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妹・私のざつだん日誌  作者: 夏夜やもり
第一章 朝焼けメダリオン
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第1話

 氏名・年齢・性別などを聞かれた時には必ず『ひみつ』と答える私であるが、最近ようやく面倒なのだと気が付いた。例えばつい先ほどの事である。


「こんちわー」


 配達のお兄さんが玄関先で声を掛けてくれた。


「はーい、こんにちわ。ご苦労様です!」


 ようやく届いた内緒の買い物である。届けてくれたお兄さんの声を受け、わくわくしながら扉を開ける。そこで運命のいたずらか、お兄さんは私に名前を聞いてしまった。


「お間違いありませんかー?」

「ひみつです」

「わっかりました!ありがとうございまーす!」


 さわやかな笑顔を張り付けたまま、不在者票を渡してそのまま去りゆくお兄さん。

 私の両の手、受け取る姿勢でひらひらしている。軽く首をひねった。そして顎に指当てしばしの思案を行う。

 なぜお兄さんは荷物を渡してくれなかったんだろう...?

 導き出た答えは現実逃避であった。そうだ、今日は休みで片付けをしなきゃだめだと自室へ向かい、一念発起で気合を入れた。


「よし!」




 ...小一時間。読み終えた本を閉じてつぶやく。


「なんで散らかっているんだろう?」

「片付けないからじゃない?」


 後ろから声が掛かった。妹のものである。ぎょっとして振り向き、少し焦りながら私は言った。


「お、かえり、あの、あのね、いま片付けてたんだよ?」

「はい、ただいまー。本読んでたように見えたけど?」

「活字中毒の悲しいサガというものだよ。いつ帰ってきたの?」


 言って足の踏み場を何とかしながら、読んでた本を棚へと戻す。


「さっき。でも、配達には気づかなかった?」


 あー、不在者票...そういえば玄関に置いたままだっけ?


「うん、配達のお兄さんがね、不在者票を渡してくれたんだよ」


 妹は眉を持ち上げる。


「なにそれ? ちゃんと貰っといてよ」

「荷物を渡してくれなかったんだよぉ」


 唇を尖らす私に、妹は不機嫌な顔でにらんできた。


「もしかして、人格が顔に出てたの?」

「そうだね、あの配達員さんは...」


 少しだけ、罪悪感を感じながら言葉を繋げる。


「さわやかな笑顔に問題があるね」

「お仕事頑張ってる人を悪く言うんだから、酷さきわまりってかんじ?」


 はい、その通りだと思います。むむう、しかしどう言い返そうか?いつもならば舌先三寸煙に巻き、妹の人格を地の底まで落とすのだが、いま、その手にひらひらさせている不在者票が私の負い目となっている。


「むー......」


 妹の不機嫌は正当なものだ。実際、ここ2~3ヶ月の家計はちょっときびしく、ぎりぎりでなんとかしている状況なのだ。いつも家計簿とにらめっこしている妹が、芳しくない状況には苦心しているのはわかる。だが、先日私がやらかした時に、お小遣いの大部分を没収したことで、家計は結構潤っているはずだがなぁ...。

 そのときの喪失感が産みだし、後悔によって育まれたストレスを解消するため、無駄遣いに走ったとして、それは自然の摂理と胸を張れると言えないかな?


「ねえ、これって...」


 あ、不在者票をじっくり見だした。まずい。何とか、なにか、ごまかさなくては!


「そういば、今読んでた懐かしの本なんだけどさ、主人公が...」


 露骨に話題を変えようとする私だが、妹の目は据わっている。


「何を買ったの?」


 うん。やっぱりごまかせなかいようだ...。私はもう少し粘るべきか、もしくは、事実を捻じ曲げるかを検討し、その後の痛みが想像できてしまったため、何でもないよう事実を語った。


「星のタコ焼き機、だよ」

「...ほう?」

「あー、そのー、えっと...」

「......」


 妹が目で説明を促している。明らかな無駄遣いは趣味とみてくれないのだな。あの、家計とはわけているんですよ! 副業とか、隠し預金とかをこっそりつかってですね、わくわくとスリルを味わえる斬新なこの遊びは...。


「星のタキヤキって...なに?」


 妹に発見されたことによって、トラブルとなってしまった。


「星の、たこ焼きが、焼けるプレート、です」


 その言葉を受け、妹のこめかみに血管が浮き出ているように見える。


「言いたい事いっぱいあるけど、まずさ、うちでたこ焼きする事ってあったっけ?」

「年に1回...するかしないか」


 大きく息を吐き、妹は続けた。


「前にレインボーなんちゃらとかで、絵の具付きちょい高プレートの前で正座した事、忘れた?」

「しょ、食紅だからね。絵の具じゃないからね!」

「覚えてるって確認できた訳だけど...」


 ぐう、最近手ごわくなってきおった...。

 昔は色々言い逃れができていたんだがなぁ...まあ、その代わり、壊れないものであったり、スマホ(私の)であったりが飛んでくる被害は減っているのだ。喜ぶべきか、苦悩すべきか...。


「どうせ星の型抜きが入ったプレートじゃないの?」

「そ、そんな訳ないよ!? あの値段で! きっと、隕石が練り込まれたプレートなんだよ!」


 その言葉に妹が再び眉を上げた。


「ほお? それって、とおぉっってもお高いんでしょう?」

「そ、そそ、そんなことは、ない、よ...普通のよりは、ほんのちょっぴり値が張るだけだよ」


 口ごもる私を見ずに、不在者票を指ではじいている。まあ、お値段はちょい高程度なのだが、普通の業者じゃ作れないって部分を考えたら適正価格、場合によっては安いまである...と思っているのだ。

 だって、ごひいき役者さんの素敵写真とか、プレートなのになぜか鍛冶職人(かじしょくにん)さんが(つち)で叩いているモノとかあって、すっごくお得に思えたんですよ!


「ねえ、レインボーの何割増し?」


 頭の中で商品解説している私へ、妹の追撃は止まらなかった。


「......」


 言いたくない。しかしここで黙ると物理的な何かが起こる。極力平和裏に話をすすめたい私は、ごまか...せなさそうなので敗北を認めた。


「すみません。今回はへそくりから出します」

「うむ。それとは別に、今から部屋を調べるわ」

「ちょ、なしてそんな!?」


 私の部屋には隠してない...という言葉が出かかったが飲み込む。


「この前さ、厳しめに差し押さえたつもりだったのよ。それなのに無駄遣いできる資金力に興味があってね。ほっとくと第二第三のタコ焼きプレートが現れてしまうでしょう?」


 ぐう...。これは、妹特権による強制徴収っ!? あわよくば隠してあるもの全部、根こそぎ持っていくつもりじゃないのか!?


「うむむ...」


 ちなみに隠し預金は居間の戸棚の引き出し三段目の裏に隠してある。ただ、忘れるといけないので、私の机の二段目引き出しに暗号ノートを用意してあり、それが発見されるとまずい。


「んじゃ御用検め(ごようあらため)ね」


 ずかずかと片付け中の部屋へ入ってくる妹は、眉をしかめてぐるりと見まわし、やはり机へ目を付けた。


「机とかにありそうね」


 ぎゃー、没収される! 妹の強制徴収はサディスティックなものが多い。万が一にもあの金額すべてを差し押さえられたらやっぱり落ち込んでしまう。注意をそらそうと考えている間に、奴は机に手をかけた。


「んー?」


 ...一段目を開けようとして、カギがかかっている事に気が付いたらしい。


「カギは?」


 目だけで渡せと言っている。うーん、しかし、ここはちょっと困るなあ。価値とかは解らないけど、思い入れの深い大切なものが入っていて、あまり見られたくはないのだ。正直に話して没収を受け入れるか、ここを見せてしまうか少し悩む。


「ねえ、カギは?」

「...はい、開ける時には気を付けてね」


 そして私は財布からカギを取り出して渡した。


「まあ、何かあったら盾にするから大丈夫よ」


 何も仕掛けてなくてよかったと思いつつ、一歩下がろうとする私を、妹は腕をつかんで引きとめた。




 引き出しには、思い出達が詰まっていた。


「ぐっちゃぐちゃだねぇ。お金はないの?」


 いらいらと言う妹の事を失敬で野蛮な人間性だと思いつつ、中身を探る姿をぼんやり見ている。ふと、目についたものがあったらしい。


「んー、なにこれ?」


 山吹色のハンカチに包んだ、てのひら大の何かだ。


「えーっと、なんだっけ?」

「解んないの? 開いていい?」

「良いよ」


 開けてみると、銅製のメダリオンが出てきた。

 その姿を一目見るだけで、昔の記憶が蘇ってくる。当時のちょっと困った話や、知り合った人たち、そんな長い時間ではなかったけれど、濃密な思い出なのだ。


「ああ、そうだ...これは...」

「なあに? なんか、大切そうだけど...」

「これ、えっとね」


 古い記憶を少しずつ手繰りながら私は言う。


「あの時もらったやつだね。私が小さい頃に仲良くなった...目と髪と顔立ちが北欧風で独特なしゃべり方の...」


 そのフレーズに、妹が目を丸くする。


「何その話? 聞いたことないわね」

「まあ私が小さかった時だからね」

「ふむ...」

「懐かしいなぁ、今何してるんだろう?」


少しだけ懐かしんだ私の表情を見て、妹が言った。


「ねえ、教えてくれる?」


 私は少し考える。当時のさまざまな出来事が一気に蘇ってきて、誰かに聞かせたいような気持ちも出てきている。


「うん...ちょっと長くなるんだけど、時間ある?」


 妹は少し考えてから、頷いた。


「いいわよ。じゃあ、徴収は話聞いてからにしましょ。コーヒーいれるから」

「それじゃ、まあ何から話すかなぁ」


 そしてメダリオンだけ持ち出して引き出しに鍵をかけ、居間へ向かう私たち。隠し預金は保留とできたのだが、結局今日も部屋の片づけができなかったと気付くのは、もうちょっと後のことである。



                            つづく

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