第11話
「ふむ......」
「ん~......」
話の途中に空白が出来てしまった。ぼんやりと机をながめていた妹が、思い出したように大きな声を出す。
「そうだ、メダリオンよ! メダリオン!」
「うん?」
「全くと言って良いほど、触れてないじゃない?」
「あ...」
言われて気付いた。ああそうだ。現在は私の手元にあるので、結論としてはそういう事なのだが...私はメダリオンを取り上げて軽く眺める。重ねた銅板やら角やらが工夫されていて、指を切らないような丁寧な作り込みである。こういった小さい所まで気を配っている逸品を見てしまい、送った人は大切な想いが込められている物だったと思う。
「ねえ、これ手作りなんでしょ?思い入れ強そうだけど、良かったのかな?」
妹も実は敏い子なのだ。私からメダリオンを受け取って、持ち上げて眺めたり揺らしたりして観察している。思い入れ...うん。かなり特別なものだ。どう伝えれば良いだろうかな?
「そうだね、これは...」
「あ、ここ青っぽくなってる。錆びかしら?」
「え!? ちょっと、まっずい。こすってみよ」
焦った言い方に促され、妹が慌てて擦ってみるとあっさり取れてくれたみたいだ。私は胸をなでおろす。
「これ、青のりみたい。何でこんなん付いてるの?」
「さあ?」
何でと言われても、誰かがこぼしたんじゃないですかね?と答えるしかない。ただしそのセリフを言ってしまえば、妹から鬼の首を取ったかの如く犯人認定されてしまうのだ。それはそれでうっとおしいのでお茶を濁す。飲んでいるのはコーヒーだけど。
「でも、やっぱり丁寧な仕事だねえ」
メダリオンを観察している様子を見ながら、私も何でくれたんだろうなぁと思う。妹は銅製のギザギザに軽く触れ、ちょっと驚きの声を上げた。
「あらあら!? 実は角が丸まってるのね」
今気づいたのかね妹くん、私はもっと前に気付いていたよ。そんなセリフは飲み込んで、茶化さずに話を続ける。
「まあ子供のお守りだったみたいだからね。指も切りにくくなってるよ」
「ほう、お守りだったの?」
「そう。たしか、あやつが教えてくれたんだよ」
「ふぅん」
「ああ、そうだ。その時に、ああーっ、そうだ!ああああー」
私の後悔エピソードを思い出してしまった。頭を抱えてしまう。
「なによ急に!? 何やらかしたの?」
「やらかしたことを思いだしたの」
「相変わらず酷い人だ事」
「はい、すみません」
「あたしにあやまらないでよ」
「じゃあどうすんのさ」
「懺悔なさい」
うう、悪魔に懺悔しても、良い事にはならんのだけどなぁ。
「言いたい事は顔を見て言ったら?」
「ひとを怒らせることは、言わない方が良いのです」
「あ、うん、察したわ。こんど酷いからね」
「あ、うん、勘弁してね」
「思い出の話し次第よ」
「むう、まあ、初めて見せてもらった時の事だよ」
**―――――
「これな、うちのおとんが作ってくれたんや」
あれは屋上だったと思う。フェンスの縁でお日様見ながらあそんでいた時、あやつがニコニコと見せてくれた。
「おおっ!? これをあのびやだるさんが!?」
見せてくれたそのメダリオンを観察する。満月さんなのか? 太陽さんなのか? 何か丸っこいレリーフが中心にある。
「ええやろ。お守りやねん」
「ふーん」
私はメダリオンをまじまじと見つめている。
「なんや気のない様子やなぁ?」
少し唇を尖らす姿を見ながら、私は結構いろいろ観察していた為の返事だったのだが、誤解を産んでしまったようだ。
「いやいや、作り込んだものだと思う。あとね、おまもりなら私も持ってるよ」
そういって、私は携帯電話を取り出す。その片側に揺らして見せたストラップに、あやつは目を丸くして受け取る。ストラップとしてはちょっと変わった古めかしい花を、金と銀での細工がしてある物だ。朝の光を小さく反射している。
「おー、何なんこれ?」
直ぐに興味を示し、じっと見つめてくる。
「ひいお爺ちゃんの形見なんだって。なんか、目貫ってものらしいよ?」
「めぬき? ちょっとみせてー」
「あいあい、交換ね」
お互いにその変わったお守り達を観察していた。しかし、こういうものに対して、さほど造詣もない私は、ギザギザ握ったら痛そうかな?あ、丸まってる!? とか、意匠が可愛いだとかを確かめた後は、あれ? ここなんか青っぽくなっている?とか、黒っぽい何かが付いてるとか、変なところに目をやっていた。
「ん、ありがとう!」
観察に集中している私が、ぼんやりしているように見えたのか、あやつが私の携帯を返してきた。
「っあ、うん」
眼前にあって少しぎょっとした私。メダリオンを渡し携帯を受け取る。しかし...。
「あっ!?」
その受け渡しが雑だったのか、メダリオンはあやつの手から滑り落ち、からんと床でまた跳ねて、ここ屋上フェンスの下から、運悪く中庭の方へと落ちてしまった!
「うっわああああっ! ごめん! すぐ探しに行こう!」
この時は血の気が引いている。大切なものを壊されてしまうって、とても悲しい事なのだ。それを私はこの時期にも何度か経験している。自分からはそれをしたくないと思っていた。
「う...うん!いくでっ!」
私の慌ぶりにあやつは少し引き気味に応える。二人そろって手つなぎで駆け出し、エレベーターの待機時間を待つ。
「もっと、ちゃんと渡してれば...ごめん。本当にごめんなさい」
「ええねん。だいじょぶや」
小さなやり取りして、気まずいエレベータの時間を過ごし、その後中庭へ向かうのだったが、この病院が迷路のような作りの為、あやつは中庭につながっていない道へと向かう。
「どこいくの? こっちだよ」
「え、でもそっちちゃうやん?」
「いやいや、こっちからじゃないと抜けれないんだよ?」
「へ!? なんでそんなん解るん?」
「そりゃ、探検してるもの」
「探検?あ、そかそか、道案内任せるで」
「あいあい」
などと言いながら、本当にぐるりと回って中庭へと抜ける。
「ほんま、こっからやないと、いけないんやなぁ...」
「初めは迷ったよ」
「あ、ここって、あんな変な木まで植えてるんやな?」
中庭は、天井がガラス張りである。温室に近いのか、少し変わった海外の木が適当に植えられている。またガラス屋根の下にある暖かい場所には、ひなたぼっこさんがよく座っているベンチがあるのだ。よくよく見ると芝生と石畳の両方があって、内心、私は壊れてないかドキドキしていた。
「どの辺に落ちたかな?」
「えっと、あっちが落ちた場所やな」
「あれ、そうだっけ?」
「あんた...方向音痴やもんな」
「なぬっ?失敬な」
むう、確かに初め来たときは迷ったけれども、この病院の構造が迷わすためにあるだけなんですよ。ちゃんとした道を覚えるのに3回しか掛かってません! 平均です!!
「えぇ、失敬なんか?」
「方向音痴じゃないやい」
「いや、この前も大概やったやん」
ああ、そうだ。あやつらが家族で喫茶店へ行った聞いた時の会話で、『ああ、あっちにあったね!』と勢いよく反対の方へ指さして、『逆や』と冷静に突っ込まれた事があったのだ。え、じゃあそれ以来私、方向音痴認定されてるんですか?
「えっと、その...誤解を解く...」
「ええから、行くで」
弁解もさせてもらえず、けらけら笑うあやつは植え込みに入って行く。
「...そっちは溝があるから気を付けてね」
この溝には内緒なのだが、始めてきた時にハマってしまったのだ。なぜか水が流れていて、片方の靴下が何か黒っぽく臭ったあの時は、暫く頭を抱えたものである。まあ入っちゃダメよの所に入ってあのざまだったから、文句は言っていないし沈黙を決め込んでいる。
「そういや、この前靴下真っ黒にしとったもんなあ。気いつけるわ」
「お主の観察力が憎い」
「ふふっ、よう見とるやろ」
そんな感じで初めの大慌ても気にならなくなり、メダリオンの捜索も和やかに進んでいった。
「あった! あったで!」
「おー...」
ようやっと見つけて、拾ったあやつが掲げるメダリオンは、お昼前の日の光を反射して輝いた。何度か調べた溝の近くに落ちていて、小さな凹みが出来ている。
「本当に...ごめん。ちゃんと渡せばよかったのに」
「だいじょうぶや。おとんに頼んで直してもらうからな!」
「そ、そう?」
「あんな、これ落として凹ましたん、7度目なんよ」
え!? ちょっと落としすぎじゃないですか?
「んで、そのたびにおとんがげんこつ落とすマネしてから、にこにこしながら直してくれるんや。だから気にせんでええねん」
「そう? でも、うーん、ごめんね」
「ええって。というか、めぬき?携帯とかの方落さんで良かった思てるわ」
「え...」
「大事、なんやろ?」
まあ確かに、これは私にとって大切な物である。しかし、何というか、見抜かれてるって結構ムズムズ来る感じがあって、慣れない感覚だった。
「一緒に探してくれて、ありがとな!」
「...うん! 今度は私が落とすから、一緒に探してね!」
「落とすん前提なんか?まあ、そん時はまかせとき!」
**―――――
机に置いたメダリオンを見ながら、私は息を吐く。
「直ってよかったと思ってるよ...」
「そうねぇ。でも、びやだるさんってすごいのねぇ?」
少し感心した様に妹が言った。
「え、そう?」
「だって、凹みなんか見当たらないわよ」
「あれ、そうかな?」
持ち上げてみていた妹から渡され、まじまじと観察する。確かにメダリオンには凹みを修正した跡が見当たらない。
「んー確かぺこんってなってたんだけどなぁ...」
「もしかしたら、凹みが小っちゃかったんじゃない?」
少し首をひねって、私はもう一度そのメダリオンを裏返したりで観察する。
「ああ、ここかな? ギザギザ模様が付いてる」
「どれどれ...ああ、模様みたいにしてるんだ」
「後から付け足したのかもね」
私は少し息を吐いて言った。
「あの、野太い指でなぁ...」
「よほど印象的だったのね」
「うん」
コーヒーの香りを楽しんでから、私はもう一度言う。
「本当、直って良かった」
「そうね」
何が楽しいのやら、妹がにやにやしながら同意した。
「失敬ねぇ、にこにこしてるのよ」
「心読むの、やめてくれません?」
「だって顔に書いてあるもの」
「解った。次から英語で書くようにするよ」
「あたし、英語得意なのよ?」
「さよけ、じゃあ次からフランス語にするね」
「挨拶も出来ないじゃない」
「ボンジュール」
「口に出してるじゃない」
「やっぱり読めないんじゃない」
「でも聞こえたわよ」
本当、口の減らない奴だ。
「また、顔に出てる。お互い様よ」
「ああもう、これ以上は不毛だからおしまい」
「さよけー」
今度こそ、妹がにやにやしながら同意した。
つづく




