第21話
お皿の片付けがすんでから、メダリオンを持って自室に戻る。引き出しを開こうとすると何かが引っ掛かっている。少し苛立って私は、少し強めに引き出しを開いた。引き出しの中身が色々飛び上がったらしい。一つ息を吐いて、メダリオンを暫く見つめる。
「あいつとあやつ...か。あれ? 伝わってたかな?」
少し力を入れて回すようにメダリオンを引っ張ると、それはふたつに分かれた。同じ人が作ったもので、表と裏の模様が違っているのだ。
「顔はそっくりなのに、性格は違ってたなぁ」
あいつからメダリオンを渡された日よりも何日か前である。同じようなやり取りがあった。あやつ、そうあやつが、だ。あやつは私の袖を引いて、屋上へ出るよう促した。その時も、私は微熱ぎみだったのだ。
**―――――
「なな、ちょっとええかな?」
小さく声を掛けられて、目を覚ます。ちょっと薄暗い時間であり、ずいぶん早く起こされたらしい。
「んー、むうー? 良いけどどうしたの?」
そんな感じであやつは私を引っ張っていく。寝起きでふらふらの私は、携帯とストラップをもって、あやつについていく。朝焼けの見える時間らしく風が吹いていた。今日の朝日は、やはり世界を紅く染めている。
「朝焼けきれいだね」
「ほんまやな」
「夕焼けもきれいだけどねー」
「あんな、屋上のはしごのとこから見えるビルから夕陽みてみ、ちょっと驚くで」
「へえ? じゃあ、こんどみてみるかなぁ」
「...」
あやつは少し下を向く。
「んで、どうしたの? ご用はなあに?」
私が聞くとあやつは顔を上げて行った。
「あんな、もう退院やねん」
開口一番の言葉だった。
「あれー? 早いね。おめでと」
「ちゃう...ちゃうねん...もう、あえへんねん」
「んー?」
「でな、あんな、貰ってほしい...ものがあるんよ」
言いたい事がまとめれないのか、あやつはメダリオンを私に差し出す。
「カタミってやつや」
私は言っている意味が解らなかった。しかし、ふわふわした頭の私でもあやつが真剣なのだと解る。
「形見...?」
形見というと私はポケットにあるストラップを思い浮かべる。これはひいお爺さんの形見である。だから私は言った。
「形見って、だれの?」
眉を上げて聞いたのだがあやつは答えない。ただ押し黙るだけ。私は、少しずるいよなぁと思いながら見ている...と、あやつはさらに言葉を続ける。
「あんな、これからおかんの実家に行くんよ」
銅製のメダリオンを押し付けてくる。その真ん中にはお月様のモチーフが描かれていた。
「もうな、あえへんやろ。だから、だからな」
なぜか必死になって私に押し付けようとしてくる。
「うーん、でもさ、これびやだるさんの手作りでしょう?」
「うん」
相変わらず野太い手が思い出されてしまう。あの野太い指で良く作れるなぁと思いながら、私は胸に押し付けてきたメダリオンを押し返す。
「これさ、大切なおまもりでしょ? 持ってたら守ってくれるはずだよ」
あやつは少しびっくりしたような表情をする。返されると思っていなかったのかもしれない。
「いや、あんな、あんたに必要やとおもうねん。あんなに、いっぱい身体わるくしてからさあ」
心の底から心配している顔を見て、私は少し鼻をかく。今も少し息苦しさがあるのだ。
「え、うん、まあ辛い時は、まあ辛いけどね、でも、でもね」
「ええねん。うん、ええんや。入院しとったら元気になるんやろ?だからな、これはあんたに貰ってほしいの。お願いや」
これを本気で渡したいと思っているようには見える。だから、私は受け取らざるをえなかった。受け取りながら、あやつが出している雰囲気が気に入らなかった。
「うーん、じゃあ、かりておく」
受け取ってから、少し考える。
「そうだ、形見か」
私はポケットに入れていた携帯を取り出し、ストラップを外して渡す。思い入れの深い物だったのだが、仕方ない。
「じゃ、これ貸したげる。必ず取り戻すから、返しにに来て。約束だよ」
「これ、え、これって、ええ!?」
目を丸くして、ストラップを見ている。その小ささの割に結構重く、細工も凝っているものだ。
「たしか、銀と金の細工らしいからね。もってってよ。超おまもりだよ!色々治って大変だからね!」
たしか、このストラップの由来は伝えていたと思う。目を丸くして、おずおずと受け取った。しげしげとそれを見つめている。それから顔を上げていった。
「駄目や! こんな大事なん! もらえんよ!」
「ちーがーう! こっちのもっと大切なのを貸してくれたんだから、お礼に貸すんだよ! あいこでしょう? 次会った時に交換するから、大事にしててね!」
私は胸を張る。空威張りという奴だ。
じつはこれを貰った時に、結構念入りに無くさないよう注意を受けている。その厳重さは何度も何度も、念入りにだ。もし無くした場合どうなってしまうのか?
いま、渡そうとしながらもどっきどきしていた。微熱の判断能力低下とその場の勢いと、それと何らかの使命感が、『やっぱりやめた』と口から出るのをとどめているのだ。
私は、さらに自分をだまそうと言葉を重ねる。
「銅よりも銀。銀よりも金。お返しの時に金より素敵な物も付けてもらうからね」
「は? いや、だから、こんな大事な...」
突き返そうとする手を私は上から握った。
「プラチナがいいなぁ、うん、今から楽しみにしとく。だからさ、また持ってきてね。私は金を用意するから」
少し上目遣いで言う。あやつはそれで笑ってしまった。
「も、もうもう、そんじゃ、うん。もらっとくわ」
「あげないって! 借りたから貸すんだからね!何年か後にこれ、返すから返してよ! 次に会った時に! 10年くらい先に、だよ!」
「もう...辛い話できへんやない...」
そして、あやつは笑った。
「そういうところ、好きやねん」
何だか解らないが、私は下を向く。多分、もう会えないんだろうなと、子供ながらに匂っていた。
**―――――
そう、二人だったのだ。
ぼくとうち。最初、真ん中にいたのが私だったから、あとからきたの二人に挟まれた。私が不調が続いていた時で、ベッド変わってとか言われなかったんじゃなかったかな? それとも、病院では放置が原則だったのかな? 廊下側と窓際のおとなりさん。あの日、渡してきた方のあやつは、検査の結果が良くなくて、その結果があいつよりも早く出たので...たぶん親御さんの行動が素早かったんだろうと思う。今の、さまざまなけがれた知識から、そう思っている。
「金のメダリオン、用意してたっけなぁ?」
おかんの家と言っていたが、多分もっと、もっと、治せる所へ行った。
あやつが、だ。
そして、あやつとのお守り交換の日、ベッドが空になっていた。
「......」
屋上で落ちて、あいつや多くのひとに迷惑をかけた夕方は、あやつがいきなり居なくなったベッドを、私はぼんやりと見つめる。あの、胸に迫るあやつの態度と、言葉が私を責める。
しかし、身内のあいつは平然としていて、少しイライラしていたのだ。だから、あいつの忠告でも意地を張って最後まで夕日見ようとして、落ちてしまった。
それは、昨日まで仲良くしていた人が消えてしまって、とても怖かった。もう少ししたら出ていく予定のあいつと、先に出て言った空っぽのベッドが...。
「...怖い......」
そう。あの場所での生活を、恐ろしいと感じてしまったんだ。その恐ろしさがあふれたのが、夕日の見える屋上のことで、肩を擦りむいた日だった。
私がメダリオン二つをもって、ぼんやりとしていると、あいつが声を掛けてきた。
「だいじょうぶなんよ。おかんとおとんがいっとったもん」
あいつは、私より純粋に治るって信じていた。あいつの見送り時にメダリオン二つを見せると、少し首を傾げてにやりと笑う。
「あんな、これ、実は二つ合わさると合体するんやで」
「...え!?」
あいつは二つを合わせて捻って押して、カチッとならす。銅製の太陽と月のメダリオンが、一つになった...。
私は目を丸くしてから、あいつを見て、少し笑った。
「これ、あげる...」
用意していた餞別を渡す。ストラップほどではないのだが、当時は頑張った品である。
「これも返すんか?」
「いやあ、餞別だから貰っといてよ」
「うん...ありがとな!」
「こちらこそ!」
**―――――
困った人たちだな。こんな大切なものを、私に押し付けておいて...。メダリオンを握る力が少し強くなる。とげとげがあって少し痛い。このままだと、皮膚が破けてしまうかもしれない。きっと...あやつは...。
ノックの音がした。
「ねね、夕飯の支度できたよー」
「...ん、あ、ああ、ありがと」
妹の声に生返事。私はメダリオンを一つに合わせて少し揺らす。夕飯なにかな? ちょっと手間かけれないんじゃないかなと考える。さっき沸いた駄目な感情は心の奥へ押し戻した。妹には夕食中に伝えるかなぁ? 少し迷い所である。
「おまたせ。今日はなになに?」
「うん、今日のメインはサンマさんハンバーグ。安かったのよ」
あれ?鯖じゃなかったのか...。
「また手間のかかるもんを...学業優先しなよ」
「大丈夫。サンマさんは今日の部活で仕込んでたのだよ」
え!? 妹って部活なんぞしとったっけ?
「えっと、何部だっけ?」
「黙秘しまーす」
あ、これ妹の口からは一生解らないやつだ。どこかで調査しよう。
「まあ、いっか。いただきます」
「はい、めしあがれ」
「でもさ、部で仕込んだんなら買い物では何買ってきたの?」
「鯖よ。安かったって自分で言ったじゃん」
「じゃ、なんで今日は鯖にしなかったの?」
「サンマさんがあるじゃない」
少し私は混乱した。
「あの、鯖は足が速いよ」
「捕まったって事は、泳ぐのは遅いんでしょう?」
「は...? うん、そうだろうね...うん」
私は軽く息を吐いた。こうして、今日という日が終わっていくのであった。
つづく




