れている。穿った見方をする妹特有の疑問に、私は答えに窮した(きゅう)


「実際の所はどうなんだろうね?」


 私も組織にははじかれる感じの生き方なので、意見としては参考にはならない。ただ、ふっちょさんは私達を見ててくれた時の様子としては、ご自身もいっぱい働いていたけど、しっかりリーダーさんをしていた筈だし...ああ、だれか言ってたかな?


「前任だった人が同じような方だった...というのはぽろっと聞いたことがあるなあ。今の時代じゃ、どうだろうかね?」


 軽くケーキに目を移す。残り3分の2くらいで、まだ楽しめる姿がうれしい。半分を食べた妹が、口でフォークを揺らす。私が目で注意するとおずおずと口から外して言った。


「まあ、あたしもいざって時みてほしいかも?」

「うん。本気で治そうってのが、子供心にも伝わってきたからね。私達には好かれてたよ」

「良い人が見てくれてよかったね」

「...しっかし、ふっちょさんかぁ」

「んー?なんか思い出した?」

「えっと、そうだなぁ」



**―――――

 人の世の、酸いも甘いも噛み分けて、大部分は苦くて臭うという真理を悟り、今を適当に生きてる私でも、あまり言いたくない出来事がある。その一つが思い浮かんでしまった。


「...ん」


 あれはお隣さんが居なかった時の話となる。一段と酷い体調だった私は、広い病室と闇色の天井が揺れながら迫ってくる気がする様な感じがあった...。


 眠っているのかそうでないのかが曖昧である。体を動かすだけの事がとてもつらい。じっとしていると何処かが疼く(うず)ような感じがあるのに、寝返りを打つのが億劫(おっくう)だった。


「んーー、うー、むうう」


 息を吐いて、吸って、薄目を開けた。胃の辺りがむかむかしている。この場に吐き出したいものが上がって来るのを押さえていると、ツンとした酸っぱさを感じた後にお腹がちくちくと痛む。頭も痛い。背中も腰も、順々に痛みが移って回る。頭の中も回っている。異常と同時に私はトイレに行きたいと思っている。しかし、身体を動かす事が出来ない。


「んー、うー、むぅ...」


 目を閉じたままだったが、起き上がろうとして、出来ない。トイレに行かなくちゃならないという意識と、動きたいのに動けないという良く解らない体の重さが、頭の中に広がっている。ナースコールは思い当たらなかった。


「......」


 そして、目を閉じて眠ろうとして...失敗、してしまったのだ。


「~~~」


 この齢なのに!? とても情けない気持ちが下の方から登って来る。恥ずかしいという気持ちも。自分がどれだけ駄目なのか、自己嫌悪の極地であった。


「いやだ...」


 熱っぽい息を吐いてから、そのまま夢だと思いたかった。どうやらそこが限界で、私は意識を失った。





「...ったね」


 何処か浅い夢の中で声が聞こえた。冷たい手の感触が額を触れる。体をよじった気がするが、すぐにまた意識が闇に落ちていった。





 翌朝になって、目を覚ます。昨日の夢が夢じゃなかったかもしれない! 血の気が引いている。急いで確かめてみたのだが、そのような感じがない。こんな性格でも恥は知っていたので、失敗した記憶が夢だと知って心底胸をなでおろしたものだ。


「...うぅ」


 息を吐いた後に、体調は...まあ動けるくらいにはなっている。起き上がってみて気付いた。パジャマのズボンが変わっていたのだ。


「夢...? じゃないの? どっち?」


 呟きが言葉となって零れたのだが、答えは出ない。動けるか試してみると、何とかなる。よろよろとベッドを抜け出して、ふらつく足取りでナースセンターまで出る。と、ふっちょさんがくまを一層深く作って何処かへ向かう途中だった。


「あら、おはよう」

「お、はよう、その...」

「もうすぐご飯だけど、たべれるかな?」


 言いかけた私の言葉を遮るように、朝食の事を聞いてきた。


「...うん」

「あたしは夜勤明けなのよ。で、もう帰るけど、出来るだけ食べなさいな」

「うん」

「それじゃ、またね」

「あの...いや、うん」


 いつも通り...。そう、いつも通りだった。そこで私は確信した。ふっちょさんが私の失敗を無かった事にしてくれたのだ。そして、子供相手でも恥をかかせるような事の無い様に、配慮してくれたのだと。記憶にはあったが中々思い出せないもんだ。分別が付いた年齢になってようやっと気が付けたみたいだな。



**―――――

 ちらりと妹を見る。私が暫く言葉にできないので訝し気(いぶかしげ)であった。


「ねえ、どうしたの? 黙っちゃって...」


 『ふっちょさんてどんな人?』という問いかけで、一番に思い浮かんだという事はとても印象的だったという事だ。

 しかし、これは、たぶん妹にもいつか伝えておくべきなんだろうなぁとも思うのだが...。


「どうしたのって? ケーキは逃げないってば」


 おやつの時にはよろしくない話題であると、私は言葉を飲み込んだ。


「多分、ケーキは逃げたいのかもしれないねえ」


 私は少し目を細める。


「こんなにおいしいからね。だからこそ、あたしの高貴な体内に保存してあげなきゃだね」

「高貴かどうか知らないけど、食べてしまうとなくなっちゃうよ」

「だから大切に食べてるんじゃない」

「口を開けば一言多いな。しゃべるか食べるかどちらかにするべきだよ」

「口を開けなきゃしゃべれないし、食べれないわ。どっちもするから多くなります」


 やっぱり口が減らんなあと思いつつ、私もつられてもう一欠け、食べ進む。


「美味しいねえ。まあ、この味に免じて私への不敬は大目に見よう」

「不敬って何よ?」


 言った私に妹は不満そうである。


「いつかは鼻を明かすからね」

「うーん、それなら目をつぶってほしいかな」

「ふふん、そうだ。寝耳に水の体験をさせたげるわ」

「何度か注意したけども、寝てない所に物理的に水入れてくるのはやめてね。そういったのは、もっと耳が丈夫な人にしてほしい」

「ま、どっちにしても頭を抱えてもらうから」


 一連のやりとりの後、お互いにコーヒーを一口頂いて、妹が言った。


「...乗ったあたしも悪いけど、話が全然進んでないわ」

「そだね。えっと、ふっちょさんだけどさ」

「うんうん」


 あの夜の話は良いや。他の体験を、私は思い出していた。



                            つづく

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