第22話
なんと早い時間に目が覚めってしまったのだろう? こないだの雑談のせいなのだろうか、最近は何故だか早起きが続いていたのだ。しかし...今日は特別早くて、朝焼けの時間。ぼんやりした頭で開けた窓の外を見る。その空はもの悲しくも美しい、寝ぼけ眼のお日様を拝見できた。鼠色の千切れ雲達は勢いよく泳いでいき、赤い大空に彩りを添えている。
「......」
少し頭を掻いてから時計を見るが、起きて行くには早すぎる。二度寝しようかとも考えるのだが、目はさえてしまった。
「まあ、起きるかなぁ」
つぶやいて、記憶に新しい一番上の引き出しのカギを開け、山吹色のハンカチからメダリオンを取り出して、朝焼けを映してみる。ちょっと思い立ち二つに分けてみた。びやだるさんてば二人が仲良くなるように、合わさる構造にしたんだなと、感慨深く思える。
「あいつとあやつ...元気かなぁ?」
切れ切れの鼠雲の間を縫う朝日の赤い産声が、朝の時間を染めきった。その一欠けを受けたメダリオン達は揺れて輝く。
「んー...」
少しだけその姿を見つめた後、私はそれを元の位置へしまった。朝の準備をしなくてはならない。
「おはよー。今朝は早かったみたいね?」
朝から元気な妹が、頭掻きながら起きてきた。
「んー、おはよう。まあ、眠いからだと思う。二度寝しようかなぁ」
「いや、今寝たら寝坊するわよ」
「大丈夫」
「根拠ないでしょ」
「えー、今回は自信あるよ」
「その自信でひどい目に遭った件さ、あたし数えるのやめてるんだけど?」
「遅刻はしてない」
「何かと犠牲に間に合わせたのに?」
「ぐぬぬ...」
妹と簡単なやり取りの後、朝食を並べてテレビをつける。ニュースはどのチャンネルでも似た様な事を言う。私たちは耳障りでないものを選ぶ事が多い。
「降水確率30%...微妙だなぁ。って、そうだ、今日はバイトだっけ?」
「うん、そうねぇ。今日はあたし、遅くなるかもしれないわ」
「じゃ、夜は食べてくるの?」
「いやあ、家で食べるわ」
「解った、作っとこうかな...あ、遅くなったらごめんね」
「その時は残り物があるわよ」
朝の時間は進んで行き、朝食が半分くらい減った頃、妹がテレビを見ながら呟いた。
「あれ、なにこの種目? 知ってる?」
「んー? 知らない。こんな競技もあったっんだっけ?」
あまり興味のない話題でも妹は一言付ける事が多い。今画面に映っているのは何かのスポーツらしい。マイナー...ん? 3位に入った自国代表のにっこにことした表情と対照的に、2位の国の選手がすごい落ち込んだ表情を見せている。珍しいなとみていると、その選手が顔を上げた。
「...え!?」
いや、でも? ええっ!? 何か、見覚えのある顔なんですが。...何といえばいいんでしょうか、つい最近思い出していた人の面影があるんですけど?
「どしたの? この競技好きだったっけ?」
「んっと、いや、え?」
映像には、ちらりと応援席が映る。
「うわ、まさか、ええ!?」
少し年を重ねて少しだけすっきりしたびやだるさん、ちょっとだけふっくらしたはりがねさん、そして、そして! 落ち込んだ選手そっくり顔のご家族さん...という事は!? あっれえ!? え? ええ!? って、驚愕していると映像が変わる。いや、映像これだけ!? マイナースポーツだからですかね? 私は急いでスマホを取り出しニュースを開く。
「ああ!? なによ急に! ご飯スマホは禁止だって言いだしたの自分じゃない」
そうだったなぁ。自分で破っちゃいけないなぁ。おかんむりの妹に、かるくひとこと。
「食後スマホは禁止してないよ」
「え? これ半分残すの?」
「うん、帰ってから貰うから」
「もうもう! 本当に片しちゃうからね!」
妹は不機嫌を隠そうとしない。
「とっといてよー。後で食べるから」
「朝食べるのは駄目! 暫くは厳重に保管するからね! ガムテで!!」
追及に対して上の空で返したせいで、妹はお怒りになってしまったらしい。それじゃ取り出す時面倒じゃないかなあって、え? あ、ガムテ剥がすの私か?
「むぅ、わかったー。ごちそうさま」
これで朝食もおしまいとなってしまう。後でちょっと後悔するかもしれないけど、緊急時ゆえ仕方なしだ。
「ああ...やっぱり、そう、なんだ...」
スポーツニュースをチェックして、昨日行われたあの競技、自国の選手が銅メダル。つい最近、雑談でよみがえった記憶のあいつと、赤ら顔のびやだるさん。あまり表情の変わらないはりがねさん、あと、あとは、そう。元気そうなあやつの写真を見つける事が出来た。
「そか...よかった、よかった」
皆、元気そうにやっているのだなぁ...うん、うん...心配したんだぞ。
あ、でも心配したのは一応ですよ、一応! 私はひいおじいさんの形見であるお守り渡したんだからね! 霊験あらたか、無病息災ってやつだから、それほど心配してないんだからね! 私は罰当たりが多かったせいか、結構苦しんだけどね。
「はい、コーヒー。ねえにやにやしてどうしたの?」
検索したワードをさらに詳しく検索掛ける。有名人は詳しく知れる今の時代がありがたい。
「ありがと。明日は私が片付け当番だね」
「うん、だから、何があったか教えてよ」
妹の態度は和やかなのだが、私の皿はしっかり片付いている。
「そうだね、何というかな」
その言葉を背中に受けて返さず、スマホの画面を注視する。1位2位3位の方のコメントがあった。アクシデントで銀メダルだった選手のコメント。『今回は銀だったけど、次は必ず金を取って、約束しているパートナーへ届けます』とても悔しそうな表情でインタビューに答えてくれた。ですか。うん、まあ、うん...。
「ねえってば、どうしたのよ?」
「んーたぶんだけど...」
ご家族皆さんも...うん、うん、大変だったみたいだね。頑張ったんだね。背中さすってくれた事も、手握ってくれた事も、いろんな人に色々迷惑かけちゃった事も、実は時々思い出すんだよ。
「いやあ、びっくりした」
「だから、なにがよ?」
ありがとねと伝えに行きたい気持ちが半分、それでもまあ無理して会いにいかなくてもいいやって気持ちが半分。
「うん決めた」
「朝からおかしいわね。何を決めたの?」
「あっははははは、まあ、こんな事もあるもんだねえ」
「もう、どうしたってのよぉ!」
「んー、まあ、近いうちに教えるね」
「それ絶対忘れるやつよ! というか、何決めたの?」
「そっちはひ・み・つ」
「ああ! もう! また!」
そう。氏名、年齢、性別を聞かれた時に必ずひみつと答える私であるが、本日より、注目しているスポーツを聞かれても、ひみつと答えるのであった。
第一章 おしまい
ここまでお読みいただきありがとうございました。
第一章これにて終幕となります。




