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選択。幸せとは。

作者: 高橋まりあ


 時は、明治の末から大正頃のことでしょうか。ある没落貴族の子爵に、年頃の美しい娘がおりました。だれとでも打ち解け、明るく、優しい未来ある娘ではありましたが、二十近く年上の子爵の爵位で箔をつけたいいわゆる成金の許嫁があったのです。

 しかし、娘には心に決めた人がおりました。それは、貧しい医者の家の青年でした。青年は、誰に対しても優しく献身的に治療を施し、娘にも友人のように兄のように温かい人物でした。そう、身分の違いさえなければ誰の目にもお似合いの相手であったのです。

娘は青年に淡い想いを抱いており、青年もまた娘を愛おしく感じて、いつしか恋文を交わす仲となっていたのでした。青年の送る野に咲く一輪の花を添えた恋文に娘の心は高く鳴ったのです。

これは、結婚までのひそやかな、娘と青年、二人の胸の中にだけ秘める一生の思い出、そう娘は心に決め、文の文字を嬉しくも切なく、そっと撫でたのでした。


それは、暗く深い闇の夜で、全ての音がしんと飲み込まれてしまいそうな月も星もない冷えた晩のことです。物思いにふけり縁側に一人、立つ娘。許嫁との祝言がもうすぐそこに迫っていました。

冷えた空気に吐く息が白く流れ、切なげな娘は空を眺めます。すると、庭のほうから青年の声がします。

「赤紙が来ました。私が戦地から戻る頃には、貴女はもう人の妻だ。どうか、僕とここから逃げて二人、共に生きてはくれませんか。」

息をのみ、冷え切った指先が青年の方へ伸びるのがわかります。

 娘は、自身の手のひらに冷たい、指先の硬さを感じ、暗く深い闇に、音が、自分自身が溶けていくように思ったのです。



 その先の詳しいことを私は知りません。ただ、彼女が結婚をし、子をもうけて幸せな人生を送った、ということだけ聞いています。

 あなたは彼女がどちらを選んだと思いますか。たとえどちらを選んだとしても、そこに悔いがないのならば、幸せだと思いませんか。


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