どんなに貧乏でも何枚かは持っていたいもの
「おー、ヒカリか。まだ昼だぞ狩りはどうした」
北門に着くと、ゴードンが声をかけてきた。昼からの番なのだろうか。
「今日の狩りはもう終わりにしたの。それより、これって売り物になるかな?」
木の蔓でコンパクトに丸めて背中に背負っていた蛇の死骸を彼の前に下ろす。重石のある状態でのダッシュは結構きつかったけど、【体力】と【持久力】のおかげで、思ったより楽に帰ってくることができた。
「おめぇ、こりゃあフォレストスネークじゃねぇか。噛まれたりしてねぇか?毒持ちだぞ」
「大丈夫。怪我してない」
2本の牙に毒があるそうで、飛ばすことはないが噛まれると大変だったようだ。
「こいつは、皮も使えるし、肉も結構うまい。傷もねえから、この大きさなら7000~8000ルークにはなるんじゃねかな」
「じゃあ、ゴードンさんにあげる」
「は?俺はガキから戦利品奪うなんてしねぇぞ!」
「違う、この棒のお礼。これのおかげで狩りが捗った。それに、これがなかったらフォレストスネークにやられてたかもしれないから」、
昨日のようにその辺に落ちている木の枝じゃ間違いなく噛まれていた。森で野垂れ死んでいた可能性もあるのだ。
「いや、そうは言っても、廃材をちょっちょっと加工してもらっただけだからな。なんなら、加工してくれたおやじにでも礼に行けよ」
加工したという大工にもお礼はしたいが、ゴードンにも礼儀は尽くしたい。年齢を重ねてそれなりに熟した大人は(いや、体は子供だったか)、不義理のできない性分になるものなのだ!
押し問答を続けた結果、一度ギルドで解体してもらい、身の半分をゴードンに渡すことになった。それをゴードンが仲間にふるまうので、お前も食べに来いというのだ。
正直、ゴードンの料理は期待できなかったが、ただ飯にあやかれるのなら断る理由はない。どこまでも人がいいなぁと思いながら、ギルドへと向かった。
▽▲▽▲▽▲▽
カウンターにアニカの姿はなかったので、買い取りカウンターにまっすぐ向かったら、なんとそこにいた。
「ヒカリちゃん!あれ?もしかしてもう狩りに行ってきたの?」
「アニカさん、昨日はありがとう。今日は大量だったから、早めに帰ってきたの」
言いながらフォレストスネークをカウンターの上に「よいしょ」と持ち上げると、周囲にいた大人たちの目が一斉にこちらに向かった。
「お、おい、おい。おじょうちゃんが狩ったのかい?」
「まさか、あんな子供が相手できる魔物じゃないよ」
「そ、そうだよな」
どうやら、子供の成果とは信じがたいようだ。
「ヒカリちゃん、もしかして一人で退治したのかな?」
「そうだよ。時間はかかったけどね」
「す、す、すごいのです!可愛いだけじゃなく、将来性も抜群じゃないですか!フォレストスネークの気味悪さにも果敢にアタックする強い心。小さな体にも関わらずギルドまで持ち帰るその根性!新たなスターの誕生ですよ!」
あ、またアニカが壊れた。―――――もう、病気だと思ってスルーしよう、そうしよう。
フォレストスネークはプロの手によって瞬く間に解体され、皮と内臓、肉に分けられた。皮は2670ルーク、肉は半分を売却して3100ルーク、内臓は新鮮だったため薬の材料に使えるとのことで、なんと1700ルークで売ることができた。内臓が売れることは珍しいのだそうだ。
解体手数料は大きさや難易度によって決められていて、フォレストスネークは1500ルーク取られた。よって、締めて5970ルークの利益になった。スライム核の売却もあったので、それも加えると9470ルークを午前中だけで稼げたことになる。
所持金2680ルークが一気に12150ルークにまで増えた!やっと、先の見通しが立てられるようになってきた。
替えの下着くらいは買ってもいいのではないだろうか。
アニカは放置したままギルドを出て、まずは下着を扱っている店を探す。この世界は新品の服を買うなど庶民には贅沢な話で、古着を買うのが一般的だ。だから服やといっても、その8割は古着で、新品はごくわずか。下着も多くは使い古された布切れの使える部分を再加工したものになる。だから、贅沢をしなければ1000ルークで3枚も買えた。
その次は、市場で3個150ルークという果物を買って、大工のところへ棒のお礼に行った。大工という割には小綺麗な人で、お礼に行ったにも関わらず「これ持って行け」とよくわからない野菜を何個か持たせてくれた。
そのあとフォレストスネークの肉を北門に届けると、夕食時にはまだ早くゴードンも仕事中だったので、西門の方を散策しようと、そちらに足を向けた。
西門は隣町に続く街道に直結していて、北門よりも人の出入りが多くなっていた。行商人らしき荷馬車もあれば、見るからに冒険者といった風情の人も多く出入りしている。もしかしたら、いい狩場があるのかもしれない。北門では冒険者の姿をまだ見かけたことがないのだ。
小腹が空いたので、ちょうど門の側にある屋台で売っていたふかしたジャガイモのようなものを食べながら道行く人を眺めていると、昨日見かけた少女が門の外から帰ってくるところだった。
連れはいないらしい。脇道に逸れるたので、見失わない程度に距離を置きながら追いかけてみる。
西門の辺りは人気が多く騒々しい雰囲気だったのに、ちょっと脇道にはいっただけで、ガラッと雰囲気が変わってしまっていた。廃屋が目立つようになり、異臭が漂い始める。
なんだろう、この臭い。嗅いだことがあるのに、すぐに思い出せない。田舎道を歩いている時に嗅いだような……あ、そうだ、畜産農家の臭いだ!
近くに家畜小屋があるのだろう。この辺りは、この臭いが原因で住民が少ないのかもしれない。
そう当たりを付けながら歩いていると、少女は目的地に着いたようだ。壁や屋根が半分朽ちた家とも呼べないような建物の扉らしきものを開けると、なかに向かって声をかけた。
「みんなただいまー。ごはんだよー」
決して大きな声ではなかったが、中からはわらわらと小さな子供達が出てくる。なかには、赤ちゃんを抱いている子供もいた。
「ケンカしないで、ゆっくり食べてね。お姉ちゃんはまだお仕事が残っているからいい子にしていてね」
少女が手元の袋から木の実のようなものを取り出すと、それを待機していたなかでは体の大きな子が分けてゆく。どの子もやせ細っていて、病をかかえていそうな子さえいる。リーダーらしき少女はこの現状を一人で支えているのだろうか。
この町の孤児の状況が想像以上に厳しいことを目の当たりにして、反応が遅れてしまう。
すぐ目の前に、リーダーらしき少女がこちらを見て立っていた。