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妹・私のざつだん日誌  作者: 夏夜やもり
第一章 朝焼けメダリオン
13/23

第13話 

「なあ、今日の夕方なんやけどさ、あの廊下でおっちゃんとか何人かが急いでたんよ」

「ん?」


 話しかけてきた言葉に、私は疑問符を浮かべる。何の話かいな? 暫く考えて、あの狭い廊下の話だと理解する。


「えっと、あの開かずの扉の廊下のこと?」

「そや。で、ちょっと気になったんでついてったんや」

「うんうん」


 こっそりついて行ったあいつは、開かずの扉へ続く階段は降りず、廊下の先へ進んだらしい。その先には手押し式の自動扉があって、通路が二手に分かれていたらしい。


「道はまっすぐと右にあってな。んで、おっちゃんらはまっすぐいったんで、右へ行ってみたんや」

「何かあったの?」

「エレベータ」

「ほう?」

「どんつきにぽつんとや。でな、なんか変だと思ったんや」

「変って何が?」

「下ボタンがあったんや」


 下、つまり地下という事だがこの病院に地下なんかあるのかな? そんな疑問を私は浮かべる。


「なあ、一階で下ボタンのあるエレベータ、あると思うか?」

「...なかったっけ?」


 あいつはにやりと笑う。


「ないんやで」

「本当?」

「うん。気になって確かめたんや。なかったわ」


 これには私も怪しさを感じる。地下へのボタンがない大勢の人が使えるエレベーター。対してあまり人が行きにくい場所にあった、地下へと続くエレベーター。その近くには開かずの扉へ続く階段。顎に指をあてて考える私の横から言葉が掛かる。


「なあ」


 無邪気に笑ったあいつの顔。あまり良い予感はしないのだが、私は少し目を細めて聞いた。


「なあに?」

「今夜、いってみん?」

「え、なんで!? 明日の昼でいいじゃん」

「夜の方がなんかおもしろいやろ」


 私は眉をしかめる。


「えー、でもなあ...」

「なあ、頼むわもう長い事ないねん。夜の病院歩くなんて、ないやん。ちょっとやってみたいんよ」

「ん!? 何、どういう事?」


 急な話が飛び出してきた。私は眉をしかめる。


「このまえ、おかんが来たやろ?」

「ああ、うん。その節はお世話になりました」

「どういたしまして。でな、早ければ今週末。最長でも来週には、お別れらしいんや」


 たしか、この日は週の初め位だったじゃないかと思う。私は少し伏し目がちに聞いた。


「お別れ...手遅れって事!?」


 私の言葉にあいつは目を丸くする。


「なに言っとるん? 退院や」

「お、おう...」


 それじゃお別れとか言わないでほしい。ふくれっ面をうかべ、私は詳しく聞いた。もともとはあいつが検査入院で、治療となっている私の場合と違うらしい。少し寂しくなるねーなど言いあってから、あいつは少しうつむいた。


「あんな、自分、めっちゃええキャラやったで」

「ん、よくわかんないけど、褒めてるの?」

「べたぼめや!」

「ふーむ、それ褒めてんだ?」


 褒められるのは嫌いじゃない。嫌な人に褒められるのはぞっとしないけど。あいつは嫌な人でない。よって嬉しいのだとは思う...のだが、何となく腑に落ちない褒められ方だ。なんだろうね、これ。


「なんや?その微妙な反応、もうちょっと喜んでも良いんちゃう?」

「んー、そんじゃまあ、喜んであげようか? ワーイ、ヤッター、ホメラリター」

「...うん、もう、それでええわ。まあ、だからな、今日の夜こっそり探検いこうや」

「探検、ねえ? うーん、今日かあ」


 ちなみに最近は体調もわるくない。今日なら何とかなるかもしれない。


「でな、消灯後に出歩くと怒られるやん。トイレ以外行こうとすると」

「まあ、それが仕事だねえ」

「だからな、スニーキングミッションやで!」

「おお!?」


 何処かで聞いたことのある、怪しい言葉に私はちょっとだけ乗り気になった。


「なあ、いこうや?」

「良いよ。行こうじゃないか!足引っ張っちゃだめだよ」

「ふん、そっちこそや!」

「何言ってんの?私は足を引っ張るよ。だけど、引っ張られるのは駄目。引っ張り合ってちゃ壊滅だよ」

「お、おう。じゃあ、まあ、気を付けるわ。おし、決行は今夜やで!」

「うむ。よきにはからえ」

「どこでそんなん覚えてくるんや?」

「携帯とかテレビとか見てたら結構いけるよ」

「そかそか、また意味とか含めて教えてな」


 そんな感じで、私たちは夜の探検をする事となった。




**―――――

「え、夜、なの? 消灯後? 遅すぎない? え、大丈夫だったの?」


 妹が少し前のめりで聞いてくる。こういう時ってちょっとおちょくりたくなってしまうが、コーヒーカップを優雅に傾け、やっぱり熱そうなので飲んだふりして私は普通に答える。


「そうだね。まあ、遅いって事もあってね、打ち合わせは綿密にしたよ」

「え、打ち合わせって? 何の?」


 いぶかしむような表情が得意なひとだなぁ。私は当時の記憶をイメージしつつ答えていく。


「そう、例えばナースステーションを通過する方法とかだね」

「ああ、まあ普通つかまっちゃうわね」





**―――――

「第一回、お姉さん達の居場所通過会議~!」


 私が議題を立ち上げるとやんややんやと合いの手が上がる。


「んでさ、あそこどうやって通過しよっか?」


 病院は構造的に、下へ降りるエレベーターを利用するには、ナースステーションを通らなきゃならない。議題はそれ一本だった。不思議な事に、一階に降りて戻る時に見つかるなんて考えてなかった。


「まあ、一気に駆け抜けちゃあかんの?」

「良いけど、私はお留守番だね」

「なんでや!?」

「走るの無理」


 体調は悪くない。悪くはないのだ。しかし私はせき込むふりをする。するとせき込みが一機に溢れ、ついつい大きく咳込んでしまった。背中をさすってもらって何とかなったが、冗談のつもりがこれは厳しかったようだ。


「ぐぅえっふ、えっふ...まあ、こんな、感じ」

「これは、うん、駄目やな」

「申し訳ない」


 すまなそうにうな垂れる。冗談のつもりで、こんなはずじゃなかったんだけどなぁと思いながら、頭をひねる。


「どうしよどうしよ」

「秘密ボタンおして、誰か来てるうちに抜け出すんは?」


 ナースコールの事である。たまにとっても押したくなる衝動に駆られ、その結果怒られたこともある。あいつの提案であるが、さすがに私も遠慮したいと思いつつ、言ってみた。


「んー、私がおとりになるの?」

「ああ駄目やな。というか、おとり捜査は無しの方向でな」

「あと秘密ボタンはやっぱやめとこう。ね。このまえ奥部屋の空きベッドに転がってたから、繋がってないと思って押したらさ、鳴っちゃってめちゃ怒られた」

「ああ、あれな。あの日の昼に遅れて入ってきた子がおったで」

「だからか...」




**―――――

 そのあたりで妹が口を挟む。


「ねね、話あさってに行ってない?」

「うん。そうだね。第一回会議の結論は、布団の中に服で人型作って抜け出す『変わり身の術作戦』で終わったよ」


 妹ががくりとうな垂れる。


「結局は行き当たりばったりじゃない。やっぱ途中で捕まったの?」

「あははっ、まあ、捕まった時の事は考えない。私はだがね。ただ、第二回会議の議題は捕まったらどうやって、ごまかすかにはなったよ」


 その言葉で、妹は白眼で睨んできた。


「やっぱり! ごまかしだけの人生じゃん」

「ごまかしだけじゃないやい! ほかにも欲と愛憎溢れるジェットコースター人生だい!」

「愛、あった?」


 ...聞かないでほしいよなあ。私はその言葉を取り上げず、話を戻す。


「で、まあ、捕まった場合のダメージを軽減したかったのだよ」

「ごまかすのは得意なのよね」


 ぐう、これ以上は水掛け論になりそうだったので、私は話題を興味のある方へ向けてやった。


「で、第二回は、捕まっちゃったら会議だけどね」

「また残念会議なのね」


 残念じゃないやい。けっこう重要なんだよ。


「まあ、残念かは置いといて、会議の最後にさ、あやつが言ったんだよね。『自分、もう少しいるんやろ?』ってね」




**―――――

「なな、自分、も少しここにいるんやろ?」


 その会議は難航していた。ほとんどの駄目アイデアをすべて捨て去った時、あいつが零した突然の言葉に、私は面食らって答える。


「んー? うん、まあ、居ると思う」

「じゃあ、捕まったらまずいやん」

「え、まずいの? なにが?」

「いや、ふっちょさんとかにマークされるんちゃう?」


 少し私は考えた。今の時点でマークされている。対した問題ではないんじゃないかなと思い、そのまま口に出す?


「もうされてるから、大丈夫だよ?」

「いや、あかんやろ」


 ちょっと強引に、あいつは言った。


「うん。見つからんようにするんが一番やな。よし、いざとなったら逃げだすって事でええか」

「んー、そだね」


 そんな結論にて、第二回捕まっちゃったら会議は終了した。今思い出したら、結局はナースセンター通過の事しか考えていないんだよね。何で帰りの事が頭になかったのだろうか?ただ、まあ、あいつが気遣ってくれている様子は今でもほほえましく思っているのだ。



                            つづく

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