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妹・私のざつだん日誌  作者: 夏夜やもり
第一章 朝焼けメダリオン
14/23

第14話

「けどさ、夜の病院で本当に出歩けたの?」


 先ほどのおかわりで、妹は二人分淹れてきたのだが、一口だけ試した後にスプーンですっごくかき混ぜている。思ったよりも熱かったのか? と私は苦笑を浮かべつつ答える。


「うん、会議のあとに逆転の発想があってさ、携帯とか使う策はあったんだよ。でも普通に行けそうで、結局はお蔵入りしたね」

「策とやらに関しては聞かない。でも、なんで大丈夫だったの?」


 うむ。妹の知ってしまうと言う危機に対しての回避能力は高まっているらしい。私はいままでの指導効果に満足して頷き、記憶をさらに探ると話を続けた。


「消灯過ぎた時間てさ、詰めてる人も少なくなってたんだよ」

「むう、そりゃまあそうだけど? んー?」

「その日の夜に居たのはね、うまい具合にてきとーさんと、あんま良く解ってない新顔さんの二人だったのだよ。で、二人がまとめてどこかに行っているタイミングがあってね」

「そんな事あるの?」

「たぶん、何か忙しかったのだと思うよ。あいつがトイレ行く風に装って抜け出してね、で、居ないからって手招きしたのだよ」

「ほほー」


 帰りを考えていなかった件は、突っ込まれるまで言わないつもりだ。


「何か、隠してない?」

「はははっ、じゃあその先を隠そうか」

「それは隠さないで」

「ちぇっ...仕方ないな」


 心の中でニヤリと笑い、私は話を続けた。




**―――――

 その日はめずらしく抜け出すのは簡単だった。ただ、向かう先が厄介である。夜の病院を歩いてみると様相がまるで違って不気味だった。私たちはエレベーターで1階まで降り、暗い廊下を歩く。足音がぞっとするくらい響いて、私たちの身を竦ませる。


「...こっちや」


 自然、服を掴んでいた。一応足は引っ張ってない。服だからね。


「暗いんだねぇ」

「せやな」


 前を歩くあいつの明るい言い方に反して、声が少し上ずっているかもしれないと私は感じていた。


「本当に、行く?」

「ん、当然や」


 例の廊下へ続く古い扉は閉じていた。窓から中を伺いながら、扉を調べる。よくよく思い出してみると、その廊下は渡り廊下だったらしく、電気がぽつぽつとしか付いていない。先に闇が続いていた。簡素な扉にあいつが手をかける。心の中で開かなければいいなと思っていたのだが、あっさりとノブが回って闇へ続く道が開かれた。


「...」


 息をのんで、服を握った力が若干強くなる。反対の手で携帯とストラップを確かめた。そちらも心なしか少し強めに握っている。


「いくで」


 了解を得ずに、あいつは進む。握っていた携帯のライトをオンにした私は、足元を照らす。暗がりに一歩踏み出すあいつ。足が廊下を叩くたびに大きく響き、耳にまとわりついてくる。それらは私たちの足取りを重くしていた。闇の中をゆらゆらと揺れる頼りない明かりで進む。何もないのだが、何かありそうで、足元がふわふわしてくる。


「......」


 珍しく、言葉が出てこない。多分、後で自慢話をするときは威風堂々としていたと説明するのだろうが、その当時はおっかなびっくり歩いていたのだ。


「あ、ここが階段やな」


 足を止め、その降り口を照らした。ライトにぼんやり浮かんできて、私の背筋に鳥肌を立てる。


「ここ、行くの?」

「いやあ、カギ掛かってたしエレベータのが確実やろ」

「...うん」


 当時、そう当時限定ではあるが、表面を取り繕う事だけは達者だった私が、内心ではものすごくほっとしながら、平然と歩みを促す。


「だいじょぶや。ほら、明かり見えるで」


 あれ?見抜かれたのかな?気配を察知したのかな?声が掛かった。


「...ほんとだ」


 遠くにあるはずの入り口と同じような扉の先から、弱々しい緑色の光が入ってきているのが見えた。勢い、急ぎ足になっていて、明かりに寄っていくのは虫さんだけじゃないんだなぁなどと考えていた覚えがある。


「さあ、いくで」

「うん」


 扉のノブを回すと、ゆっくりと開いた中へ入って行く。人はいない。小さな明かりはついているが、非常灯の緑色の方が鮮やかに見える。エレベーターの位置を知っているあいつはすたすたと前を歩き、その後をついていく。


「エレベータまではすぐなんよ」

「ふむ、そうなんだ」


 声が自然とひそひそになっている。言った通り、エレベーターがある場所にはすぐについた。しかし、問題はすぐ起きた。


「あえ?うごいとるやん」

「え、え?」


 上にあったエレベーターが降下しているらしい。それは誰かが使っているという事であり、使っている以上、もしかしたら今の階で止まる可能性もあり、もし見つかったら!? というより、こんな夜にエレベータ使うのって人!? というか、ここって、駄目な場所へつながるんじゃないかしらん?


「...まさか!?」


 焦った時の発想は酷いものだ。赤黒い包帯まみれのふっちょさんぽい人を想像し、そんな状態の人に色々滴らせながらも、なぜか説教食らっている姿まで妄想が飛び、私は決断を下した。


「よし、逃げるよ」

「は、え?いや、ちょまっ!」


 回れ右で走り出した私の服を、あやつが引っ張る。


「なんで逃げるん!?」

「え...だって、奴が来る!きっと来るんだよ!」

「奴って誰や?」


 中々共感を得ることが少ないのだが、私の危機感値能力が作動したのだと言ってのけたかった。しかし、このやりとりが失敗である。エレベーターが止まる音がして、開いた先には何人かの人と大きなストレッチャーであった。


「えっ!? なんで!?」


 先頭に居た目つきの厳しいお姉さん(もちろん包帯は撒いてない)が私たちを見るなり声を上げた。続いて、別のお姉さんが冷たい目で睨む。


「消灯すぎてんのよ! あんた達は! なんでこんな時間に、こんな所にいるの!?」


 二人の言葉で小さくなった私たちに、白衣にマスクの一人がイライラと言った。


「うん困ったね。誰か、その子らに戻るように...」


 私たちを見ず、他の人たちはトレッチャーをすごい勢いで運んでいく。上には確か誰も載っていなかった筈だ。見てないのかな? 見たけど忘れたのかな? あっけに取られている私たちに、背後から声が掛かった。


「うん君たち、部屋はどこかな?」


 PHSを持ったお姉さんが、とても恐ろしい微笑みを浮かべ、聞いてきた。




**―――――

「やっぱり。本っっっ当に、迷惑ばっかかけてるのね」


 妹がしみじみと言いおった。まあ、この件は責められても仕方ない。言ってしまえば下らない子供の好奇心で、大変なお仕事の邪魔をしてしまったのである。


「で、どうなったのよ?」

「そりゃもう怒られたよ」

「だれだれによ」

「ふっちょさん以外全員には、長い期間白い目で見られたね」

「え、ふっちょさんは怒ると思ったけど」

「ふっちょさんには次の日ものすっごく怒られたよ。でも、それでおしまいにしてくれたんだ」

「どういう事?」


 何というべきなのだろう?思っている事が態度に出る事を察知できるのは、子供だからだったか、私だからなのか?伝えてみて、妹ももしかしたら解るかもしれないが、解らないかもしれない。だから私は一言で終わらせた。


「怒られた方が楽って話。ただ、同じことしたら許さないよってね」


 眉をしかめた妹は、適温となったらしいカップを傾けてからばっさり言った。


「意味がわかんないんですけど?」

「何が悪くて、こういう被害があって、次起こしたら許さないってね、理由までおさえてからガツンとするのがふっちょさんの怒り方なんだよ」

「うんうん」

「で、この件はあたしにとことん怒られたから、終わりっ! てね。でも、またやるかもしれないって思う人の方が多いでしょ?」

「またやるもんね」


 っぐ、ぬぬ、否定できない所が悲しい。


「だからね、まあ、ふっちょさん以外の人にそういう目で見られ続けたって事だよ」

「まあ、そういう目で見たくなるでしょ?」


 なんて人の事を理解しておる妹なんだ。


「う、うん。でもね、ふっちょさんは子供はそんなもんだってスタンスで有難かったって事だよ」

「迷惑だなー」

「でも、後悔してないから私の勝ちだよ」

「勝ち負けにしないでよ」


 まあ、私としては良い思い出になっているのだ。しかし、この場で口にするつもりはないが、あの病院では今でも伝説として語り継がれているらしい。

 その...仲のいい人から、とても遠まわしに教えてもらう機会があり、恥ずかしさのあまり部屋でのたうち回ったことも内緒である。


「きっと、伝説になってるわね」


 うぐぐ、妹が無自覚にえぐってきおった。私は平静を装いながら、コーヒーカップを傾けて、言った。


「まま、まあね」


 お代わりが思ったより熱かったため、平静を装えなかったのはご愛敬である。



                            つづく

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