やかんちゃん
今日は私が夕飯当番である。最近はちょっとマンネリ化しているので、たまには凝ったものでも作ろううかいなと、たまねぎとにんじんをみじん切りにしていた。
「うーん、これってコツとかあるのかなあ?」
そんな呟き交えつつサクサク切っていくと、お二方は共にばんらばらになってしまい、ボールの中で赤と白のコントラストを作っている。
ちなみに妹は入浴中であり...あ、変なこと考えてはいけません。のぞいたら、ひどい目に遭ってもらいますよ。
「~♪」
そんな事を考えていると、怪音波が聞こえてきたなあ。発生源は妹である。あやつは自分のご機嫌と引き換えに、周囲の不愉快指数を引き上げるのだ。少しでも被害軽減するために、何か試せることはないかなあ?
そんなときに電話が鳴った。キッチンに置きっぱなしの妹スマホである。
「あー。どうしよか?」
このスマホさんはいろんな所へ沈められているけれど、渡したげるべきかな?それとも見なかったことにするべきかな? そんな事を考えながら画面をみる。んー見覚えのある名前だな。確か妹の親友ちゃんで、私とも面識のある子だ。一応、一声かけるかな。
「ねえー、電話だよー!」
お風呂場の怪音波が一時やんだ。
「んーだれからー?」
私は、親友ちゃんの特徴を応える。
「えっと、私も会ったことのある、キュート眼鏡の小柄な子」
「あーじゃ代わりに出てー、あのこ放置すると何度もかけなおすのよ。後でかけるって伝えてー」
「あいよー」
私が答えると、間髪いれず怪音波が聞こえてくる。
「~♪」
このきっついのをBGMにし、私と話す親友ちゃんかぁ...ちょっと可哀そうだな。そう思いながら電話に出た。
「はいもしもし、妹の代わりにすみませんが、お電話番号に間違いありません」
「えっ!? えと、どなたですか?」
聞かれたら、答えるしかない。
「ひみつです」
「...へ、ああ噂の...えっと、あの、いつもお世話になっています!」
噂ってなんだろう? まあ丁寧なあいさつなので仕方がない。私もスマホに頭を下げる。
「すみません、妹はいまお風呂に入ってて、後で掛けなおすと言っています」
「ご丁寧にどうも。あの、やかんちゃんはどれくらい掛かるでしょうか...」
やかんちゃん? なんだそれ、初めて聞いたなぁ? すぐに聞くのも失礼かもしれないので、喉元まで出かかった疑問をおしとどめ、質問されたことに答える。
「んー。さっき入ったばかりなので、時間は結構かかりますよ」
妹の入浴は長い。まあ、私も長い方なのでそのあたりを責めることはない。スマホをこのまま渡すことも考えたのだが、妹のスマホ入浴は3回であり、一昨日にもやっている。しばらくは反省の色を見せているだろうから、ま、やめとくかなぁ。ちなみに、私も小説を幾度か入水させている。そのため、やはり追究できないのだ。
「そうですか...」
残念そうな親友ちゃん。話の切れ目ができたぞ。疑問をそのままにしないところが、私の長所で短所なので、隙をのがさず質問を投げてみる。
「あのぉ、あやつはやかんちゃんって呼ばれてるんですか? 何をやらかしたんです?」
「へ、ああごめんなさい、変なあだ名で...」
「大丈夫ですよ。私もあだ名付けて怒られるけど、妹が認めてるなら良いですよ」
「あ、聞きました。なんでしたっけ?」
「え、聞いた? 何をです?」
「詳しくは、教えてくれないんですけど、えーっと、時計に...」
「きまぐれ三郎ですか?」
「えっ?」
「えっ?」
会話が止まってしまった。なんだろう? この間が
「ふふっ、あははっ! 良いですね! 時間解んないし!」
「時計に騙されない様に、戒めとしてつけてます」
「あははっ、じゃあ何を信じればいいんですか?」
「心とスマホ?」
「電池切れてたら?」
「んー、まあ、諦めましょうか」
「あきらめないでっ! あはははは」
なんでだろう? 親友ちゃんはくすくすと笑いだした。よかった、うん、私のあだ名付け技術は結構すてきみたいだ。妹には不評だけどね。
「けどね、妹はやかんぽく無いなぁ? もしかして、私の知らない所でつるつるになってた?」
「へっ、いえ、つるつるって...?」
「じゃあ、赤くなって周りに襲い掛かったんですか?」
「そんなことしませんよぉ」
親友ちゃんはくすくす笑いながら否定してくる。いやあ、私は襲われてますよ?まあ、言わぬが花かなぁ?
「あのですね、あのあだ名はですね...」
そこから、親友ちゃんのお話が始まる。
**―――――
それは、妹が林間学校だか臨海学校だかの事件らしく、そこそこ前のお話だ。班単位で集団行動するのだが、妹の班にはちょっとシャレになんないくらいのねぼすけさんが居たらしい。悪いことにその日はスケジュールが詰んでいて、さらに妹が班長だったらしい。
「こらー! おきろー!」
大声もなんのその、ねぼすけさんは夢の中。その時の決まりでは、遅刻に全体ペナルティがあるらしい。しかもそのねぼすけさんたら、ほかの友達ちゃんと明け方までうだうだ言ってたらしく、妹の中では許せなかったのだろう。耳元スマホの目覚ましも効果がなく、うーとかあーとか答えていた。
「あーもうもう! じゃあとっておき!」
「な、なにするの?」
「うちのろくでなしを叩き起こした方法!」
そう言うと食堂まで掛けていき、でっかいやかんを二つも借りてきて、その場で打ち鳴らしたのである。
そのリズムの外し具合ときたら!
親友ちゃん含め、周りまで精神的に来たというから、威力はばつぐんである。その結果、重度のねぼすけさんを寝たまま立ち上がらせた。
「おし! 全員起床っと」
自分の仕事に胸を張り、両手に持ったやかんを天高くかかげた姿は英雄の風格があり、そのときより妹は『やかんちゃん』という称号を手に入れたのだ。
**―――――
「なるほど、朝にそれはきつかったね...」
「そうなんです。何か一日胸がざわついてました」
本当、災厄をばらまくひとである。
「あ、でもうちではお鍋とおたまも加わって、大変な事になったんですよ。うん...こう、心臓に悪いって感じ?」
「うふふっ、そうなんですかぁ?」
「あ、私にも健康被害をだしているってのは、ひみつにしてくださいね」
「え、無理だと思います」
なかなかストレートな子だなあ。
「そこをなんとか!でないと、私の寿命がまずいんです。人助けだと思って下さいな。今度何かお礼しますんで」
「あら、本当ですかぁ?」
それからもう少しだけお話すると、妹へのお電話なのに話し込んでしまったことに気付き、私は話を打ち切る。
「ああ長くなってごめんなさいね。また、気軽に遊びに来てくださいな」
「はあい、じゃあまた」
一息ついて、スマホを置いた。
「~♪」
妹はいまだ怪音波を放っている。
「んー、じゃあご飯作るかなぁ...」
こうして、新たな妹の一面を握って上機嫌な私は、手の込んだ料理作りへと取り掛かるのであった。
『やかんちゃん』おしまい




