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支配者

作者: 晴樹

ある星には、絶対的な支配者たる種がいた。食物連鎖の頂点に君臨し、他種に殺されるということがない彼らからは、尊大さがにじみ出ていた。同種間で起こる争いはつまり、他種と争いようがないことの証左であり、またその残虐性の現れでもあった。


そんな彼らにも、恐れるものがあった。生命的な恐怖が喚起されるわけではないが、「それ」を見るだけで虫唾が走るのであった。直接的な危害を加えて来ないが、ただただその見た目と動きが、そのような感情を惹起させるのである。そういった訳で、彼らは「それ」を酷く疎んでいた。


なぜ支配者は、自らと姿形が似つかない「それ」を嫌悪するのであろうか。では、例えばヒトに対する犬猫はどうか。生物学的には哺乳類という大枠は同じだが、四足歩行と二足歩行という違いがある。それでも大抵、愛玩動物として好意を寄せられている。「それ」のすばしっこい足も、匂いに敏感に反応する嗅覚も、すべては生き残るための必然的な設計であり、姿形とてそうであった。誹られるいわれはない。すべての種は、生きることに必死であり、「支配者様の気に触る風体の私は、死んでお詫びします」などという種は存在しないのである。


あるいは、未知に恐怖するというのは動物の本能であり、地上の支配者として我が物顔で闊歩する彼らにとって、日陰者たる「それ」は日常的に接しないためだろうか。しかしそれも、支配者がいて必然的に日陰者となったのである。「それ」が求めた訳ではないだろう。支配者が望むような生活環境があって、支配者が住みやすい生活環境が整えられた裏側に、彼らが目を背けたい事実が押し込められた。ただそれだけのことである。



ある日、「それ」は闇夜に乗じて巣穴から這い出た。執拗に周りを気にする姿は弱者のそれであり、支配者の虐げがなかったとしても、ヒエラルキーの下層にいることが一目で分かった。いつ捕食されるとも限らない危険地帯に飛び込んだのは、何より食べるためである。目の前には--視覚よりも嗅覚が発達した「それ」には、目の前という表現が適切かは判然ではないが--支配者が食い散らかした食べカスがあった。


「それ」から見れば支配者の食事というのは醜悪で、ボロボロと食べこぼし、可食部がまだあるというのに捨て去るというものであった。だが、そのお陰でおこぼれを預かり、生き長らえていられるのだから一概に批難できるものではない。強者がいるから弱者が存在し、また弱者が存在するから強者が存在し得るのだ。


匂いに引きつけられるように、「それ」以外にも複数の殺気がその場を覆う。「それ」は慎重に、しかし臆することなく匂いの元へ向かう。これ一かけらを得るだけで、何日生き長らえることができるだろうか。つまり、直接的な捕食者・被捕食者の関係になくとも、間接的に他者を殺せるし、殺される。躊躇すればこの競争者たちに負け、飢え死ぬだけだ。


既に何匹かが食事を行い、あるいはそこを狙われ、既に食べる側から食べられる側になっているものもいる。まさに食物連鎖を絵に描いたような状況だ。ある者はこれを地獄だと描写するかも知れないが、この場にあるのは絶対的な生である。生きるために食べる、それだけの世界なのである。


「それ」はやっと何日かぶりに食べ物にありついた。脳が快楽物質を生み出し、麻薬のような効用を「それ」に与える。その機序は動物の基本となるものであって、恐らく支配者もその理から外れることはないだろう。それでいて周囲に気を配る。いつでも逃げられるようにしながら、できるだけ腹に食物を掻き込む。今日は幸いにも、名も知らぬ生物が食われているため、食事の時間は十分ある。知性のある者からすればそう判断できるのだろうが、恐らく「それ」にはそこまで高等な知性は働いていない。十分に腹が膨れたところで退散するだけだ。


「それ」は食事を終え、満腹のせいか僅かに注意が散漫になっていた。その僅かな隙は、何事もないときには大事に至らないものの、何事かあるときには命取りになる。それが今であった。突如として物陰から支配者が現れ、通り過ぎたと思った次の瞬間には、「それ」の潰れた姿があった。恐らく支配者は「それ」の存在に気付いていなかったが、運悪く踏み潰してしまったと言うところだろう。「それ」の一生はそのように終わった。単なる嫌悪感で殺されようが、他種の栄養源として殺されようが、死ということには変わりなく、詮のないことだ。まして、何の意味もなく死んだとしても。


もちろん、これは「それ」のある一個体についての最期であって、「それ」の種自体は至る所に存在していた。支配者は知らなかったが、「それ」が彼らの足下に彼らの倍以上潜んでいたのである。そして、6600万年の後、支配者が滅んだその後に、「それ」は新たな地上の支配者となり、自らを霊長類と分類した。その足下にはやはり、黒く小さな節足動物が、新たな支配者に嫌われながら生きているのである。


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