魔女の森には狼が住んでいる
真面目に解釈しようとするとSANチェックいるやつ
その森には夫婦が住んでいた。
灰色の森の中心は古い樫の木だ。
長老の木には古い古い海の記憶が残っている。
その海はまだ川だった。
川が海を押し流していた。
積もり積もった砂が海を遠ざけた。
しかし森になったのは砂よりも火山の力だ。
それは長老の弟分の桑の木が知っている。
しかし桑の木は二番目ではない。
森には自然の恵みがある。
人が生きることだって不可能ではないだろうけれど、安全ではない。
森は人を喰らうのだ。
いや、人を本当に喰らうのは獣だ。
喰らわれない二人は魔女だと言われていた。
魔女の不可思議を行うのを見たものはいない。
だが人々にとって二人は確かに魔女だった。
狩人さえもその森には滅多に足を踏み入れない。
狩る獣はいても狩られる獣は乏しいのだ。
だから獣は腹を空かせているはずだ。
人でも丸のみにするだろう。
恐れるものは森の奥へ足を踏み入れない。
語るまでもなく当然のことだ。
用事ができたとしても誰が好き好んで危険に足を踏み入れるだろう。
冒険をするのは危険の評価もできない蛮勇だ。
さあ魔女を焼こう。
狼は遠吠えをして囁くのだ。
足を踏み入れたのが愚か者だったのだと。
人は群れを成すから脅威となる。
ただ一人の迷い人など何故恐れられることがあるだろう。
己の考えの足りなさを恥じ悔いいるがいい。
獣の胃の中で悟ってもすでに遅いが。
鋭い牙は己のやわこいところをも簡単に傷つける。
気が付けば傷になっていたのだ。
傷ついた記憶などないというのに。
トラウマは人それぞれだ。
人の笑う姿に恐怖を覚えるものもいる。
可哀想に、その傷は一生治りません。
傷をつけたものを一生恨みましょう。
遠慮することはありません。
謝ったからといって許す必要はないのです。
それくらいで楽になれると思っている愚か者は繰り返すでしょう、何度でも、何度でも。
そうして怨嗟の海に沈んでも気付かないのです。
ああ、それは自業自得なのに、何故己が被害者という顔をしているの?
恨みは晴れないのです。
誰だって苦しんでいる人は見てて不快だから。
喜んでいる人を見るのは喜ばしいでしょう、でもお前は駄目だ。
お前がいる限り曇り空には光が差し込まないので、どうかどうか、いなくなってください。
腹の中に重石を詰めて、川に飛び込みましょう。
いいえ、それは罪もない狼に対する報復なのです。
可哀想に、可哀想に。
それはハッピーエンドだったのです。
ハッピーエンドということになったのです。
罪を決めるのも、罪を犯すのも、人だけだというのに。
ではあの狼は人だったのでしょうか。
いや君、狼は狼だよ。
人も獣には違いないだろうけれどね。
森に棲んでいる二人は魔女でした。
狼はいるでしょうか。
人を喰うのでしょうか。
魔女は人でしょうか。
死んでしまえば何でも同じです。
世界の循環に戻りますから。
あの人は狼になったのです。
狼人間ではありません、ああ、人狼だなんて恐ろしい。
もう忘れてしまいましょう。
きっと悪い夢だったんですから。
あいつの笑い声が聞こえる。
大っ嫌いな、隣人を虐げた、無邪気な獣の笑い声だ。
己の悪を自覚せず面白がっている子供が、ああ、何故気付かない。
他者を虐げることが許されるものなどいない。
知っているだろう。
知らないはずがない。
それとも誰かが偽りの許しを与えたのか。
愚かなお前は騙され信じ込んだのか。
己は無法を許されたのだと。
己は特別だとでも思ったか。
可哀想に、罪の烙印は消えることはないというのに。
過去からは誰も逃げられない。
恨んでいますか?
いえ、別に。
取るに足らない相手を愛してやる程優しくはないのです。
愛は愛しているものだけに向ければ十分なのですから、不快な相手に向ける必要はないのです。
あなたの目と心は愛です。
分け与えるべきものはわかるでしょう。
ああ、狼がやってきました。
魔女は狼ですか?
いいえ違います。
狼は魔女ではありません。
狼が魔女を産むことがあっても。
血だまりの中に浮かんでいるのは赤ん坊かい。
誰か育ててやらないと死んでしまうよ。
狼がどうにかするでしょう。
魔女に聞いてみればいい。
知らないよ、どうなっても。
君は森に足を踏み入れるのかい。
どうしても行くのかい。
そうか。
では仕方ない。
道しるべを忘れないようにね。
森の中には魔女の道しかないんだよ。
帰ってこられなければ、魔女になる他はないんだ。
魔女になってしまったら、お別れだね。
狼には会えたかい。
悪いやつじゃないよ。
ただちょっと、善も悪も知らないんだ。
魔女なら知っているだろうさ。
じゃあ、さようなら。