第18話
少し日が傾いてきたのか、部屋の明かりが微妙に変わる。私たちの前においてある、メダリオンが日を受けてきらめく。ふと妹が、隣に置いていた山吹色のハンカチを持ち上げ見ている。私は軽く息を吐いて言った。
「そうだ、このハンカチも確か良い物だった筈だよ?」
「え、そうなの?」
妹が目を丸くして、ハンカチを広げて観察している。
「うん。なぜかお隣さん家族に感謝されたてね」
「んー? やらかしたことを好意的に受け取ったの?それとも怪我のお礼とかじゃない?」
「どうだろうね?」
やらかしたと言う部分は聞こえなかった事にしておく。
「でもさ、話聞いてるとお世話になりっぱなしだったんじゃない?」
「だと思うなぁ...まあ、この件はさ、はりがねさんとびやだるさんが底抜けに人が良かったんだと思うよ?」
「んー、納得いかない」
「私もねぇ。ああそうだ。あの日、あやつが聞いて来たんだよ」
「なんて?」
「ちょっとええー?って」
「うんうん」
**―――――
あやつが声をかけてきたのは夕方だった。その日はちょっと暖かくて、前日に寝付けなかった事も手伝い、私は一日うつらうつらしていたらしい。寝たと思ったらぼんやり起きたりで、なんというか気持ち悪い状態だった。
それに加えて、処置された左のこめかみが何となく気になったりしている。
「なな、ちょっとええ?」
「んぁ~、なあに?」
うすぼんやりと目を開く。寝起きに声が掛かって、少し憮然としながらそちらを向く。
「あんな、うちのおかんとおとんやけどな、さっき挨拶したかった言うてたわ」
「あーごめん、寝てたのかな」
「ぐっすりや。今起きたんやろ?ごめんな。で、また近いうちにも来るねん」
「うん」
今日の気持ち悪さのイライラが声に出ていたのか、あやつは少し声を潜めつつ、しかし、はっきりと言った。
「この前、迷惑かけたから」
「...ぅん?」
「申し訳ないわってな」
迷惑?殆ど私が掛けたんだよなぁ?申し訳ないって私が言わなきゃじゃないの?寝ぼけていてもそう思い、私は少し首を傾げる。
「んー......迷惑って? なに?」
「え!? 覚えてへんの? 最近やろ?」
「さあ? 忘れようと決めた事は思い出さないよ。私」
「ふ、ふふっ、相変わらずやね」
「そう?」
「でもな、おかんなんかちょっと涙目やったんやで?」
「...私何したっけ?」
呟いて私はばつが悪そうに下を向く。
「頑固さんやなぁ。でもま、ええねん。おかんがあげるもんがあるんやって」
いや、だから、迷惑はこっちが3割増しで掛けてるんですが...と、こんこんと説得しようかとも思ったのだが、あやつには伝わらない様な気がした。
「んー、でも、良く解らない事で貰ってもなぁ」
「ええねん。感謝の気持ちって事でな! いらんかったら捨てたらええやろ?」
「まあ、うん。くれると言うなら喜んでもらうし、捨てたりしないよ?けどね...」
言いかけた言葉を遮るようにあやつはかぶせてきた。
「で、聞いてほしい事があるって言われるんや」
「ふむ...?」
しっかし、なんとまあ、何をくれるんだろう? ただ、この日のぼんやり頭は、変なお仕事をしてくれる。物をくれるという話から、探索中にお昼のロビーで見た大型テレビ映像を思い出させた。
『そちも悪よのぉ』
『へっ、なにわのあきんどのお土産は、山吹色のお菓子ですわ』
そう。お隣さんと同じ訛りの商人さんが、扇子片手に口元隠し、きんきらきんの偉い人にすり寄った。そこで渡された、山吹色に輝くお菓子に対して、私は、強く、激しい興味を示していたのだ。
『おお、この山吹色の輝きか!』
そのお菓子をばら撒いて遊んでるお代官様。
『お代官様、お存分に』
なんかまたすり寄っているあきんどさん。
「うむむ...」
今思い返してみても、当時の私はおかしかった。はりがねさんたちが、なぜか物をくれると言う理由に納得ができず、色々な考える項目が重なって、発想が明後日へと飛び、私は聞いた。
「えっと、それは、ばら撒いて遊んでも大丈夫?」
「え!? ばら撒く?」
「そそ。ねえ、楽しそうじゃない?」
実際は、あのばら撒かれたきんきらきんを、何よりも求めていた事が原因だと思う。夢うつつから起こされた残念な状態も手伝って、山吹色のお菓子をくれると言う結論を出したのだ。この薄汚れた脳内が。
「楽しい...かぁ?」
あやつが首をひねっている。
「いや、楽しいでしょ?あのばら撒くのって」
「んー...なにいっとるか解らへん...」
変な顔をしているあやつは見ない。そう。あの映像を見た時、自分が貰った時はどうやって遊ぶか妄想していたのだ。よし言い切ってしまおう。運命のいたずらという奴だ。
「でもでも、なんでばら撒くん?」
「そりゃ、ばら撒いたら楽しそうじゃない?」
「ようわからへん、それで捨てるんか?」
「それを捨てるなんてとんでもない! しっかりちゃっかり回収するよ!!」
「え、じゃあ、どこにばら撒くん?」
「床に?」
「誰かが拾ったらどうするんや?」
「こらー! っていって取り返す」
「意味が解らへん...」
そのあたりであやつの突っ込みを振り切り、想像をさらに進化させる。そうだ、貰った方は何かを要求してた筈。携帯電話を扇子に見立てて口元隠し、私はあやつにささやいた。
「ふふふ、で、その見返りで私は何をすれば良いのかな?斎藤さんをキュッとするくらいなら、週2でしたげるよ」
定まらない視線で半身を起こして、食いつく私にあやつは少し顔をひきながら言った。
「斎藤さんって、誰なん?」
「知らないの?」
「初めて聞いたわ」
「じゃあ、この話はなかった事にしておこう。そちも悪よのう。ま、山吹色の...楽しみにしてるからね!」
「いや、たぶん、そんなんとはちゃうと思うで?」
「くくく、斎藤さんめ、待っているがいい...」
**―――――
「ちょっとどころじゃないおかしさだったのね?」
「うん。あの日は特におかしかった。発想が徹夜しただれかさんみたいでね。後で落ち込んだものだよ」
妹にも突っ込まれてしまった。まあ、実際徹夜に近い状態だったのだが。不調だと、私の場合は睡眠に障害が出て、発想にも被害が出る様である。
「でもさ、斎藤さんってどっちの?」
「んー? どっちというと?」
「きゅっとしていいのはさ、勉強家の斎藤さん?アイデア鋭い斎藤さん?」
少し、私は考える。んー、えっと勉強家...? 要領が、その、まあ、んー...で、アイデア鋭い...? 総天然色、奇抜...えーっと。
「残念な方」
「発想悪魔ね。うん解った、やっぱりねえ」
「あの斎藤さんは大丈夫だからね。キュッとしてもね。今度会ったらキュッとしてみてごらんよ。大丈夫だから。頑張れば週4くらいはいける。たぶん」
「やんない。まったく、あの頃から...」
っとしまった。斎藤さんに関しては、当時の記憶というより最近のフラストレーション的な何かが混じった気がする。しかし、話をそらしてしまうのはよろしくないなと思いつつ、私は言葉を重ねた。
「まあ、斎藤さんはもしかしたら、フィクションだったかもしれないけど、その時に聞かれたって事だよ」
「なんて?」
「何色が好き?」
「答えは決まってるわね」
「ぐぬぬ」
**―――――
後日。いつもよりもにこにこ顔のあやつは朝から下へ出て行った。玄関でお出迎えするとの事だ。で、戻ってきた時に、ご両親は...あれ? 私寝てなかったかな? この日のやりとりよく覚えてないな? 挨拶したような気もするが、会えなかったような気もする。
ただ、ちょっと不調が続いていて、私は横になっていた筈なのだ。少し天井が回っている感じがして、点滴の落ちているの姿を眺めたりしていた様な...。あやつ達ご家族が、声を掛けるのを遠慮したのか、掛けてきたけど気がつかなかったか?うん、やはり思い出せない。会ってたかもしれないなぁ、はりがねさんがすごく礼儀正しいお辞儀のイメージがあって、もしかしたらこの傷のお詫びをされたのかもしれない。ただ、今私が覚えているのは声を掛けてきたあやつだった。
「こんな時間やけど、おはようさん。なあ...あんな、おかんがな、これあげるって」
そうだ、夕方の病室へ少し朱がさす時刻になって声が掛かってきた。結構遠慮気味だったような気がする。
「おはよ...んー?」
差し出された包みの中から、山吹色のハンカチが表れた。少しずつ薄くなっていくような何というかとても落ち着くデザインだった。
「あのこ、好み渋いなぁとか言っとったで。これ、お店でも結構いいもんなんやって」
「あー......あ、うん、えっと、ありがと?」
好意に対して疑問が先に立ってしまい、素直には喜べなかったのだが、お礼は口にした筈だ。
「ええよ。はよよくなりいや」
「...うん」
「へへ、ありがとな!」
「何したか覚えてないけど、どういたしまして...って、ああ、こちらこそありがとう! 大切に使うよ」
「どういたしまして!」
なんか、あの笑顔が朱の病室で浮き出した様で、眩しかった気がする。結局、礼を言われる様な覚えがないのだが、伝えても通らなかったので、私は素直に受け取った。
つづく




