その29
巧君や司君達が遊んでいたのは、小ホールだった。
海翔従兄さんが持ち込んだ機材は、イベントに使われるようなモニターとあらゆるゲーム機器だった。
ちょっとしたイベント会場にも思える小ホールにて、子供達が和やかにはしゃいでいた。
「ぎゃっ、そこでそうくるか」
「梨香ちゃん。強いね。負けなしだよ」
「そうだね。姉さん、製作に煮詰まると気分転換に格闘ゲームで鬱憤を晴らすからなぁ。かなり、やりこんでるんだ」
巧君が感心しているのは、梨香ちゃんと大地従兄さんが格闘ゲームで対戦していたから。
梨香ちゃんが操作するキャラクターが、派手なエフェクトを撒き散らして大技を繰り出していた。
ゲームに明るくない私でも知っている格闘ゲームの女の子キャラクターで、ごつい男キャラクターを圧勝した。
梨香ちゃんの腕前は凄いなぁ。
あっ、いつの間にか従兄さん達は、私服に着替えていた。
我が兄と真雪ちゃんと穂波ちゃんは姿が見えず、帰ってしまったのかな。
「ねぇね、きゃっちゃにょ?」
「そうだって。梨香ちゃんは、強いねぇ」
「だいくん。いちゃくにゃいにょ? いちゃいにょ、いやぁよ」
小ホールに入るなり、格闘ゲームの音声とエフェクトが目に映り、なぎともえは私の足に抱きついた。
怯えた素振りをみせたものだから、ワンコが威嚇の唸り声をあげる。
うん。
ゲーム機器がところ狭しとあって、精密機械だからワンコの抜け毛が悪影響をもたらすかと思い、入り口に佇む私達である。
いや。
家庭用のゲーム機器だとばかり思っていたので、ワンコ連れてきてしまったのだけど。
ホール内に入れたら駄目かな。
だって、どう見てもゲームセンターに納入されている筐体もあるのである。
故障を誘発したら、修理代が幾らかかるか恐ろしくて聞けない。
それに、格闘ゲームにもえちゃんが拒否反応をしている。
殴る蹴るといった行為が、前世の酷い記憶を呼び覚ましているのだろう。
ホール内に入りたくないと全身で訴えている。
見るのも嫌と、顔を足にくっつけてきた。
「あれ? なぎともえは、お昼寝から起きたの?」
「もえはどうしたの? ゲーム、嫌いだった?」
観戦していた巧君と司君が気付いて、側によってきた。
お山に帰省した折りに、退屈させないようにゲーム機器は揃えてあったけど、なぎともえが一緒に遊べるようなソフトばかりだったから、格闘ゲームはなかったのだよね。
専ら、カートや大人数で遊べるゲームだった。
初めてみる格闘ゲームに、もえちゃんは微かに身体が震えている。
「もえちゃん、大丈夫だからね。あれは、ゲームで動いているキャラクターにしか影響はないの。だいくんも梨香ちゃんも痛くはならないのよ」
「? そっか、もえはパンチやキックが、梨香ちゃんも痛くなると思ったんだね」
「琴ちゃんが言った通り、梨香ちゃんも大地さんも痛くはないんだよ。だから、安心してね」
「姉さん、ストップ。もえには刺激が強すぎたみたいだ。格闘ゲームはお仕舞いにしよう」
「あら? そうなの? そう言えば、なぎともえには格闘ゲームは恐い内容になるかしら」
「ふむふむ。なら、なぎともえも遊べるゲームに変更しよう」
静馬君の提案で格闘ゲームは、お開きになる。
大地従兄さんと海翔従兄さんが、手際よく片付けていく。
そして、モニター前に新しく並べられたのは、カートゲームだった。
「よしよし。これなら、幼児でも遊べるな」
「従兄さん。ごめん。子守なワンコはどうしよう。機器に抜け毛は大敵だよね」
「ん? まあ、大丈夫じゃないか? もし故障をしても、修理代は請求しないから安心してくれ。ここにあるのは、朝霧のじい様が買い占めた奴だから」
海翔従兄さんに事も無げに言われた。
やはり、お祖父様はやらかしていたか。
ゲームの筐体は対戦できるようにペアで購入してある。
今日の為に幾ら散財したのか、頭が痛くなってきた。
今日が終われば、この筐体やらは何処にしまわれるのだろうか。
まさか、朝霧邸にではないよね。
「ワンコって、もえを助けた犬だよな。撫でても良いか?」
「まず、匂いを嗅がせてください。それから、視線は遮らないようにお願いします」
「りょーかい。おっ、初めまして。なぎともえの母さんの従兄弟だ。ワンコの勇敢な行動は聞いたぞ。なぎともえを助けてくれて、ありがとな」
大の犬好きな海翔従兄さんは、まず司朗君に了解を得てからワンコの前にしゃがんだ。
椿伯母さんが我が母と同じくアレルギー持ちでなかったら、絶対に飼育していただろう。
社会人になり、一人暮らしをしているので飼育してもよいのではと思うも、定時に帰宅出来ない仕事柄、面倒を見れないと悔しがっていた。
手の甲をワンコが嗅ぎ、鼻先でつつく。
撫でても良いと反応を返したから、海翔従兄さんは思う存分にワンコを撫でる。
「はー。ありがとな、満足した」
「きゃいくんは、わんわ、ぢゃいしゅき?」
「おう。大好きだぞ。でも、お仕事で家に帰れない時もあるから、一緒に暮らせないんだ」
「おうち、きゃええにゃいにょ? ぎょはんは、ちゃええうにょ?」
「ぎょはんは、ご飯か。そうなんだよ。海翔君は営業職なのに、他のお仕事も任されて忙しくなると、あんまりご飯が食べれない時もあるんだ」
「ぽんぽん、ぐうは、きゃにゃしぃにょよ。ちゃべにゃいちょ、めめよ」
「あい。めめでしゅ。おっききゅ、にゃえにゃいにょ」
なぎ君ともえちゃん。
それは、二人が標準より小さいから言われた言葉であって、成人したおじさん達には縦より横を心配する言葉だよ。
和威さんも朝霧邸に居候するようになり、ロードバイクで通勤できなくなり体重がとか宣っている。
私からみたら、太くなったのは分からないのだけど?
私の方が珠洲ちゃんも加わったからか、体重が増加したんだけどなぁ。
くすん。
まあ、海翔従兄さんが話題を提供してくれたおかげで、もえちゃんの緊張が和らいだからよしとしよう。
「じゃあ、カートゲームで遊ぼうか」
「誰が補助をしようか」
まだ、一人では不慣れな双子ちゃんを気遣って、なぎは静馬君が、もえは大地従兄さんが膝に乗せてコントローラーを握らせる。
キャラクターを選び、カウントダウンが始まる。
ゴーサインが出て、一斉に走り出すカート。
双子ちゃんの選んだキャラクターは、のんびりと走り出すけどね。
「うにゅ?」
「たぁにぃにちょ、さぁにぃに、いっちゃっちゃ」
「にぃに、はやいにぇ」
「もえ、ここを握ると速く走るよ」
「なぎは、慎重派だなぁ」
教えられて少しは速度が出るも、亀の歩みである。
スタートダッシュしていたにぃに達も、スピードダウンして待ってくれていた。
カートゲームは、スピードを争うのが正しいのでは?
三輪車で爆走していたもえちゃんは、慣れてきたら案の定爆走し始める。
ただし、曲がり損ねてカートが横転ばかりする。
「むう。むじゅきゃしぃ」
「はは。もえは車を運転したら、人格変わりそうだなぁ。曲がる時は、こうするんだよ」
「なぎは、もう少しスピード出そうか。皆に置いていかれちゃうぞ」
「パパ、あんじぇん、うんちぇんよ。しゅぴぃぢょ、だしちゃりゃ、めめよっちぇ」
「おおう。パパの教えか。そら、守らないと駄目だな」
静馬君と大地従兄さんに補助されて、何とかゴールする双子ちゃん。
初心者コースでかかった時間は、おおよそ巧君達の三倍はかかっている。
勝ち負けがはっきりしたゲームだけど、楽しんで遊ぶ姿にほんわかする。
数回カートゲームで遊び、次はパズルゲームに。
だけど、次第に双子ちゃんの目が瞬きを繰り返すようになってきた。
「ん? 慣れないゲームで目が疲れたかな。丁度いいから、休憩にしようか」
「「あい」」
「「はぁい」」
角に置かれていたソファセットで、見守っていた私と恵美お義姉さんの元に集う子供達。
すかさず、珠洲ちゃんが内線電話でおやつらしき注文を出す。
時をおかずにワゴンで運ばれてくるジュースやスイーツ類に、子供達の表情が輝く。
ホールケーキだけで数種類あるのは、またもやお祖父様の指示だろうか。
「此方のスイーツは、食後のデザートにとご用意させていただきましたが。なぎ様ともえ様がお眠りになり出せず仕舞いに終わるかと思いました。どうぞ、お召し上がりください」
副支配人自ら、給仕してくれていた。
そして、双子ちゃんにはきちんとフルーツ牛乳が用意されていた。
もえちゃんが笑顔全開になった。
「にゅうにゅう、にゅうにゅう♪ もぅたんにょ、にゅうにゅう」
「よきゃっちゃねぇ、もぅたん」
「あい。うれちい」
「もえちゃんは、相変わらずフルーツ牛乳が大好きなのねぇ。巧はもえちゃんぐらいの歳には、まったく飲めなかったのは覚えてる?」
「んーん。あんまりだけど、変な味だったのは覚えてるかも」
恵美お義姉さんの指摘に巧君は首を傾げていた。
切り分けられたケーキを一口食べてフォークをくわえたままだから、双子ちゃんが真似しないか少し気になった。
「あ、あれじゃない? 静馬も不味いって、吐き出した牛乳。お山に帰省した時に差し入れされた牛乳で、牛やさんのラベルが張ってあったけど悪戯だったあの牛乳騒動の件」
「そういや、そんな事あったね。あれって、結局は悪戯で済んだのだっけ」
「康治伯父さん曰く、牛やさんを狙った嫌がらせだったとの話だったわ。でも、お父さんには正確に話がいっていて、どうも嫌がらせでは済まされないことだと聞いたわ」
梨香ちゃんが当時を思い出したのか渋面で、教えてくれた。
牛やさんへの営業妨害と篠宮家を狙った悪戯は、黒幕が同じで分家がひとつ無くなったそうだ。
私が嫁ぐ以前の話だ。
それは、篠宮本家にお義母さんしか直系がいないために、分家の男児が乗っとりを企んだのが尾を引いていた。
お義母さんは分家の緒方家から婿を迎えて、男児を五人産んだ。
後継者争いに終止符を打つも、当主の康治さんは子供に恵まれなかった。
次の当主には弟が控えている。
けれども、お山から離れて東京にいる。
なるには相応しくないと考えたお馬鹿な分家が、警告の意味で家人を買収して牛やさんが納品した牛乳に薬を盛ったのが真相だ。
浅はかな策はすぐに露見したが、本当の黒幕には辿り着かなくて、川瀬家は逃れてあの事件が起きてしまった。
いったい幾つの分家が無くなったのか、数えたくなくなるよ。
絶対に分家は篠宮家が所有するお山に宝が眠っていると誤解している気がしてならない。
実際には、レアメタルが眠っているのだけど。
天孫の皇子のお墓が人知れずにあるとは、知らないのだろうね。
代々の篠宮家が護り受け継いだお山が、分家どころか外部の政治家に狙われたのは、ある意味では真実を知らしめるいい機会になったのではと思った。
まさか、後日に象徴の御方から談話が公表されるとは思いもしないでいたけどね。




