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ジムナスティックス  作者: ときわ
1/11

フェイス

 寿里は新中学生になったばかりである。


「ただいま……」


 自分だけに聞こえる小さな声で玄関に入ると玄関フロアー横の姿鏡を見てポーズを執る。

 自身の体を伸ばしたり横にひねってみたりして全体を眺めて「フーン……」とこれまた自分に言い聞かせるようにする。悪い気持ちではない。良い気持ちでもない。

 さらに自分の部屋に入るとベッドの上に重たそうなカバンを放り投げて机の上の鏡を見る。いつまでもいつまでも視ている。

 何処を見ているって? 顔、顔の真ん中の鼻……


(もう少しどうにかならないかしら?)


 左横から、右横から、そして真ん中を見る。何回も何回も繰り返してみる。

 真面目な顔したり、厳しい顔したり、笑った顔したり、両手を頬に当ててポーズとってジーッと鏡を見ている。それで諦めるのか?いつでも変わらないことを確かめるのか?

 それが、いつもの寿里だけの時間である。

 そして、寿里は小さい声でつぶやくのは「あーあ、これで我慢するっしかない!」寿里の気持ちには(鼻が高くて、唇の形が良くて、ほりの深い顔)を考えている。

 しかし、それは遺伝的に父親と母親の顔を考えると到底望めないことは十分過ぎるくらい理解している。


 そう思うことは自分の心の中でスルーしている利口さが寿里にはある。そして、人間はこうなっている運命であると自分に強く言い聞かせている寿里である。

 帰宅してからずいぶんの時間がたっている。外は夕暮れも過ぎ暗くなりかけている。

 母親の静子が呼んでいる声が聞こえている。

(あ、まずいな)と思っていると、静子がかまわず部屋に入ってきて


「あら、何しているの?勉強しているんじゃないの??」


 と母は寿里に不思議そうに尋ねる。


「ううん、別に……」

「どうせ、鏡と話でもしていたのでしょ!ごはんの時間よ!せっかく早く帰って来たんだからたまには一緒に食べようよ」

「はい、はい、はい……何でもないの!今行くから……ちょっと待って!」


 静子が出ていく姿を見て寿里は心の中で「わかってないんだなぁ……」とつぶやき、鏡に映った自分の顔を覗き込んだ。


 寿里の通っている中学校は住んでいる家のすぐ近くにある。東京都23区より離れた場所にある広大な敷地にある中高一貫教育の私立学校。中学校、高校の校舎それぞれの施設がある。運動場も体育館もプールも二つずつあり、遠方から来る生徒の為に寮施設もある。まさしく{智・徳・体}を地で行くような学校であるから部活動が盛んで帰宅部というのは皆無である。


 何故、その学校?それは現在、学校になっている敷地のほとんどが寿里の家の畑や山だったのだ。元々祖先は代々の農家家族であった。父親も母親もその辺りの昔の農家育ちだが、地元の大学を出てお互いに小学校の教員同士で苦労なく過ごしてきたごく普通の夫婦である。この辺りは都心に近い開発地域であるから農家で土地がある人たちは金に困らない生活も自然と手に入っているようである。


「ねえ、あなた……寿里はおかしいんじゃないかしらね、鏡ばかり見ているのよ……」

「……」

「……年頃なのかしらネ」


 母静子の言葉に父親は少し考えて口を開く。


「母さん、普通、親は自分の子を一番可愛い!と、思うよな!」

「そうよ……誰よりも可愛いわよ」

「しかし、冷静に考えるのだよ、おれたちの子供だから」

「……はい」

「可愛いけど女として顔が綺麗ということではないし、背はほどほど高いが、今時の目鼻立ちが整っている顔にはほど遠いと思う」

「そんなこと分かっていますよ……母親ですもの……」

「だから、方向を変えられるようにしなければいけない!その為には勉強で良い成績を取るか、他の事、たとえば運動などで良い成績を取るかしなければならないと思うよ」

「そうね、その通り!全くお父さんの言う通りよ、でも寿里は成績も良いし何と言っても勝気そのものだから負けないわよ……何とかなるわよ!」

「そうだと良いが!……今学校で何やろうとしているんだ?」

「それがネ、新体操に入部しているみたいよ!少し心配しているのだけど」

「何が?」

「あの顔でしょう?私に似て……だって、新体操って、美を競う競技でもあるし、皆入っている人たちは美人揃いなの!」

「そうか、足が速いから陸上部あたりにはいるのかと……いや、入ってくれたらいいな、と少し期待していたけどな」

「お父さん、また、どうして?」

「うん、運動場は全部家の土地だったろう……だからだよ」

「あら、体育館だって元は家の土地だったところに立っているのよ」

「いや、同じじゃないよ……土がそのまま残っているのだよ!寿里が小さい時は畑で遊んでいたではないか……」

「……そうね、やっぱり寿里の足で踏んで貰いたいわね、でも、もうおそいわ、新体操に入って一生懸命みたいだから……」

「無理か?」

「寿里が陸上部なんかに入ってあれ以上色が黒くなったらたまらないわ、新体操で良かったのよ」

「そんなものかなあ~、あの子は一人でたくましく立ち向かう性格だと思うのだが」

「そうねエ……それもあるけど本人に任せましょう」


 両親は寿里についての会話を続けていた。


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