その27
何度も驚きの連続に、話が途絶えてしまった。
お義母さんのいつもの明るい天真爛漫な雰囲気が、鳴りを潜めてしまっている。
すっかり、冷めているお茶を一気飲みしては、重たい溜め息を吐き出す。
私の感想は、お義母さんが決断し決行した行いを、さげすむつもりはない。
和威さんが人工受精された際の生まれだろうが、大切なかけがえのない旦那様には違いはなく。
可愛いなぎともえの父親である。
何ら、瑕疵がある訳ではないじゃないか。
私の反応を窺うお義母さんに、笑って見せた。
「お義母さん。和威さんを生んでくださり、ありがとうございます。お義母さんの決断がなければ、私は和威さんに出会わなかったですし、なぎともえを授かりはしませんでした」
「琴子さん」
「恐らくですが、これは水無瀬の巫女の勘でしょう。和威さんが存在しないでいたら、いつまでたっても篠宮家の禁忌の双子は女児は虐げられ幼い命を奪われていく。書き換えられない定めに、篠宮家は栄えるどころか疲弊していくだけだと思いました」
「母も康治も結論は同じよ。媛神様の神罰が降り、篠宮家は終わる。代々守ってきたお山も奪われ、離散していくしかなくなる。奉る者がいなくなり、無惨に開発されていくお山に、人柱として入滅なされた魂の封じがなくなり、災厄が目覚める。下手をしたら日本はどうにかなってしまうかも。だなんて、他所の他人は預かり知らないでしょうね」
篠宮家が所有するお山には、神代の時代に時の権力争いに敗けた天孫の皇子が、全身で呪詛した怨念が眠っている。
お義母さんの話に、驚愕するしかない。
お山の土地神であらせられた姉神から、双子の弟神と妹神を言葉巧みに奪い、呪詛の依り代として京と天子を呪い狂い果てた皇子。
姉神もまた狂いかけて、辺り一帯は死の宮原となった。
神聖な熊野に近い土地での異変に、神の代行者達が気付かない筈がなく。
徳の高い僧侶により姉神は正気を取り戻し、死の宮原となった土地を封じた。
けれども、呪詛は穢れであり、姉神は疲弊して弱まるばかり。
京にまで届き始めた呪詛の対抗策として講じられたのが、天孫の血を引く皇子の人柱。
即身成仏なされた皇子の正しい数値はのこされてはいないが、篠宮家の蔵に死蔵されていた古文書を解読したら、両手の数はいくだろうとのこと。
呪詛を封じる目的の即身成仏であるから、無理矢理に入滅させられたとは考えられにくい。
敢えて、正式な陵と公にされていないのは、呪詛した皇子の存在が抹消され、即身成仏なされた皇子も系譜から除外されたからに他ならない。
恐らく、外野に降ったとしか公表されていないのだろう。
天孫の血を守る意味で、巧妙に隠されたと理解した。
数少なくお山に陵があると調査に来た歴史学者は、宮内庁から釘を刺され研究を秘匿されたそうで、学界からも爪弾きされた。
悔しげに報告に来た歴史学者は、篠宮家の庇護の元で発表できない研究を続けてはいる。
皇子の従者であり側近であった者が、存在を抹消された皇子を偲んで集い、お山を荒らす賊を排除していた集団が篠宮家の興り。
その側近の娘が皇子の子を産み、死の宮原の名から篠宮の家名を名乗り始める。
代が重なると、御霊を慰める祭祀を任せる篠原家と分かたれた。
つっこみ処満載な奇想天外な内容に、暫し言葉がなくなる。
意外にも、公家の流れを組み、祭祀を担ってきた水無瀬家とは、友誼を結んでいたそうである。
と言うことは、代々の皇室は水無瀬家を介して篠宮家の情報を得ていたのだろうな。
もしかしたら、今回のお山が狙われている事情も、朝霧のお祖母様なり、水無瀬家の当主様なりが、流していそうな気がする。
荒くれ者達からお山を守護していた実力が武門の誉れを戴き、山守りから藩の家老職を任命されたのも、背後には本流のお家が画策していたりして。
篠宮家が縁戚であると言われるようになられたのは、ここ数代のお方らしい。
頻繁に直筆のお手紙が届くようになったのは、宮内庁が発足した辺りからだそう。
お山を疎開先に指定したり、降嫁の打診が来たりしていたのは、陵の祭祀を皇室が担わないとならない責任を募らせていたからか。
暗に、始まりの出来事の記憶を忘却の彼方にはしていなかった。
受け継がれてきていたのだ。
そして、禁忌の双子の意味も案じられていた。
朝霧家が襲撃されて、なぎともえが大きな怪我を負った。
まてよ。
水無瀬家の当主様から、よくお見舞いが届いていたけど。
中に菊の御紋があったな。
てっきり、ご用達のお店から買われた品だと思っていたが、あれは極秘なお見舞いだったのかも。
やばし。
お返ししてない。
水無瀬家にはお返ししたものの、あのお返しがあちらに届いていないよね。
双子ちゃん作の絵を同封したけど、あちらに行ってないよね。
恐ろしくて聞けない。
「朝霧のお祖父様にお聞きしたけども。水無瀬家の祭神様もお怒りなのでしょう」
「はい。祖母のお話では、来年は苦難の年になるかと」
「隆臣が実家に戻ってきて暇だから調べていたわ。件の黒幕の政治家の出身地は、もう被害が出ているそうね」
「雅博さんも言っていたわ。長雨による災害が小さいながらも、連続して起きている。ただ、人的被害はないけども、農業地帯が全滅していて、被害額が莫大になっていると聞いたわ」
「そうですね。悠斗さんの大学時代の友人が、地元に帰り農業を継いだらしくて、来季の収穫が激減すると嘆いてました」
お義母さんやお義姉さん方は、私を批難しているのではないけど。
いたたまれない。
兄曰く、私を守護する竜神様は最上位の能力を保持してられて、気象を操る才に特化した私は、歴代一位の巫女である。
だけども、お祖母様が存命しておられる限りは、私が巫女としての才を発揮することはできない。
巫女は代々、当代に一人しか才を顕在させられないのは、それだけ保有する才が日本を牛耳る能力を秘めているからだ。
水と言う生命線を握る気象を操る才。
人を生かすも殺すも、思いのまま。
だから、神々による制約が課せられている。
自己の保身の為、利益を独占する為。
巫女の才に溺れ、先見の未来を偽り、他者を意のままに支配する思考は厳禁。
竜神様に不適合だと判断されれば、巫女の才は消え、定められた寿命がくるまで業火に焼かれる。
どんな苦しみか、味わいたくはない。
そうして、巫女の座は次代に継承されて、初めて能力を発揮できるのである。
要は、今はスイッチが入らない待機状態にあるのだ。
どれだけ、スイッチを押しても、気象を操ることができない。
竜神様には、たった一人の悪行で関係がない無辜の人々が巻き添えになるのは偲びがないから、お手柔らかにとはお願いはしてある。
あまり、ご機嫌は宜しくない竜神様も、私の隣でもえちゃんがお願いしたら、効果覿面に意思を翻した。
〔中姫やちぃ姫の願いは叶えよう。人には害は為さぬ。ただし、これ以上は、意は返さじ〕
〔然り、罰は罰である。中姫が巫女になられる恩赦まで、雨は止まし〕
譲歩はしてくれた。
確か、水無瀬の当主のおじ様の娘さん一家の悲劇には、研究施設が研究員丸ごと物理的に消えた。
それを鑑みれば、寛大な処置だよね?
私よりも強大な能力を保持しているもえちゃん。
巫女を補佐して支える当主になるなぎ君。
次代に次々代が揃い踏みな現状に、私と兄が早世するのではないか囁かれているけど。
水無瀬のおじ様は近親婚を繰り返した原因による(朝霧のお祖父様の祖母は水無瀬の方)弊害で、直系の娘が亡くなり危機感を抱いた竜神様が当代縛りを撤回しているのではないかと推測された。
なぎともえが成人すれば、自ずと分かるかと思うと話されていた。
いや。
もえちゃんは既に竜神様とコミュニケーションをとり、お願いを聞き届けて貰っている。
雨ばかりで、お外で遊べない。
眉を八の字にして訴えると、東京は晴れになる。
気象予報士が首を捻る程、天気が急激に変わる。
その反動の帳尻会わせで、遠隔地が雨になったりしているのを見ると、もえちゃんの言動にハラハラさせられた。
お洗濯が捗るのは喜ばしいも、各地の被害は気になって仕方がない。
悠斗さんの友人が住まう地域を調べたいなぁ。
「巧や司も屋外の練習が無くなって、少し運動不足気味なんですよね。かといって、屋内練習場は予約で一杯ですから、なかなか思うようにいきません」
恵美お義姉さんの告白に、ますますいたたまれない。
皮肉を言われたのではないが、巧君と司君を思っての発言だ。
ここは、竜神様にお願いする前に、朝霧家を頼ろう。
屋内練習場ぐらい、割安で確保はできるはずだ。
朝霧家専用の屋内施設を利用したことがあるので、空き情報はすぐに分かるだろう。
期待させておいて駄目でしたは、困らせるだけだからはっきり確保したら連絡したらよいか。
「恵美さん。それだと、琴子さんを困らせるだけよ」
「あっ。すみません。琴子さんを非難する訳ではなく、うっかり口が滑りました」
「いえいえ。お気になさらず。事実ですからね。竜神様もお怒りが鎮まらず、うちの双子ちゃんも外で遊べないと言ってます」
「うぅ。ごめんなさいね。悠斗さんにも、直球な発言は気をつけるように言われていたのに。友人の話までしてしまって、困らせてるでしょう?」
佳子お義姉さんに肘鉄を食らった恵美お義姉さんは、肩を落として意気消沈された。
姉御肌タイプな恵美お義姉さんだから、要らぬお節介を焼きすぎてしまうきらいがある。
世間話で話題にのぼった内容が、身内に関わりがあるから余計に頭にあったのだろう。
じかに、どうにかしてではなく、何とかならないかな位な気持ちがあったと思った。
まあ、今は私にも気象を操る芸当はできないので、練習場で手をうってもらうしかない。
宥めようとしていたら、
「「ママぁ~」」
わふっ。
なぎともえが泣きそうになりながら、駆けてきた。
ワンコも後ろに着いてきている。
ありゃ。
起きてしまったか。
もう少し御昼寝タイムだと思っていたのが、目測を誤った。
「はい。なぎ君ともえちゃん。ママはここにいるよ。安心して、置いていったりはしないからね」
「「あい、ママぁ~」」
座っていたソファの前のカーペットに膝をついて、両手を広げると飛び込んできた。
軽く背中をとんとんしつつ、安心して貰う。
両側から首筋に手を回してしがみつく双子ちゃんに、落ち着きなく周囲をいったり来たりするワンコ。
大丈夫。
落ち着いてね。
ママは何処にもいかないから。
寝癖がついた後頭部を撫でながら、声をかける。
入室の礼儀をかいた司朗君と珠洲ちゃんが、申し訳なさそうに佇んでいた。
いや。
話に夢中で、時間を気にしていなかった私も悪いのだから。
これぐらいで、解雇したりはしないから。
そんなに、蒼白にならなくてよいよ。
気にはしないで欲しいな。




