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妹・私のざつだん日誌  作者: 夏夜やもり
第一章 朝焼けメダリオン
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第2話

 コーヒーにはチョコレートやケーキが良い。

 煎茶には最中(もなか)饅頭(まんじゅう)が良い。

 紅茶には焼き菓子が良い。


 そんな個人的な好みを伝えた事は無いのだが、妹はコーヒーにチョコレートケーキを出してくれた。ちなみに本人はチーズケーキを取り出している。見えない所で小踊りしている姿が、好物だという事を教えてくれる。


「このケーキ駅近くのあそこだよね? 何かあったの?」

「ポイントがたまったのよ」


 このケーキの購入先はちょっと遠めの商店街にあるケーキ屋さんの作である。良心的なお値段なのに美味しいのだ。創業少しのころに友人から教えてもらい、それからの付き合いなので現在では古くからの常連さんとなっている。


「あそこ、そんなことしてたっけ...とういか、そんなに利用してたんだ」

「まあ、誕生日とかのケーキはあそこで買うもん」

「そかそか、友達多いもんね」

「教えたらみんなファンになってくれたよ」

「あんまり広めないでほしいなぁ」


 このお店に対して妹とは意見が違っていて、少し不満があるのだ。私としては信頼のできる友人のみに伝えて、ひっそりと発展してもらいたい。

 しかし、妹は結構あちこちへ言いふらしているのだ! 時折話し合うのだが、現状は平行線である。


「私はね、流行りすぎて味が変わってしまったら嫌なのだよ。例えばあそこの...」


 共通で把握しているお店を例に挙げ、足を運ばなくなった理由などを説いてはみても妹はどこ吹く風である。


「潰れちゃうより良いじゃない」


 虎の妹、意思固しということだろう。結局私はもろ手をあげた。いつかこの議論に終止符を打ち、説得できるフレーズがないかと思っているのだが、いまだに思いつかない。そんな、どうでも良い事を考えながら、半生のチョコレートを乗せた、こげ茶生地のケーキを大事に切り取り、口へと運ぶ。


「うん、相変わらず美味しい!」


 味に関してぐちぐち語る舌を持たないので、感想は一言で済ましている。


「あ、ちょっと味見させてよ」

「どうぞ、こっちにもくれる?」

「あいあい」


 チーズケーキだと紅茶が合うような気もするが、妹はにっこにこしながら風味に一工夫あるケーキを頬張り、コーヒーカップの熱気を睨み、その香りだけ楽しんでいる様子だ。私もそれに習い、お互いに舌と鼻腔で幸せを育ませつつ、私は記憶をたどりながら結論から言った。


「それで、あのメダリオンはね、私が御幼少のみぎりに友達がくれたんだよ」

「ん? お子様の時に? えっと、どれくらいの時なの?」

「入院してた時だよ」

「ああ、前言ってたねぇ。小学校の、えっと5年?6年?」

「ひみつ」

「もうっ、相変わらず!」


 妹をあしらってから、私は話を続ける。



 実のところあまり楽しいだけの思い出ではないのだが、私は暫く入院していた時期があった。当時大きな病院の小児病棟?らしき場所だったと思うが、その時期には周りで色々とトラブルがあってごたごたしていた記憶である。


「当時はね...体調の波が激しかったのだよ」

「ほうほう?」


 不調時には周りが慌てるほど酷くになるのに、好調時は『あなた何しに来たの?』とナースの皆様に睨まれてもどこ吹く風での態度と行動力を発揮して周りまでも巻き込み、いろいろな方面を困惑させていたものだ。


「どっちに転んでも面倒さんだったんだね」

「失敬な。歴史の浅い総合病院の、医療技術とリスクマネジメント能力向上のために遣わした天使様だったのだよ」

「現場にとっての悪魔でしょ」


 ぐぬぬ...何か言い返したいともおもうのだが、あまり突っ込んで言うとさらに売り言葉に買い言葉が続き、最終的には妹印の害悪認定書VOL51を作成されて、友人知人へ配られてしまう。ここは一つ大人となって言葉を飲み込んだ。


「まあ、重要なのはあいつだよ。私の後から隣に来たんだよ」


 入院して暫くしてから、5人部屋で私の隣。廊下側だったか? 窓側だったか? 結構明るくやってきた。金髪、碧眼というわけではないのだが、周りの子とは明らかにかけ離れた容姿のくせに、言葉遣いが特徴的だったと思う。


「ふーん、どんな感じ? あの、日本語覚えたての人みたいなの?」

「ちゃうねん、ぼくなーだったかな? うちなーだったかな? おかんとおとんがな、見舞いに来るんや...的な特徴」


 コーヒーカップを睨んでいた妹の目が丸くなった。


「関西の子だったの?」

「とても自然だったよ。生まれも育ちもってのが似合っていたなぁ」


 私が言うと、妹も首を傾げる。


「そういえば、あたしの友達の従妹もそんな感じらしいけどねえ」

「私と結構うまが合ってね。遊んだり、一緒になって怒られたりしたもんだよ」

「ほうほう。悪さした仲なのね」


 妹の言葉に少しだけ眉を上げてから、記憶を探る。


「入院してきた時から明るい奴で...」


 そうだ、けらけらと笑う事が多かった。出会った頃の私は、タイミング悪く絶不調。自分で言うのもなんだがひっどい状態だったので、あまり相手にできなかった。黙るように手をふらふら動かしたら、察した様に押し黙ってくれる。


「意外と大人びてたのね?」

「うんにゃ、そうじゃなかった」


 黙っていてもすぐに限界が来るのだろう。

 あんなーあんなーっていう具合に話しかけてきて、なんかのスポーツをしていて、その練習めっちゃ大変なんやと言ったり、検査があって楽しくないわーとか、おとんはびやだるで、おかんははりがねなんやーとか、こちらから聞いたわけでもないのに喋り立ててくれたおかげで、あいつの家族構成など詳しくなってしまっていた。


「多分、元気な時にやり返したんじゃない?」

「するわけがないよ。私の清廉潔白を絵に描いた様なこの胸の内、見せてあげたいもんだなぁ」

「心臓に剛毛が生えてるでしょうに」

「大丈夫。カラスさんでもうらやむ様な、艶やかなキューティクルだよ」

「うん、腹黒よりも先進的ね」


 あ、しまった...このままではムナグロ認定されてしまうじゃないか。少し焦りながらも、この話題をひっくり返し...ても傷が深そうな予感がしたので、聞き流したふりで先を続ける。


「まあ、気が合ったし、体調が落ち着いてから、その部屋と隣部屋の子たち引きつれて屋上広場で『究極だるま転がし』とか、『けいどろ~嵐の脱獄編~』とかしていたのだよ」

「え? 走り回ってたの?」

「んー? ああ、そうだね。『けいどろ脱獄』は入院中は無理だったわ。やったのは『究極だるま』だね。走るとか殆どないし」

「縮めるとネーミングのひどさが際立つわねえ、だるまさん転んだで走らないってどんな遊びだったのよ?」

「えっと」




**――――-

「究極だるま転がしをするよ!」


 比較的体調が良かった時の私が宣言したのだが、屋上にいた子みんなが疑問符を頭に浮かべている。


「なんなん、それ?」

「だるまさんがころんだに芸術点を加えるのだよ」


 あの頃は宣言と同時にやってみようが原則だった。私はあいつに鬼役振って、こそこそと近づき、顔を向いた瞬間に足を組んで胸を天に、頭と手の甲を地に向けた、いわゆる飛翔のポーズをとって待機する。見ている全員が目を丸くする。


「あっははははは、シュールな姿やなあ」


 私は少しふくれっ面を作ってから大きく言った。


「は、判定役がいるから、だれか!点数をつけるんだよ。何点?」

「え、9.7?」

「ぐっ! 低い!!」

「いや、10点満点」

「なんとなんと、やったね! 高得点! ...とこのように、点数の姿勢のまま5秒間で鬼は動いたかどうかを判定するの」


 皆一様に顔を見合わせている。


「あと、笑った鬼はペナルティね。鬼を笑かした人はポイント追加って事で、やってみない?捕まったり、動いたりがマイナスポイント。合計点を競うのだよ」

「ちょ、後出しずるいやん」

「笑った人がず・る・い!」

「いや、あんなん笑うって」

「それが目的だもん!」


 実際には鳥さんの美しさを表現できたのに、芸術を理解出来ない奴め! と思っていたとは言わない。あいつと私でそんなやりとりをしていると、どうやらちょっと楽しそうだったらしい。皆が頷いた。


「ん、まあやってみよう」

「おし、採点者はきみだっ!」

「え? ええ!?」


 その日ちょっと具合悪そうな子を指さして、あまり動かない役を割り振り、遊びは始まった。



**――――-

「ねね、屋上にあがれたの?」

「え、そこ?」

「一番に気になったわ。うちの学校は入れなくなってるし」


 まあそうだろうね。妹の学校ではそうだろうけど、私が入院してた頃の病院はベンチがあって、物干し台があって、鉢植えがあって、色々とくつろぐことができる場だった。


「学校とは違うね。たしか、ラジオもってきてラジオ体操してる人もいたよ」

「え、結構早い時間よね」

「うん、寒い時期によくやるなとも思ったけどね、朝焼けのラジオ体操おじさん」

「元気ねぇ」

「元気だと入院しないんだけどね...」

「そうねえぇ」


 そんな事を言いながら、妹がケーキを崩す。それから首をひねってから言う。


「でも、だるまもそうだけどさ...昔っから、変な遊び開発してたよね」

「うんうん。みんな結構たのしんでたよ。芸術点を稼いだり、笑わせようとしたり、様々だったね」

「ふぅん、まあ楽しかったんでしょうね」


 軽く息を吐いた妹は、興味なさそうにカップの温度を気にしている。


「ああ、あと片足になると技術点が得られてたね。その場合鬼の監視が厳しいもんで、揺れだすと5秒間がい~~~ち...ご~~~お~~~~とかになったのだよ」

「目の前にいる人の監視が厳しいとみた」

「あっははは、勝負は勝たなきゃだけど、つまんないのも良くないからね。そこはケースバイケース」

「でも、病院で盛り上がっちゃったの?」

「うん。あいつがすぐ笑っちゃってね、かなりうるさかったんじゃないかな?」

「んー、じゃ? 病院の人に怒られたんじゃない」

「そそ。ふっちょさんが来てね、こらー! ここでは大人しく休む場所!! って」


 妹はすこし眉をひそめる。


「ふっちょさんってなによ? あだ名?」

「自己紹介の時、あたしゃ婦長さんだよっ! ていったのだよ。でも、舌足らずな子がふっちょさん? とか言って、みんな真似しちゃった」

「看護師長じゃなくて?」

「自分で名乗ってた覚えがあるなぁ? ふっちょさん呼ばわりされて、こんながりがりなのにひどいわ! って、笑ってた。いつも目の下にクマがあってね。楽しくて、厳しい人だったよ」

「ふぅん」


 妹は湯気の出ているカップとにらめっこをやめ、残念そうな表情で飲まずに置き、ケーキを小さく切って、やはりいじるだけ。いぶかしげな表情。何事か考えている。


「んー...」


 おそらくふっちょさん呼びを私が言い出したのだと追及するか考えているのだと推察する。誓って言うが言い出しっぺは私じゃない。その追及があった場合、体重を乗せたカウンターを用意して待ち構える。


「まあ、言い出しっぺと広めた人間は別であるという法則が...」

「でね、私たちとふっちょさんはすぐに仲良くなったのだよ」


 うむ。これ以上思考を発展させるとなんかまずい事実に行き当たりそうだ。私は強引に話を続けた。


「ちょっと、思い出したんだけど、ふっちょさんは私達に厳しかったけど、嫌ってるわけじゃないって感じがしたなぁ」




**――――-

 記憶を探っていると、気が付いてしまうものである。

 そう、あの頃は人が自分に対してどう思っているか、何となく感じる事が出来ていた気がするなあ。あの遊びでもなんとなくであるが、ふっちょさんは怒っていたわけでなく、ほほえましく見ているのだとその場の皆が気が付いて、私が誘ったのだ。


「究極だるま、ふっちょさんもやる?」

「あたしはもうちょっとで休憩おわるの!あなた達もきりの良い所までにしときなさいな。あと、静かに大人しく遊ぶのよ」


 そうだ。あの時うしろに何か厳しそうな白衣のおじさんがいた。何となく複雑な表情であった。


「なんでー、それじゃ楽しくないやん」


 あいつがいった。私はそこで振り向いた。


「まだまだだなぁ君は。大人しく楽しく遊ぶっての、難易度高いけどやってみない?」

「え?」


 何をするのかまるで考えていないけど、胸だけは張っていたような気がする。そんで、ふっちょさんの注意通りに、何したっけ?あれ、思い出せないなぁ...。何か結局は盛り上がって注意受けてしまった気もする。



                            つづく

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